21 部活荒らしと目立ちたがり



 ひとしきり笑い転げたあと、南方はきちんとタネ明かしをしてくれた。



 なんでも、坂下の主張は、一年前の彼らの主張と全く同じものだったらしい。

 つまり一年の分際で過去のやり方にケチをつけたのは、坂下が初めてではないということだ。

 僕の推理は概ね合っていて、馬場が奥から過去の企画ノートを取り出してきた。宣伝を増やし試行錯誤したあとが残っていて、坂下はほんのりと頬を赤くした。

「鏡也先輩も知ってたんなら、言ってくださいよう」

「話し合いが行われた当時、鏡也はまだ図書局員じゃなかったからな。知らなくとも無理はない」

「坂下、悪い」

 信頼していた先輩に裏切られた男は、しょんぼりと肩を落とす。

 先輩に生意気を言ったツケだと三鷹は笑い、馬場は真面目な顔で後輩に謝った。

「南方の指示だったんだ。今日は一年の意見を聞きたいから黙っていろって」

 ポケットからいつもの棒つき飴を取り出して後輩に配った彼は、長机の定置に戻った。改めて広げられたノートには、過去の反省もびっしりと記されている。

 

「じゃあ、先輩達もやられたんですか。独自の新聞を作ったり、メダルを作ってみたり」

 ノートを覗いていた流川が尋ね、南方が頷く。

「ビラも作ってみたし、毎朝校庭で挨拶する生徒会に混ざって呼びかけたこともある。だが、ある時に全て無駄だと気づいたのだ」

「ある時?」

「確かに宣伝をすることで注目を浴びた。図書館の利用者も増えて、一時期は図書局への注目も集まった。だが、一方で貸出率は減ってしまった。多くの生徒が図書館を覗きに来るようになって、それまで通ってきていた生徒を遠のかせることになってしまったのだ」

 宣伝の効果は確かにあった。しかし、好奇心で覗きに来る生徒の増加は、一時的なものだったようだ。

 本を実際に借りた生徒も少なく、労力を使うわりに効果はあまり見られなかった。

 常連の生徒は図書局が注目されたことで、それまでのようにのんびりと本を読める空間ではなくなったことに不満を抱いた。

 結果、宣伝をすればするほど図書館は閑散とすることになり、彼らはそれらの行為が無意味だったと悟ったのだ。

「本は強要されて読むものではない。人は本を読みたいと思った時が、一番本と向き合うべき時なのだ。基本に立ち返り、自分たちが読書をするのに心地いい空間を構築しなおした結果が、現在の二河原高校の図書館というわけだ」

 過剰な宣伝を辞めた彼らも、それ以上何もしなかったわけではない。

 この先は以前、安藤に聞いたことであった。


 数年前までの二河原高校図書館は、読書をするというよりは、試験勉強をする空間として認識されていたらしい。

 専用の自習室ができるまで、放課後に使える教室は図書館くらいであった。そのため、残って自習をする生徒で閲覧スペースは埋まり、書架で雑談をしようものならどこかから咳払いが飛んでくるような場所だったらしい。

 自習室が出来たことで、それまでピリピリとしていた空気は消えた。同時に生徒も消えて、ますますと二河原高校図書館は閑散とした。


 それを機に図書局は、棚や机のレイアウトを大きく変え、いまの構成に落ち着かせたらしい。

 それまで閲覧スペースが中心だった空間に、書籍サイズごとの大小さまざまな棚を用意した。

 ジャンルごとに本をまとめ、それぞれの趣向に合わせて本を探しやすいように工夫を凝らした。

 新聞や雑誌もいくつか導入し、時間を潰したい生徒の為にゆったりとしたソファーも置いた。

 カウンターからの死角を減らし、書籍の盗難が減るようにしたのも、最近の試みらしい。これに関しては春の丸善化現象を踏まえてさらなる改善が課題となってはいるが、染屋が責任者となって夏までの改良が決まっている。


