第404話
【
私が両手で絵を描き始めたことに対して、やたらとイザクちゃんくんから驚いたような視線が飛んできてるんだけど……。
まぁ、私のネッ友絵師の中でもやってる人は一人ぐらいしか知らないから、珍しいといえば珍しいのかもしれない。
というか、元々私も両手でお絵描きしてたわけじゃないし!
最初の切っ掛けは、多分、腱鞘炎かな?
ほら、私って引き籠もって絵ばかり描いてたから、運動とか全然やってないんだよね。
なのに、四六時中ずーっと液タブで絵ばっかり描いてるから、手首だけは物凄く酷使してて……。
そんなことばかりやってると……まぁ、なるよね? 腱鞘炎。
その時に、痛みに耐えて絵を描きながら思ったのは――、
利き手の手首はもの凄く痛いんだけど、逆の手は全く痛くないから、こっちで描ければ万事OKなんじゃない? ってことだったんだ。
で、一週間くらいかな?
利き手とは逆の手で絵の練習をしてみたんだけど……どうもしっくりこないので、一度諦めたんだよね。
というか、絵の上手い下手以前の問題で、線が思うように描けないんだよ!
頭の中で考えてる線と違うものが出来ちゃうから、ストレスが溜まる溜まる。
それに、両手描きは普通に考えて、飛び道具みたいなものじゃない?
そんな技術鍛えるくらいなら、絵のクオリティ上げた方がいいでしょ! って考えがあったから、いつの間にか両手描きの練習はしなくなったんだよねー。
けれど、一度は諦めた両手描きに、もう一度挑戦しようという機会が訪れるんだ。
転機になったのは、一人暮らしを始めてからのお好み焼き事件がキッカケだね。
…………。
いや、字面だけ見ると、ちょっと美味しそうだけど……。
まぁ、実際には結構グロい事件だったりする。
あれは、私が一人暮らしを始めて、間もなくの頃だったかな?
家計的にあまり余裕がないから、その頃の私はわりと自炊してたんだ。
で、肉なしのお好み焼きを作ってたんだよね。
ほら、お好み焼きって、粉と卵とキャベツと水があれば簡単に作れるし、肉なしでヘルシーなのもいい感じだしね!
でも、自炊初心者だった私は、お好み焼き用にキャベツを千切りにするのが得意じゃなくて……。
もっぱら、キャベツの千切りといえば、スライサーを使ってたんだよね。
こう、流しにザルを置いてね、スライサーでシャッ、シャッ、シャッと一心不乱に削るの!
でも、その日は疲れてたのか、注意力散漫になってたっぽくて……。
――ザクッ!
利き腕の指をスライスしちゃったんだよねー。
幸い、傷自体は小さかったんで絆創膏を貼って、無理やり止血したんだけど……。
問題はその後だったんだよ。
そう、患部がペンに接触する部分で、痛みでペンが持てなくなっちゃったんだ。
更に言うと、その時に仕事を一件だけ受けてたのもタイミングが悪かったんだよねー。
事情を話して、締め切りを延ばしてもらったんだけど、絶対にクライアントの印象悪くしたって落ち込んだのがあってね……。
というわけで、それからというもの、私は真面目に両手描きの練習を始めたんだ。
ほら、スペアがあれば、いざという時にも安心できるしね。
で、なんだかんだで一年もやってたら、左でもそれなりに描けるようになったんだよねー。
ただ、左右の手を同時に動かして、別々の絵を描くのは流石に無理だった。
でも、現在、それができてる!
できてるのは、LIAだからだね!
もっといえば、【並列思考】とステータスの暴力のおかげで、高速で二枚の絵を交互に確認しながら描き進めてるだけなので、正確には同時進行とはいえないのかもしれないけど!
というか、今回のイザクちゃんくんが挑んできた勝負は、イザクちゃんくん的にはどうなんだろうね?
私としては痛くないし、チームメンバーの活躍の場を奪わなくて済むし、好きに絵を描くことができるし、まぁ、プロとして? その勝負は受けざるを得ないって感じで助かってるんだけどさ。
イザクちゃんくんは、なんでわざわざ私の得意分野で勝負してくれたのかな……?
