第398話
【
魔将杯決勝の当日は、生憎の土砂降りだった――。
今までが快晴続きだったから、そんな日もあるよねー、とも思ってたんだけど、それにしたってバケツをひっくり返した雨というのはどうなんだろう?
朝から夕立ちレベルでザーザー降ってるのは、なかなかに気が滅入るね……。
「こんな感じでも決勝戦はやるんだ……?」
「中止は前例がなかったかと思います。多分、やるのではないでしょうか?」
今日という日に、どうにか間に合ったユフィちゃんに聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
雨天順延とかにはならないかー。
そうかー。
ホテルの入り口から、遠い目をしながら外を眺める。
ウイーン、ウイーンと魔道自動扉が開いてはしまってを繰り返す。
まぁ、私が入り口のところで突っ立ってるのがいけないんだろうけど……。
「まぁ、連中にとっちゃあ、恵みの雨だろ? なんせ、この雨なら観客も少ないだろうからな。自分たちの負ける姿を観衆の耳目に晒さねぇで助かったんじゃねぇのか?」
「それは、こっちにも言えることじゃないの〜?」
「なんだと!? テメェ、ビー! 俺様たちが負けるって言うのかよ!」
「キャー! 暴力反対ー!」
ホテルのロビーで追いかけっこをしてるエギルくんとビーちゃんは放っておいて……。
「そういえば、スコットくん、今日の作戦なんだけど――」
「当初の予定通り、作戦はないよ。レシオ全てを全員に1ずつ割り振って全員参加する予定だ。元より、それは地元で練習してた時から決めてたことだけど……」
そう、この魔将杯は一応、魔王軍への『就職面接の場』という側面もある。
なので、当初から決勝戦まで進めたのなら、一人一人がアピールできるように全員参加で戦おうと決めていたのだ。
それを聞いて、決勝戦が戦闘初参加となるマーガレットちゃんが、フンスっと鼻息を荒くする。
まぁ、ユフィちゃんも戦闘初参加だけど、ユフィちゃんはウチへの就職が決まってるからね。
気負ったりはしてないみたい。
「まぁ、実力に差があり過ぎても、そんなに気にするなよ……?」
「それが、教師が生徒に言う言葉だっぺか!?」
「んだんだ! 愛がねぇっぺよ!」
「それだけ、相手が強いということだ!」
リィ先生が、ゴン蔵くんとダク郎くんに絡まれてるけど……。
……私は知っている。
昨日の夜半に、リィ先生がホテルのロビーで、エヌミナさんに買わせたであろう魔将杯の賭博チケットを受け取っていたことを……。
あの様子じゃ、帝王学園に賭けたんじゃないのかな?
あ、でも、リィ先生は賭け事に弱いから、私たちの勝利を願うなら、それで正解ってことなのかな?
…………。
いや、それってどうなの?
身を削った自爆芸ってこと?
「それで? いつまで経っても何故出発しない?」
古風な和傘らしきものを【収納】から取り出したツルヒちゃんが、そう声を掛けてくるけど……。
「いや、普通に中止にならないかなぁって……」
「ならないという話だろう……」
だって、こんなに降ってるんだよ?
風は無いけど、台風レベルの大雨だよ?
普通、外に出たくないじゃん?
けど、モヤモヤした気持ちを抱えていたのは、私だけだったみたい。
ポールさんが大雨の中を傘もささずに飛び出していく!
『ほら、みなさん、会場まで急がないと遅刻しちゃいますよ!』
古いドラマで見る、熱血教師ばりの行動力で引っ張っていこうとしてるけど……。
あれ? なんだかポールさんの動きがおかしい……?
『あれ……? 明るい光が見える……? おばあちゃん……? なんでこっちへ来いって手招きしているの……?』
…………。
ディザーガンドは海が近いから、雨に海水が混じって、お塩効果で清められてる!?
