第410話

 駆けながら、考えを巡らせる――。


 イブリースは元々現魔王やアトラさんの知り合いで、魔王国建国の立役者だ。


 そして、イザクちゃんくんの母親。


 でも、本人は今の魔王国を滅ぼしてもいいと考えてるし、強い人と戦うことを望んでいる戦闘狂に見える。


 私としては絶対にお近付きになりたくない相手だったんだけど……どうやら勝手にロックオンされちゃってたみたい。


 更には、現在進行形で王都の人たちを人質にして、イザクちゃんくんを脅すようなムーヴをしてる。


 それらを総合的に考えると――やっぱり悪人ってことになるよね?


 けど、私は別に正義の味方というわけじゃないから、相手が悪人だからといって成敗するために動く気もない。


 でも、魔王軍特別大将軍という立場だから、国を潰そうとする相手には厳しい態度を取らないといけないのかな?


 うーん、そういうのは苦手なんだけどなぁ……。


 いや、問題はそこじゃないか。


 一番の問題は、そのイブリースがちょっと予想外に強過ぎて、私の命が危険に晒されてるって事と、色々と世話になってる魔王やアトラさんに危害が加わろうとしてるってことだ。


 そこは、やっぱり看過できないよね……。


 だって、私はLIAわけだし。


 だからこそ、死ぬ気はないし、魔王やアトラさんも殺させはしない。


 そんなことをされたら、LIAが楽しめなくなっちゃうからね!


 全部失くした鬱展開のヒロインなんて、クソ喰らえだよ!


 それは、私がイブリースを殺したくないってことにも繋がる。


 いや、普通に考えたら、知り合いの母親を殺すって、とんだサイ○パスだからね?


 まぁ、今は自分自身の命が狙われてるし、相手が普通の母親じゃないから、その限りではないのかもしれないけど……。


 個人的なベストは、殺さずにイブリースの心を折ることかな?


 まぁ、できれば……だけどね。


「【わりと雷帝】」

「またその技か!」


 私がやる気になったと判断したのだろう。


 イブリースの意識が王都を攻撃することよりも、私を迎撃する方向へと向く。


 それだけ、私を脅威だと思ってくれてるのかな?


 ありがたいような、そうでもないような……。


 そんなことを考えながら、【縮地】を繰り返す。


 私が【わりと雷帝】を選んだのは、なんだかんだでエンドコンテンツっぽいボクデンをこの技で撃破しているという実績からだ。


 多分だけど、【縮地】バトルなら一日の長はこちらにあるんじゃないかな?


 まぁ、普通の武芸によるバトルじゃ絶対に勝てないから、こういう飛び道具で渡り合うしかないと考えたんだけどね。


 あと、【縮地】の利点としてはステータスに関係なく、実際に瞬間移動を行う技だということだ。


 これだと、一瞬で移動することができるから、イブリースが如何に早く動けたとしても、簡単に私の動きは捉えられないはずなんだ!


「小賢しいぞ! ヤマモト! 同じ技を繰り返されて、この私が応じ切れぬと思ったか!」


 えっと……捉えられないはずだよね?


 ――ヒュン!


「危なっ!?」

「何っ!?」


 【縮地】の出先を狙って振るわれたイブリースの剣を先読みして避ける。


 今、【未来予知】が働いた!?


 それとも、【先読み】かも!?


 とにかく、イブリースを見た瞬間、なんかビビッと来た!


 あ、攻撃が来るな、とわかったから、【縮地】の出先を瞬時に変えられたのだ。


 これは……。


 その時、私の脳裏に一瞬経験してないはずの記憶が蘇る。


 グリフォンに乗った女騎士ヘカテーちゃんを相手に戦った記憶……?


「あ……」


 ――見える。


 イブリースが刀による鋭い突きを放つのを、私は半拍早い動きで躱す。


 ヘカテーちゃんの変幻自在の攻撃に比べたら、イブリースの攻撃は実に直線的で殺意が高い。


 逆にいうと、狙いがモロバレで稚拙に見えてしまうのだ。


 だから、私でもイブリースの攻撃の起点が読めるのかも?


 ヘカテーちゃんとの戦いでカウンターモフモフを決めてた経験が活きてる……のかなぁ?


 何にせよ、イブリースの攻撃が読めて、避けることができるというのならチャンスだ!


