20 堂々たる美丈夫は始終自慢話をしている




 二河原にこうら高校図書局会議は、毎週月曜日に行われる。



 ◇◇ それは不可能です、ナポレオン 幕間

        堂々たる美丈夫は始終自慢話をしている ◇◇



 週の始めで忘れにくく、先週からの引継ぎもしやすいという理由で曜日が決められているらしい。

 ついでに生徒会の会議が毎週火曜日と決まっていることから、決議したことを報告しに行くのにちょうどいいという都合もあるらしい。

 僕は生徒会から下りてくる書類の締め切りが毎週火曜日の理由を知って、二河原高校の生徒活動は案外合理的なのだと感心した。


 司書教諭の平森がカウンターで生徒と雑談する声が聞こえる。

 閉めた扉の向こうでは、いつも通り長閑な放課後が広がっているのだろう。

 図書館の常連の中には、会議が月曜日なのを知っていて狙って訪れている者もいるという。

 曰く、図書局がいない方が図書館が静かでいい。

 そんなことを言われてしまう図書局のにぎやかさは、いくら改善しようとしても直らないらしい。


 一般的に、本を読む人間は物静かだと思われがちだろう。

 だが、二河原高校の図書局を見れば、そんなことはないと断言できる。

 むしろ、普段物静かに一人で本を読んでいる分、気を許したところでは饒舌になる傾向がある、なんてことも言えるのではないだろうか。



「それで、結果的には何がしたいの」

 埒が明かない話を止めたのは、二年の三鷹の声だった。

 彼の顔には早く帰りたい様子がありありと浮かんでいる。だが、密かに「陰の局長」と呼ばれている彼の一声は、時として会議を進めるのに効果的だ。

「だから、もっと宣伝っすよ。だってせっかく景品があるのに、皆知らないなんて勿体ないじゃないですか」

 坂下の明るい声が、高らかに宣言する。

 入局したばかりの一年は、三鷹の迷惑そうな声色に気づかないで長広舌を振い始めた。

「俺、中学の時新聞部だったんですよね。いや、ただの平部員ではありましたけど、担当記事もけっこう持っていたというか。そういうノウハウはめっちゃあるんですよ。いま図書局が発行している図書局便りだって、平森先生が主に作ってるんでしょう? だったら俺たちは俺たちで、もっと内部の活動を宣伝したらいいと思うんですよね。生徒目線の方が生徒が読みたいものもわかってるし、絶対ウケます」

「でも、そういうのって生徒会が出している校内新聞に宣伝できるのではありませんでしたか?」

 キビキビと反論の声をあげたのは、部屋の入口付近に腰かける流川るかわだ。

 彼女は愛用の眼鏡を直しながら、手元にある生徒手帳を広げて皆に見せた。

「ほら、ここに。『二河原高校部活動において生徒に宣伝、周知が必要とされる文書は生徒会発行の校内新聞にて掲載可、但し以下の条件を満たすものに限る。…』これらの条件は個人的なものや校則を破るものでなければ簡単に満たすことができます」

「でもさあ、校内新聞なんて皆読んでます? 教室に貼りだされてスルーされて終わりじゃないですか」

 引き下がる坂下に、城之が同意するように頷いた。

 もしくは、うたたねの延長で舟をこいだだけかもしれない。僕が座る席からははっきりとしないが、先輩たちが注意しないので僕も黙っていることにする。

「坂下くん、新聞部だったんじゃないの?」

 瀬成が呆れを含んだ声で尋ねたが、坂下は聞こえなかったように隣に座る伊達を振り向く。

「ね、鏡也先輩も思いません? 生徒会のだっさい新聞に乗っかるより、俺たちでめっちゃかっこよくて目立つことしましょうよ」

「あー……、まあ、それもいいんじゃない?」

 話を振られた伊達は曖昧に応えると、明らかに目を泳がせた。

 視線の先は、部屋の奥に腰かける南方みなみがただ。

 彼は先ほどから黙って話し合いに耳を傾けており、伊達の助け船を求める視線にも無反応だった。



 今日、二河原高校図書局会議は、いつもより人数が少なかった。

 三年が校外学習の日で全員が校舎にいない。

 加えて書記を務める佐羽が風邪で欠席で、合計にして三人不在の中会議は始まった。

 七人しかいなかった図書局も、五月からは五人増えた新体制となっている。ここのところ狭い司書室はキャパオーバーぎみだったのを考えると、全員が机を囲めている今日の様子は随分と風通しがいい。

 いつも話し合いの中心になる馬場は、佐羽の代わりに書記を務めている。平森が使う机を借りて議事録をつけている彼は、今日は会議を回すつもりがないらしい。顔の半分を覆っているマスクがその理由を雄弁に語っていて、二年のクラスで風邪が流行っていることを知った。

 そういえば、馬場は先週まで学校を休んでいた。

 いつも以上に厚手のカーディガンを着ている姿を横目で確認して、とはいえ彼はもっと口を出すべきではないかとやきもきする。


 今日の議題と坂下の言う「宣伝」は、図書局で行っている「名誉読書家勲章」のことである。

 毎年一年で多く本を借りた人に与えられる勲章で、そのランキングに名前が載ることは、控えめな読書家の小さな自尊心を満たすことでもあった。

 更に平森が学校に許可を得て、上位者には細やかな景品を用意している。大きな声で明かすことはできないが、常に金がない生徒にとっては嬉しいものであると過去の受賞者と図書局員は知っている。


