第2話 バベルの塔へようこそ




 ん? なにそれ? あざやかなコバルトブルーの羽はモルフォチョウだよね。

 むかし、ブラジル移民から帰国した叔父が、お土産にブローチをくれたっけ。


 その奥さんが親子ほど歳の離れた人で、女子高生みたいなワンレングスでね。

 叔母さん叔母さんと呼んでいたら、叔父に名前で呼ぶよう注意されちゃった。


 病室中をモルフォチョウが舞うと、キラキラした鱗粉がこぼれて、きれいだね。

 だけど、家族も医師も看護師も気づいていないのか、だれもなにも言わないの。


 夕日が射しこむ個室での華麗なるホバリングも、わたしにしか見えないらしい。

 羽を広げれば大人の掌ぐらいあるモルフォチョウは、やさしく話しかけて来る。



 ――さあ、ご一緒にまいりましょう。🦋



 あ、そうか、いわゆる死神の代わりに、蝶の彼女が使わされたというわけだね。

 堅物の神さま、ああ見えて、なかなか粋な計らいをしてくださるじゃないのよ。


 モルフォチョウの羽に軽々のせられたわたしは、やわらかな肢体にしがみつく。

 救急車に乗る朝まで欠かさなかった筋トレルーティンの効果、ばっちり。(笑)


 鳥になって自由に大空を飛んでみたい……地球という星の大地に根を生やした人間なら一度は考えることだけど、さいごのさいごに蝶の背中で実現するとはねえ……。




      🖼️




 モルフォチョウが低空飛行に入ったかと思うと、土色のかたまりが近づいて来た。

 ん? なにやら建物めいた……それにしては巨大過ぎるが、どう見ても、ビル?


 ってか、もしかして、これってバベルの塔?! しかも、まだ建設途中とか。👀

 あり得なくない? 五百年近くも延々とひとつのビルを造りつづけているなんて。


 と思う間に、モルフォチョウは四十階ぐらいあたりの窓に、すうっと入って行く。

 うわ、頭がつかえる! と思ったら、なんとなんと、蝶もわたしも縮小していた。


 たぶん人間界から見たらゴマ粒にも見えない大きさに縮んだ蝶の背中のわたしは、巨大な土色の建築物全体がものすごい喧騒のただなかにあることに度肝を抜かれた。


 そうね、たとえてみれば大都会のタワーマンション群の建築現場、ほぼほぼこんな感じだろうか、テレビでしか観たことないけど、たぶんそうだよ……。( ^^) _U~~


 最新式の重機とかAIなんてないらしくて、むかしながらに人力で、モッコ担ぎ? あれをやっているみたいだし、指示する現場監督、天井のランタンなども旧態依然。


 わたしの驚きをよそに、モルフォチョウは躊躇なく、すいっと奥へ侵入してゆく。

 人がすれ違うのがやっとのような細い通路が、迷路のように張り巡らされている。


 


     👗




 蝶の背中につかまったわたしの目は、まばたきという作業を忘れていた。

 なぜって、世にも珍しい光景ばかりが、つぎつぎに現われるんですもの。



   戦国時代の姫みたいに豪奢な振袖すがたのシバイヌ。🐶

   深紅のシルクのチャイナドレスで澄ましたミケネコ。😺

   エメラルドグリーンのアオザイが似合うキタキツネ。🦊

   アフリカあたりの原色の民族衣装で着飾ったパンダ。🐼


   巨大な背から惜しげもなく真珠を噴き上げるクジラ。🐳

   天馬なのにちゃっかりバルーンに乗っているテンマ。🐎

   バンジーチャンプが怖くてブイブイ鳴いているブタ。🐖


   ほかに、首が三百六十度まわる梟や、ぬらりひょん。🦉

   若いころの男女スターたちの二頭身のアバターたち。🕺

   カフェやコンビニの馴染みの店員さんのフィギュア。🤸‍♂️

   


 なんなのよ、この子たち? 脈絡がなくて、ナンセンスもいいところじゃないの。

 ふふふふと笑ったモルフォチョウが「人生蝶生ナンセンス」と呟いた……。(笑)

 

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