16 それは不可能です、ナポレオン



「さて。蟠りや疑問も解けたところで、我々は城之修二を正式に図書局員として歓迎しようと思う。異論はないな」

 染屋ほどではないが、城之も迷惑をかけたことを皆に謝罪をして、和解の空気が流れる。

 意気揚々と告げる南方は勝手だが、局員は誰も反対しようとはしなかった。

「俺は城之に助けられたし」

「俺もいいよ。面白そうなやつだ」

「僕も。局員が増えれば、カウンター業務が楽になるな」

「私は南方くんの決定に従う」

「僕も賛成だよ」

 全員の承認を得て、城之が飛び上がって喜ぶ。

 その横で、染屋もおずおずと手をあげた。皆が注目する中、彼は遠慮がちに声をあげる。

「俺も戻りたいって言ったら、怒るかな」

 染屋嵐という男は、一年の春に図書局に入局している。

 この場にいる唯一の三年生である安藤前の友人で、ブランクはあれど誰よりも先輩の局員だ。三年生は前期で部活動を引退することになってはいたが、季節はまだ春である。二河原高校はイベント事に事欠かなかったし、今週一杯は続く展示にしばらくは人手も必要だ。

「怒らないよ。君が勇敢に名乗り出てくれたことを嬉しく思っている」

 代表してほほ笑んだ安藤が、皆に同意を求める。

 反対の声があがらない二河原高校図書局には、やはり確固たる絆が存在しているらしい。

「決まりだな。歓迎します、嵐先輩」

 満足気に頷いた南方が、明るい笑みを浮かべた。

 その無邪気な表情を眺めながら、僕も「彼ら」の魅力を認めざるを得なかった。



 話がまとまった頃、平森が扉を開けて顔を出した。

 会議中に珍しいと首を傾げると、彼は入局希望者が現れたと告げた。 


 カウンターの中に、数名の生徒が並んでいた。

 先日、伊達に声をかけた真面目そうな女子生徒もいる。

 揃いの白いネクタイが眩しくて、僕は思わず目を細めた。

 聞けば、皆、体育祭で興味を持った入局希望者らしい。南方は飛び上がるように喜ぶと、いつもの調子で胸を張った。

「すばらしい。この調子で二河原高校図書局をこの地区で一番活気のある図書局に成長させていこうじゃないか」

 図書館の利用者に配慮しない声は、図書館中に響き渡った。

 溜息をつく局員と、好きにさせる局員。

 個性豊かな反応の面々の中、困ったように腕を組んだ副局長が、いつもの冷静な声を出す。

「南方、それは不可能だ」


 僕と南方怜音とその周囲の人間が織りなす軍従記は、こうして小説のような始まりを迎える。

 それは、自らの人生をそう例えた男にも想像のつかない未来の出来事なのにも関わらず、彼がいなければ存在しなかった物語として僕は書き記す。


 ノートを閉じる。

 今日も軽やかな音で、二河原高校図書館の扉は開く。




1章 完



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