「おい、馬鹿! いきなりメンバー減らす気か! 戻せ、戻せ!」
とりあえず、ポールさんをエギルくんたちが頑張って担いで、ホテルの中に連れ戻す。
ポールさんは微妙に大きい鎧だから、こういう時は男子が頼りになるねー。
そして、ホテルの中に引き戻されたポールさんがガバリと跳ね起き――、
『はっ! 私、生きてる!?』
「「「…………」」」
ちょっと反応に困るよね……。
「とりあえず、全員に【エアボール】でも掛けて、雨風を凌いでいけば、よろしいのではなくて?」
「なるほど」
というわけで、マーガレットちゃんの意見を採用して、全員に【風魔術】レベル2の【エアボール】をかけておく。
【エアボール】は対象者の周りを空気のバリアで覆う【風魔術】で、水中に潜ったりする時に有効な魔術である。
見た目的には、なんかシャボン玉に囲われてる感じだけど、水中遊泳にも有用なことから、多分、雨の中でも濡れないと思われる。
…………。
……本当に?
「じゃあ、エギルくん、実際に雨を通さないか、確認してきて!」
「なんで俺様なんだよ!? …………。――通さなかったぞ!」
文句を言いながらも、確認してきてくれるエギルくんはいい人である。
というわけで、全員で【エアボール】に囲われながら、私たちは闘技場を目指すのであった。
■□■
闘技場に辿り着いた私たちが見たのは驚きの光景だった。
「うわぁ、満席だ……」
どうやら、エギルくんの発言は的を射てはいなかったみたいである。
闘技場は土砂降りの中でも、相も変わらずの満席で舞台に向かう私たちに向けて、前の二戦よりも激しい応援? 野次? が飛んできていた。
そんな声援に応えて、エギルくんたちが調子に乗って応えていると、突如として向かいの出入口から――、
ブシュー!
と、ド派手なスモークが噴き出す!
そして、テクノ系の音楽が鳴り始めて、闘技場を囲うように設置されていた壁が明滅し始めたかと思うと――って、あれ、壁じゃなくてスクリーンなの!?
そのスクリーンに、なにやら巨大な文字が次々と迫ってくるように映し出される!
T、E、I、O、H……?
あ、帝王か。
…………。
いや、なにその演出!? 私たちの時にはなかったじゃん!?
『さぁ、お待たせしました! 我らが帝王学園の入場です!』
そして、一人一人入場してくる選手の紹介アナウンスまで付いてくるし!
ここまでやるか!? ってくらいにアウェー感満載なんだけども!?
「地元の学園ですし、何かしらの嫌がらせ、もしくは特権を使ってくるかと思っていましたが、ここまでとは……」
ユフィちゃんも若干呆れてるじゃん!
帝王学園のメンバー九人が紹介し終わったところで、曲調がクラシックっぽい重厚なものに変わる。
えーと、更に特別な演出って……要る?
まぁ、観客は盛り上がってるみたいだから、いいのかな?
むしろ、これを見に土砂降りの中でも集まったと言わんばかりの盛り上がりようだね。
『お待たせしました! 帝王学園のリーダー、イザク選手の入・場・です!』
ドッパン!
雨の中でも何のその! 派手にクラッカーが放たれ、金、銀のテープが舞う中を、イザクちゃんくんが歩いてくる!
観客に向けて、慣れたように手を振ってるように見えるけど――、
「なにかを探してる……?」
なにを探してるのかはわからないけど、視線だけで観客席の方を見てるのはわかった。
なんだろうね?
肉親でも見に来てるから、恥ずかしいとか、そういうことなのかな?
「気に入らねぇな……。観衆はほとんどあっちの味方かよ……」
そして、ド派手な登場に、黄色い歓声が上がるのを聞いて、反骨心をメラメラと燃え上がらせるウチのメンバー。
特に、エギルくん、ゴン蔵くん、ダク郎くんはあからさまに態度に出るからね!
もう少し、態度をオブラートに包もうよ!
カーッ、ペッ! って、舞台の上に唾吐かないの!
『それでは、これより本年度の魔将杯決勝戦を行いたいと思います! 準備が整いましたので、選手の皆様は中央の巨大クリスタルに近づいて下さい! 戦場に転送致します! それでは、白熱した試合を期待します!』
土砂降りの音にかき消されかけた場内アナウンスに従って、私たちは巨大クリスタルに近付き、次々とその場から姿を消すのであった――。
■□■
一寸先も見渡せない闇の待機部屋。
そこでは、今回の戦闘フィールドが立体地図として、表示されている。
今回、レシオを誰に振り分けるかといった相談がないから、その辺は楽なんだけど……。
このフィールドは……?
