第411話

 いや、帰るって……。


「そんなことが許されるわけがないでしょう!?」


 アトラさんがイブリースに向かって激昂するけど……。


「何故?」


 イブリースは落ち着いていた。


 いや、落ち着いているのは声音だけで、その顔は玩具を取り上げられた子供のように不貞腐れていた。


 うん。


 相当不満そう。


「何故って……。これだけ散々無茶苦茶やって、飽きたので帰りますって……子供でもそんなこと言わないわよ!」

「無茶苦茶……?」


 その言葉を聞いて、クールに去りかけていたイブリースの足が止まる。


 うん、下手に刺激しないで、帰るなら帰らせた方がいいんじゃないかな?


 私も疲れたし、これ以上相手したくないんですけど。


「散々無茶苦茶だと!? これがっ! 散々無茶苦茶やった結果か!?」


 まぁ、イブリースの言いたいことはわかるよ?


 多分、本人としては一生懸命暴れた感じなんだけど、その結果が『何も起きてない』じゃねぇ……。


「むしろ、無茶苦茶やったぞ! やったが、結果はコレだ! 何が起きた!? 何も起きてないじゃないか! というよりも、何も起きない! このヤマモトがいる限り、何も起きないんだ! 私は別に戦うことが好きなんじゃない! 強い相手に勝つことで、自分の存在意義を確かめられることが好きなんだ! それをこんなところで、不毛な時間を過ごすつもりはない! だから、今は帰る! それだけだ!」


 いやぁ、とことんまで自分本位な人だねぇ……。


 ここまで来ると、呆れを通り越してちょっぴり尊敬しちゃうよ。


 だって、世間に迎合せずに、我を通すってことだもんね。


 まぁ、我を通すにしても、ストロングスタイルじゃなくて、もう少しスマートな方法があるとは思うけど……。


「そちらの勝手な理屈を押し付けないでくれる!? 大体、それで済むと思ってるの!」

「おい――」


 瞬間、周囲の温度が二、三度冷えた気がした。


 ひぇっ……。


「――私は決着がつかないから帰るんだ。負けたわけじゃない。そこのところを勘違いするなよ?」


 背中がゾクゾクとする感覚……。


 やっぱり、腐っても元魔王だよね。


 その圧倒的な雰囲気に飲み込まれて、アトラさんも口を噤んじゃうし、隙を狙ってたイザクちゃんくんも動きを止めちゃう。


 なんだかんだ、私のステータスになっちゃったし、イブリースが超絶強いのは確かだしね。


「ゆめゆめ忘れるなよ? 私はヤマモトがいるから退くんだ。ヤマモトさえいなければ、こんな国、すぐにでも滅ぼせる。……だから、貴様らはせいぜい私とヤマモトの機嫌を取ることに終始するんだな」


 言って、イブリースは空に浮かび上がると、山の方へと消えていった。


 えーと……。


 あっちは暗黒の森方面だから、正直あっちに行って欲しくないんだけどなぁ……。


「はぁぁぁ……。戦時はあの無鉄砲さとガンガン進んでいく勇気に随分と助けられたものだけど、平和な世の中になるとこうも厄介な存在になるとは思ってもみなかったわ……」


 クソデカため息をつくアトラさん。


 そんなアトラさんが顔色の悪い魔物族たちを次々に送還するのを見て、私も思い出したように山羊くんたちを送還する。


 うん。


 さっさと送還しておかないと、私が魔王国の敵認定されかねないからね!


「山羊くん、助かったよ、ありがとね」

「「「うご!」」」

「その得体の知れない生物はヤマモトの召喚獣だったのか……」


 イザクちゃんくんが、どこかしんどそうに呟く。


 そういえば、イザクちゃんくんは山羊くんを見ても気絶しなかったね?


 もしかして……。


「ヤマモト教の信者?」

「なんだい、その怖気の走るような名前の宗教は……」


 どうやら違うらしい。


 まぁ、母親も耐えてたし、そういう耐性を持ってるのかな?


「ふぅ、ようやく体が重いのが解けたよ。ありがとう、アトラおばさん……」

「あら、それは悪いことをしたわね。イブリースにもヤマモトちゃんにも効いていなかったみたいだし、早めに解いても良かったのかもね」


 地面に描かれていた蜘蛛の巣が消えたところで、イザクちゃんくんがその場に腰を下ろす。


 いや、泥濘んでるところに座り込むのはどうかと思うよ?


 お尻冷たいでしょ?