 この状態なら、勇気さえあれば攻撃をかい潜って接近できるはず!


 その上で、イブリースの持つ刀をへし折ってやる……!


 …………。


 いや、刀を折ったところで、なんでも【破壊】できるイブリースには効果は薄いのかもしれないよ?


 でも、「次はお前の首を狙う」みたいなことを告げれば、「あれ? ヤマモトと戦うのは割に合わないぞ?」と思わせられるかもしれないじゃん?


 そうすれば、交渉することで退いてくれるかもしれないし。


 だから、今は――、


「前進あるのみ!」

「たかだか、一撃躱したくらいで調子に乗るなよ! ――喝ぁぁぁっ!」


 調子に乗って踏み出そうとした私を押し留めるようにして、イブリースが大声を出す。


 大気を震わせるような威圧的な叫びに、降っていた雨がその場でパンパンと霧のように弾け飛んでいく!


 その大声を聞いた瞬間、体が硬直して動けなくなりそうになるけど……その思いを振り払って、私は前進する!


「何っ!? の【威圧】を振り払うだと!?」

だから弱くなってるんじゃないの!」


 私はそう返したけど……。


 虚勢だ。


 正直、前までの私だったら硬直して動けなくなってたと思う。


 動けたのは、からだ。


 私の中の経験してないはずなのに存在する記憶の中に……大勢の王都市民から敵意や殺意、嫌悪や威圧を受けた記憶がある。


 あれに比べれば……イブリースの【威圧】如き……という思いがあって踏ん張れた。


 嫌な思いだって、経験は経験だ!


 それら全部を背負って、私は突き進むよ!


「つまり、愚直に前進あるのみ!」

「ならば、小細工はなしだ! ここからは力でねじ伏せてくれる!」


 刀を片手で持ち、まるで棒切れのように振り回してくるイブリース。


 だけど、力任せの攻撃は直線的で、攻撃の起点が見えてる私にとっては脅威となるものじゃない!


 多分、相手には次に来る攻撃がわかって躱してるように見えてるんじゃないかな?


 というか、ここまで稚拙だと、わざとやってるように見えてくるんだけど……。


 ……え? まさか、罠?


 疑問に思いながらも、刀を返して斬り掛かってくるイブリースの攻撃を避けながら、私は振り切られたイブリースの刀目掛けて、ガガさんの魔剣を振り下ろす!


「ここだ!」


 ――ギィン!


 次の瞬間、断ち斬られた剣身が雨粒を弾きながら宙を舞う。


「え……?」


 イブリースの刀に叩き付けたはずのガガさんの魔剣は、その刀にまるでバターのように斬り裂かれ――、


 ――その剣身の半ばから断ち斬られていた。


「嘘……、ガガさんの魔剣が……」


 呆然と呟く中、イブリースがニヤリと笑う。


「王都を散歩してる時に見つけた【魔剣殺し】の威力はどうだ? 剣とは形状が違うために、【術】系のスキルが使えなくなってしまい、苦労したが……貴様のような魔剣使いには天敵だろう?」


 魔剣殺しって……。


 それって、もしかして魔剣キラー……?


 ……え、完成してたの?


 ――じゃない!


 今はそんなことよりも、ガガさんの魔剣をなんとかしなくちゃ!


 というか、なんで【破壊】とかいうチートスキルを使う相手に、ガガさんの魔剣で斬り掛かったの、私!?


 そんなの【破壊】される危険が……!


 ――いや、わかってる。


 今のイブリースのステータスは、私と同等レベルなんだ。


 だからこそ、相手が莫大なHPを持っていることがわかる。


 それを考えたら、攻撃能力に特化したガガさんの魔剣を使わざるを得なかったのは仕方ない。


 だけど、こういう事態になることは、頭の隅で理解してたはずなんだから、違和感を覚えた時点でもっと慎重に行動するべきだったんだよ! それを――、


 ――ガシッ!


 腕を掴まれた感触で、私はハッと意識を取り戻す。


「捕まえたぞ、ヤマモト?」


 私の右腕を握ったイブリースが厭な笑いを浮かべたことに怖気が止まらない……!


「【破壊】!」


 バンッ!


 次の瞬間、私の右腕は肩から先が綺麗に消し飛んでいた――。


 ■□■


 最初に来たのは強い痺れ。


 そして、次に感覚が急に薄くなって、自分の腕が付いてるのかどうか全くわからなくなる。


 そして、目視して……腕が失くなっていることに気が付き、その痛みを脳が理解する。


 痛い、痛い、痛い、痛い……ッ!


