異世界あはひ処⋰⋰てふてふ 🦋

上月くるを

第1話 エンドロールのあとで




 パイプオルガンのレクイエムを背景に、エンドロールがゆっくりと上ってゆく。

 キャスト、スタッフ、スペシャルサンクス、スポンサー、監督……あとはない。


 さいごのキーの余韻があるうちにパッと照明がついて、現世に引きもどされる。

 二時間の映画の世界はどこへ消えた? ぽつんと独り取り残されたような感じ。


 泣いていた顔も笑っていた顔も急に真顔になり、お互いを見るのが恥ずかしい。

 さあさあ帰りましょう、今夜のメニューはなににする? それとも珈琲でも?


 


      🎬




 さいごの瞬間まで聴覚は生きているんです、さあ、みなさん、お声がけをどうぞ。

 ちょっと気まずい沈黙のあと、なんとなくザワザワする気配がベッドまで伝わる。




   ……かあさん、おれたちみんな、かあさんのそばにいるよ。

   みんながついていますからね、大丈夫ですよ、おかあさん。


   えっとぉ、おばあちゃん、がんばって……でいいんだよね?

   こんなにたくさんの管につながれて、かわいそうじゃん。💧



 

 体力も度胸もないから内科を選んだ(笑)という青川先生、黙っていらっしゃる。

 たくさんの修羅場や臨終を見て来られて、メンタルだけは強いんだよね、きっと。


 心配しなくて大丈夫よ、わたしはもうすぐ無に帰するからね、きれいさっぱりと。

 頭上で点滅中のモニターがピーッと一直線になったら、人生ドラマ一巻の終わり。


 自分で自分をどうすることもできないなんて、他愛ないものだよね、いのちって。

 青川先生が腕時計を見ておごそかに終焉を告げられたら……一気に忙しくなるよ、


 遺言してあるとおり、知人に知らせるのも、ましてや新聞に載せるのも一切無用。

 あら、知らぬ間に逝っちゃったんだ、あの人……そう言われるのが理想だからね。


 葬儀はもちろん家族葬、できるだけお金をかけず、オプションなんかいらないよ。

 散骨も魅力的だけど段取りが大変だろうから、二家族の近くの樹木墓を選んでね。


 山中のジメジメした昔ながらのお墓じゃなくて、燦々と陽が当たる街中が最高さ。

 薔薇園とか草花園とか、ネット検索しておいたから、みんなで検討して決めてね。




      🌹




 わたしが折々の選択肢を誤ったせいで、おまえたちには迷惑をかけ放しだったね。

 まあ、そのつど精いっぱいだったんだけど……ごめんねとお詫びするしかないよ。


 でもね、少々言い訳めくけど、人生、面倒くさい方がおもしろいんじゃないかな。

 起伏のない平坦な道より、多少(じゃなかったか(笑))凹凸のある道の方がさ。




      😢




 ねえ、わたし、いい母親いい祖母だったかな?

 少しはみんなに愛してもらったり、したかな?


 いい娘じゃなかったのに、自分だけ……虫がいいのは分かっているんだけどね。

 ほんの少しでもいい、愛された幸福感を胸に抱いて逝くのってぜいたくかな?

 

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