6 可能性を育む挑戦と努力



 耐久遠足当日は、晴れた。

 空は微かに雲がかかっていて、風もある。暑すぎない気候は歩くのにちょうどよく、熱中症の心配もなさそうだ。

 生徒は体育祭の際にも使ったバスで連行され、スタート地点につき次第出発となる。

 入り口には、団体でエントリーが済んでいる生徒のために待機スペースが用意されていた。当日エントリーの枠もあるらしく、直前になってすごろくの話を聞いた一年が必死に仲間を探している姿も目についた。


 何も知らないまま少人数で歩き出す生徒は、いつ試験の話を聞くのだろうか。

 僕は遠ざかっていく白いジャージに同情しながら、先輩たちの到着を待った。

「君が図書局で助かったよ。そうでなければ、僕は夏休みの家族旅行を欠席する羽目になった」

 共にバスに乗ってきた桶田が嘆息し、寒くもないのに腕をさする。

 僕は友人の反応に安心して、こればかりは素直に南方に感謝した。

「去年、馬場先輩と佐羽先輩はここで南方局長に出会い、図書局に勧誘されたらしい。それ以来の友情と聞いたら、耐久遠足へのロマンに興味を持たざるを得ない」

「へえ。彼らの物語もいろいろあるんだね」

「そう。だから僕は彼らを事細かに観察し、更なるエピソードを引き出すべく……」

「あ、あれが図書局かな」

 マイペースの桶田は、到着したばかりのバスから降りる生徒に手を振った。

 参加が危ぶまれていた伊達の姿もある。流川も結局合流することが決まり、いつもの顔ぶれが揃いそうだ。

 遅れて南方が姿を現し、僕を呼びよせる。

「先にエントリー問題をもらいに行くぞ。毎年、この瞬間が一番緊張するのだ」

 先輩たちに問い詰めた結果、エントリー問題なるものの正体はすでに判明している。

 事前にエントリーを済ませたグループは、受付時に、生徒会のチャレンジを受ける権利を持つ。

 なぞかけのような問題を出され、ゴールまでに答えを一つ用意すればいいらしい。

 初対面の生徒同士で組んだグループであっても会話が弾むように、という粋な計らいのようだが、不正解だとやはりペナルティもあると聞いたら、結局いじめにしか思えなかった。

 ちなみに正解だと、秋に行われる文化祭でちょっとしたご褒美がもらえるらしい。

 南方は去年も図書局でエントリーしたようだが、問題は正解できなかったと苦々しく語った。

「よく挑戦する気になれますね……」

「何事も『可能性を育む挑戦と努力』だ。何、校庭数周くらいのペナルティなら軽いものだ」

「え、ちょっと、それってマジでアカハラ……」

 焦る僕を置いて、南方はずんずんと歩いていく。

 人込みを抜けてやっと追いついたとき、南方は目つきの悪い生徒と対峙しているところだった。

 彼が生徒会の人間らしい。二年のジャージを身に纏った生徒は、南方と提出したエントリー用紙をじろじろと見比べている。

「図書局、か」

「うむ。勿論、今年も挑戦する」

「そうだな。じゃあ、ぴったりな問題があるから聞き給え」

 陰気で猫背の生徒が、僕らを見上げる。

 口を開いた彼は、気持ちのいい六月の空を曇天に変えるような陰気さで、僕らへの課題を読み上げた。


「ジェヴォーダンの獣を掴まえて、共にゴールせよ」



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