 痛みの奔流が思考を掻き乱す中――、


 ▶【バランス】が発動しました。

  【破壊】をし返し――


 ――私は失った手からこぼれ落ちた、ガガさんの魔剣の柄を目で追っていた。


 半ばから断ち斬られたガガさんの魔剣は、私の右腕の消失と共に地面へと落ちていく。


 その光景が、混乱する私の心には傷口の痛みよりも何よりも鮮明に焼き付いていた。


 ガガさんに無理を言って作ってもらった魔剣――。


 今まで様々な冒険を共に行ってきた。


 数多の難敵を倒せてきたのも、この魔剣があったからだ。


 それなのに、こんなところで終わるの……?


 腕の痛みと相まって、涙が出るほどに悔しいし、悲しい……。


 ガガさん、ゴメン……。


 使う私がヘボだから……。


 魔剣を……、失っちゃったよ……。


 ▶…………。


 ▶【バランス】の発動をキャンセルします。


 ▶改めて【バランス】を発動します。

  【破壊】とのバランスを取ります。


 ▶【破壊】されたものを【再生】します。


 次の瞬間、私の右肩に光が集ったかと思うと――、一瞬で右腕が再生する。


「え……? 治った……?」


 いや、治ったのは、私の腕だけじゃない。


 私の右掌の中に光が集って、それがガガさんの魔剣として顕現する……!


「直った……?」

「はぁ!? なんだ、それは!?」


 近くで見ていたイブリースが驚きの声を上げるけど、それを聞きたいのはこっちの方だ。


 というか、今の表示……【バランス】さん?


 なんとなく、虚空でサムズアップする【バランス】さんを思い浮かべながら、心の中で感謝する。


 ありがとう、【バランス】さん……。


「ちぃっ、それが貴様のユニークスキルというわけか! ならば、治らぬように何度でも――ぬっ!?」


 再び刀を振ろうとしたイブリースの腕に何本もの白い糸が絡みつき、その動きを止める。


 これは……?


「させないわよ!」

「アトラ!? ……貴様、脚が!?」


 声の方向に視線を向ければ、山羊くんを引き連れて、アトラさんが戻ってきてる!


 しかも、【破壊】されて、消滅したはずの脚が治ってる!?


「何故かはわからないけど、生えてきたわ! どうやら、貴方の日頃の行いがよっぽど悪かったようね!」

「ぬかせ! ならば、まずは貴様から葬り去ってくれよう! ――【破壊】!」


 あっ、と思った時にはもう遅い。


 アトラさんの上半身が粉々に砕かれ――、


 ――次の瞬間には、何事もなかったかのように光が集って【再生】する。


「「…………」」


 そして、なんとも微妙な表情を見せるイブリースとアトラさん。


 えーと、二人して、こっち見ないでくれる……?


 私にもこの事態を上手く説明できる自信がないし……。


「これは、ヤマモトのスキルが影響してるのか? ならば、スキル保有者を殺せば……! ――なんだと!?」


 イブリースが私の背後を見て、絶句する。


 その様子に、私も思わず背後を振り向き……同じく絶句する。


 そこには、正門の石壁が元に戻る姿だけでなく、【破壊】の光が通った跡が次々と勝手に直っていく姿があった――。


 人だけでなく、建物や道、自然や物まで全てが巻き戻しの映像のように戻っていく……。


 これは、王都自体が【再生】してる……?


 …………。


 いや、街って生き物じゃないから、【再生】っていっていいのかわからないけど!


「周囲一帯を巻き込んで発動するユニークスキルだと!? どれだけ強力なユニークスキルだ!? えぇい、ならばこそ、スキルの持ち主を殺すしかない……!」


 イブリースの言葉に弾かれたように動く私。


 だけど、後ろを向いてた分、一瞬遅かった……。


 ――斬ッ!


 首の辺りが涼しくなる感覚……。


 そして、私の視界が傾いていく……。


「首を落とされても、生きられるかな?」


 イブリースがドヤ顔を見せる中で、私は落ちようとする自分の頭を片手でキャッチ。


 そして、そのまま自分の首にドッキング。


 そして、片手を目の前に持ってきて謝罪の姿勢を取る。


 その時には、首が光って元通りだ。


「ゴメン、この動作、割と慣れてる」

「このバケモノが! 【破壊】!」


 掌をこちらに向けて、至近距離で【破壊】の光を放つイブリースだけど、私だってむざむざと食らう気はない。


 その攻撃をひょいと躱したら――、


 ドォン!