 二河原高校の図書館は、まず入ると、その書架の量に驚く。

 そして足を踏み入れると、床張りの絨毯の感触もあって、とても静かで落ち着いた空間であることに気がつくだろう。

 書籍は常に局員が整理し、分類番号順に並べられている。

 設備は古いが、落ち着ける空間。

 それが、現在の二河原高校図書館である。


 生徒の読書活動を促し支援するのが、本来の学校図書館の役目だろう。

 しかし、二河原高校図書局は、無理に生徒に本を読むことを強要しない。読書時間などを設ける学校が増えている中、読まない自由も尊重する。

 それは、本当に読書が好きな生徒が集まる図書局の存在があってこその「自由」である。


「とはいえ、煌樹おうじゅの向上心は立派だ。いまの図書局ならば一歩先の宣伝も効果的に進められると思うが、ジャンはどう思う?」

 南方が、緊張のとけた会議を軌道修正する。

 話を振られた馬場は万年筆をくるくると回したあと、いつもより掠れた声で答えた。

「平森先生と、月ごとのMVPを決めたらどうかという話が出ている。それに何か特典を作るのはアリだな」

「それこそ、校内新聞で毎月掲載してもらえば、宣伝になりますね」

 流川がきびきびと告げる。坂下も不承と言った様子で頷き、伊達が見るからにほっとした顔をした。

「特典って、メダルとかですか。制服につけられるような」

「制服に余計な装飾品をつけるのは校則で禁じられているんですよ、瀬成さん」

「そうなの? だって生徒会はネクタイピンをつけているし」

「あれはあの人たちの特権」

 一年女子のやり取りに、三鷹がうんざりと言った様子で補足する。

 自尊心の強い思春期の少年少女たちにとって、生徒会のバッチはちょっとした羨望の的である。何故なら、見た目での説得力があるからだ。

 特に普通科では、生徒会の証をつけている人間は教師からの信頼が強いという格差社会が出来ているらしい。

 普通科はスポーツ推薦や運動部の生徒が多く、進学科に比べると素行が悪いと言われている。

 そんな中でネクタイピンがあれば物事が有利に進むこともあるらしく、大学推薦ももらいやすいとまで噂されていた。

「メダルは作れなくても、ちょっとしたものでいいんじゃないですか。春の展示で配っていた栞も好評でしたよね」

「あれ、使ってる」

 僕の発言に、珍しく城之が反応した。

 彼は自分の胸ポケットを探ると、見覚えのあるリボンがついた紙片を取り出す。春先に先輩達が大量生産していたものの一つで、すでに草臥れた様子なのは彼が常にそこに入れているからだろう。

「そこに入れるの、いいね。リボンじゃなくてもっと可愛いもので作ったら、勲章みたいにいれておけるかも」

「それで興味を持ってもらえれば、宣伝にもなりますね」

「可愛いものって何でしょう。ビーズとか、ミサンガとか?」

 伊達のアイディアに女子たちが活気立ち、男たちは取り残される。

 女子のノリについていける伊達も流石だ。

 馬場を見れば、彼は再び貝のようにマスクの下に表情を隠していた。瞳は何かを思案しているように虚ろで、指先では、まだ器用に万年筆が回っている。

 急に僕は、あることを思い出した。

「そういえば、ペンがありますよ」

「ペン?」

「備品の整理をしたときに、大量に出てきたんです。売店のペンで、うちの学校名が入ってるやつなんですが」

 二河原高校地下の売店には、簡単な軽食の他に、様々な学用品も売っている。

 ワイシャツや靴下に至ってまで専用の二河原高校では、それらの消耗品を生徒が好きなときに買えることになっている。ノートやルーズリーフなどが店よりも安く手に入るということで、愛用している生徒も多いだろう。