「……気まぐれとか? 余裕とか?」
そんなことを考えながら、簡単なアタリの上に、ササッと線画を清書していく。
きっちり下書きをせずとも、今まで何千、何万回と描いてきた経験があるからね。
時間もないし、ここは省略できるとこは、省略していくよ。
後は、何をどう描くかについては、前情報で出てたLIAのイラストや画面写真、他の絵師さんたちの描いた絵から沢山のインプットを得てるから無問題。
今更、どう描くとか迷うこともない。
そもそも、
本体が一度ポカして、分身体が全て消えた時は、「何やってんの私……」って思ったけど、その経験が本体にフィードバックされて、新たに生み出された私にもフィードバックされたことは、不幸中の幸いかな?
そんなことを考えながらやってたら、十五分ほどで線画が完成。
私が描いたのは、片側の紙に四人、もう片側の紙に五人の人物が歩いている姿を描いたものだ。
ちなみに、左側の紙には、エギルくんを先頭にゴン蔵くん、ダク郎くん、ポールさんといった、魔将杯開始当初のチームメンバーを描き、右側の紙にはツルヒちゃん、ビーちゃん、マーガレットちゃん、スコットくん、ユフィちゃんという途中合流組を描き込んである。
「色塗りは、水彩で塗るのは大変そうだから、クラシックな方法でいこうかな?」
ステータスを操作して、無色透明な褒賞石を実体化させて、それに属性を付与していく。
属性が付与された褒賞石は魔石となり、色とりどりの輝きを見せてくれるわけなんだけど、それを私はその場で握り潰していく。
宝石が粉にまでなれば、いい感じだね。
後はそれを、【収納】から取り出した、なんか良くわからないモンスターの綿毛みたいなものの先端に付けることで……簡単絵の具(?)の完成!
これを使っていくよ!
「あんまり凝り過ぎると制限時間内で終わりそうにないから、全体的に薄く、幸せそうなパステルカラーに着色していこっと」
余裕があれば、影を付けてもいいかもね。
あ、光の加減が難しいところはマスキングテープとか付けたいけど……小さな【ロックウォール】とかで囲めばいいかな?
こんなことなら、なんでも消せる消しゴムとか欲しかったなぁ……。
下手に擦ると汚くなっちゃうし、難しいところだよねー。
というわけで、なんとか色塗りを終えたらところで、残り時間を確認。
え!? あと五分しかないじゃん!?
えーと、えーと……!
「【ダークアバター】!」
とりあえず、影を使って、もう一人の私を作り出して、色々と位置を調整!
で、調整が終わったところで、
「ヤマモト、時間だよ」
イザクちゃんくんに言われて、私は動きを止めるのだった。
■□■
【イザク視点】
終了間際になって、ヤマモトがワタワタと慌てていたようだけど……。
あれは、作成が間に合わなくてパニックにでもなっていたのかな?
まぁ、ボクが気にすることでもないか。
いつも通りに、実力を出し切ってボクが勝つ……ただ、それだけだからね。
「そういえば、勝敗の決め方について教えていなかったね」
「そういえば、そうかも?」
「この【マッチメイク】のスキルの中には、勝敗を厳正に審査する【勝利の妖精】というものが存在するんだ」
「なに、その特殊な妖精……?」
なに、と聞かれても反応に困るけど……。
そういうものなんだから、そういうものとして捉えて欲しいところだ。
「とにかく、パッと見で勝敗をつけるのが難しいものに関しては、その妖精が厳正にジャッジを下すことになっているんだよ。それじゃあ、【勝利の妖精】来てくれ」
ボクの呼び声に応えて、翼の生えた小さな白い象が出現する。
その象がその場でクルクルと『パオパオ〜♪』と飛んで回っていたかと思うと――、
『それではジャッジを行う!』
やたらと渋い声でそう告げてくる。
…………。
「キャラと声が合ってないんですけど?」
「そういう文句をボクに言われても困る」
いや、タキに言ったところで、タキも困るだろうけど。
『では、まずは一人目の挑戦者よ! 作品を提示せよ!』
「それじゃ、ヤマモトは勝手がわからないだろうから、ボクからやるよ」
「どうぞー」
言いながら、ボクは【勝利の妖精】に自分の描いた絵をみせる。
「これが、ボクの描いた作品……タイトルは【魔将杯】だ」
真っ白なキャンバスは黒をベースに深く濃い色が塗りたくられ、その中に浮き上がるようにして、ボクの立ち姿を描いた。
そんなボクの手足は血まみれで、その歩んできた足跡も赤で塗って目立つようにしてある。
ボクが、幾多の激闘、死闘を経て、なおも魔将杯の頂点として君臨し続ける――そんな姿を描いたつもりだ。
「おぉー、なんかカッコイイね。それに、この短時間で油絵みたいな塗り方してるの、普通に凄くない?」
何故か、【勝利の妖精】サイドにまで移動したヤマモトがボクの絵をそう評する。
たった一時間でも、油絵のような重厚感のある色塗りにできたのは、特殊な絵の具を使ったからだ。
この時間内でこの表現は、流石にヤマモトにもマネできないはずだから、少しだけ鼻が高いかな?