 勲章は、単純に借りた本の数でランキングが決まる。

 もちろんそれらの情報はコンピューターで管理されているため、その実、不正の仕様はいくらでもある。借りて読まずに返したとしても電子機器には判断ができず、簡単に上位に入ることはできるだろう。しかし、不正を働いてまで欲しいと思える名誉ではないことは、ガランとした図書館を見ていれば明らかだ。


 そんな状況を見た坂下が、でしゃばり始めた、というのが現状である。


 今年度の「名誉読書家勲章」を監督しているのは、副局長の馬場だった。

 ランキングの情報の閲覧は司書教諭のみが持つ権限だが、集計作業は副局長も関わるらしい。勿論それらのデータは個人情報となるため、管理は厳重に行われている。よって、大事な記録を放り投げない責任感がある者のみに許された役目というわけだ。

 馬場が春に作ったポスターは、現在も図書局が管理する掲示板に貼られている。達筆な文字で企画の概要をまとめたものは注目を呼ぶらしく、生徒が立ち止まって眺めている図を時折目にすることもあった。


 彼の宣伝が足りていない、ということは決してないだろう。

 そもそも二河原高校内において図書局は目立たないのだから、全校生徒から感心を持たれること自体が不可能なのだ。

 それを知ってか知らずか、坂下はもっとできることがあるはずだと皆にはっぱをかける。

 一人の目立ちたがりが主張ばかりする話し合いは、進行役を欠いただけで鈍重なものになっていた。


「もっとこう、わかりやすくした方がいいんじゃないですかね。なんなら本当にメダルを作っちゃうとか。だってほら、変化のないまま続けてもつまんないし」

 坂下の言うことも、一理ある。

 利用者の増加を毎年目標に掲げる二河原高校図書局において、注目を集めることは何よりも重要だ。

 現に、五月から入局した流川たちは、南方の身体を張った宣伝で得た新入局員だ。生徒に注目されることで存在を知ってもらい、活気づくことは大事なことである。

 だが、彼の発言は妙に空回りをしている。

 かっこいいこと。派手なこと。目立つこと。わかりやすいこと。

 坂下の発言は、いつもどこか薄いのだ。

「……トマはどう思う?」

 ふいに、それまで沈黙を貫いていた南方が声を出した。

 準備室の一番奥、長机のいわゆる誕生日席に腰かける彼は、皆の視線を集めても顔色ひとつ変えない。

 その堂々たる風格は、局長に相応しいものがあった。

 僕は、まだ彼の地位を認めたわけではなかった。

 しかし、騒がしくて個性的で、一癖も二癖もある二河原高校図書局において、彼が皆からの信頼を得ていることは確かである。

 南方の声に呼び起こされたように、城之が姿勢を正したのが見えた。

 同級生の現金な様子を横目で捉えながら、僕は自分の意見を脳内でまとめる。

「なんというか、坂下くんの言っていることもわかります。でも、どこか現実味がないですよね」


 新しい新聞を作る。

 アイディアとしては立派で現実味があるが、坂下本人が問題点も指摘している。教室に貼りだされているはずの校内新聞を僕自身読んだ記憶がなく、どんなに新しいものを作っても同じ運命を辿るだけであろう。

 景品があることを周知する。

 それ自体は悪いことではないが、景品の内容を聞かれても答えられないという欠点がある。色々と煩い時代に、教師が生徒に金銭的価値のあるものを配っていると知られたらめんどうな部分もあるからだ。内容を知っている図書局員も絶対に外にはバラさないと約束しており、勲章に付随するおまけ要素は宣伝に使えない。

 メダルを作る。

 その予算が一体どこから出るのか、坂下は考えたことがあるのだろうか。


 僕が簡単に羅列した欠点に、坂下が不満そうに顔を顰める。

 反論を口にしそうになった下級生を、今度は南方が止めた。

「トマ、続けたまえ」

「多分僕が思うに、宣伝をしたいなら過去の事例を振り返ることも大事だと思います。それに……、」

 ちらりと馬場を振り返る。

 彼は相変わらず無表情で、手にした万年筆を器用に回転させていた。

 平森の机にもたれかかるように座る姿は、いつもより小さく見える。大きなカーディガンだけが理由ではないように見えたが、いまは彼をまじまじと観察するべき時ではない。

 視線を戻す。

 三鷹がニヤニヤとし始めているのをはっきりと認識しないようにしながら、今度は南方だけを見て言葉を続けた。

「きっと先輩達のことだから、いろいろ挑戦して、失敗して、いまの形に落ち着いたんだと思います。それを言わないってことは、何か訳があるのかなあって」

 この会議は、最初からどこかおかしい。

 それが、僕が出した結論だ。

 

「見事な推理力だ」

 簡潔な言葉で僕を評価した南方が、顔を綻ばせた。

 局長の急な変化に驚く間もなく、三鷹が噴き出すように笑う。

 見れば馬場も笑みをこらえるように顔を伏せていて、こちらに見せる肩が震えていた。

 一年だけが取り残され、先輩達の変化に目を白黒とさせる。

 きっとここに佐羽がいたならば、いつもの調子で局員たちを叱責してくれただろう。

 彼女が不在だからこそ成功した悪戯だ。

 僕はいい加減慣れてきた彼らの「独特さ」に、佐羽の代わりの溜息をついた。





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