第395話
【エギル視点】
準決勝、第二試合――。
俺様は試合開始早々、皇帝の前に立ち塞がる。
多分、これを見てるであろう親父は怒り心頭なんだろうな……。
まぁ、親父の言ってることはわかってるつもりだ。
けれど、親父の考え方は一時的なものにしか過ぎねぇ。
この魔将杯で、皇帝との直接対決を避けたとして、そこには俺様が皇帝との対決を避けたという事実だけが残り続けるだろう。
それは、やがて俺様がヴァーミリオン領の領主になったとしても火種として燻り続けるはずだ。
そして、皇帝をヴァーミリオン領の領主に! という機運が高まってくれば、俺様を裏切る部下やらなにやらも出てくるかもしれねぇ……。
そんな状況で、警戒心を抱えながら領主の仕事をしろってか?
勘弁してくれよ……。
四面楚歌の状況なんざ、俺様としてもわざわざ作り出したくないんだわ。
だったら、今――。
信頼できる味方がいる今こそ、皇帝を叩くべき好機なんじゃねぇのか?
俺様が皇帝を直接対決で降し、チームとしてもヤマモトを中心として勝ち上がる。
その結果、皇帝は俺様に完膚なきまでに負けたというレッテルが張られ、ヴァーミリオン領の未来も安泰となるわけだ。
まぁ、やる気満々だったマーガレットには、出番を譲ってもらって悪いことをしたがな……。
「どういう心境の変化だ? 貴様は、俺との戦いを徹底的に避けて、ここまできただろう? それが、ここにきてリスクを取るというのか?」
「
言ったそばから、ヤマモトが相手のベースクリスタルを割り、戦場に互いの点数を告げるアナウンスが流れる。
その情報を眉ひとつ動かさずに聞く皇帝は、ややあってから、ベルン、ケルンの双子に指示を出す。
「ベルン、ケルン、二人はベースクリスタルを破壊してこい」
「待て。双子は私に付き合ってもらおう」
その皇帝の指示を遮ったのは、ツルヒだ。
それを見て、皇帝が面白くもなさそうにため息を吐き出す。
「ケルン、お前がクリスタルを割ってこい。ベルン、お前はそちらのノワール家次期当主を倒せ。……エギルは俺がやる」
「まぁ、そう来るだろうと思ったぜ」
三人まとめて、俺たちに足止めされたままだと、一方的に点差が開いていくだけだしな。
一人をベースクリスタルに向かわせて、一人をツルヒの相手に残す。
そして、俺様の相手を皇帝自らが行う。
まぁ、予想の範囲内だ。
俺様は、剣を構えるツルヒに声をかける。
「ツルヒ・ノワール。ベルンは【継続】とかいう、一見すると戦闘向きじゃねぇユニークスキルの持ち主だ。だが、油断すんな。アイツは普通に強ぇからな」
「そうか、楽しみだ」
言いながら、ツルヒはその場で軽くステップを踏む。
と同時に、即座にこの場から脱出しようとしていたケルンの背後に【縮地】で移動し、その背を斬りつけていた。
ベルンを無視しての行動に、ケルンが怒り心頭の顔でツルヒを睨みつける。
「コイツ……! お前の相手はベルンだろうが……!」
「すまん。双子だから、見分けがつかなかった」
大した挑発だ。
その挑発に乗って、ケルンが足を止めようとしたが、その前にベルンがくの字型をした二本の長剣を両手に握り締めて、ツルヒに肉薄する!
「流石は、ノワール家次期当主! 汚い戦い方がお得意のようだ! ……おい、ケルン、早く行け! じゃないと、俺たちがミヒャエルさんに殺されるぞ!」
「チッ、わかったよ……! ツルヒ・ノワール! テメェは後で絶対に殺してやるからな!」
「そう簡単に、私から逃げられるとでも思っているのか?」
再度【縮地】で姿を消すツルヒだが、それに反応してベルンがくの字型の長剣を投げつける。
「【継続】!」
一瞬、何もない空間に投げられた長剣だったが、それは次の瞬間には、空中で弧を描いてブーメランのように軌道を変えて戻ってくる。
そして、軌道を変えて向かうその先には、【縮地】で移動したばかりのツルヒの姿が――。
「先読みしたか? 大した腕だな」
ツルヒはそう呟き、軽く躱そうとするが……躱した次の瞬間には、くの字型の剣がツルヒの動きを追尾するようにして、あり得ねぇ角度で曲がり、ツルヒの喉元目掛けて飛んでくる!
「――ッ!」
それをなんとか紙一重で躱すツルヒ。
その間にケルンは、その場を脱出してしまう。
そして、更にしつこく空中で弧を描いて戻ってくるベルンの剣。
それをツルヒは剣の背で地面に向けて打ち落とすんだが、ベルンの剣は土を掻き分けながら、なおもツルヒの喉笛を狙って飛翔してくる!
「なんだこれは!」
「どんなに上手く躱そうとしても無駄だぜ? 俺はテメェの喉をかき切るつもりで剣を投げた――という事象を【継続】させた! だから、テメェに剣がぶっ刺さるまで、その剣は止まらねぇんだよ!」
「なるほど、エギル殿が注意を促すわけだ。面白い……!」
「そして、俺はこの【継続】スキルをガキの頃から、ずっと使い続けている。……その意味がわかるか?」
「……何?」
「わからねぇか? ……そうだな。例えば、モンスターがわんさと出るダンジョンで、モンスターを殲滅するつもりで、今みたいに剣を投げたとする。それを【継続】させれば、俺が投げた剣は自動でモンスターを狩り続ける殺戮兵器へと変わる。つまり、俺は寝てる間も、飯を食ってる間も、常に経験値を稼ぎ続ける生活を続けてきたってわけだ。その結果――」
ベルンが走り出し、ツルヒに斬りかかる。
それは、自動追尾してくるベルンの剣が、背後からツルヒを襲うのと、ほぼ同じタイミング――。
ギィン! カァン!
ツルヒは斬りかかってきたベルンの攻撃を剣で受け、飛んできたベルンの剣を堅牢そうな鞘で弾いて凌ぐ。
この辺の咄嗟の判断は流石ツルヒといったところだな!
「俺自身も恐ろしく強くなってるってことだ! それこそ、【剣姫】と斬り合えるほどになぁ!」
「なるほど。ただの皇帝の腰巾着ではないというわけか……」
ツルヒが鍔迫り合いに移行するのを嫌がって、後退して距離を離そうとバックステップする。
その際に、退きながらベルンの腕を狙って剣を振るうが、ベルンはベルンでそれに気付いたのか、慌てて腕を引くことで事なきを得ていた。
「チッ、油断も隙もねぇな。ノワールの連中というのは……!」
「まるで、劣化ヤマモトだな……」
自動で追尾する剣とベルンの両方を相手取りながらも、ツルヒは笑う。
笑えるだけの余裕があんのなら、あっちの心配をこれ以上する必要もなさそうだな。
それよりも、俺様は目の前の奴に集中しよう……。
「どうした? 仲間を助けに行かんのか?」
「あんなに楽しそうなのに、邪魔できっかよ? それより、テメェの方こそどうした? 掛かってこねぇのか?」
「油断をついての攻撃など、雑魚の行動。王者は泰然と構えるのみだ」
…………。
おいおい、ツルヒ言われてんぞ……?
というか、ここまでの自信をコイツに付けさせちまったのは、コイツと戦うことを徹底して避けてきた俺様が悪いのか……?
けどまぁ――、
ツルヒの朝練に乱入した時も、
ヤマモトのトラップハウスに挑戦した時も、
――俺様はいつだって挑戦者だった。
王者としてデンと構えてるなんて、俺様の性に合わねぇんだから、むしろこの構図は俺様の望むものなのかもしれねぇな。
「なら、俺様は挑戦者か。いいな、燃えてきたぜ……!」
「フン、そのまま燃え尽きさせてやろう」
「ヘッ、やってみろよ――【コールサラマンダー】!」
俺様の魔力を糧にして、鱗の隙間から火を吹き出す巨大な蜥蜴をその場に召喚する。
【火魔法】レベル8の【コールサラマンダー】。この魔法は、サラマンダーという中級の火の精霊をその場に召喚する魔法だ。
前衛を失った、もしくは前衛のあてがない魔法使いには必須と言われるような魔法だ。
それだけ、サラマンダーはタフで強力ってことだな!
ズシズシズシズシ……!
手足をバタつかせるように動かし、サラマンダーが皇帝に迫る。
だが、皇帝は反応らしい反応を見せることはねぇ。
いや――、
「この程度の児戯で、俺をどうにかできると思ったのか?」
皇帝は迫ってくるサラマンダーに対して、逆に自身から近付いていく。
そして、目にも止まらぬ動きでサラマンダーが皇帝に噛み付くが、次の瞬間には皇帝の往く道を塞いではならねぇとばかりに、サラマンダーの体は皇帝の横手へと派手に吹き飛んでいやがった!
くそ、効かないとは思ってたが、こうも派手にやられると自信失くすぜ……!