「それにしても、今回はヤマモトちゃんに救われたわね。本当に……、本当にありがとう……」


 なんか、今にも泣きそうな表情でアトラさんがこちらを見てくるんだけど……。


「礼なら魔王様に言って? 私は魔王様の命令で、アトラさんを監視してただけだから」

「そう……。あの子には、最初から全てお見通しだったのね……」


 感慨深げに瞳を潤ませてるアトラさんだけど……。


 多分、そこまでは見通せてなかったんじゃないかな?


 はっきりとわかってたなら、魔王からもうちょっと具体的な指示があっただろうしね。


 でもまぁ、ここは空気を読んで言わないでおこうっと。


「まぁ、なんにせよ、これで終わりじゃないだろうね。母さんは一度決めた獲物は執拗に追い詰めるタイプだ。ヤマモトに勝つ算段でもついたら、また王都に攻めてくると思うよ」


 ゲェー……。


 座ったまま、【マジックポーション】を呷るイザクちゃんくんの言葉に、アトラさんも頷く。


「そうね。今回はヤマモトちゃんに助けてもらったけど、王都にずっとヤマモトちゃんがいるわけでもないし、早急にイブリース対策を考える必要があるわね……。あぁ、そう考えると、イブリース一人に魔王軍の戦力を思いの外減らされたのは痛いわね……!」


 アトラさんが頭を抱えてるけど、一番頭を抱えたいのは私だ。


 というか、それってもう一度イブリースと戦うってことだよね……?


 しかも、対策とか取られてたら私完全に死ぬよね……?


 それを回避するためにも、もっと強くならないといけないの……?


 トホホ……な気分だよ。


 まぁ、自分もちょっと強くなったからと気も緩んでいたし、気を引き締め直すという意味合いでは、今回のイブリースとの戦いは得るものがあったと思おう。


 強くなったからといって、現状に満足してちゃダメってことだね!


 イブリースみたいな強い連中は、立ち止まることなく努力して進み続けてるんだから、満足して立ち止まってたら、その時には現状維持どころか、置いていかれてるってことだ。


 つまり、私ももっと先に進んでいかないといけない!


 イブリースが私を倒すために強くなろうとするように、私ももっと強くなる必要がある。


 だから、


「そろそろ、次の進化先白痴の魔王を目指す頃合いかな……?」


 元々、機械天使装備も特殊進化を行うための特殊な場所に挑むために作り出した装備だ。


 つまり準備はしていたのである。


 そこに、タイミング良く『強くなる必要性』という動機を得たのだから、次の進化先を目指さない理由もない。


 というわけで、次の目標は――、


<匿名のプレイヤーたちの手によって、『初代魔王イブリース』が討伐されました。>


「え?」


 視界の隅にイブリース討伐のリザルトらしきものが流れる。


 莫大な経験値に、莫大な褒賞石、そしてドロップアイテムの数々……。


 そんなシステムメッセージを視界の片隅に捉えながら、私は呼吸をするのも忘れて、呆然とその場に立ち尽くすのであった――。


 ■□■


日野優ガープス視点】


 暗黒の森と王都を隔てる峻険な山脈の麓にある深い森――そこに少しだけ開けたスペースがある。


 俺はそこでひっそりと息を殺して潜んでいた。


 アトラの呼び出しにイブリースが嬉々として、「明日、アトラを殺しに行ってくる」と宣言したのを聞いて、俺は王都を脱出することをイブリースに告げていた。


 まぁ、王都が壊滅することは目に見えていたしな……。


 事実、システムメッセージでは、魔王国が滅んだことを告げるメッセージが流れたのだから、読みは外れてなかったはずだ。


 その後に、魔王国が復興したり、滅亡したりを繰り返したのは意味がわからなかったが……。


 一応、イブリースには集合場所だけは伝えておいたので、そこでジッと待つ。


 果たして、どのくらいの時間が経っただろうか。


 いい加減待ち疲れてきた頃合いになって、雨の中を飛んできたイブリースが地面に降り立ち、その場で声を張り上げる。


「ガープス! 居るのだろう! 出てこい!」


 チッ、馬鹿でかい声を出しやがって……。


 モンスターが寄って来たら、どうするつもりなんだよ……。


 苛立つ気持ちを抑えながらも、鬱蒼とした茂みの中からイブリースの状態を確認する。


 イブリースの状態は五体満足か……。


 先程まで王都で魔王軍と激突していたはずなんだが……ピンピンしてるのは流石だな。


 こちらとしては、ヤマモトとぶつかり合って弱ることを期待してたんだが……そうは上手くいかないか。


 流石のヤマモトでも、コイツを倒すことは難しかったということだろうな。


 いや、もしかしたら、イブリースの手でヤマモトが死んだ可能性もあるのか……?