 そこに売っているボールペンが、何故かカウンターの中から大量に出てきたのだ。

 どれも卒業生の置き土産や、平森の収集癖によるもののようだが、一生分の使いかけボールペンは処分にも困っていたのだ。

 ひとまずまとめた棚から取り出す。

 量は、毎月数人に配っても余るくらいはあるだろう。

「ここに何かビーズでもつければ、胸ポケットにいれても可愛いかも」

「筆記用具なら装飾品になりませんしね」

「ま、貰っても困らないかもね。ここにあるよりはいいかも」

 皆の賛同が集まり、南方も満足したように頷く。

 元は誰かが購入した物だが、いまは図書局の備品だ。転売をするわけでもないから、このくらいの活動は学校も目くじらを立てまい。

 もらった生徒が胸ポケットに入れるかはともかく「図書館で本を読むとペンがもらえる」という特典は、学生にはちょうどいいだろう。口コミで広がる可能性も高い。


 細かい作業が得意だという瀬成が中心になって、ペンの装飾を作る係が割り当てられる。流川は校内新聞の原稿を作ることになり、坂下もそれの手伝いに決まった。

 今日の議題は、それで終了らしい。

 局長が解散を宣言し、皆が満足気な表情で立ち上がる。

 これから館内と書架の清掃を行うが、まだ閉館までは時間があった。読書をする人の横で掃除機をかけるわけにもいかないので、各々が自由に行動し始める。


 役割を得た一年は、さっそく奥の書庫に道具を探しに行った。

 手が開いた者は返本作業をはじめ、取り残された城之がカウンターに入る。入れ違いで戻ってきた平森は、会議の様子を聞いてにっこりと目を細めた。



 司書室に残って議事録をまとめていた馬場は、まだ本調子ではないようだ。

 時折咳き込む姿に、皆が遠巻きにする。そんなときでも近づいて様子を見ようとする伊達はどこまでも面倒見がいい。

 僕は、資料を片付けていた南方へ近づいた。

「局長」

「うむ。どうしたトマ」

「今日の会議、どうして坂下を泳がせていたんですか」

 書庫に入ってしまえば、司書室の声が聞こえないのは実験済だ。

 本を守る為に防火設備がしっかりとしているのだろう。二つの部屋を隔てる壁は厚く、互いの悪口を言うことだって可能だ。

 とはいえ、扉が開いていれば声は筒抜けである。

 僕は彼らがこちらに注目していないのを確認して、金曜日に佐羽と南方の会話を聞いていたことを明かした。

「月のMVPを決めることも、何か特典を配ることも、決まってましたよね。馬場先輩が休みだったから、月曜日の会議で詳細を決めようとお二人は話してました」

「うむ。そうか、トマには聞こえていたのか」

「なのに局長は僕たちに『名誉読書勲章』について改善することはないか尋ねましたね。馬場先輩に口止めまでして」

 最初から決まっていた結論に、南方の根回し。

 そうなると佐羽が休みだったことも作為的に思えてしまうが、彼女の名誉は咳き込む馬場が保証している。

 見れば、馬場と伊達もこちらの会話に耳を傾けていたらしい。

 彼らは不満を告げる僕に苦笑いで答えて、各々の作業に戻った。


 ここではなんだからと、南方が僕を館内へ連れていく。

 図書館の一番奥には、ちょっとした娯楽スペースもあった。

 これも大改造の結果できあがった空間らしい。そこにはクッションや古びたぬいぐるみが並んでいて、授業や読書に疲れた人間が昼寝をできるようになっていた。

 大きな窓から、夕日が差し込んでいる。

 ここのところ冬のような寒さが続いていたが、明日からはまた暖かくなるらしい。北国の春はそうやって季節を行き来しながら、少しずつ進んでいく。

 放置されていた座椅子に腰かけた南方は、先ほどよりも得意げな笑みを僕に向けた。

「君への答えは簡単だ。私は、『部活荒らし』の実力がどんなものか見たかったのだよ」

 坂下煌樹。

 体育祭の宣伝を見て図書局に興味を持ったという普通科の一年。

 図書局メンバーに知り合いはおらず、彼を図書館で見たという記憶も薄い。のちに知ることだが、彼が初めて図書館に訪れたのは春の図書館ツアーを覗けば、入局の意思を伝えに来た日だったらしい。