「俺と戦いたくば、このような三下ではなく、貴様自らが掛かってこい! エギル!」
背筋がぞわりとするような一喝。
コイツは、皇帝と呼ばれ続ける内に、本当に皇帝としての威厳のようなものを身に付けちまったのかもしれねぇな……。
そんなことを思いながらも、俺様は再度魔法を行使する。
「【コールサラマンダー】!」
「ふざけているのか?」
「さて、どうだろうな……?」
皇帝の横手に弾き飛ばされたサラマンダーは、まだ消えてねぇ。
だから、これから皇帝はサラマンダー二体を相手することになる。
その間に俺様は皇帝を観察する。
それが、俺様があの美女に教えてもらった、「スキルと会話」して得た結論だったからだ――。
■□■
――色々と頑張ってはみたが、やはりスキルと会話することは、俺様にはできなかった。
そこで、俺様が考えたのは、あの美女が言った「スキルと会話する」というのが、もしかしたら比喩表現だったんじゃねぇか? ってことだ。
自分のユニークスキルを再度理解し、今一度見つめ直すことを、『スキルと会話する』と表現したんじゃねぇの? と思ったのである。
ヤマモトは、実際にスキルと会話できるみてぇなことを話してたが……。
アイツ、ポンコツだからな……。
嘘くせぇので、信じねぇことにした。
というわけで、俺様は自身のユニークスキルを見つめ直す。
====================
【天才】
物事の本質を理解するのに長ける。
あらゆる分野に優れた才能を発揮する。
====================
スキルの説明は、これだけだ。
俺様はこの文言と実際の経験則から、どんな分野においても短時間でスキルレベルが上がり、急成長できるユニークスキルだと今まで考えていた。
だが、それだとユニークスキル名が【天才】である必要はないのでは? とふと思い至ったのである。
だって、そうだろう?
スキルを覚えるスピードや成長が早いってだけなら、ユニークスキル名は【早熟】でも【小器用】でもいいはずだ。
なのに、俺様のユニークスキル名は【天才】。
その部分をきちんと理解してねぇことに、今更ながらに気付いたのである。
そして、一般的に【天才】と呼ばれる者は、二種類存在する。
学んでもいないのに、なんでも完璧にこなしちまうような俺様のようなタイプと、ひとつの分野を突き詰め、今までにない発想や手法で新たな道を開拓してくようなタイプの二種類だ。
そこで、俺様は気付く。
俺様のユニークスキルの文言『あらゆる分野に優れた才能を発揮する』を俺様はずっと便利に使ってきたが、『物事の本質を理解するのに長ける』という部分に関しては、あまり使ってこなかったのではないかと――。
そう考えてみると、俺様は皇帝との直接対決を避けるあまり、皇帝の戦いぶりをそこまで詳細に観察してこなかった。
つまり、皇帝の強さの本質を見極めてこなかったのだ。
皇帝の強さに関しても、半分以上は人伝に聞いたものであり、直接俺様が確認した部分は少なくなかったか? と今更ながらに気付く。
そんな状態では、恐らく俺様の【天才】も皇帝という男の強さを良く測れないのではないかと思い、こうしてサラマンダーをけしかけて、皇帝の戦いぶりを確認してるわけである。
そして、その効果は少なからずあったようだ。
まず、ひとつ目に気付いたこと――。
皇帝の【無敵】は決して触れたら、即死してしまうような代物ではねぇということ。
少なくとも、殴られたサラマンダーは消えなかったことから、そのことが推測できた。
けれど、サラマンダーの吹き飛びようから考えると、決してダメージが少ねぇとも思えん……。
だが、その事実を経て、また疑問が浮かんでくる。
俺様が聞いた話では、一撃で相手を消し飛ばす程の攻撃を、皇帝はしていたということだった。
それも、一人、二人が噂してたような話ではない。
皇帝の戦いぶりを見ていたであろう、大勢の野次馬たちがしてた話なのだ。
だというのに、皇帝の攻撃が噂ほどのものではない……?
何か引っ掛かりのようなものを覚えて、俺様は二体目のサラマンダーを召喚して、皇帝に向かわせる。
「ナメているのか……!」
そして、次の瞬間には二体目のサラマンダーが皇帝の一撃で粉々になって散る!
やはり、攻撃の噂は本当だったのか! と思うのと同時に、俺様は冷静に一体目のサラマンダーを攻撃後の皇帝に襲い掛からせる。
「こんなもの……!」
そして、一体目のサラマンダーの攻撃を皇帝は【無敵】で受け止め、そのままサラマンダーを強烈な蹴りで蹴り転がす。
……だが、サラマンダーは消えなかった。
「なるほどな……」
なんとなく、皇帝の【無敵】のカラクリが見えたかもしれねぇ……。
「アイツの【無敵】も俺様の【天才】と同じく、複数の効果を持つタイプなんじゃねぇのか?」
どんな攻撃にも耐えられる防御の【無敵】。
そして、どんな相手も一撃で倒す攻撃の【無敵】。
その二つの【無敵】の効果を、切り替えて戦ってるのだとしたらどうだ?
そう考えれば、サラマンダーが一撃でやられたり、やられなかったりする理由も説明がつくんじゃねぇのか?
なんとなく、俺様の【天才】も『それでいいよ』と言ってる気がするしな。
…………。
「これが、スキルと会話するってことか?」
「何を言ってるんだ、貴様は?」
「ひ、独り言にツッコむんじゃねーよ!」
ボソリとこぼした呟きを皇帝に拾われて、真っ赤になりながらも、俺様は掌に拳を打ち付けて、やる気をアピールするのであった。
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