第7話 お悩み内容:悪役令嬢になりたいんです  F.S

 私は、1人教室で、椅子に座っている。

「来月の夜会、楽しみですわ」

「えぇ、楽しみですわ。エスコートして下さる方は決まりましたか? 」

「いいえ、これからよ」


 令嬢達の会話が耳に入ってくる。この学院では、年に2回、学院主催の夜会が開かれる。学院の生徒達の親睦を深めるためだ。学院内の生徒は、全員参加なのだ。私は、この学院に入学して、1回目の夜会では、殿下がエスコートしてくれた。それは、婚約者だったからだ。別にエスコートしてくれる人がいなくてもかまわない。夜会会場に入場するとき、1人や友人と入場している人も多い。


 来月の夜会はどうしましょう。しょうがないわ。1人で入場しましょう。すると、

「エミリア様、廊下で、お兄さまがお呼びですよ」

 とクラスメイトから声を掛けられた。

「ありがとうございます」

 と言い、私は、立ち上がり、廊下に出る。兄がいた。


「エミリア、すまない。少し時間いいか? 」

「ええ、かまわないわ」

 私が答えると、兄は、隣にいた令息の肩をポンと叩き、去ってしまった。


「えっ」

 と言うと、兄に肩を叩かれた令息が、

「エミリア嬢、私を覚えているかい? 」

 私は、令息を見る。あっ、彼は、兄の友人のサフラン・クレマチス侯爵令息だわ。よく、わが家に遊びに来ていたわ。何度か挨拶を交わしている。

「えぇ、もちろんですわ。サフラン様」

 と私は、微笑む。


「良かった。・・・・あの、エミリア嬢、来月の夜会のエスコート役は決まっているか? 」

「いいえ、決まってません」

「そうか。良かったら、私にエスコートをさせてもらえないだろうか? 」


 えっ、サフラン様が・・・・。サフラン様は、令嬢達から人気がある。侯爵家の嫡男であり、聡明で、背が高く、穏やかで、優しそうな顔立ちをしているからだ。私で、いいのかしら。確か、サフラン様は、まだ婚約者はいないわよね。せっかくのお誘い、断る理由はないわ。殿下に婚約破棄された私を誘ってくれるなんて、ありがたい限りだわ。


「ありがとうございます。えぇ、喜んでお受けいたしますわ。よろしくお願いします」

 と言い、私は、頭を下げた。サフラン様は、目を大きく開け、照れくさそうに、

「あぁ、よろしく。ありがとう」

 と言い、微笑み、「じゃぁ」と手を振り、自分の教室に戻って行った。


 私は、その後ろ姿を見送り、教室の中に戻った。夜会のエスコートが、決まって良かったわ。それも相手がサフラン様なんて、とても嬉しいわ。私の頬は、自然と緩む。そして、視線を前に向けると、近くに座っていた殿下と目が合った。私は、すぐ視線を逸らした。


 そういえば、殿下は、誰をエスコートするのかしら。あぁ、ベロニカがいるわね。




 ーーー




 さぁ、今日は、どんなお悩みが聴けるのか楽しみだわ。

 私は、お悩み相談室にいる。


 カレンダーの今日の日付の下には、F.Sと書かれていた。今日は、F.S様が来られるのね。



 ドアが開き、ドアにつけてあるベルがチリンチリンと鳴る。F.S様が部屋に入ってくる。F.S様は、目の周りと鼻を隠す仮面をしている。


「どうぞ、お座りください」

 私は、座るよう促す。私の机の先にある革張りの1人掛けのソファにF.S様が座る。



「F.S様、私は、アクターS♡ です。今日は、よろしくお願いします。今日は、どういったお悩みで来られたのですか? 」

「えぇ、よろしくお願いします。私、悪役令嬢になりたいんです! 」

「はい? 悪役令嬢ですか? 」

 私は、確認する。


「はい、悪役令嬢です! 」

「では、F.S様のお悩みは、悪役令嬢になりたいっていうことですか? 」

「はい」


 うふふ、悪役令嬢になりたいのね。でも、私は、あなたの人生の悪役令嬢よ。悪役令嬢になるなんてことさせないわ。断固、拒否よ。悪役令嬢は、私だけよ。この席を譲るつもりはないわ。


