第405話
【
「冷たっ!? ――寒っ!」
気が付いたら、目の前が雨の降りしきる闘技場へと変わっていたんですけど……。
あれ?
私、さっきまでイザクちゃんくんと、お絵描き勝負してたはずだよね?
それがなんで、試合開始前の闘技場に戻ってきちゃってるの……?
辺りには、白い息を吐いて相手を睨みつけるエギルくんや、自分が徒手空拳であることに気が付いて、少し困った顔をみせるツルヒちゃんがいる。
いや、それだけじゃない。
少し離れたところには、ゴン蔵くんの腕を引っ張って羽根をパタパタさせてるビーちゃんや、同じくなんか頑張って片手をバタバタさせてるゴン蔵くんもいるし、中腰の体勢で辺りを見回しているダク郎くんもいたりする。
そして、
「私のうごちゃんがいませんわ!?」
なにやら珍妙な台詞を叫んで頭を抱えるマーガレットちゃんや、
「くっ、いいところだったのに……!」
同じく頭を抱えるスコットくんなんかがいたりするんだけど……。
…………。
あれ? ポールさんの姿がない?
『おばあちゃん……、私、そろそろそっちに行くかもしれないよ……』
「って、また成仏しかけてるし!?」
海水混じりの雨に打たれて、思わず成仏しかけてるポールさんを発見して、私は慌てて【エアボール】を使用するのであった――。
■□■
「ヤマモト様、無事ですか!」
なんとか慌てて【エアボール】を発動したところで、ユフィちゃんが私の方に駆け寄ってくる。
その様子だと、なにかあった感じなんだよね?
私にはなにがあったのか、全く把握できてないんだけど……。
「私は無事だけど、ポールさんが死にかけてるよ」
「ポールさんは
ユフィちゃんが指差す先を見て……私は思わず顔を強張らせる。
「なにあれ……?」
闘技場の観客席の最上段――。
そこがまるで最初から存在しなかったかのように、円状にくり抜かれていた。
まるで、巨人が巨大なスプーンですくい取ったかのような光景に、咄嗟に言葉が出てこない。
「そこだけじゃなく、こちら側も……」
闘技場の逆方向、入場口側も同じような痕跡があった。
それは空飛ぶ巨大生物が闘技場を食い散らかして突き進んだかのような光景を想起させる。
「えぇっと、なにかが直線的に突き進みながら闘技場を食べた……?」
「いえ。推測ですが、あれは大規模な攻撃の跡ではないでしょうか? それこそ、エギル様が得意とされる【ドラゴフレア】の攻撃痕にも似ています」
…………。
私の予想がかすりもしてない件!
「そして、その攻撃が闘技場中央の巨大クリスタルを掠めた結果、安全装置が作動して、試合が強制的に終了したのではないかというのが、私見になります」
「なるほど」
……ん?
いや、確かに闘技場の一部が消失してるのだから、攻撃されたで正しいんだろうけど……。
でも、一体誰が何の目的で攻撃したんだろ?
私がそんなことを考えていると――、
ヴァッ!
まるで機械音を極限まで圧縮したような音が聞こえ、闘技場の観客席の一部が横手から飛んできた極太の光の中に飲み込まれていく。
そして、光が消え去った後には、最初からそこには何も存在してなかったかのように、建物も人もなくなってたんだけど……。
「嘘でしょ……?」
いや、全てが消滅したわけじゃないね。
消えた闘技場や観客の代わりに、そこには細かな塵が積もっていて、それが雨と混じり合ってドロドロの生コンクリートのように地面を流れていくのが見えた。
あれが、あの光線を受けた成れの果てってこと……?
「これって、かなりマズイ状況なんじゃあ……」
あの極太の光線がなんなのかはわからないけど……当たったら塵になっちゃう光線とか流石に怖すぎるんですけど?
しかも、狙いもタイミングもわからないんじゃ、それこそ運次第で唐突に死ねるんじゃ……?
ぞっとする思考に鞭打つように、次の瞬間には、王都ディザーガンドの街中で次々と爆発音が聞こえ始め、真っ赤な炎が轟々と燃え上がるのが見えた。
それとほぼ同時に、街中全体に魔道具による機械的なアナウンスの声が響く。
『緊急警報! 緊急警報! 現在、魔王国王都ディザーガンドは敵対勢力による襲撃を受けています! 一般市民の方は焦らず落ち着いて、指定された区域への避難をお願い致します! 繰り返します――』
いや、王都が襲撃って……。
というか、普通の魔物族だったら、王都を襲おうとも考えないよね?
一体何が起きてるの……?
「母さんか……」
舞台の上で、深々とため息を吐くもんだから、思わずそちらに視線がいく。
すると、ため息を吐いていた張本人であるイザクちゃんくんと目が合った。
もしかして、この事態を引き起こしてる相手に心当たりがあったりする……?
「ヤマモト、なるべく遠くに逃げるんだ。ここはボクがなんとかする」
そう言うなり、イザクちゃんくんの姿が消えたんですけど!?
ユニークスキルでも使って移動したんだろうけど、せめてこの状況を説明してから消えてくれないかな!?
