第403話

 ■□■


【タキ視点】


 これは、困ったことになったぞ……。


 それが、僕の第一印象だった。


 僕のユニークスキル【マッチメイク】は強力無比なスキルだ。


 なにせ、相手を無理やり僕の土俵に誘い込んで勝負できるのだから、弱いわけがない。


 けれど、【マッチメイク】にはひとつだけ大きな弱点があった。


 それは、このスキルは重複して使用ができないということだ。


 つまり、今の僕はイザクさんと魔王軍特別大将軍様の試合を【マッチメイク】してる状態だから、自分のユニークスキルが使えないのである。


 なら、ユニークスキル以外で戦えばいいんだろうけど……。


 僕はユニークスキル以外は本当にからっきしで……、その辺の雑魚モンスターにすら負ける程の弱さなんだよね……。


 というか、頭脳派を気取って、体を鍛えるのを軽視してたから、直接戦闘になったら、瞬殺される自信があるぐらいには弱いんだよ……!


 なので、【マッチメイク】を使用中の僕は、戦闘を避けるために島の中を歩き回って隠れられる場所がないかと探してたんだけど……。


 そこで、チェチェック貴族学園の生徒っぽい人に出会っちゃったんだよね……。


 いやぁ、本当に困ったことになったぞ……。


「帝王学園の生徒か? 私はチェチェック貴族学園のスコットという。それでは、いざ尋常に勝負といこう」


 いやいや、何言ってるのこの人!


 そんな真面目に剣を構えられても困るよ!


 僕に剣での勝負なんてできるわけがないでしょうが!


 そもそも、僕が死ぬと【マッチメイク】のスキルが強制的に解除されるから、イザクさんのためにも絶対に死ぬわけにはいかないし!


 勝負なんかできるわけがないでしょ!


「武器を抜かないのか?」

「あの……」

「ん? どうした?」


 彼は、脳まで筋肉でできてるタイプの魔物族じゃないっぽいかな……?


 こちらの話を聞く気があるなら、交渉できるかもしれない……。


「えぇっと、勝負の方法なんですけど……」

「あぁ、剣ではなく、魔法での勝負が好みかな? それなら、それに付き合うが……」


 剣だけじゃなくて、魔法まで自信があるって、随分とハイスペックですね!?


 こっちなんて、ユニークスキル一本で世の中を渡ってきてるから、他がダメダメなんですけども!


 とても羨ましいですね!


「その、剣とか、魔法とかではなくてですね……、軍略将棋で勝負とかどうでしょうか……?」


 僕が告げた軍略将棋とは、戦争をモチーフにした互いの駒を取り合う盤上遊戯だ。


 一応、僕の得意なゲームのひとつではあるんだけど……。


 すると、スコットさんは僕の目の前でヒュンッと剣を振るう――。


 いや、ダメだよね!? 無理だよね!? わかってるけど、普通にやったって勝てないんだから交渉するしかないでしょ!?


 ――と、その剣を鞘の中へと収める。


 ……あれ?


「言っておくが、私は軍略将棋も強いぞ」


 そのまま、ドサリとその場に腰を下ろすスコットさん。


 あれ? もしかして、知力にも自信あり……?


 というか、普通に軍略将棋が好きな魔物族なのかも……。


 いるよね?


 自分の好きなものとか、得意分野で挑まれちゃったら、状況とか忘れて飲めり込んじゃうタイプ。


 多分、このスコットさんもそういうタイプなんじゃないかな?