 それなら、それでこちらとしては助かる。


 まぁ、その辺は本人に確認してみるか。


「ここだ」

「そんな所に隠れてたのか。コソコソせずに堂々と待てばいいものを……」

「こちとら、進化後でレベルが戻ってるからな。なるべく強いモンスターとは戦いたくないんだよ。それでどうだ? 首尾よくヤマモトは殺せたのか?」


 俺の言葉にイブリースの表情が歪む。


 その様子を見る限りだと殺せなかったか。


 まぁ、いいさ。


 ユニークスキルには相性というものがある。


 イブリースのユニークスキルでは、ヤマモトを殺すのに相性が悪かったということなんだろう。


「次は必ず殺す」

「そうか」


 歯軋りして悔しがるイブリースだが、次なんて悠長に構える気はない。


 ……というか、コイツは危険だ。


 放っておくと、俺だけでなく、ササさんが表舞台に出た時の障害になりかねない。


 だから――、


「……次をくれてやるつもりはないんだけどな」

「なんのつもりだ、それは?」


 俺が剣を抜いたのを見て、イブリースの顔が凶悪さを増す。


 敵意には敏感な彼女だ。


 だから、これぐらいすぐに理解しているだろうに。


 それとも、仲間ごっこが長くて、そうは理解したくなかったか?


 ……笑えるぜ。


「俺が進化して、レベルが下がったことは言っただろう? だから、手っ取り早く大量に経験値を持ってる奴を殺して、レベルを上げようと思ってな」

「その意味……理解しているのか?」

「お前こそ日和ってるのか? 天下のイブリースが剣を向けられて、なんのつもりだって……裏切るつもり以外の何があるっていうんだよ?」


 挑発する。


 イブリースの感情の引き金になるのは、裏切りだ。


 コイツは夫に逃げられてから、そのワードに異常に敏感になっている設定だったはず。


 魔王国を快く思っていないのも、自分が落ちぶれているにも関わらず、繁栄してる魔王国に裏切りというものを感じてるからだ。


 だから、俺は危険な橋を渡りながらもイブリースとの信頼関係を築き――、それを壊しに掛かる。


「大体、お前は甘いんだよ。戦闘狂を気取りながら、自分の子供は立派に育てたいと王都の有名学園に預けたり、強い奴と戦いたいと言っておきながら、今の今まで親友である四天王に手を出してこなかったよな?」


 それは、彼女がこれ以上裏切られたくないからだ。


 自分の子供や千年前の戦争時の戦友に裏切られたくないから、手を出してこなかった。


 それを裏切るように仕向けたのは……。


 俺だ。


「それは……」

「そこまでして、俺の気を引きたかったのか? 俺の言う通りに動けば、別れた夫のように寄り添えるとでも思ったのか? 馬鹿馬鹿しい。俺はお前を利用してただけだ。そこに恋愛感情なんぞ一切ない」

「――! 貴様っ!」


 イブリースはただの寂しがり屋の構ってちゃんだ。


 そいつが、ただただ強いからこそ傍迷惑……そういうキャラクターとして設計されている。


 LIA的には、魔王国が人族国に攻め入り、勢力が伸び始めてくると、自分の状況と魔王国の状況を比較して、嫉妬に狂ったイブリースが魔王国内で暴れ回り、侵攻速度を遅らせるといったイベントが用意されてたはずだ。


 だが逆に、魔王国が他国に攻められた場合には、先頭に立って戦ってくれる英雄と化して、魔王国を守ってくれる……といったイベントも用意されている。


 言ってしまえば、ゲームの状況が急激に変わらないための調整役がイブリースという存在なのだ。


 そして、それは大規模イベントを企んでいるササさんや、楠木にとっては邪魔者でしかない。


 悪いな、イブリース。


 俺はお前のキャラクターは結構好きなんだが、それ以上にササさんや楠木の方が大事なんだ。


 だから、かけがえのないもののために死んでくれよ?


「裏切りついでに俺の経験値となってくれよ、イブリース。最後の繋がりである魔王国との縁も切れたんだから、もうこの世に未練なんてないだろ? 死んだ方がマシだと、そうは思わないか?」

「ふざけるなよ!? 私は……、ガープス、お前のことを……、――クソッ!」


 複雑な感情に揺れるイブリースの瞳に、次の瞬間には怒気が宿る。


「私は、魔王国初代魔王イブリースだぞ! 貴様如きに取られる器ではないわ! ――【破壊】!」

「それを待っていた」


 光がこちらに伸びてくるのを見据えながら、俺は覚悟を決める。


 【破壊】というスキルに色を付けさせたのは俺だ。


 おかげで、イブリースの攻撃を視認し、タイミングを合わせることができる。


 とはいえ、【破壊】のスキルはなんでもかんでも【破壊】する超攻撃的スキル――。


 その威力を間近で見てきたからこそ、その前に立つ恐怖は誰よりも大きい。


 だが……。


「そのユニークスキルの優先順位を調整したのは、この俺だ……!」


 当時の記憶と経験を思い出して、それを勇気に変えて立ち向かう!


