第407話

 ■□■


【アトラ視点】


 ――そうねぇ……時間もあるし、少しゆっくり考えてみたいと思うわ。


 私がマユンちゃんにそう言った時、既に覚悟は決まっていたのかもしれない。


 いえ、覚悟はイブリースと久し振りに再会した時に、既に決まっていたのよね。


 元々、イブリースは好戦的な性格――。


 そんな彼女が現れたというだけで、血の雨が降ることは予想できた。


 問題は、誰が彼女の生贄になるべきかということだ。


 地位でいうなら、マユンちゃん?


 ……それはない。


 彼女は今までも、そして、これからも魔王国を牽引していく存在だ。


 そんな彼女をイブリースの生贄に捧げるわけにはいかない。


 そもそも、イブリースは強者との戦いを望んでいる。


 その観点でいえば、マユンちゃんがお眼鏡に適うとも思えない。


 強さでいうなら、やはりヤマモトだけど……。


 彼女は既に魔王国にとって重要なピースになりつつある。


 それをイブリースの贄にするのは、マユンちゃんも反対なはずだ。


 だったら、腕自慢の有象無象の魔物族ならどうだろう?


 実際に、マユンちゃんは一週間後の決闘を考慮して、イブリースに倒されても何の影響もなさそうな戦争推進派の魔物族の選定に入っている。


 だけど、そんな有象無象を倒したところで、イブリースが満足するだろうか?


 せめて、魔王軍四天王クラスと対峙しなければ、イブリースを満足させることは難しいだろう。


 そう考えた時に、私が真っ先に思い浮かべた適任者が……私だった。


 同時に、私ではイブリースを倒すことは難しいということも理解している。


 彼女は強い。


 それは幼馴染だからこそ、よく知る事実だ。


 彼女の戦いぶりを知っているからこそ、勝てないというのは最初からわかっていた。


 だけど、逆にいえば、イブリースの戦いぶりを知っているからこそ、彼女相手に善戦できるということでもある。


 結果が見えている戦いを前にして、覚悟の決まった姿を見せれば、マユンちゃんにはすぐに私の考えがバレてしまう。


 だから、この三日間はマユンちゃんを徹底的に避けた。


 今回の決闘の結果が、マユンちゃんの意にそぐわなかったとしてもしょうがない。


 私の命ひとつで、国ひとつが助かるのであれば、そちらを選ぶのが当然だろう。


 それに、イブリースは狂犬ではあるが、暴食ではない。


 満たされれば、それ以上を求めて暴れ狂うこともないはずだ。


 もしくは、少しぐらいイブリースの胸中に虚無のようなものがこみ上げてくれれば……嬉しいわね。


 そんなイブリースの表情を拝むことができないのは少し残念だけど……それは仕方ないかしら?


「ハハハ! なかなか枷が効いてて、面白いじゃないか!」


 そんな私の覚悟は知らぬとばかりに、イブリースが眷属を相手に大立ち回りを繰り広げている。


 全身を黒の体毛で覆われた狼男ライカンスロープが、独特のステップを刻みながらイブリースに近付き、下段蹴りを放つが、砕け散ったのは逆に蹴りを繰り出した狼男の脚であった。


 バランスを崩し、狼男が倒れ込もうとするところを、イブリースの拳が捉え、容赦なく彼の上半身が粉々に打ち砕かれる。


 そんな拳を振り切った体勢のイブリースを大鎌を振りかぶった蟷螂少女の姉妹が細切れにしようと背後から襲い掛かるが――、


「【破壊】」


 鎌を振り下ろした瞬間には、鎌はバラバラに砕け散り、その破片がイブリースの体の表面を叩く。


 いや、その破片すらも存在を許さないとばかりに、イブリースの体に当たった瞬間に粉となって空中に散っていく――。


「この防衛陣、【破壊】するのは簡単だが、それだと面白くないからな。ハンデだ、残しておいてやる」

「それはどうも……!」


 振り返り、蟷螂姉妹の頭を片手でひとつずつ掴んで、そのまま頭部を砕くイブリース。


 このバケモノめ……!


