第378話
■□■
あれから、三日が経った。
ヤマモト領に運び込まれた大型のコンテナ四台を飛竜が十六体掛かりで輸送し、そしてなんとか、私たちは王都にまで辿り着いたんだけど……。
そこからが、また騒がしかったんだ。
どうも王都民は、魔将杯決勝トーナメントの結果を賭けの対象にしてるらしくって……競馬で言うところのパドック? みたいに、王都まで輸送されてきた私たちの面構えを見ようとして、魔王城にまで集まってきちゃったんだよね。
魔王城の飛竜部隊の発着場に降ろされた私たちは、そこから王城の正門を通って、各学園が予約した宿に向かうことになるんだけど……。
それこそ、アイドルの出待ちかっていうぐらいに、王都民に囲まれちゃったんだよ。
それでも、こういうのは毎度のことなのか、魔王軍の兵士の人たちが収めてくれたからなんとかなったんだけど……。
王都では、魔将杯の人気が凄いんだなぁ、と改めて感じることができたね。
ちなみに、そんな王都民たちに紛れて雑誌記者みたいな人たちもいたらしく、着いたばかりの私たちに意気込みとかを聞いて回ってたみたい。
私は適当に対応してたせいで、あんまり覚えてないんだけど……。
で、その結果――、
「ヤマモト、今朝の王都タイムズを見るか? とんでもないことになってるぞ?」
予約した宿……築年数は結構経ってそうだけど、格式高そうなホテル……のラウンジで紙の新聞を広げてたリィ先生が私の姿を見つけて、そう提案してくる。
私はモーニングサービスでもらったコーヒーを片手に、ラウンジの一人用ソファに腰掛けつつ、片手を挙げてノーセンキューを返す。
「どうせ、昨日同様に変なことが書いてあるんですよね? じゃあ、見たくないです」
三日前に到着した私たちと、今回の魔将杯に参加する学園のインタビューをまとめた記事が昨日の朝の新聞に載ってたんだけど、そこに書いてあったのが――、
『今年も連覇を狙う帝王学園! その最大のライバルは、チェチェック貴族学園!?』
『帝王学園最大のライバルと目されるゴダ中央学園は、帝王学園よりもチェチェック貴族学園を警戒!』
『殺意溢れる瞳! 少数精鋭学園はチェチェック貴族学園に宣戦布告!』
『闘志を内に秘めた拳闘学園は倒すべき相手にチェチェック貴族学園を指名!』
『陽気な波乗り学園もコイツだけは許せない! チェチェック貴族学園の凶行! アイツらは絶対に倒すYo!』
『チェチェック貴族学園は動じず。「がんばりまーす」』
――とかいう感じだったのだ。
というか、参加校十一校の内の五校が、チェチェック貴族学園を目の敵にするって……。
そんなところで【バランス】取らなくてもいいじゃない!
……と言いたくなるぐらいである。
そして、更にマズかったのが、波乗り学園の記事の内容だ。
なんでも、ヤマモト領で魔将杯決勝トーナメントに出場する選手たちを不調にするために、えげつない妨害工作が行われていたという根も葉もない話が書かれていたのである!
…………。
いや、客観的に見るとそうなのかもしれないけど!
でも、悪意ないし!
意図的にやったわけじゃないし!
たまたまそういうイベントが重なっちゃっただけだし!
というようなことを、昨日取材に来た記者さんに回答したんだけど……。
リィ先生が広げてる新聞に、
『チェチェック貴族学園、妨害工作をした事実を認める。「偶然そうなっちゃっただけだしー」』
めちゃくちゃ批判されてそうな記事が書かれてる……。
私は事実を淡々と告げただけなのに、めちゃくちゃ悪役に仕立て上げられてない?
