16 オオカミのライオン
◇◇
ある日の事、オオカミの群れにとても大きくて力の強いオオカミが生まれました。
彼は強さ、大きさ、速さと、どれを取っても並外れていたので、みんなが彼を「ライオン」と呼ぶ事にしたのです。
しかしこのオオカミは体が大きい分、思慮に欠けていたので、みんなが「ライオン」と呼ぶのを真に受けてしまいました。
本物のライオンと付き合おうとする彼に向かって、年寄りのキツネがいいました。
「ライオンと付き合うなんて、止めておきなされ。いいかね、お前さんはオオカミたちの間では、その大きな体のおかげでライオンの様に見えるかもしれないが、しかしライオンの間じゃ、ただのオオカミにしか見えないんだよ」
年寄りキツネの忠告を無視したオオカミは、ライオンの所へ行って殺されてしまいました。
グループの中で一番だからといって、より実力のあるグループに入れるとは限りません。
イソップ物語「オオカミとキツネ」
◇◇
その後の道のりで、声を発する者は少なかった。
通夜のように静まりかえった行進に、時折、南方のくしゃみが響く。三人分のジャージを羽織っても震えが止まらない様子の南方を教師はバスへ誘うが、彼は頑なに歩くと主張した。
南方が川に落ちた後、染屋がすぐに彼を引っ張り上げた。
川は見た目以上に浅く、最初から濡れるのを覚悟すれば小島に渡るのは難しいことではなかった。冷たさばかりはどうしようもならなかったが、鍛えていればどうってことのない程度のものだったらしい。
すれ違った野球部は、危険な道より水浴びを選んだのだろう。
彼らが爽やかな笑みで去って行った理由に納得がいく。同時に、全てを黙って眺めていた鈴鹿の腹も見えたが、彼が陰湿なのはいまに始まったことではない。
南方を救出したあと、鈴鹿はすぐに教師を呼んだ。
びしょ濡れになった染屋や南方に怪我がないことは擁護教諭が確認してくれた。倒れ方が良かったのか、南方も小さな痣ひとつで済んだようである。川に叩きつけられたことを考えると不幸中の幸いである。
続行は許可されたが、南方を心配した教師がゴールまで同行することになったのである。
浅瀬であることがわかって安心したのか、試験問題を解くために名乗りあげたのは、意外にも流川だった。
彼女は器用に丸太を渡り、なんなく複雑な証明問題も解いてみせた。おかげで試験のノルマはクリアとなったが、エントリー問題の回答はまだ整っていない。
教師の目があるところで馬場に連絡を入れるわけにもいかない。
生徒会が堂々と教師に連絡をしたことへ染屋は不満をもらしたが、ルールは未だルールである。
口数が減った一行で唯一しゃべり続けているのが、元部活荒しの坂下であった。
「南方先輩、マジでかっこよかったっす。俺、南方先輩に会うために二河原に来たんだなって本気で思いました」
彼は、果敢にも丸太に挑んだ南方に感銘を受けたらしい。
坂下は唯一、丸太を渡る南方を正面から見ていた。そのことが関係あるのかどうかはわからないが、すっかり先輩を立てる姿勢の一年はべらべらと自身のことも語り始めた。
曰く、坂下が部活荒らしをしていたのは、自身の器用さが彼にとってはつまらないものとして認識されていたことが理由らしい。
「折角部活が勢いある学校に入ったというのに、周りは殆ど帰宅部でいいなんていうでしょう。本当に強いとこが初心者を門前払いするのは、指導力がないからっすよ。野球部やバド部なんて、殆どが中学から引き抜きっしょ。道具を持ったことないやつは帰れってマジで感じ悪い」
反対に、初心者を歓迎する部活の空気は、坂下にとってはぬるま湯のように感じられたようだ。
「少しやればできるようになるようなことを、皆で大真面目にやってて。まあ、進学校の部活なんてこんなもんかってとこばっかでした。あれで賞がとれるって聞いて、意味ねえなって」
だが、彼は体育祭で図書局の存在を知った。
そこなら実力が求められることもない。適度に日々の業務をやっていれば、そこそこ充実感は得られるかも知れない。彼にもそんな算段があったらしい。
ずっこける南方が面白かったと本人に言ってのける坂下は大物である。
「でも入ってみたら、結構バチバチしてるじゃないですか。面白いし、もう少しだけいようかな思ってたんですが、今日で考え改めました。俺、図書局に骨埋めます」
「そうか」
「一緒に切磋琢磨ってやつをさせてください。俺と先輩が力を合わせれば、高文連だって優秀賞は夢じゃないっす。というか、まずは学校改革っすね。二河原高校図書局の知名度をのし上げましょう」
「そうだな」
熱く野望を語る坂下に相槌は打っているが、小刻みに震える南方が聞いているかは微妙である。
どちらにせよ、新人局員はやる気を出してくれたようである。彼の声をバックに、二河原高校図書局一行はいつになく一体感を持って残りの道を歩んだ。
「南方は風邪を引くかもな」
同行してくれる大封先生が脅すように言う。
折角欠席がちの生徒も戻ってきたところだ。局長をはやくゴールに連れて行きたいと心がひとつになった我々がその日一番のポテンシャルをだしたのはいうまでもない。
歩くこと十分ほどで、ゴールとなっている湖に辿り着いた。
チェックシートと地図を返却し、解散となる。
先にゴールした者から順次バスで帰宅することができるらしい。僕たちが顔を見せると、事前に連絡を受けていたらしい教師たちが飛んできて、南方はあっという間に連行されていってしまった。
残された僕たちに、一人の教師が近づいてくる。
足を微かに引きずっているのは、司書教諭でもある平森だ。
彼は僕たちに労いの言葉をかけたのちに、エントリー問題の回答を求めてきた。
代表するかのように、城之が前に出る。
「先生。俺たちはちゃんと捕まえてた」
短い言葉だったが、平森には十分伝わったようだ。彼は団体エントリーの控えにはなまるを書いてにっこり と笑った。
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