 ――後ろの王都が【破壊】された。


 あ、後ろに王都があるの忘れてたや……。


<魔王マユンが死亡しました。>


<魔王国が滅亡しました。>

 

 …………。


 えぇっ!?


 もしかして、さっきの【破壊】の光が魔王城を直撃しちゃった!?


 魔王、大丈夫!? いや、死んじゃったなら、大丈夫じゃないよね!? どうしよう!?


<魔王マユンが再生しました。>


<魔王国が建国されました。>


 あ、大丈夫みたいだね。


 良かった良かった。


 …………。


 良かったのかな……?


「ちょこまかと……逃げるな!」

「無茶言わないで欲しいんですけど!?」


 頭に血が上ってるのか、イブリースが【破壊】の光を連打する。


 それは、私に当たらないって学習したんじゃないの!?


 その度に、王都が壊滅的な被害を被り――、すぐに再生していく。


 というか、さっきから視界の端のシステムメッセージで何度も魔王国が滅亡しては建国されてるんですけど!?


「何度、建国祭やらせる気!?」

「知るか! いい加減に死ね!」


 そう言われて、はい死にます、とか答える人見たことないんですけど!?


 振るわれる刀と光線の攻撃をギリギリで避けながら、私はガガさんの魔剣を【収納】に放り込んで、新たな武器を取り出す。


「はっ! 今更装備を切り替えたところでどうなる!」

「少なくとも、この魔剣を壊されるわけにはいかないんだよ!」


 そう言って取り出したのは、ひん曲がったアダマンタイト製の棒だ。


 【魔神器創造】ばかりに頼っちゃいけないと思い、久し振りに【鍛冶】を行った結果がである。


 いつか、鋳潰して再利用しようと思ってたけど、こんな物でも役に立つことがあるんだね!


 ガン、ギン、ガガン、ギン、ゴッ!


 棒と刀で互いに打ち合う!


 イブリースは刀を通して【破壊】の力を使ってるんだろうけど、こっちだって【バランス】さんの力で即時に【再生】してるせいか、棒には傷ひとつ付かない!


 激しい火花が散り、逆に【破壊】の力を込めた刀が磨耗していくぐらいだ!


「耐久力が減ったという事実を【破壊】する!」


 だけど、それもイブリースの一言で全てが元通り。


 うーん、このチートスキルめ……。


 まぁ、人のこと言えないけどね!


 その後も斬って、殴って、殴って、斬って――、


 途中でアトラさんの攻撃が入ったり、王都が吹き飛んだり、回復したイザクちゃんくんが挑んでは、ふっ飛ばされたりしてるけど……状況は全く変わらない!


 というか、千日手だ!


 流石にこの状況だと、私とイブリースの集中力も落ちてきて、互いに雑な攻撃が増えてくる。


 私がイブリースの頭を棒で半壊させ、イブリースがその事実を【破壊】して回復した次の瞬間には、私は王都ごと左半身を【破壊】されて――王都ごと【再生】する。


 【破壊】して、【再生】して、【再生】して、【破壊】して――、


 やがて、二人して手を止めて、その場で睨み合う。


「「しつこい!」」


 どうやら、イブリースの方も気持ちは同じだったようだ。


 魚焼きグリルのしつこい油汚れを見るような目で睨んでくる。


 まぁ、私はお風呂場の黒カビを見るような目でイブリースを睨んでると思うけど……。


 睨み合いを続けていたのは、凡そ三十秒ほどだろうか。


 先に動いたのは、イブリースの方であった。


 【収納】に刀をしまい込み、服も白いドレスに着替えてしまう。


 私はその様子に、疑問符を浮かべるんだけど、イブリースの答えは単純明快であった。


「飽きた」


 ……は?


「帰る」


 えええぇぇぇ―――っ!?



 ■□■


※本編とは何の関係もないCM劇場※


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内容的には、WEB版3章をベースに恐ろしく改変してありますので、WEB版既読の方にも楽しめる内容かと思います。


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ではではこの辺でーノシ

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