「宙に浮く島……?」
「極めて珍しいフィールドですね。過去に一度、魔将杯の試合で採用されたことがある、浮遊島フィールドです」
流石は、チェチェック貴族学園の歩く大図書館ユフィちゃん!
学園の図書館の蔵書を全て記憶してるのは伊達じゃないね!
「この浮遊島はフィールドの中央部分を軸にして、大小様々な島が、右回り、もしくは左回りに回転し続けています。島同士も上下の間隔を開けて配置されているので、上手く下に島が見えている時に飛び降りると、別の島に移動することができるといったギミックが施されているようです」
「聞く限りだと、飛べる奴が有利なフィールドなのかよ?」
「いえ、一概にそうとも言えません。このフィールドに関しては特殊で、フィールドの下と上がループしてるんです。つまり、島から飛び降りた場合に、どこにも着地できなかった場合に、フィールドの上から降ってくることができます。それを利用して、空を飛べないメンバーでも、上手く上空から相手を強襲することができたりもします」
「なかなかテクニカルなフィールドということか……」
うぅむと唸りながら、ツルヒちゃんが腕を組む。
つまり、ゲームで考えると、画面の下と上が繋がってて、下の落とし穴に落ちたところで、上から降ってくることができるって感じかな?
延々と自由落下もできそうで楽しそうだよね!
「リングアウトがないというのは朗報だけど……。フィールドを上手く利用できるかな?」
少し考えるようにしてスコットくんが言う。
それに対抗するように、少し悩むようにしてから、ユフィちゃんが答える。
「フィールドの状況が刻一刻と変わりますので、狙って利用するのは難しいかもしれません。やるとしたら、その場、その場での即応能力が問われるかと思います。特に、過去の試合でも、島自体に着地できない者が大勢いて、試合にならなかったという記載が残っていますので……」
ユフィちゃんが、身も蓋もない現実を突き返す。
それを聞いて、みんなも苦い顔だ。
立体地図を見る限りだと、ぐるぐる回ってて、見てるだけでも楽しいんだけどねぇ。
実際に、そこで試合をしてみると、難しかったりするのかな?
「とりあえず、もう時間がねぇから、全員の配置を決めようぜ」
「島が沢山あるようだが、別れるか? それともひとつの島に集まるか?」
エギルくんがさっさと配置を決めようとし始め、ツルヒちゃんが最初の指針を決めようとするけど……。
「適当でいいっぺよ。最後くらいに、好きにやらせて欲しいっぺ」
「んだなー」
ゴン蔵くんと、ダク郎くんの一言で、みんながスタート位置を適当に決める。
まぁ、元々、チームワークで勝つようなチームじゃないしね。
至極残当な結果だよね。
「ヤマモト様、そこは……」
唯一、ユフィちゃんは私についてこようとしてたんだけど……。
私が足場のない空中を開始位置に選んだのをみて、ついてくるのを諦めたみたい。
「すみません、スカートなのでその場所だけはお供できません……」
えぇっと……。
断るポイント、そこ……?
「下にスパッツを履いていても、やはりスカートが捲れることに抵抗が……!」
ユフィちゃんのこだわりがよくわからない……。
え? 見えなければよくない? 駄目なの? あれ? 捲れることに抵抗あるってこと?
私がそんなことを考えてたら、
「ヤマモト、お前の近くが一番安全だろうから、ベースクリスタル、そこに置くぞ」
「え?」
エギルくんが無茶苦茶言って、私の近くにベースクリスタルを設置しちゃう。
それって、ベースクリスタルが延々と落下することになると思うけど……。
大丈夫かな?
というか、ダメだ。
もう、置き直す時間がないや。
「そんじゃ、スコット! 最後に気合いの入る一言頼むぜ!」
「わかった! ここまでこれたのは、みんなのおかげだ! だから、この最後の一戦、みんな、がむしゃ――」
次の瞬間、私は空中に投げ出された。
うん。
スコットくん、ちょっとだけ話が長いんだよね……。
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