第412話

学園担当ジャック視点】


『さて、魔将杯の決勝戦ですが……まさかの決勝戦再試合が行われることになりました! 試合としては、一度戦ったことのある相手同士! 時間を空けることで対策が練られてしまうことを危惧して、もう既に始まっています! 更に驚くべきことに……パウエル卿!』

『えぇ、互いのチームリーダーが参加しないという状態で戦っていますね。あの通り、ヤマモト卿は舞台近くのスペースで早々に仮設テントを建てて休んでおります』

『休んでいるだけではなく、なにやら近くで食欲を誘ういい香りも漂ってくるようです! 飯テロですね!』


 まぁ、雨が降ってて冷えるからね。


 仮設テントの下で普通にオーク汁が入った寸胴鍋を温め直してたりする。


 というか、私、チェチェック貴族学園のリーダーじゃないし!


 リーダーはスコットくんだから、そこ間違えないで欲しいんですけど?


 …………。


 まぁ、なんでこんなことになってるのかというと、王都が混乱に陥った状況の中で会場を後にしたまま、イザクちゃんくんが帰ってこないのが原因だ。


 しかも、この雨の中を大勢の観客を待たせるのも良くないってことで、試合を再開してるんだけど……。


 イザクちゃんくんという圧倒的なリーダーがいない中を、私を使って蹂躙するのはフェアじゃない! とチェチェック貴族学園の一部メンバー(主にエギルくん)が強く主張してね……。


 イザクちゃんくんがいないっていうなら、チェチェック貴族学園もヤマモトを外すぜ! という流れで決まった再試合である。


 まぁ、私的には既に魔王軍に就職してる身だし、他の学生たちのアピールの場を奪っちゃうのも悪いなぁ、とは思ってたので、その辺は全然オーケーなんだけど……。


 まぁ、こうも寒いとね。


 やっぱり、観戦するにしても、豚汁あたりを飲んで温まりながら観たいよねーって感じになったので、豚汁を温め直していたりする。


 なお、試合の方は総合的な戦力の差なのか、帝王学園の方がポイントでリード。


 こちらもエギルくん、ツルヒちゃんを中心に頑張ってる方なんだけど、ユフィちゃんがその有り余るステータスを活かしきれてないので足を引っ張ってる感じかな?


 まぁ、元々ユフィちゃんは争い事が得意なタイプじゃないし、仕方ないのかもしれないけど……。


 試合中に戦いに慣れて、無双するようなことがあれば、逆転優勝もできそうだけど……どうだろうね?


 まぁ、私としては、無効試合ノーコンテストになったけどチェチェック貴族学園のメンバー全員で戦うという目標が達成できたので、個人的には優勝しようと、しまいと満足だったりする。


「ん、美味しいね」

『おぉっと、魔王軍特別大将軍がスープの味見を行ったぁ!』

『そこは特に実況する必要がありません』


 …………。


 実況の人は、もう少し真面目に試合を見た方がいいんじゃないかな……?


 ■□■


本体キング視点】


「【追駆】で痕跡を追ってきたけど、ここで痕跡が途切れてるよ」

「そう、ありがとね、ヤマモトちゃん」

「…………」


 イブリースが死んだことをアトラさんとイザクちゃんくんに告げた私は、【追駆】のスキルを使って、二人と共にイブリースを追跡してたんだけど、山際の森の中に入ったところで痕跡が完全に途絶えた。


 スキルで追えなくなったわけじゃない。


 だって、私の目の前には緑色の追跡痕が見えてからね。


 それが、完全にここで途切れてる。


 つまり、ここで何かがあったんだ。


 【蘇生薬】を取り出して使用できないか確かめてみるけど、使用は不可。


 使用できる相手も見つからないような状態だ。


 だけど、この場所には不自然に木や土が破壊されており、イブリースが誰かと戦ったような痕跡が残っていた。


「俄には信じられないな……。母さんが死んだなんて……」


 それでも、その【破壊】の跡はイブリースのものだとわかるのだろう。


 イザクちゃんくんが、幹の半ばから消し飛んだ大樹に指を這わせながら、そう呟くのが聞こえた。


 本人的には苦労を掛けられた母親だったんだろうけど、こうして居なくなってしまったら、それはそれで寂しい思いが募っているのかもしれない。


「ヤマモトちゃん、それ【蘇生薬】よね? イブリースを標的ターゲットにできるかしら?」

「無理そうかも……」


 そもそも、標的にするためのカーソルすら現れない。


 これは、復活させることもできそうにないね。


「そう、複雑だわ……」


 古い友人を亡くして残念なのか、それとも魔王国にとっての脅威が失くなって喜ぶべきなのか、アトラさんはその感情をそのまま口にしたみたい。


 私としても、色々とまだ整理できていない部分があるから、その気持ちはわかる。


 私が倒せなかったイブリースを倒すような存在が出現したということ――。


 そして、それがプレイヤーだということ――。


 正直、そんな脅威の出現に戸惑っている部分も多いけど……事実は事実として捉えないといけないね。


「イザクちゃんくん、お母さんの遺品ドロップアイテムが私の【収納】に沢山入ってるんだけど……どうする? 全部持ってく?」

「ちゃんくん? ……いや、いいよ。ボクもあそこで戦ったおかげか、それなりにアイテムを貰えたからさ。ヤマモトが得たものは、そのまま使ってもらって構わないよ」

「そうなの? ……わかった」


 まぁ、正直、【収納】の中にゴチャッと入っちゃったので、それを選り分けて――とかやらなくて良くなるのはありがたいかな?


