3 作戦会議
「遅かったな、トマ」
その日の授業が全て終わった後、僕はいつもの通り図書館へ向かった。
六月の新体制になった図書局は、それまでのカウンター当番表を大きく書き換えることになった。
毎週水曜日には南方が座っていたカウンターは、伊達が代わりに担うことになった。利用者が少ないときはどうせ無人になっていることが多い。僕は誰もいないカウンターを横切って、奥の司書室に向かう。
水曜日は、職員会議の日だ。
平森が不在のためか、南方が司書教諭の机を利用している。
パソコンの前でなにやら原稿用紙を広げていた南方は、相変わらず利用者を気にしない大声で僕を出迎えた。
「局長、声でかいです」
「うむ。トマは早々に衣替えをしたのだな。学生たるもの、真っ白なポロシャツが一番心地が良い。そうは思わないかな」
「学校指定のポロシャツ、ダサいからあまり着たくないんですけどね……」
女子はベスト、男子はポロシャツと決まっている二河原高校の夏服は、男子のダサさが異常だと有名だ。
一年中ワイシャツの着用を義務付けられている女子生徒は男子の身軽さが羨ましいようだが、男子からすれば誤魔化しようのないシルエットを晒すことに等しい。変に厚い生地は風も通さず、野暮ったさばかりが強い印象だ。
年齢のわりに小柄な南方も、ポロシャツの裾が余って着られている印象が強い。
だが、本人にその自覚はないようだ。
自信満々な彼は、何やらご機嫌な様子で原稿用紙に文字を書き殴っている。
「椿は似合ってるよ」
「染屋先輩」
奥で文庫本を広げていた先輩が、僕を眺めて言う。
美丈夫の彼に言われれば悪い気はしない。反射で謙遜しかけて、喉の途中で言葉が変わる。
「あれ、どうして染屋先輩がいるんですか」
「伊達は風邪で休み。とうとう本格的に二年で風邪が流行ってる」
カウンターを振り返った僕に、返本作業から戻ってきた馬場が答える。
彼はそのままカウンター用の丸椅子に腰かけ、利用者に配るボールペンの補充を始めた。奥から出てきた瀬成も彼の傍に座り、物憂げに肘をついた。
「保健室の先生が、衣替えの時期は風邪が流行るって言ってましたよ。変えるの早いんじゃないんですか」
「暦上は夏なのにね」
瀬成がぼやき、馬場はのんびりと答える。
まだブレザーを愛用している二人は、まだ一つ前の季節にいるらしい。そこだけ桜が残るような光景を眺めていると、本を閉じた先輩がぼんやりしていた僕を小突いた。
「椿、いま俺の顔を見て首を傾げたな」
「いやあ、染屋先輩が伊達先輩がいる日に図書館にいるなんておかしいなんて思っていませんよ」
「全部言ってる」
気安い会話を先輩と交わしながら、荷物を置きに書庫へ逃げる。
今日、一年は全員揃っているらしい。荷物置き場になっている書庫は教科書やワークドリルが詰まった鞄がスペースを埋めている。
反対に、先輩たちの薄い鞄は少ない。今日は佐羽や安藤が来ていないらしく、三鷹の姿もない。
僕はポケットから携帯電話を取り出して、新しい通知が届いていないことを確認する。
数学の自習時間、南方からの集合の号令が届いた。
図書局全員が参加しているグループチャットは、坂下の提案でできたものだ。以来、何気ない瞬間にしょうもないやりとりを重ねることが図書局の習慣となっている。
各々のスタンプで埋まったメッセージ欄にも個性が出る。
自習中の僕はともかく、授業中に号令をかける局長がどこにいるだろうか。呆れた気持ちで画面を眺めていると、意外にもぽろぽろと既読がついていくのがわかった。二河原高校は本来、校内で携帯電話の使用が禁止されているはずである。
「ところで局長。授業中にメッセージ送るの、やめてくださいって言いましたよね」
司書室に戻って抗議をすると、原稿に覆いかぶさっていた南方はいつもの生返事をした。
瀬成が肩を竦め、坂下が無視をされた僕を揶揄う。
「それほど、緊急事態だったということではないでしょうか。局長、そろそろご説明してくださると助かります」
助け船を出してくれたのは、流川だった。
生真面目な彼女は、誰に対しても丁寧な口調を崩さない。
口調に驚いたように目をあげた南方は、ようやく自分に注目が集まっていることに気づいたらしい。
彼は原稿用紙をそそくさと畳んで、いつものもったいぶった様子で司書室を見回した。
「さて、全員揃ったようだな。いや、今日は不在の者も多いか……。風邪にはくれぐれも気を付けたまえ」
「俺、めっちゃ元気なんで大丈夫っす」
南方の前置きに、坂下が場違いなほど明るく答える。
また目を丸くした南方は、咳払いでいつもの調子を取り戻した。
「で、今日はなんで収集かけたの」
染屋が促し、馬場がさりげなく椅子を司書室側に移動させる。
全員の注目を改めて確認した南方は、一枚のプリントを取り出した。
「今週末に行われる耐久遠足についての、作戦会議だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます