14 生徒会の陰謀



 躊躇いを破ったのは、最後に追いついた染屋だった。

 彼はすたすたとぬかるんだ道を進み、鈴鹿の前に立った。伊達ほどではないが長身の先輩に見下ろされ、鈴鹿も意地の悪い笑みを引っ込める。

「生徒会のやつ?」

 僕らに確認した彼は、整った顔に威圧を乗せる。

 至近距離で鈴鹿に詰め寄った染屋は、ずっと確かめたいことがあったと彼に告げる。

「なあ、今年のエントリー問題。なにか変じゃないか?」

 学力すごろくの異名を持つ耐久遠足は、学校行事だ。

 学校が主催し、生徒会が取り仕切ることになっている行事だが、体育祭と違って委員会は作られない。

 全校生徒が参加する行事だ。マス目に立ち進行を管理しているのは教師たちで、生徒会は内部の要素を組み立てたに過ぎないようである。だが、一つだけはっきりと、生徒会の仕事だとわかっていることがある。

 団体参加のエントリーは、生徒会にする。

 つまり、エントリー問題も生徒会が考えたと推測するのが自然であった。

「個人のエントリーに、奇妙な問題は出されなかったと聞いている。変な問題で苦労しているのは部活動で申し込んだやつらだけだ」

 エントリー問題に正解すると、秋に行われる文化祭でご褒美がもらえる。

 だからこそ、部活動でエントリーをした方が有利な仕組みだ。文化祭ではクラスだけではなく、各部活動で出し物をするのが二河原高校の特徴である。予算の拡張や出店スペースの確保など、なんとしてでもご褒美がほしい部活は多いからこそ、団体で行動している生徒が多いのだ。

 逆をいうと、生徒会が出せるご褒美がほしいのは、部活に力をいれている者に限られていく。

 だが、肝心の問題は、不可能で無茶難題そうなものばかり。

「まるで、どの部活にも正解させたくないみたいだな。生徒会が部活動を制限しようとしている噂は本当のようだ」

 染屋が、休憩時間にした聞き込みを元に告げる。

 二度目の休憩は、皆で道端でおにぎりを食べた。

 その際、クラスメートから情報収集していた染屋は、今回のやり方に疑問を抱いたらしい。

 少人数で参加している安藤や三鷹にも確認済みだ。二河原の生徒は、教師の目を盗んで携帯端末を触るといういらない技術だけは磨かれている。

「……被害妄想だ」

 苦々しく告げる鈴鹿の目が、誰の目から見てもあからさまに泳ぐ。

 染屋は瞳に怒りを乗せた。

「剣道部はおまえたち生徒会が予算を削った所為で弱体化した。なのに成績は残せと圧がかかるから、無理な練習が必要になったんだ」

 彼が語るのは、春まで所属していた古巣の話だ。

 詳しい事情は知らないが、染屋が剣道の道を諦めるきっかけにもつながる話なのだろう。

 鈴鹿が口を噤む。

 迫力に気圧された様子の彼が静かに狼狽えているのを感じ、予算の話は真実なのだと察せられた。


 ここ数年、自由をうたう二河原高校も変化しつつある。

 長時間の授業に、減る一方の部活動の時間。年間行事が少ない図書局は比較的のんびりとしていられるが、人が集まらなくて掃除が進まないことだって多い。

 帰宅部の生徒が増えているのも、詰め込まれたカリキュラムが原因だ。

 年々、二河原の特に進学科に所属する生徒にとって、部活に参加するのは、比較的余裕がある証拠となっているようだ。

 毎日くたくたになるまで勉強したあと、さらに自分の時間を削って部活にあてる。それだけで変わり者扱いとなる進学校だ。各部活動、精鋭が揃っていくことは想像に難くないが、いくらあれこれ万能でも限度がある。