「あと、ゴメン、アトラさん。一応、ここで業務連絡しとくね」

「業務連絡……?」

「私、この後、特殊進化のために、特殊な場所を目指す予定だから、しばらく連絡取れないかも」

「そう……。まぁ、現状で想定する一番の脅威がいなくなってしまったわけだし、少しぐらいなら魔王軍特別大将軍が不在でも大丈夫……だとは思っておくわ。でも、なるべく早く帰ってきなさい? どうも、不穏な感じがするし……。あぁ、マユンちゃんには私から言っておくわよ?」

「うん、お願い」


 というか、イブリースとの戦いで魔王を起き上がり小法師かってぐらいに、生き返らせたり、殺したりしてるから、面と向かって報告しにくいのはあったから、それは助かるね。


「ヤマモトは……歩みを止めないんだね」


 どこか憔悴した表情をこちらに向けてくるイザクちゃんくん。


 やっぱり、殺し合いをするほど嫌いでも、母親が死ぬっていうのはショックなんだ……。


 私も、まぁ、母親とはそんなに仲が良い方じゃないけど……多分、死んじゃったら泣くんだと思う。


 その涙を、ここで見せようとはしないイザクちゃんくんは……強いよ。


「イブリースを倒すような相手が襲ってくるかもしれないからね……。立ち止まってはいられないよ。私だって死にたくないし……」

「そうだね……。ボクも立ち止まっていられる立場じゃないか……」


 少しだけイザクちゃんくんの瞳に力が戻った気がした。


 この感じなら、自暴自棄になるようなことはなさそうかな……?


「それにしても、イブリースを倒すような相手なんて……一体何者なのかしら?」


 アトラさんの言葉に、私の脳裏にあの言葉がチラつく。


 ……。


 まさか、彼らの仕業……なのかな?


 ■□■


【マリス視点】


 昔から、ボクは孤立していた――。


『お前さぁ、男同士が絡み合う漫画描いてるんだって? 気持ち悪ぃから近付くなよなー』


 密かに好きだった男子には、そう言われて心を折られた。


『イラスト、アニメの専門学校……? そんな所に行ったところでまともな会社に就職できないだろう? いつまでも夢を見ていないで、ちゃんとした会社に就職できるよう、大学はまともな所に通いなさい』


 年二回の大規模同人即売会で、壁サークルとして配置されて完売という結果を出しても、両親はボクを認めてはくれなかった。


『それで? そのゲーム会社はいつ辞めるんだ? ゲーム会社なんて安定しない仕事だろう? あぁ、そうだ。地元の大きな工場の専務が、私の知り合いなんだ。口を利いてあげるから、さっさと帰ってきてそちらでお世話になったらどうだ?』


 株式会社ユグドラシルがヒット作であるユーフォニア戦記を出した後も、両親は終始この調子だった。


 正直、理解されていない、と思った。


 友達だと思っていた存在は、ボクを動物園の動物のように遠巻きに眺め、両親は自分が思っている理想という名のレールの上を、ボクに無理やり走らせようとする。


 ボクにとって、この世界は生き辛い世界そのものだった。


 でも、そんなボクにも唯一と言っていい、理解者がいた。


 それが、真咲さんだったんだ。


 だけど、そんな真咲さんももういない……。


「ボクは別にササさんみたいに、プレイヤーたちと真剣勝負がしたいわけじゃない……」


 ボクが馴染めなかった現実世界よりも、自分の理想を押し込めた仮想世界でストレスなく過ごしたかっただけだ。


 ここでなら、現実世界ではボクには絶対に不可能な逆ハーだって作れるし、美味しいものもカロリーを気にせずに食べ放題。


 体型だって気にする必要もないし、老いだって寿命で死ぬ直前まで感じることはないだろう。


 まさに楽園。


 そんな世界で誰にも邪魔されないために、プレイヤーを人質に取ったけど……。


 別に、彼らを面白半分に殺すつもりはなかった。


 大武祭にだって、早く強くならないと危ないよ? というプレイヤーへの警告も兼ねて出たつもりだったし。


 逆ハーの形成だって、別に誰かを殺してまで形成してるわけじゃないし。


 竜の国の戦力を真咲さんに貸したのも、どちらかというと真咲さんを守る意味合いが強かったし。


 ボク自身はわざわざプレイヤーに攻撃的な態度を取る必要はないと考えていたんだ。


 そもそも、人質は生きていてこそ、その効果を発揮するからね。


 殺してしまっては意味がない。


 ……だけど、事情が変わった。


「親友を殺されて、のほほんとしてられるほど、ボクは温厚じゃないんだよ……」


 既に準備は九割方整った。


 あとは、いつ狼煙を上げるかだ。


「元々、四対十万という人数バランスでのデスゲームなんだ。こちらが一人死んだ以上、二万五千人くらいには死んでもらわないとね……」


 本当はプレイヤーを皆殺しにしたいところだけど、あまりに殺し過ぎると、ササさんの楽しみが減るかもしれないからね。


 それは避けときたいかな?


 だって、もうボクたちは三人だけしかいない、かけがえのない仲間なんだし、変に不興を買って仲間割れなんてしたくないし。


「まぁ、やる前に少しササさんと話し合っておこうかな? ……やらないってことは絶対にないけど」


 ボクはそう言うと、久し振りに掲示板に書き込みを始めるのであった――。

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