 でも、これは僕にとってチャンスだ。


 イザクさんと魔王軍特別大将軍の勝負になるべく波風立てないためにも頑張らないと……。


「ぼ、僕も結構やる方ですよ……?」


 そう言って、【収納】から軍略将棋のセットを取り出しながら、僕はどうにかこの勝負を長引かせようと企むのであった。


 ■□■


【イザク視点】


 ボクが母を先代の魔王だと知ったのは、奇しくも父が母の元を去る間際であった。


「母さんはな、最強と呼ばれた先代の魔王なんだ――」


 父の言葉に、ボクは誇らしかったのだけど、


「だから、きっとついていけなくなる。一緒に逃げよう、イザク」


 次いで出てきた言葉に、ボクは混乱した。


 今思えば、父は凡夫……いや、言い方を変えよう……普通の感性を持った、普通の魔物族だったのかもしれない。


 そして、母は悲しいほどに、一芸に特化した特殊な魔物族だったのだ。


 そう、ボクの母は、普通の母親と同じようなことができない。


 料理も苦手だったし、本の読み聞かせもやってもらった記憶がない。


 掃除も、洗濯も、母がやっている姿を見たことがなかった。


 けれど、母には誰よりも得意なことがひとつだけあった。


 それが、だ。


 暗黒の森に一人で入り、珍しいモンスターを狩ってきては、その素材を売って褒賞石に替える。


 それが、母の生業だった。


 最初はそれで上手くいっていた。


 父と母の関係は良好だった。


 だけど、何かが少しずつズレ、気付いた時には父は我慢の限界を迎え、母の元を去っていってしまったのだ。


 残された母は――、荒れた。


 荒れたといっても、母にできるのは戦闘だけなので、暗黒の森に籠り、日々凶悪なモンスターを倒し続ける日々を過ごす。


 いや――、


 今考えると、あれはもしかしたら母なりのアピールだったのかもしれない。


 普通の女性なら異性に魅力をアピールするために、手料理を作ったり、裁縫をしてみたり、可愛く着飾ってみたり――、そんなことをするんだろうけど、母はどれもできないから……暴力で自分を輝かせてみせていたのではないだろうか?