というか、遠くに逃げろって……。
「私、魔王軍特別大将軍なんですけど……?」
言っちゃえば、むしろ守る側の立場の魔物族なのに、逃げろと言われるのはどうなんだろうね……。
■□■
【アトラ視点】
その日は、朝から生憎の雨模様だった。
そんな天気の中を私は傘を差しながら、ゆっくりと街中を歩いていく。
城下町を抜け、城門を抜け、やがて広く開けた草原へ――。
「今頃は魔将杯の決勝が行われているのよねぇ。見たかったわぁ……」
そんなことを呟きながら、辿り着いたのは王都の郊外だ。
開けた土地ではあるけれど、すぐ側に暗黒の森の蓋とも言うべき山脈があり、そこと位置的に隣接しているために、ここは王国の直轄地として管理されている場所である。
王都に隣接した開けた土地ということで、ここを欲しがる魔物族の貴族も多かったりするのだけど……マユンちゃんはここを緩衝地帯としてあてがった。
つまりは、そういう場所だ。
そんな開けた大地に立ちながら、私は雨を眺めつつ、昔の記憶を思い出す。
元々、私とイブリースちゃんは、この大陸の南方の貧しい集落に生まれた。
今で言うところの、メロウィ領の辺りだと思うのだけど、正しい位置までは思い出せないわね。
私はそこで、弱いモンスターを狩りながら、それを食らって生きるような……今から考えると、随分と原始的な生活を送っていた。
それは、イブリースちゃんも同様だったけど、イブリースちゃんは私ほど必死に生きてはいなかった。
悪く言えば、緩慢に。
良く言えば、余裕を持って生きていたように思う。
そんなイブリースちゃんは、暇さえあれば大陸の南端の崖の上から南の海を眺めていた。
たしか、それを始める切っ掛けは集落の長様の言葉だったはず……。
『南の海のその先には竜の国があり、時折そこから追放されたはぐれ竜が、この大陸に迷い込んでくることがあるのじゃ。竜という種族は大変凶暴じゃから、見かけたら決して手を出さずに身を隠し、逃げることを優先するんじゃぞ? いいな?』
そんなことを言ってたかしら?
そして、それを聞いた直後から、イブリースちゃんは南の海を眺めるようになったのだ。
私はそんなイブリースちゃんを不思議に思って、彼女にその意図を直接尋ねたことがある。
『なんでイブリースちゃんは、ずっと海を見てるの?』
『竜が見てみたいから』
『竜を見てどうするの?』
『見てから決める』
要領を得ない会話だったけど、私も竜を見てみたい気持ちはあったから、それからイブリースちゃんに付き合って、時々海を眺めたりしてたのよねぇ……。
そして、あの日も、こんな風に激しい雨が降っていたのだったわ。
『イブリースちゃん、波も高くなってきて危ないよ! 帰ろうよー!』
『帰りたいなら、先に帰ってていいよ、アトラ』
『長様がイブリースちゃんを連れて帰ってこいってうるさいんだもんー! 一緒に帰ろうよー! イブリースちゃーん!』
『……いや、ダメだ。来たぞ』
イブリースちゃんの言葉に、私は雷光に照らされながらも飛ぶ、巨大な竜の姿を見たのであった――。
■□■
「結局、あの時に出会った竜が温厚なオメガさんで良かったわよね……。流石に、イブリースちゃんでも、あの時点でオメガさんと戦って勝つのは無理があったでしょうし。下手に戦闘になっていたら、二人共食べられていたわよね。……ね? イブリースちゃん?」
私が振り返ると、そこには傘も差さずにズブ濡れ状態のイブリースちゃんがいた。
そんな彼女は煩わしげに、自分の髪を片手で搔き上げている。
その表情には、僅かに苛立ちの感情が乗っているように見えた。
「私をわざわざこんな所に呼び出しておいて、思い出話でもするつもりだったのか?」
「そういうこともあったわよねって話じゃない。懐かしくなかったかしら?」
「懐かしくはあるが、雨に打たれながら聞く話じゃないな」
「それは、イブリースちゃんが傘を差さないからでしょう?」
「嫌いだ」
「傘を差すのが?」
「自然を自然に感じられないのが、だ」
実に、イブリースちゃんらしい回答だと思う。
彼女は魔物族というよりも、どちらかというとモンスターに近い思考や感覚を有している。
だから、生活に文明という不純物が混ざるのを嫌うのだろう。
だからこそ、彼女は自由奔放に振る舞うのだが……。
「あの時、私たちと出会ったオメガさんは色々な事を私たちに教えてくれたよね? それは、原始的な生活をしていた私たちにとっては、目から鱗ともいうような話の数々だった。それは覚えてる?」
「そうだな。そこで、アトラは傘を差すような小賢しさを学び、私は国を興す方法を学んだんだ」
「小賢しさって……。イブリースちゃんが倫理や常識を覚えないから、代わりに覚えざるを得なかったんじゃない……」
「そうだったか? 退屈な話は寝てたから覚えてない」
「もう!」
私はゆっくりと傘を畳む。
あの時と同じ雨が私を濡らすが関係ない。
ここまで来たなら、傘など邪魔になるだけだ。
「それじゃ、あの時のことは覚えてるかしら?」
「あの時のこと?」
「イブリースちゃんがオメガさんの話を聞いた後に、この大陸の全種族を制圧して、王様になりたいって言い出した時のことよ」
「それは覚えているが……それがどうした」
「その時に、私はこう言ったのよ」
イブリースちゃんが王様になるなら、私はイブリースちゃんの右腕になるよ!
「――ってね」
「…………」
「健気で可愛いわよね、昔の私? そして、何よりもそれを本当に実現してしまうのだから、素晴らしいとは思わない?」
「なんだ、自慢か?」
「いいえ、思い出したのよ。……原点を」
大自然の雨をまるでシャワーのように浴びる。
そう、昔の私は、今のイブリースちゃんと同じで傘など差さない……そんな生活を当然だと思っていた。
それが、いつしか傘を差すようになり、余計な争いは避けるようになり、文明を享受し、小賢しくなっていったのかもしれない。
だけど、その生活も今日で終わりだ。
「マユンちゃんには悪いけど……決めたわ。私はイブリースちゃんにつく」
空に雷鳴が轟き、稲光が辺りを照らす中で、しっかりと彼女を見据えながら、私はそう告げるのであった。
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