 彼の異名は、南方が友人から仕入れてきた情報だ。

 なんでも、入学から彼は様々な部活に体験入部して、すぐに退部を繰り返しているらしい。

 出身中学ではほとんどの部活動から出入り禁止の処分を下されていた。そんなわけありの男が何故図書局をターゲットにしたのかはわからないが、注意をするように僕たちは言われている。

「あそこで坂下がわざと空気を悪くしていたのも気づいていたんですね」

「ジャンには口を出すなと固く指示していた。でなければあんなイキり発言に対して、あの男が黙っているわけないだろう」

「確かに。馬場先輩の体調が悪くてラッキーでしたね」

 思わず笑うと、南方も歯を見せた。

 馬場は南方の指示は大人しく聞く方だが、時には局長相手でも容赦ない。今日は静止役の安藤もいないこともあり、坂下は随分と危ない橋を渡ったというわけだ。

 それらも踏まえた作戦なのだとしたら、南方はそうとうやり手である。

「門を潜った以上、図書局は歓迎する。あの男が目的を果たせずに離れていくのであればそれでいいが、余計な遺恨を残す必要もあるまい」

 彼は結果、坂下にも役目を与え、自尊心を傷つけることなく場に溶け込ませた。

 やはり、不思議な人だ。

 座椅子の上であぐらをかく姿はどこにでもいる高校生にしか見えない。むしろ小柄な容姿は彼を年齢よりも幼く見せ、頭が回るようには見えない部分も多い。

 だが、ここにいる誰よりも司令官には向いている。

 認めざるを得なくなってきている事実に、僕はまた目を逸らすことに決めた。


「無駄な会議をしたと知ったら、三鷹先輩が怒りそうですね」

「トマには口封じが必要か?」

「さっき馬場先輩にもらった飴で十分ですよ」

 彼が大袋で買っているという飴は、久しく食べていなかったものだ。あとでこっそり部屋で食べようと決めて胸ポケットにしまうと、南方がふいに立ち上がった。

 彼はどこかからリボンを取り出すと、僕のポケットから覗く棒に短い切れ端を結んだ。

「ゆくゆくは図書局にも専用のネクタイピンを作らせたいという野望があるのだ。いまはそれで満足したまえ」

「先輩、多分それは不可能ですよ」

 実現できたとしても、僕らが在校している間は無理だろう。

 三年という短い月日で出来ることは少ない。でも、やろうとすることはできる。

 それを教えてくれた彼は、大人びた笑みで仲間の元へ戻っていった。

 まだ閉館していないというのに、声がここまで聞こえてくる。

 向上心と自尊心の塊である図書局は、物静かとはほど遠い。それもそのはずだ。もしただ本が好きなだけだったら、自分一人で読んでいればいいのだ。


 安藤が、目立ちたがりの集団と言った理由も、いまならわかる気がする。

 こんな地味で目立たない役割を率先してやりたがる人間が、控えめで大人しいわけがない。

 仲間がほしくて、誰かと一緒にいたくて、皆ここに集まってきている。

 生徒会のような花形でも、吹奏楽や放送局のような専門技術を学べる場所でもない。特権といえばカウンターの向こう側にいけるということくらいだろう。


 そんな些細な自尊心を満たす空間は、今日も穏やかだ。



「来るもの拒まず、去るもの追わず、ですか」

 自分自身にも向けられる刃は、今日も心地がいい。

 僕はポケットに常に入れているノートを取り出して、今日の出来事を簡単に記録した。


 今日も、二河原高校図書局は平和である。



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