「魔将杯で延々と勝ち続けることの孤独さや、常勝の難しさを表現したつもりだよ。……さぁ、次はヤマモトの番だね」
『では、二人目の挑戦者よ! 作品を提示せよ!』
「わかったよ。じゃあ、まずは【ロック】」
なんだ?
そして、イーゼルをどかしていく……?
「じゃあ、【勝利の妖精】さんは、その辺から、こっちを見てもらってもいいかな?」
絵の出来を確認するのに、何故わざわざ場所を指定する……?
ボクが訝しんでいると、【勝利の妖精】がヤマモトの指定した位置にまで飛んでいって動きを止める。
一体どういう作品なんだ……?
興味を惹かれたボクは、【勝利の妖精】の後についていって、その背後から覗き込んで……驚く。
「偶然だけど、私の絵のタイトルも【魔将杯】って言うんだよねー」
空間に固定された二枚の絵――。
その背景はボクと違って、完全に真っ白だった。
だからこそ、この空間内の色と混じりあって、境界が曖昧になる。
そして、そんな絵の中に描かれた生き生きとした人物たち。
彼らは、見たことがある。
ヤマモトが所属するチェチェック貴族学園のメンバーたちの姿だろう。
彼らは誰もが、楽しそうに語らい合って歩いているように見えるが――、
そこにヤマモトの姿はない……?
いや、それどころか、二枚の絵の間には無意味なスペースが取られているために、一枚一枚の絵が分離しているようにしか見えない。
これでは、同じチェチェック貴族学園のチームメンバーなのに、二組に別れて歩いているようではないか!
二枚の紙を使っておきながら、上手く連結させることができずに失敗したな……!
ボクがそう思っている中を、ヤマモトが頭の後ろで手を組みながら、ゆっくりと歩き出す。
「バミリは……あっ、ここだ、ここだ。どう? 完成したかな?」
「……馬鹿な」
絵と絵の中間、丁度スペースが空いていた場所にピタリとヤマモトが入り込む。
すると、絵の中の人物たちとヤマモトの姿が合わさって、そこにはチェチェック貴族学園のメンバーたち全員を描いた、ひとつの絵画が完成していた。
まさか、紙を二枚使って間を空けたのは、中央に自分が入り込むためか……!
そして、背景を白塗りにすることで、この広大な空間の中を、チェチェック貴族学園のメンバーたちが歩いているようにも見えるだと……!?
「これは……」
ヤマモトの描いた絵を見た後で、ボクは思わず自分の描いた絵を見返す。
狭い世界、暗い過去や孤独感を描いたボクの作品に比べて、ヤマモトの描いた作品は無限大の未来や、温かい空気、大勢の仲間といったものを感じさせる……。
同じタイトルの絵のはずなのに、まるで正反対の仕上がりになったのは、なんという皮肉だ……。
ボクが延々と頂点に君臨し続けなければならないという業に嘆く心情を描写したのだとすると、ヤマモトが描いたのはこれからの未来に明るい希望を持って進む仲間たちへの信頼といったところだろうか。
「ヤマモトの目には、魔将杯がそう見えていたのか……」
…………。
いや、知ってたはずだ……。
数多の死闘や激闘を潜り抜けて勝ち続けてきたのは、ボク一人の力だけじゃなかっただろう……?
時には仲間の力を借り、勝った時の喜びも仲間と共に分かち合ってきたはずだ。
そんなことが、いつしか当たり前のようになって、魔将杯で勝つことは当然だと思うようになって……。
なんでボクはこんなことを繰り返さなきゃいけないんだって、苦悩して、辛くて、シンドくて……。
いつしか、ボクは楽しむ心を忘れてしまったんだ……。
表面上は余裕があるように振る舞っていながらも、ボクの心にはいつだって余裕がなかった。
大体、どんな手を使っても勝つって――、
「そんなの後がない、追い詰められた者の行動じゃないか……」
思わず眦から涙が零れる。
もし、人の心を動かすものを芸術と呼ぶのだとすれば……ヤマモトの絵は確かに芸術だ。
ボクはその場にヘタリ込むと、
「ボクの負――」
そう言いかけたボクの視界が、次の瞬間、真っ白に染め上げられた。
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