八時間目のアロハシャツ

白藤しずく

八時間目のアロハシャツ

高校2年生の春。俺は今、彼女の帰りを待っている。1人で。八時間目に。外を見れば桜が舞っている。


『八時間目』

この時間が出来たのはちょうど1年前。俺が高校生になった春だ。俺は部活に入らず、放課後の誰もいない教室で、勉強することにした。この学校はほとんどの日が七時間授業だったため、この放課後の時間を『八時間目』と名付けた。中学の頃は中の下くらいの成績も、『八時間目』のおかげでクラスで5番目に良い成績になった。


あの日も俺は、1人で八時間目を過ごしていた。八時間目を作ってから3ヶ月。外ではセミが大合唱していた。

すると、突然、今まで開くはずのなかったドアが開いた。

「玉城(たましろ)くんだったんだ〜!」

その声はクラスのマドンナとも言われる、上原さんのものだった。

「いつも教室の前通ったときに、誰かいるな〜って思ってたんだよね〜」

上原さんはそう言いながら、俺の前の席を、向かい合うように動かし、座った。

「一緒に勉強していい?」

「あ、えっと、どうぞ」

確か上原さんはフラダンス部に所属していた気がする。クラスにいるフラダンス部は、大会が近いとかなんとかで騒いでいたが、部活はいいのだろうか。

「上原さん、部活は…?」

「あーフラダンス部、辞めたんだよね〜」

「え、どうして…」

彼女は少し俯いた。その間は、彼女が部活を辞めた理由に、特別なものがあることを示しているようだった。

「う〜ん、なんか性に合わなくて」

上原さんは笑いながらそう言った。

「玉城くんはどうして部活入らないの?」

俺が部活に入らないのには、特に理由はない。だが、俺は

「なんだか性に合わなくて」

そう言っていた。彼女は

「一緒だね」

と言って笑った。

その日から、俺は上原さんと共に八時間目を過ごすことになった。


上原さんは正直に言うと、ポンコツであった。

「ここの問題わからないんだけど…玉城くんわかる?」

「えっと…それ、多分中学でやりましたよ」

「え?ほんと?中学のときはフラダンスに全てを捧げてたからな〜」

てへへと笑う上原さんを見て、俺も笑う。

「今日でしっかり覚えてくださいね」

「は〜い、頑張ります!玉城先生!」

なんだか、ポンコツな上原さんは、可愛らしくて、クラスのマドンナと言われるのはこういったところがあるからなのかなとも思った。


7月の下旬、あと少しで夏休みという頃に、上原さんは突然、アロハシャツに白いスカートという格好で、八時間目にやってきた。

「えっと、その格好は…?」

「今日は、八時間目をお借りして玉城くんに見せたいものがあります」

そう言って彼女は音楽を流し始めた。どこからかポンポンを取り出し、フラダンスを踊り始めた。滑らかな腰の動き。でも、どこか不格好で、足を守るかのように踊っていた。もしかして、上原さんは足を痛めたために部活を辞めたのだろうか。

音楽が終わると、彼女は、フラガールから一転、いつもの上原さんに戻った。

「あ〜ごめんね、八時間目使っちゃって」

「いえいえ、素敵なものを見させていただきました。」

えへへと上原さんは笑う。俺は彼女の笑顔を見て、なんだか足を痛めていることを聞けなかった。

「また、見せてくれますか。アロハシャツ姿」

「アロハシャツ姿ならいくらでも」

上原さんはこれまでにないくらいに素敵な笑顔を見せた。


その日から数日だった。上原さんが右足に骨肉腫を負っていたことを知ったのは。夏休みが明けてから、彼女が学校に来ることも、八時間目に来ることもなかった。


俺は今日も1人で八時間目を過ごしている。彼女を待っている。すると、突然、強く風が吹いた。教科書のページが音を立てて、めくれる。

「玉城く〜ん!」

そんな声が聞こえた。外を見ると、桜吹雪の奥に、アロハシャツ姿の上原さんがいた。

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