 私が張った防衛陣は、暗黒の森のモンスターでも、その動きをピタリと止める代物だ。


 並の魔物族であれば、呼吸することもままならなくなるというのに、彼女にとっては多少動き難い程度の効果しかないなんて……!


 わかってはいたけど、やはりとんでもないわね。


「私を楽しませてくれている褒美だ。面白いものを見せてやる。アトラ、よく見ておけよ?」


 ――バッ!


 顔の前で交差させた両腕を素早く左右に展開するイブリース。


 ビシュッ!


 次の瞬間には、イブリースの両手から特大の光の奔流が走り、側面から襲おうとしていた私の眷属たちが塵となって消える。


 今のは……。


「【救世ぐぜの光】と名付けた。塵となる恐怖を可視化したことで、更なる恐怖を演出できるとガープスパートナーが言っていたのでな。どうだ? 実際に見てみたら、なかなか良い演出だろう?」

「【破壊】のユニークスキルをわざわざ可視化することに何の意味があるというの?」

「カッコイイだろう?」


 馬鹿げた理由だが、確かに恐怖は増した……ように思う。


 そう、【破壊】。


 それが、イブリースのユニークスキルだ。


 彼女のユニークスキルの厄介なところは、物理的に全てを【破壊】できるだけでなく、概念や事象といった抽象的なものまで全て【破壊】できるという点に尽きる。


 特に、彼女の攻撃は相手のHP生命力を減らすのではなく、ステータス存在そのものを【破壊】する。


 だからこそ、彼女に【破壊】されたものは、蘇生魔法や回復魔法などの効果対象にすることができない。


 そして、その【破壊】は相手の攻撃すらも【破壊】して防ぎ、自分がダメージを受けた場合には傷を負ったという事象すらも【破壊】して、すぐに全回復してしまう。


 まさに隙がない――なんでもありのバケモノである。


 だが、そんなイブリースにも弱点はある。


「そう、聞いた私が馬鹿だったわ……。眷属たちよ、間断なくイブリースを攻めなさい。彼女の【破壊】のスキルは自動で発動されるわけではないわ。発動するには、彼女の意思が必要になる。普通に隙を突ければ、攻撃は通るはずよ」


 彼女のユニークスキルは自動発動パッシブではない……それが彼女の弱点だ。


 だからこそ、統一戦争時も決して無傷というわけではなかった。


 意識外の攻撃、認識できない攻撃――そこに付け入る隙があると私は考えている。


「確かに、認識できない攻撃は食らうかもしれないな。だが――」


 犀の頭部を持つ眷属が、その重量級の体を活かして体当たりを敢行する。


 その背後には、犀の魔物族を遮蔽物ブラインドに、包帯を全身に巻いた女性が走り、一瞬で全身から刃物を生やしてみせていたが――、


 次の瞬間には、イブリースが拡散するように放った光の弾幕に、両者とも体を穴だらけにされて、その場に倒れてしまう。


 ニヤリと笑うイブリースだが、その背後からは吸血鬼の男女が爪を長くしてイブリースに襲い掛かっていた。


 だが、イブリースはそれを素早く反転しながら躱し、勢いのままに蹴りを放って、吸血鬼の男女の胴を一瞬で泣き別れにしてしまう。


 これは、私の記憶にあるイブリースよりも――、


「千年もの間、暗黒の森で鍛えてきた私を昔と同じ実力だとでも思っていたか? 認識できない攻撃だと? 上等だ、やってみてくれ。まぁ、そんなことができるならだがな?」


 ――数段強くなっている!


 特に昔は集団戦を苦手としていた印象があったのだが、今の動きを見る限りだとそれも払拭されていそうね。


 だけど、悪いわね、イブリース。


 認識できない攻撃は、波状攻撃で作り出す以外にも、作り出す方法があるのよ……!