「【全反射】!」

「!?」


 ――よしっ、跳ね返った!


 防御型のユニークスキルの効果の方が、攻撃型のユニークスキルよりも優先度が高い!


 そういう基準でプログラムを組んできたのは、この俺だ!


 だから、【全反射】は【破壊】されることなく、そのまま【破壊】のスキルをイブリース目掛けて跳ね返すんだよ!


 見たか、この野郎!


「はっ! 馬鹿め! こんなもの、もう一度【破壊】してしまえば――」


 相殺する気か?


 ――させねぇよ!


「【操作反転】!」

「なにっ!?」


 過去に【吸収】したユニークスキルを使う。


 【操作反転】を使われた相手は三十秒間という短い間だが、前に向こうとすると後ろを向き、左に進もうとすると右に進むといった、自分の意思とは逆方向に体が動くといったユニークスキルだ。


 魔防による抵抗レジストとかも関係なく強制的に発動するから、ボスモンスター相手にも隙を作り出したり、PVPとかにも便利だったりするんだが……。


 まぁ、当然のようにイブリースも抵抗できないわな!


 恐らくは俺の方に向かって【破壊】を発動しようとしたイブリースが、こちらに背中を向けている!


 その状況だと、背後から迫る【破壊】の光も認識できねぇだろう! 終わりだ!


 ブォッ!


 イブリースの背中に【破壊】の光が当たる。


 そして、次の瞬間には周囲の木々を巻き込んで、その場には何も残っていなかった――。


<匿名のプレイヤーたちの手によって、『初代魔王イブリース』が討伐されました。>

 

 ▶『初代魔王イブリース』を討伐しました。

  SP20が追加されます。


 ▶称号、【魔王殺し】を獲得しました。

  SP5が追加されます。


 ▶称号、【デビルキラー】を獲得しました。

  SP5が追加されます。


 ▶称号、【魔王国の悪夢】を獲得しました。

  SP5が追加されます。


 ▶経験値2921351642を獲得。

 ▶褒賞石145575026を獲得。

 ▶全部で4512のアイテムを強奪。

 ▶ガープスはレベルが396上がりました。


 ▶魔王の素養(大)を獲得しました。

 ▶旧神の克服(大)を獲得しました。

 

「よしっ! よしよしよし……!」


 欲しかった素養も手に入った!


 レベルも十分な程に上がった!


 俺は……賭けに勝った!


 ユニークスキル【吸収】を失っても、これだけの成果があげられた!


「…………。いや、喜んでる場合じゃないな。今すぐここを離れよう。ヤマモトに勘付かれる前に行動しなくては……」


 それにしても、匿名のプレイヤーという表現が出たということは……半分くらいの取得物はヤマモトの方にも流れたか?


 まぁいいさ。


 俺が最終段階にまで進化できれば、全てはどうでも良くなる。


「まずは、『白痴の魔王の玉座』に向かわないとな……」


 そして、一刻も早く白痴の魔王になる……!


 俺はその場を去りかけて……一度だけ足を止めて、背後を振り向く。


 そこには、彼女がいた痕跡は何もない。


 巻き込まれて【破壊】された木や大地の光景があるだけだ。


 やがて、それらも雨に洗われ、何もわからなくなってしまうだろう。


「じゃあな、イブリース……迷惑は掛けられたが、なんだかんだで嫌いじゃなかったぜ」


 少しだけ感傷に浸りながらも、俺はその場を立ち去るのであった――。





 ■□■


※本編とは何の関係もないCM劇場※


デスゲームに巻き込まれた山本さん、気ままにゲームバランスを崩壊させるの3巻が電撃文庫様より、2025/1/10(金)に発売されます。


…………。


あー、特に言う事ないや……。


あ。


なんか冬コミの会場に行くまでの道にヤマモトさんのポスターが掲示されるみたいです。


りんかい線ホームと地上の階段の横とか編集さんは言ってたけど、土地勘がないのでなんとも……。


というか、自分はコミケ行く時は東京駅からの直行バス一択だったから、その辺よく分からんとです!


まぁ、見つけた人はニヤニヤしといて下さい。


ではではノシ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る