4 緊急事態
二河原高校には、いくつかの年間行事が存在する。
そのうちの一つが、六月末に行われる耐久遠足である。
二学期制の二河原高校にとって夏休み前に行われる最後の行事で、二河原に入学した生徒が「春のうちに友人をつくれ」と言われる理由でもある。
二河原高校が男子校だった時代からの伝統行事は、その名の通り、生徒の耐久力が試される遠足だ。
その距離にして二十四キロ。
サイクリングや市のウォーキングイベントにも活用される長い道をとにかく歩く行事だと聞いている。
友人と共に長い道のりを歩くことで、友情が深まり、ゴールに辿り着いたときには達成感を得ることができるよ。耐久遠足で培った友情や精神力を生かして、今後の生活を送ってほしい。行事に込められた願いは立派だが、内容だけ聞けばいじめとしか思えない地獄の伝統である。
遠足のオリエンテーションは、すでにクラスごとに行われたはずだ。
南方の持つプリントも全員に配られ、こればかりはクラス、学年の垣根なく全員の出席単位がかかっている。
「嵐先輩はご存じの通り、この耐久遠足には数年前から特別ルールが追加された」
「すごろくな。あれ、今年もあるのか」
「生徒から不評すぎて廃止寸前と噂はあるが、責任者の大封先生が現役のうちは従わざるを得ないらしい」
新入生にはわからない会話をした染屋と南方は、遠い目をして僕たちの知らない嘆きを見せる。
馬場が静かに離れ、カウンター側に戻るのを見る。
首を傾げるしかない僕たちは、上級生が話を戻すのをただ待った。
「とはいえ、これはチャンスであることには変わりない。今年も図書局でエントリーしようと思うが、皆に異論はないな」
南方の問いかけに、染屋が頷く。
逆にいうと、それ以外の一年は頷きようがない。
南方はようやく一年の反応に気づいたようで、童顔に疑問符を無数に張り付けた。
「君たち、聞いていないのか?」
「聞くも何も……、さっきから、何の話かさっぱりです」
瀬成が代表して答え、皆が頷く。
オリエーテーションでされた説明は、途中数カ所にチェックポイントがあるという簡単なものだけだった。
道のりに教師や生徒会が待機して、いつでも離脱は可能らしい。胸をなで下ろした生徒たちにゴールしないと十分な成績とならないと脅す担任の顔が記憶に新しい。
裏を返すと、僕の知識はその程度だ。
一年が情報交換する。皆、受けた説明は同じようなものらしい。
真顔だった南方の表情が、次第に変化する。
最初は驚き、そして徐々に恐怖に染まるのを、たっぷり時間をかけて後輩に見せた。
いつもの大げさな反応かと思ったが、染屋が同じ表情をしているのは意外だった。見れば、扉の向こうで馬場も青ざめ、同情的な瞳を一年生に見せていた。
これは、緊急事態だ。
僕がようやく察したとき、南方が同じ台詞を叫んだ。
彼の手で、書きかけの原稿用紙がつぶれる。
一行目に「反省文」と書かれていることに気づいた僕は、野暮な指摘は後にしようと心に決めた。
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