 私は、『あなたのお悩み解決しません! 』と心で言う。




「なぜ、悪役令嬢になりたいんですか?」

「実は、私、婚約者がいるんです。その婚約者が他の女性と愛し合ってるんです。彼は、前回の学院の夜会で、私が婚約者なのに、彼女をエスコートしたんです。そして、私のことは、そっちのけで、2人で談笑したり、ダンスを踊ったりしてたんです。彼は、「私たちは、愛し合ってるんだ」って言うんです。私、悔しくって。悪役令嬢になって、2人の邪魔をしたいんです! 」

 F.S様は、力強く言う。お怒りだ。


「酷い、婚約者ですわ。浮気ではないですか」

 私は、同情してしまう。婚約破棄した殿下でさえ、婚約しているときは、きちんと私をエスコートしてくれたわ。

「そうなんです」

 F.S様は、寂しそうに、頭を下げる。


「婚約者のことは、どう思ってるんですか? 」

「う~ん、よくわからないんです。怒りはあります。でも、私のところに戻ってきて欲しいと思う自分もいます」

「浮気をして、F.S様をそっちのけにしてるんですよ? 」

「えぇ、わかってます。だから、2人を邪魔したいんです! 」

 F.S様は、顔を上げ、また力強く言う。


「邪魔したところで、F.S様は、どうなるのですか? 」

「スッキリします」

 どうすれば、彼女を悪役令嬢にしなくてすむかしら。断固、悪役令嬢にはさせられません。私が、悪役令嬢ですから。そうだわ、これならどうかしら・・・・。私は、言う。


「そうですか。では、F.S様が、逆の立場だったらどうですか? もし、F.S様が婚約者のいる方と愛し合ってるとしますよ。想像してください。その愛し合ってるF.S様たちに婚約者が邪魔をしてきたら、F.S様だったらどう思いますか? 」

「えっ、そうね。多分、邪魔しないでよ。嫉妬で見苦しいわね・・・・って思いますわ」

 あっという表情がなんとなく見られた。そして、声が小さくなる。いい感じだわ。もうちょとね。


「愛し合ってるF.S様たちの関係はどうなると思いますか? 」

「そうね・・・・。多分、邪魔されたら、ますます、お互い助け合い、愛が深まっていくのではないかしら」

「そうですよね。よく、障害があると愛が深まると聞きますものね? 」

「そうね。2人の悪役令嬢になったら、2人の思うつぼね。2人の悪役令嬢のつもりが、2人の愛を深めるスパイスになってしまうかもしれないのね」

「えぇ」

 ますます、いい感じだわ。


「決めたわ、私、悪役令嬢になるのは、やめるわ。邪魔なんてしないわ。あの2人の思うつぼにはなりたくないわ。勝手に2人で愛し合ってなさいよ! あの2人のことなんてどうでもいいわ! 」

「えぇ、そうよ」


「なんか、すっきりしたわ。ありがとうございます」

 やったわ! 悪役令嬢になることを阻止したわ。


「それは、良かったわ」

 私は、笑顔で言う。



 うふふ、F.S様は、悪役令嬢になるのは、やめると言ったわよね。

 つまり、悪役令嬢にならないってことよね。

 F.S様のお悩み、解決できなかったわ。

 私、F.S様のでしたわよ。


 うふふ、これで、私は、あなたの人生の悪役令嬢になれたはずだわ。


 おほほほ・・・・・・。

 心の中で、悪役令嬢らしく高らかに笑う。



 でも、完璧な悪役令嬢にはなりきれず、実は、今日も心の奥底で、ごめんなさいね。と謝っている。






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