4 「人はその制服どおりの人間になる」
――つまりはこの重さなんだな。――
主人公が抱えていた鬱屈した気持ちを解消したのは、一個のレモンだった。
レモンなど極くありふれている。がその店には珍しい果物は、産地のカリフォルニヤが想像に上がって来る香りとたとえようもない冷たいよさがあった。
作家、梶井基次郎が描いた光景は、短くわかりやすい文章で一高校生に過ぎない僕にも共感を呼ぶ。
色とりどりの本が積まれている。
表裏も揃わず、大きさもバラバラだ。
単行本が土台を支えていると思うと文庫本が間に挟まり、辞書ほど厚い専門書の下で新書がつぶれている。
絶妙なバランスで積みあがった本は二十冊くらいだろうか。
本の厚みのおかげで、女子の膝下くらいまでの高さになっている。
それは、見慣れた風景に現れた急な異物だった。
塔のような塊の上に乗るのは、オレンジ色のミカンだ。
表現しているものはわかりやすいが、見慣れた果物のせいで鏡餅に見えてしまう。妙に間抜けで惜しい印象に思わず笑うと、遅れて先輩方も笑みを漏らした。
「なにこれ。レオの作品?」
伊達が呆れたように尋ねる。
南方は憤慨して、自分がこのように雑な扱いをするわけがないと反論した。
南方の大声に促された二河原高校図書局員は、揃って図書館の外に出ていた。
以前も言った通り、二河原高校の学校図書館は奥まった場所に位置する。
図書館は東側の新校舎三階に位置するが、東側校舎と旧校舎との連絡通路は二階にしか存在しない。
件の掲示板を設置した連絡通路を進み、奥まった場所に位置する階段を昇ってようやく辿り着く。言葉で説明されてもピンと来ないと言われることも多い経路だ。
うちの学校に図書館なんてあったっけ。そんことを言われてしまうのは、入口が死角だからだろう。階段は踊り場まで登らなければ、先を見据えることができない。
そんな大きな窓がついた踊り場に、小さなミカンタワーは存在していた。
「このような犯行、我々図書局への挑戦に違いない。なんとしてでも解き明かさねば」
南方が早速探偵面で言う。
彼は飲み物を買いに図書館を出ていたらしい。
戻ってきたところ、このタワーに気がついた。そう語る彼の手には確かに炭酸水の缶が握られている。
「南方くん、いつ出て行ったの? 全然気がつかなかった」
「うむ。裏から出たからな」
「なんでまた……」
佐羽の絶句も無理はない。
普段、図書館の出入りはこちらの踊り場、つまり観音開きの扉がある方で行われる。
しかし、図書局員だけが「裏」の扉を使用できる。
司書室の横にいまは書架に並べない本が並ぶ書庫が存在し、その奥にも出入口の扉があるのだ。
扉の先は表側同様に階段があって、二階に降りることができる。しかし、旧校舎は表側に位置するため、裏から出ても旧校舎への距離がただ遠くなるだけである。図書局員も誰も使用していない。
気まぐれで裏を通った南方は、ミカンタワーの発見が遅れた。
戻ってきたときにも誰にもすれ違わなかったというから、タワーは南方が消える前からここにあったということになる。
今日、図書局員が図書館にこもって随分時間が経っていた。
手洗いは中に存在する。会議中は扉を閉めていたから出入りした生徒の数すらわからず、カウンター業務を引き受けてくれていた平森も一度も外には出ていない。
そびえたつ芸術品に呑気な声をあげた司書教諭は、図書局員の反応を見守る姿勢だ。
閉館したのは数十分前だから、帰り際にタワーを目撃した生徒はいるかもしれない。
しかし、放課後に閉館まで粘る生徒は常連ばかりだ。いつも奇怪なことをしている局員の作品だと思ってスルーした可能性も高い。
出そろった証拠から、誰にでも犯行が可能であるというスタート地点が見えた。
皆が顔を見合わせたタイミングで、安藤がタワーに近づいた。
彼は自分の携帯電話でタワーを撮影したあと、上の小型爆弾を躊躇いなく持ち上げた。
均衡が崩れて、タワーが途端に古本の山に変わる。
思わず声を出すと、馬場が珍しく笑みをこぼした。読書家の彼も似たようなことを考えていたようだ。
安藤はミカンを近くにいた三鷹に放った。
撃たれたような反応でふざける彼を横目に、空いた両手でタワーを丸ごと持ち上げる。
「とりあえず、図書館の本であるのは間違いないね。しかも、ここ最近行方不明になっていたものだ」
「え、じゃあ本当に図書局への挑戦なんですか」
「それはわからないよ。単に、延滞して気まずかっただけかもしれない」
帰ってきてよかった。
安藤はにこやかに言うと、礼儀正しく皆に扉を開けるよう指示した。
途中でタワーのバランスが崩れ、一番上の単行本が滑り落ちる。
南方がちょうどよくキャッチした本は、僕にも見覚えがある有名作家の一冊だった。
作中引用:梶井基次郎「檸檬」
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