3 高文連



 結局、今年度の目標は「可能性を育む挑戦と努力」となった。


 図書局の活動は多岐にわたる。

 南方が目標にする高文連は一大行事の一つであったが、主な活動は日々の業務や円満な図書館運営である。優秀賞を獲ることは結果だと安藤が諭したのだ。

 信頼した先輩の言うことは、南方も大人しく聞くらしい。

 解散となった途端に機嫌を直し、嫌がる馬場を強引に引っ張って行った。

 司書室に残されたのは、またミサンガ編みを続ける三鷹と、のんびりと授業の課題を広げている安藤の三人だけになった。

 僕は議事録をまとめる仕事を任された為、書架整理からは逃れられた。図書館は閉館し、生徒はもう残っていない。佐羽と伊達が掃除する音がガラス越しに聞こえ、戻ってきた司書教諭が淹れたコーヒーの香りが作業机に満ちている。


 司書教諭の平森は、この学校らしい姿勢で図書局員の活動を見守っている。

 生徒の自主性を重んじると言えば聞こえばいいが、要はやりたいようにさせて放っておいているのだ。彼は二河原高校でちょっとした有名人である南方を、唯一飼いならし、かつ野放しにさせる教師だという。

 予算内で蔵書を決めるのも、活動計画を進めるのも、実際に中心となっているのは平森のようだ。いくら生徒に任せるといっても、そこは専門の資格を持つ大人に敵わない。

 生徒が一人もいなくても三局は回る。つまりはそういう仕組みが存在するのである。

 承知の上で熱くなれる南方に、尊敬の念を抱く。

 皮肉がちな僕でも、これだけは純粋な本心だ。彼は目の前のことになんでも一生懸命で、僕は彼のそういうところに惹かれたのだ。


「今回は馬場の方が正しかったっすね」

 三鷹がふいに言う。

 安藤は微かに笑うと、いまは書架で言い合っている二人へ壁越しの視線を送った。

「南方くんは熱くなりやすいからなあ。馬場も煽るような言い方をすぐする」

「あの二人、かまってちゃんだから」

「はは。でも、南方くんの無茶ぶりに一番よく答えているのは馬場だ」

 先ほどの会議では、目標を決定したあと、高文連対策の具体案を練ることとなった。


 高文連は、秋に開催される。

 全道の図書局が集まる大会は、体育会の部活とは違って優劣をつけるものではない。普段はなかなか交流がない学校同士が集まって、互いの活動を表明し合う場として使われるらしい。勿論入局したばかりの僕は参加したことはないが、現在のメンバーは全員出席経験があるらしい。

 体育館などは必要としないため、高文連はどこかの高校で行われる。指定された学校は「当番校」としてテーマを決めて話し合いの場を作る。参加校は当番校が決めたテーマを元に、個々が己の学校を背負って活動をアピールする。

 おまけとして有名な作家や講師を招いて対談をするなんてこともあるようだ。

 毎年、最も印象的な活動をした学校に最優秀校の称号が与えられる。とはいえ、持ち回りで指定されている当番校に与えられることも多く、ゲストには手が届きにくいもののようだ。

 二河原高校が当番校になったのは、いまから六年前。

 与えられた賞状はまだ色あせぬまま、司書室の一番高いところに飾られている。

 先輩を越える。

 そう意気込む南方の期待は空しく、全道の学校が交代で担当する当番はしばらく回って来ないのである。

 だが、彼は諦めない。

 口では不可能だと繰り返していた馬場にも、同様の野望はあるようだ。話し合いで具体案を一番多く出したのは副局長である。

 実現可能かどうかは、今後のそれぞれの学習業況や学校行事によるものが大きい。各活動への理解がある二河原高校は、学業に支障がでなければ生徒のやりたいことをさせてくれる。展示や読書活動に加えて試験対策などの案が出て、改めて自主性の高い校風を実感する。


「椿くんは驚いただろう。こんな喧嘩みたいな会議で」

 安藤が、僕に話を振る。

 唯一の一年を気遣ってくれているのだろう。

 穏やかな三年生は、野心ある二年に活動の主体を譲ったと聞いている。

 平等でわけ隔てのない安藤は、好感が持てる。

 密かに彼が局長だったらいいと思っていることを呑みこんで、僕は首を横に振った。

「南方先輩が怒鳴りだしたら驚きはしますけど、楽しいです」

「いまだけだよ。毎回あれに付き合っていると疲れる。椿もてきとうに流していいんだからな」

「はい」

 三鷹の念押しに思わず笑う。

 南方の中学時代からの友人だという彼は、彼のむら気がある性格もよく把握している。適度に付き合い、適度に諦める姿勢は南方にとって張り合いはなさそうだが、気は合っているようだ。

 

「椿くん。書類、書けた?」

 書類の大半を埋め終えた頃、掃除を終えた佐羽が顔を覗かせた。

 会議以外では司書室の扉は開け放つことになっている。

 局員が授業を受けている間、図書館は平森一人が仕切っている。来館があったらすぐに対応するためで、そっちの風景の方が見慣れてしまった。

 開けた扉に寄りかかった佐羽に、少し待ってほしいと告げる。

 字が綺麗だからという理由で、年間スケジュールの書き写しを任されたのだ。去年の資料に踊っていたくせ字は南方のもののようで、彼は性格に似合う奔放な字を書く。

「ちょっとでも遅れたら布瀬が煩いから、もう出しに行こう。ついでに生徒会との引継ぎのやり方教えるから」

「あざっす。あと少しで終わります」

 佐羽の字も十分に美しい。

 彼女が箇条書きにした計画を清書しながら、三鷹たちの談笑を頭半分で聞く。

 いつのまにか、伊達や馬場もカウンターに戻ってきていた。彼等が低い声で交わす雑談も聞こえてきて、しばし穏やかな時間が過ぎる。

 最後の一文字を書き終えて立ち上がったとき、他の局員は用がないなら帰宅するよう平森に指摘された。

 素直に従った安藤が、参考書を片付けながら首を傾げる。

「南方くんがいないね」

 そういえば、一番賑やかな人の声がしない。

 会議と掃除が終わったあとの行動は自由だが、南方が黙って帰るとは思わない。何よりもいつもなら真っ先に帰る三鷹が残っている。それは彼らがこのあと共に帰る約束をしていること他ならず、三鷹も困惑の声をあげる。

 佐羽がカウンターを振り返る。

 馬場と伊達が司書室に首を伸ばして、自分たちも知らないと首を振った。


 まるで、そんなタイミングを待っていたかのように、入り口で大きな音が鳴った。

 金属質な音は、観音開きの扉につけられたドアベルだ。

 普段は控えめに鳴る鈴が盛大に揺れて図書館中に音を響かせる。


 視線を集めた男は、蒼白だがどこか嬉しそうな顔をしていた。

 得意の大きな声を二河原高校図書館に響かせる。


「事件が起きた」


 よく通る声が語る彼の物語。

 僕はのちにそれらを『ナポレオン伝説』として後世に語り継ぐ使命に燃えることになった。

 その冒頭を飾るに相応しい事件は、彼の輝くような笑顔から始まったのだった。




 

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