 本当は実力があるのに、勉強を理由に辞めてしまう生徒もいる。

 日々の勉強に追われるあまり、大好きな部活を辞めざるを得ない生徒や、活動についていけなくなる生徒もいるだろう。

 一年から運動部に所属していた染屋は、鈴鹿の反応に自分自身を軽蔑するようなため息をついた。

 先の高体連で、剣道部は惜しい結果を残したと聞いている。彼なりに愛着や罪悪感のようなものがあるのか、何も答えない鈴鹿から忌々しげに目を逸らす。

「部活の制限はともかく、エントリー問題が変なのは同意」

「鏡也」

 ふと、朝から碌に視線を合わせない従弟が話に入ってきた。

 没交流で冷戦状態の二人が近づくと、彼らは本当によく似ていることに気づくことができた。染屋の肩を叩いた伊達は、染屋とは反対に鈴鹿に朗らかな笑みを見せる。

「後学の為に教えてよ。今年から問題を変えたのはどうしてなんだ?」

 伊達の輝く笑顔に、今度は別の理由で鈴鹿がたじろぐのがわかった。

 耐え切れないとばかりに瀬成が小さく噴き出す。

 杉江も遠慮がちに肩を震わせ、城之だけが首を傾げている。

 顔のいい男の圧は、恐ろしい。

 僕は彼らと仲間になれたことに感謝しながら、鈴鹿が折れるのを見守った。

 まとめ役の南方は、染屋が前に出てからは傍観の姿勢だ。

 鈴鹿はうろうろと視線を彷徨わせたあと、観念したように口を開いた。

「これまでの汎用問題だとあまり効果はなかったという意見が出ただけだ。誰かが答えを知ってさえいれば、そこで会話は終了する。エントリーはしても団体で行動するメリットはなく、空中分解している集団も多かった。ルールにそぐわない行動にも特権を与えていると、いつか不公平が生まれてしまうだろう」

「真面目にルールを守ったやつが馬鹿をみるってことか」

 確かに現在のルールならば、団体行動を宣言したあとの一時離脱などは可能だ。道中、常に誰かが人数をカウントしているわけではない。体調などの理由で休憩をするのならともかく、最初と最後だけ団体に所属し、あとは自由行動をすることだって可能だ。団体参加の場合、地図とチェックシートは代表が持つ。つまり、団体エントリーをしたのをいいことに、さいころや試験に参加せずに歩き続けることも仲間の同意さえあれば可能なのだ。

 考えもしなかった抜け道に、皆が顔を見合わせる。

「そこで、生徒会が情報と人材を駆使し、難易度が高い問題を出すことになった。人が多ければ多いほど情報も集まり、有利となるようにな。教師も行方不明の生徒を探す手間が省けるから歓迎してくれた」

「じゃあ、今年の一年にすごろくの存在を隠したのは?」

「くだらない教師の固定概念を崩すためだ。実際、多くの生徒は自分で情報を集めた」

「いまは、携帯電話で情報交換できちゃいますからね」

「数が証拠になる。くだらないルールは即刻撤回すべきだ」

「え」

 鈴鹿の答えに、複数人の声が重なる。

 伊達の脅しに笑いこけていた女子たちも顔を見合わせ、相変わらず城之だけが首を傾げている。

 皆が鈴鹿を見つめる。

 注目を集めた彼は頬を微かに上気させ、やけくそのように滝に指を向けた。

「それより、課題はいいのか。あと二十分もすればバスが追いつくぞ」

「もうそんな時間か」

 南方が時計を確認する。

 無駄足が多かった図書局にとって、ここが最後のチェックポイントとなるだろう。ここまで来てゴールができなかったとなれば、これまでの苦労は水の泡である。染屋もひとまず議論を保留することに合流し、架け橋の耐久性を調べ始める。

「なあ、いまのってどういうことだ?」

 城之が僕に尋ねる。

 声を潜める理性はあったらしい。本当に理解していない様子の友人に、僕も小声で返事をする。

「生徒会が校内での携帯端末の使用を生徒に推奨したってことだよ」

 情報は隠そうとするほど広まるものだ。

 禁止をすればするほど、違反者がでてくる。

 ならばいっそのこと使用する場面だけを制限し、あとは自由にさせればいい。生徒会の考えとしてはそんなところかもしれない。

 数年前まで、市内の地下鉄では電波を発する電子機器の使用は禁止されていた。しかし、現在は専用席付近の使用だけを制限し、あとは自由となっている。海外の地下鉄では、車内に無料電波が搭載されていることもあるという。時代の変化に合わせてルールが変わるのは珍しいことではない。

 実際、現代の機械は優秀で、電波程度で狂うものは少ないようだ。航空機に電卓すら持ち込むことができなかった時代と違い、至近距離に密着させなければ影響がないとも耳にする。

 授業中に盗み見るのでなければ、使用禁止のルールを撤廃したい。

 後に暮林会長が教師たちを説き伏せていることを知るが、遠足中の僕はまだ知らない一面だった。


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