第3話 あはひの人のかくれ処




 ところで、説教くさいのは大の苦手だが、老若男女の読者サービスとして、一応、「バベルの塔」の説明を少しばかりさせていただくね(むろん出典はWikipedia)。


 旧約聖書に出て来る物語で、天に届く塔を作ろうとした人間たちの不遜に怒った神が互いの言葉が通じないようにしたので工事は中断し、人びとは散逸したという話。


 わたし自身もそうだけど、その塔を目の当たりにする幸運を得たのは、ピーテル・ブリューゲル一世最晩年の絵画『バベルの塔』(縦六十センチ×横七十五センチ)。


 ローマのコロッセウムをヒントにしたという丸い螺旋形の塔には千四百人の人間が描きこまれ、塔の内には海や川、丘、谷、白い大理石の城壁の存在もうかがわせる。




      🧚‍♀️




 キリスト教信者でもないのに、そんなバベルの塔へ連れて来られるなんて……。

 なにより疑問なのは、死にかけているわたしが、なんのためにこんなところへ?


 そんな背中の住人(笑)の心をまたしても読んだらしい聡明なモルフォチョウは、水色の地に風雅な白抜き文字で「てふてふ」と書かれた一枚暖簾を、すいっと潜る。


 すると、目の前に出現したそこは摩訶不思議としか言いようがない異空間だった。

 先が見えないほどだだっ広い部屋に、いろいろな人間が適度な間隔を空けていた。


 髪や肌の色がちがう人たちが一様に疲れきって、アラビア絨毯に寝たり座ったり。

 そのひとりに一頭ずつのモルフォチョウが付き添って、心配そうに見守っていた。


 わたしが蝶の背から降ろされたのは南側の窓際で、明るい陽光が床を温めている。

 近くには中国人らしき高齢女性、まだ若そうな金髪の男性、肌が褐色の少年など。




      🦥




 わたし担当(笑)のモルフォチョウが、ここで初めてはっきり言葉をしゃべった。

 といってもご存じのとおりの蝶の口の構造なので、モゴモゴするのは仕方がない。



 ――どうですか、驚きましたか?( *´艸`) 

   ここは此岸と彼岸のあわいの隠れ処なのですよ。



 え、隠れ処ですって? 死に病にとりつかれたいま、なにから隠れようというの。

 お分かりになりません? 彼岸への覚悟ができかねているあなた自身からですよ。


 え、わたしはとっくに諦めていましたよ、もう歳が歳だし、管に繋がれているし。

 本当にそうですか? 芯からそう思っていたなら、あたくしの姿は見えないはず。


 いやいやいやいや、潔さが身上のわたしに限って、そんな未練がましい……あっ。

 ね、医療者にもご家族にも見えなかったあたくしが、あなたには見えたのですよ。


 


      🖋️




 そうはっきり指摘されては、ぐうの音も出ない。

 たしかに現世への未練がないわけではなかった。


 むしろ、未練を断とうと努めて来たから、知らぬ間に自分で自分を染めていた。

 もし、もう少し生きてもよいのだと言われたら、正直、どんなにうれしかろう。


 武器という表現を好みませんから他の言葉で……あなたの取り柄はなんですか。

 取り柄、ですか? おしなべて家事は苦手で、これといって思い当たりません。


 女性を家事と短絡させるなんて、新しもの好きのあなたらしくありませんねえ。

 じゃあお言葉に甘えて……拙い小説を書く、それがわたしの唯一の取り柄かも。


 ですよね~、あたくしには分かっていましたよ、これでも神の使いですからね。

 うわあ、光栄です……で、わたしにはまだまだ書くことがあると思し召された?


 そのとおりです、生き急いで来たあなたが死に急ぐことはありませんよ。(笑)

 そうですよね、なにも慌てて……では、もう少しこちら側にいてみましょうか。

 



      🧩




 じつのところ、目標とする小川未明さん(千八百編)の半分にも達していない。

 小説を書くというと偉そうだが、そこまで頭がよくないから、われながら拙い。


 加齢で体力も根気もつづかなくなっているから、オチ(この語感、好きじゃない('_'))に行き着く前になんとなく着地するゆるさ加減、自分で十分に承知している。


 それでも、まだ書いていたい、自分のなかにあるものをすべて出し尽くすまで。

 神さま、モルフォチョウさん、どうもありがとうございます。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ


 

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