「まぁ、あまり気にするな」
私がしかめっ面をしてることに気がついたのか、リィ先生が新聞を畳む。
「王都としては、わかりやすい悪役が欲しかっただけなんだろう」
「悪役、ですか……?」
「魔将杯の構図というのは、ここ数年変わらない。絶対的な正義である帝王学園が優勝し、ライバルとしてゴザ中央学園が一定の人気を集めてる。ただ、主人公とライバルだけじゃ、大会は盛り上がらないだろう? そこで、毎年悪役となる学園が選ばれる。例年だと、マナーを無視して大雑把な行動をよく取るスー・クー竜学園や、卑怯を卑怯とも思っていない光無学園がその枠に入ってくるんだが……」
「今年は、その枠に私たちが入ったってことですか?」
「そういうことだ。特に、帝王学園からライバル視されてるのもあって、これは盛り上がるとばかりにマスコミがこぞって悪役として取り上げてくるだろうな」
「えぇぇ……」
普通に嫌なんですけど!
ブーイングを受けるために、わざわざ王都までやってきたわけじゃないし!
「まぁ、我慢するなとは言わないさ。ただ、今日はトーナメントの抽選会だ。その道すがらで、王都民に色々と言われる覚悟だけは決めておけという話さ」
リィ先生は訳知り顔で新聞を畳んで、ホテルの共同ラックに戻すと――、
グゥ~……とお腹の音を響かせる。
えーと、リィ先生……?
「朝御飯食べてないんですか? 格安でバイキング形式の朝御飯が食べられますよね?」
「昨日の夜に、ゴン蔵たちに賭けポーカーの再戦を仕掛けてね……、そのね……、懐がね……」
要するに、有り金を全部巻き上げられたと。
はぁ、もう、仕方ないなぁ……。
「少し貸しますから、それで朝食採ってきて下さい。トーナメントの抽選会には私と一緒に先生も向かうんですから、腹ペコで情けない姿を見せないで下さいよ?」
「ヤマモト、すまない……! お前は生徒の鑑だ……!」
朝食バイキング分のお金を渡したら、リィ先生にすごく感謝された件。
いや、これぐらいで生徒の鑑とか言われても困るんだけどね?
ルンルン気分で去っていくリィ先生の背中を見守りながら、私はチラリと新聞の見出しに視線を向け――、
「はぁ……」
――深いため息を吐き出すのであった。
■□■
魔将杯の決勝トーナメントを戦うのは、全部で十一校。
四の倍数ではないので、当然、トーナメントの形は歪になる。
簡単に言ってしまうと、他の学園よりも一試合多く戦う学園があったり、逆に少ない学園があったりするというわけだ。
本日行われる魔将杯決勝トーナメントの抽選会というのは、そのトーナメントの開始位置を決める大事なクジ引きである。
宿から出る前に、エギルくんからは「絶対に二回戦開始のシード枠取ってこいよ!」と言われたけど……クジ引きなんだから狙うのは無理なんじゃないかな?
「やはり、例の記事の影響があるな。こちらを見る視線が厳しい……」
宿から抽選会会場までリィ先生と一緒に歩いて向かってるんだけど、例の新聞記事の影響のせいか、王都民の視線に敵意が混じってるように感じる。
こっちを見て何かヒソヒソと話してるのは良い方で、酷いのになると、「卑怯者が! 死ね!」とか直接言ってくる人もいるぐらいだ。
で、これが抽選会会場に近付くほどに酷くなってくる。
いや、どちらかというと、熱狂的なファンが魔将杯決勝トーナメント出場者を見るために、抽選会会場で待ち構えてるのかな?
そんな熱狂的なファンが多いからか、私たちに対する罵詈雑言もどんどんとヒートアップしていくよ。
「実力不足なら、魔将杯決勝に出てくるんじゃねぇ! この小細工野郎!」
「どうせ、魔王軍特別大将軍とかいう地位も卑怯な手で得たものだろうが! さっさとやめちまえ!」
「そんな卑怯なことするぐらいなら、朝顔の観察日記でも付けてろや!」
言いたい放題である。
…………。
というか、三人目はちょっと毛色違うんですけど!?
ヤマモト死ねとか、チェチェック貴族学園は棄権しろだとか、そういった声で溢れる中を歩いてるんだけど、私の心は特に揺れない。
何も感じないというか、図星を突かれてないから、ハッハッハ、片腹痛いわって感じ?
「ヤマモトのアホー」
にゃにおぅ!?
――シュバッ!
次の瞬間、群衆の間を貫いて走る風切り音。
視線を向けると、そこには一直線に私に向かって迫りくる、銀のナイフが……。
いや、こういうのは石を投げつけるもんじゃないの?