 元々、父との馴れ初めも、その恐ろしくも美しい強さに父が惹かれたからだと聞いたことがあるし……。


 それで、復縁できればと考えたのだろう。


 もしくは、何かに打ち込むことで、辛いことを忘れようとしたのか。


 それとも、単純に憂さ晴らしとして行っていたのか。


 真意は母にしかわからないけど、父と別れた後から、母はより一層戦闘に没頭するようになる。


 やがて、月日が経ち、母の中で手段と目的が徐々にすり替わっていく。


 母は、いつしか戦うことを生き甲斐とし始めたのだ。


 より強い相手、より苦戦する相手を求め、モンスターだけでなく、腕利きの魔物族とも戦い始めた。


 そして、全ての相手をきた。


 ボクは、そんな母の凶行にいつも連れ回されることになる。


 そして、毎度のように見ることになったのは、母の対戦相手の無惨な姿……。


 そして、その骸に縋り付き、泣き崩れる家族の姿……。


 時には、残った家族に恨み言を投げかけられ、殺意を向けられることもあった。


 けれど、それら全てを母は黙殺した。


 文句があるなら戦って倒してみろ――、そう背中で語りかけるだけで、誰しもが押し黙るしかなかった。


 だけど、ボクはその状況に耐えられなかった……。


 だから、一人でも母の犠牲者が減るように、母よりも早く相手と戦い、ボクよりも弱いということを証明することにした。


 母の中で、ボクは子供で……守るべき弱者だ。


 そんなボクに負けるような存在には、母だって流石に食指を動かさない。


 いつしか、ボクは母が興味を持つような強者を母の代行のように戦い、倒すような存在になっていた。


 ボクが毎年魔将杯に出ているのも、才能ある若い芽を母に摘まれないようにするためである。


 だからこそ、帝王学園は常勝不敗でなければならず、ボクは母のためにも、自分のためにも、そして才能ある若者たちのためにも……絶対に負けるわけにはいかないのだ。


 そして、今回、母のターゲットになっているのが、魔王軍特別大将軍であるヤマモトだ。


 ヤマモトは強い。


 だが、ヤマモトが如何に強いといえど、恐らく母には届かないはずだ。


 だからこそ、彼女をボクが守らなければ……。


 とはいえ、ヤマモトの力は母には及ばないものの、恐らくボクの力は超えている。


 だから、正攻法での勝負は無理があると諦めた。


 そこで、彼女との勝負方法は、【マッチメイク】を使って少々特殊なものに指定させてもらう。


 延々と続く真っ白な空間の中、ポツンと存在するボクたちは、互いに距離を取って、巨大なキャンバスに鉛筆を使って線を描き込んでいく。


 そう、勝負の方法は『絵画』だ。


 どちらの方がより上手い絵を描くか――、ただそれだけの勝負である。


 この勝負を提案した時、ヤマモトは拒否することなく、すんなりと受け入れた。


 当然だ。


 彼女は街でギャラリーを経営するほどの芸術好き。


 この勝負方法を持ち出されて拒否すれば、店の看板にさえ泥を塗ることになる。


 だから、受けざるを得なかったのだ。


 そして、どうやらデレックによると、ヤマモトの経営する店はらしい。


 そんなギャラリーの経営者が、まともに絵を描けるとも思えない。


 恐らくは、芸術を『何か理解できない不思議なもの』と捉えている勘違い美術商がヤマモトなのではないかと、ボクは睨んでいる。


 確かに芸術には、そんな一面もある。


 大した作品でなくとも、付加価値や希少性を付け足すことで作品の値段が吊り上がり、それを見て、欲しいと思う需要が上がれば、価値はどんどんと上がっていく。


 だが、今回は絵画の勝負。


 そして、、という判定要素を入れた。


 そこに付加価値や希少性は含まれない。


 つまり、値段の勝負ではないのだ。


 ボクの持論ではあるけど、絵の上手さは、どれだけ考えて絵を数多く描いてきたかに起因すると思っている。


 線を思い通りに描くのには慣れが必要だし、人物画を描くには肉体の構造の理解も必要だ。


 奥行きや影の付け方にも、ちゃんとした透視図法パースの知識も必要だし、絵が上手くなるには考えて描く力が必要なのだ。


 ただ芸術に触れているからといって、上手くなるものではない。


 そして、ボクは毎年の魔将杯に出場するために、長い時間をディザーガンド貴族学園で過ごしてきた。


 その過ごしてきた時間の中で、美術の授業を何度も取っている。


 だからこそ、壁を売り物にするような三流美術商に、絵画勝負で負けるわけがないのだ。


 ボクは【収納】から取り出した姿見で自分を見ながら、キャンバスにアタリを取り始める。


 まずはアタリを取って、下書き、そして清書、色付けといったところかな。


 最初にヤマモトを捕まえるのに時間を食ったことで、制限時間としては一時間前後しかなくなってしまったけど……そこは描く人数をボク一人に絞ることで、完成度を上げるつもりだ。


 ボクがササッとキャンバスにアタリを取り始めたところで、


「イザク」


 ボクを呼ぶヤマモトの声を聞いて、視線をそちらに向ける。


 すると、いつの間に近付いていたのか、ヤマモトがボクのすぐ側に立っているではないか。


 真っ当な勝負にしなくて良かった……、と改めてそう思えた瞬間だ。


「キャンバスに描いたことないから、慣れてる奴で描きたいんだけど……。スケッチブックはあるかな? あとイーゼルも欲しいんだけど?」


 キャンバスに描いたことがないだって?


 やはり、ヤマモトは絵に関しては素人ということか。


 ボクは【収納】からスケッチブックを取り出しながら――、


 ふと疑問に思う。


「イーゼルは既にひとつあるだろう?」

「二つ使おうかと思って」


 二つ?


 疑問に思いつつも、ボクはヤマモトにスケッチブックとイーゼルを渡す。


 ヤマモトは自席に戻って、自分の目の前にイーゼルを二つ置くと、スケッチブックのページを二枚切り離し、それぞれのイーゼルにその紙をセットする。


 まさか……二枚描く気か?


 たったの一時間しかないのに、二枚も描く余裕があるとも思えないけど……。


 ボクがそう思ってる目の前で、ヤマモトは自身の持っていた絵画用の鉛筆をベキリッと二つにへし折る。


 勝負を投げた……?


 そう思ったのも束の間。


 ヤマモトはへし折った鉛筆を恐ろしい勢いで短刀を使って削り始めると、二本の鉛筆を作り上げる。


 そして、両手に鉛筆を持つと、二枚の紙に恐ろしい勢いで描き始めたではないか!


 二枚同時描きだと!?


 まさか、素人じゃないのか!


「まぁ、初めて描くところもあるけど、LIA自体はジャンル効果による閲覧数アップを狙って、ゲーム開始前に何枚も描いてSNSとかに投稿してたからねー。わりと描き方的にはもう固まってるから、迷いようがないというか、速度は出るよねー」


 言ってる意味はわからないが、どうやら素人ではないらしい……。


 …………。


 だったら、ボクも全力で応じるまでだ……!


 勝負だ、ヤマモト……!

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