「やりなさい」


 イブリースを中心として、円を描くように等間隔に配置していた兎人族たちに命令を下す。


 そんな彼らの姿が一瞬で消える。


 兎人族は平和な今でこそ、その良すぎる聴覚のせいで嫌われているが、千年前の統一戦争時代は最高の密偵として活躍していた種族だ。


 特に、発達した聴覚を用いての待ち伏せからの【縮地】による強襲は、首刈り兎という悪名を戦場に轟かせたぐらいには凶悪な種族である。


 そして、この【縮地】であるならば、如何にイブリースのステータスが優れていようとも知覚することはできない……!


「ほぉ……!」


 兎人族の攻撃をなんとか躱すイブリースだけど、流石に全てを躱し切ることはできなかったみたいね。


 その身に数本の短剣の刃が突き刺さっているのが見える。


「短剣は抜かないで! 異物で動きを阻害させるのよ!」

「小癪なマネを……!」


 自分の体に刺さったままの短剣を一本ずつ引き抜こうとしていたイブリースだったけど、その左右から巨大なハンマーを持ったノーム二体が同時に襲い掛かる!


 その体勢では、避けることはできないでしょう!


「潰れなさい!」


 大気を震わせる程の重い音が響き、次の瞬間には巨大なハンマーにプレスされたイブリースの体がグチャグチャに――、


「私が傷付いたという事実を【破壊】する」


 ――なってはいなかった。


 ハンマーでプレスされたはずのイブリースだけど、傷ひとつない綺麗な姿のままで、軽くハンマーを破壊しながら姿を現す。


 その場には、地面にカラカラと音を立てて落ちる短剣が数本積み重なっているのが見えた。


 やはり、イブリースを止めるには、彼女を即死させるぐらいしか手はないようね……。


「今のはなかなか楽しめたぞ? 千年前の懐かしい戦法を使ってくるとは、懐かしすぎて思わず食らいたくなってしまったぐらいだ」

「…………」

「なんだ、アトラ? 随分と顔色が悪いな? では、もっとやる気が出るように良いことを教えてやろう」

「良いこと……?」

「あぁ」


 イブリースはそう言うなり、王都ディザーガンドの正門に向けて、片手を向ける。


 まさか……。


 ――ズドォン!


 次の瞬間には、極大の光線がディザーガンドの正門の上部を貫き、その巨大な建物の真ん中に丸い穴を開けていた。


 これは……。


「……見ての通りだ。私がその気になれば、王都を守護する大結界を無視して、王都を【破壊】することができる。だというのに、わざわざ王都の大結界にちょっかいを出すような痕跡を残したのは何故だと思う?」


 王都を守る大結界を構成する河川にちょっかいを掛けた理由……?


 それは、私に何かをアピールしようとしたから……?


 …………。


 まさか――。


「その様子だと気が付いたようだな? 私はヤマモトだけでなく、アトラ――お前とも殺し合いがしたかったのだよ」


 確かに、王都の民を危険に晒すようなまねは腹立たしかったし、結界を破られた後のことを考えると頭が痛かったけど……。


 それも全て、私を決闘の場に誘い出すための策略だったというの……?


 いえ、策略というよりは、保険のようなものでしょうね。


 もしかしたら、ヤマモトと戦えないかもしれない……その場合の次善の策として、私を怒らせることで、私を引き摺り出すつもりだったのじゃないかしら?


 私はその策に関係なく、イブリースと戦うことをいち早く決意してたから、あまり効果はなかったのだけど……。


 そのことをイブリースが知るわけもないだろうし……。


「あぁ、考えるだけでも心が躍る考えだとは思わないか? ヤマモトとアトラ、二人の強者と殺し合いをして、その二人を屠れるなんて、考えただけでも素晴らしい! アトラもそう思うだ――」

「やっぱり、こいつが悪者じゃない!」


 ドゴンッ!


 次の瞬間、物凄い音と共に、私の目の前からイブリースの姿が消えたのだけど……。


 一体、何が起こったのかしら……?

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