ナイフとか危ないんですけど?
そんなことを思いながら、右手でナイフを掴み取ろうとして――、
――パンッ!
手の中で爆弾でも弾け飛んだかのように、右手が吹き飛んだ。
そのまま、ナイフが右肩に突き刺さるけど、そんなの気にならないくらいに右手が痛い!
「…………ッ!?」
というか、手首から先が失くなっちゃってるんですけど!?
でも、次の瞬間には、【肉雲化】が発動して、右手首が一瞬で生えてきてるんですけど!?
なにこの体!? 怖い!
というか、むしろこうなってくると肩に刺さったままのナイフの傷の方が痛いし!
「おい、ヤマモト! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫でーす……」
涙目になりながらも、肩に刺さった銀のナイフを左手で引き抜く。
左手も吹っ飛んだらどうしようかと思ったけど、吹き飛ばなかった……。ラッキー……。
というか、そもそも触ると吹っ飛ぶナイフだったら、私の右肩が吹っ飛んでないとおかしいのか……。
あと、私の手を爆散しておきながら、狙い過たずに私の肩に突き刺さったのはどういう原理……?
普通は、爆散した時点で進行方向が変わるものじゃないの?
そんなことを考えながら、引き抜いたナイフを確認してみると……刀身に何か書いてある。
「『Are you real or fake?』……」
お前は本物か、それとも偽物か? ――かな?
本物……。
アバターだから、本物じゃないといえば本物じゃないんだけど……。
そういうことを聞かれてるわけじゃないような……?
「おい、誰だよ!? 爆発物投げたのは!? あぶねーだろうが!」
「というか、ここにいたら危険よ! 巻き込まれるわ!」
「離れろ、離れろ!」
王都民がバッと離れていく中で、私はリィ先生に腕を引かれて走り始める。
「行くぞ、ヤマモト!」
「ふぇ?」
「お前、今、狙撃されたんだぞ! こんな遮蔽物のないところよりも、屋内に逃げ込んだ方がいい! 幸いにも抽選会会場は目の前だから、そこまで走るぞ!」
「あ、はい」
ナイフだったから、狙撃されたという発想がなかったよ……。
というか、もしかして、リィ先生には飛んできた物がナイフだって見えてなかったのかな?
それにしても……。
そうか、命狙われたんだ、私……。
というか、魔王軍特別大将軍が命を狙われるって大問題なんじゃ?
いや、傷も治って既に無傷だから、大丈夫といえば大丈夫なんだけど。
これって、王都民の民度が終ってるだけじゃなくて、王都の治安も終わってるとかいう、そういうオチなの?
■□■
【アトラ視点】
「…………」
王都の路地裏。
建物と建物の間にできた薄暗い空間に、今は濃い血の匂いが充満していた。
学生たちには知らせてないけど、魔将杯決勝トーナメントが開催されている期間、王都では当然のように学生たちを魔王軍の暗部が護衛している。
なにせ、魔将杯は巨額の褒賞石が動く。
これが、マユンちゃんの資金源のひとつになってるわけだから、下手な横槍で試合を中止にさせるわけにはいかないのだ。
そんな中で、魔将杯に出場する選手の一人……ヤマモトちゃんが何者かに命を狙われた。
当然、暗部は動く。
魔王様に対して不利益になる行いをしたのだから、犯人を探し出し、追い詰め、処分しようとしたのだろう。
それは、暗部としては当然の動きだし、暗部というものはそういう風に育てられているのだから、その行動自体に疑念を挟む余地はない。
私がそんな暗部の動きを知ったのは、王都守護役という立場からだ。
王都で何かしらの大きなトラブルがあれば、私の耳に入ってくる――そういうシステムになっている。
そして、今回の件は普段ならば、暗部に任せ切りにしていたかもしれない案件なんだけど……。
けど、わざわざヤマモトちゃんを狙ったということが、どうにも引っ掛かった。
普通の感性の持ち主なら、魔王軍特別大将軍なんて相手に喧嘩を売らない。
酔っ払いが、つい勢いでやってしまったとかならまだわかるけど……。
けど、確信犯だったら?
