8 局長の秘策
耐久遠足攻略のために集まった図書局チームは、随分とバラエティー豊かな面々となった。
「さあ、行くぞ皆の者」
意気揚々とチェックシートを振りながら先頭を行くのは、我らが局長、南方怜音。
その後ろに彼の親友、伊達鏡也が続き、彼らを慕う城之修二が続いた。
少し離れて歩くのは流川すみれと瀬成万里亜だ。
一年の女子二人に続いて、一人、見慣れない女生徒もいる。
彼女は杉江絵里といい、瀬成の友人のようだ。彼女は帰宅部で、普段は上級生との関わりを持たない。罰則回避のために瀬成が彼女を誘ったと聞いている。
殿を行くのは三年の染屋嵐と、一年の坂下煌樹だ。
彼らが地図を広げてルートをあれこれと相談している声は賑やかで、まるで漫才を聞いているかのようであった。息が合う相手が見つかったのは羨ましい限りである。
僕、椿斗真の横を歩くのは、親友の桶田大輝だ。
桶田は体力に自信がないようだが、いまのところは南方のペースにもついて来れている。
学年問わず、様々な問題が待ち受けているという学力すごろくは、生徒が多いほど有利になった。
野球部やサッカー部など、部活動の繋がりが強い生徒は、部活動単位で行動するのが伝統らしい。文化部もその伝統にならって団体行動するのが最近の主流らしく、気合いの入った円陣の声があちこちから聞こえてきた。
となると、計十人とはいえ、やはり図書局は少数精鋭だ。
人数が少ないからこそ、有利な点はある。そういって南方が選んだ森の小道に入る。
そちらはショートカットコースのようだ。道は険しく、選ぶ生徒も少ない。しかし、距離はかなり稼ぐことができるようだ。
入口でふったサイコロは、早速、六が二回出た。
代表して幸運を引いた染屋は上機嫌である。最初に試験を回避し、体力があるうちに長い距離を移動できるのは順調な出だしといえるだろう。
だが、いきなり獣道を進むのはイレギュラーな選択だ。
虫も出るし、大型の生物はいないと聞いていたが、危険がゼロとは言い切れない。体力を温存するべきだと主に女性陣が主張する。だが、最終的に決定を下したのは南方だった。
「エントリー問題を解決するための秘策なのだ」
ざくざくと隘路を踏みしめながら、南方はいう。
木々の隙間から、時折、正規のルートを歩く生徒の姿が見えた。つまり、向こうからもこの険しい道を進む一行が見えているということになるが、少し高いところにある道を注目する生徒はいない。
のろのろと進む無数の後頭部を眺めながら、地図上で数マス分の距離をどんどん進んでいく。
ふと、それまで平行に見えていたアスファルトの道が曲がった。
サイクリングロードとなっている遠足経路は、まるで道に挑む人間を苦しめるような曲がりくねった道になっているという。道は頂上を越えるまでずっと登り坂だ。
獣道もそこは同様だが、こちらは一度入ってしまえば傾斜は緩やかのようである。地図に乗っているから、こちらも学校側に想定されたルートであるというのが驚きだ。
獣道が大幅なショートカットなるのは、曲がった道もそのまま突っ切ることができるかららしい。
地図によれば、正規ルートとの合流地点もいくつか存在する。
僕たちのように大きな数字が出た生徒にとっては最適な道だが、マス目のために戻る必要が出てくることを考えれば、やはり得策とは言い切れない。
だが、南方は自信たっぷりに皆を鼓舞した。
数十分、ガタガタで泥や土に足を取られる道を進むと、やがて少し開けた空間にでた。
相変わらず、眼下に道は見えない。
南方は腕時計を一瞥すると、最初の休憩を提案した。
歩き始めたときは、体力に自信のある運動部の生徒がショートカットを試みる姿もあったが、いつの間にか周囲には誰もいない。いまはしばらく、この日当たりのいい草むらを独占できるようだ。
真っ先に足を伸ばしたのは女性陣だった。
坂下や城之が続き、皆が持参した水筒などを開ける。
「まさに耐久」
黙って着いてきていた桶田も、額にうっすらと汗を滲ませていた。
それぞれが自分のジャージや鞄を下敷きにして、乾燥した地面に腰を下ろす。汚れることに慣れていない現代人といえども、疲労の前では細かいことが気にならなくなるものだ。
「レオ、少しペースが遅くないか。十二マス進めるとはいえ、そろそろ最初の課題をクリアしていないとまずい」
切り株に腰掛けた伊達が告げる。
学力すごろくの恐ろしいところは、どんなに体力に自信があるものであっても、試験で躓くとゴールできない可能性があることだ。
よって、できるだけはやく指定のマスに辿り着き、課題を解きながら身体を休める、というのが必勝法となるようだ。
地図を広げる。
僕たちが最初に向かうマスには、もう少し歩く必要がある。
「うむ。やはり人数が多いとそれだけペース配分は難しいものだな。しかし、まだ想定内だ」
南方は素直に認めるが、その自信ある表情は崩さなかった。
頭上で、名前も知らない鳥が鳴く。
すっかり嗅ぎ慣れてしまった木々や土の香りが、家から持参した水の味を特別なものに変える。
首筋をいつのまにか覆っていた汗を拭う。気だるい疲れが足を包む。
そんな非日常の空間であっても、彼はまるでいつのも司書室にいるかのように自信に満ちあふれている。
「それに、ここまで来れば、教師や生徒会の目はない」
皆を見回した南方が、にんまりと笑う。
指定ジャージのポケットをさぐった彼は、入っていたものを皆に掲げる。
それこそが彼の作戦なのだと気づいて、僕は拍子抜けしてしまった。
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