ヤマモトちゃんの強さを知っていて、それでもなお、挑発行為を行うような相手だったとしたら?
そんな相手を探し出し、追い詰めて……。
果たして、暗部で処理できるのか?
それが、どうにも気になって、暗部の情報を元にヤマモトちゃんを狙った相手が潜伏してる先に向かったんだけど……。
……はたして、犯人はそこにいた。
けれど、潜伏はしていない。
路地裏で首なし死体の山を積み重ねて椅子を作り、そこに腰掛けて片手で本を開いて読書を楽しんでいた。
逃げも隠れもしない。
築き上げられた死体の山は恐らく魔王軍の暗部の者たちだろう。
相手が誰かも確認せずに、彼らは襲い掛かったに違いない。
数を集めて、囲んで、それで事足りると思ったのか。
だが、そんなものじゃ、彼女には到底届かない。
というか、彼女がここにいると知っていたら、私だってこの場にこなかったというのに……。
深紅のドレスに神々しいほどの金髪の彼女は――、
「小蝿のように寄って来ないから、どんな油虫かと思ったら……」
「お久し振りね。
できれば絶対に逢いたくなかった先代魔王が、読んでいた本から視線を上げる。
その細められた目にぞっとする。
彼女はこれだけの人数を殺しておきながら、とても上機嫌なのだ。
むしろ、殺せたことにより上機嫌なのだ。
その事実に怖気が止まらない……。
「久し振りだな、アトラ」
彼女を表す言葉は沢山ある。
魔王国統一戦争の悪夢、稀代の戦闘狂、戦場の悪食……。
だけど、私に言わせてもらえば……どれも違う。
彼女は亡霊だ。
魔王国統一戦争の頃から何も変わらない……時代に取り残された亡霊。
今の平和な時代には全く必要とされない、意味のない存在――それが、彼女なのだ。
そんな彼女が何故ここに? という思いと共に、彼女ならヤマモトちゃんに興味を持つだろうな、という思いも抱く。
「あと、ちゃん付けはやめろ。これでも、一児の母だぞ?」
「母の前に幼馴染みじゃない、私たち」
「幼馴染みでも呼び方は、その時々によって変わるものだ」
「それでも、私にとってはイブリースちゃんはイブリースちゃんだもの。呼び方は変わらないわ。――それで?」
首から上を消し飛ばされたのは、魔王軍の暗部に所属する精兵たちである。
そして、これは明らかに魔王軍に対する敵対行為だ。
それを知らない彼女でもないでしょうに……。
それとも、敵対関係を明確にし、問題を大きくすることで、責任者を引っ張り出そうとした?
だとしたら、まんまと釣られたことになってしまうのだけど……。
「魔王軍の正規兵を殺しておいて……何か申し開きはあるのかしら?」
「申し開きという程ではないが、本を読むための椅子が欲しかったんだ。地べたに座って読むのは嫌だったんでな」
惚けたように言う彼女に対して怒りを覚える。
けれど、それは決して表に出さない。
出したが最後、彼女に暴れるための口実を与えてしまうことになるからだ。
流石に、この王都を灰燼にするわけにはいかない。
「そう。じゃあ、読書が済んだら帰ってくれる?」
「駄目だな。……なぁ、アトラ」
イブリースちゃんが目を細めるのを見て、私の背に怖気が走る。
彼女がこういう目をする時は、絶対にろくでもないことを考えてる時なのだ。
「ヤマモトと
……ほら、ろくでもなかった。
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本編とは関係ないCM劇場。
デスゲームに巻き込まれたヤマモトさんの2巻が明日(8/9)発売になります。
また今回も帯に特別なコメンテーターをお呼びしてるらしいので、帯好きな方は楽しみにしておいて下さい!
あと、下記特典SSも書き下ろしていますので、気になる方はご参照下さい。
・電子版共通 愛の妨害工作
・Book Walker様 山本凜花のSS
・メロンブックス様 エキサイティング★塩試合
・ゲーマーズ様 毒草兄弟ドック&ソー!!
また、カクヨムでフォローして下さってる方用に、メールで特典SS『検証キタコ最強伝説』が発売日当日に届くかと思いますので、楽しんで頂ければと思います。
それでは、今回はこの辺でノシ
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