第375話

 ■□■


【ピーター視点】


 私の名前はピーター。


 ヤマモト領に移り住んできた兎人種族の一人だ。


 ヤマモト領に移ってきた兎人種族の中でもレベルが一番高かったこともあって、兎人種族の代表をやらせてもらっている。


 そんな私が越してきたヤマモト領で、この度、収穫祭を開くことになった。


 できたばかりの領での初めての収穫祭……!


 収穫祭をやることに関して否やはないのだが、何をやるべきかで私たちは揉めた。


 なにせ、ヤマモト領はまだできて日が浅いこともあり、固有文化というものが育まれていないのだ。


 あるとすれば黒い仔山羊聖獣様がその辺をウロウロしてるぐらいか……?


 あってもそれぐらいで、収穫祭については初めてのことなので、どのようにするかといった前例がない。


 当初は、我々を苦境から救い出して下さった領主様の物語を、劇か舞にして奉納しようかという動きもあったのだが、収穫祭の準備期間が短過ぎて準備できないとなって、急遽路線変更した結果、今年に限っては兎人種族、サトリ種族、ハーメルン種族の三種族に伝わる伝統的な収穫祭を一日ごとに切り替えて行おうとなったのだ。


 勿論、その順番を決めるのにも揉めた。


 最終的には、オババさんに取り成してもらって、クジ引きで順番を決めたのだが……。


 あの時ほど、兎人種族の種族特性として運命力が上がりやすいという特性に感謝を捧げた日はない……!


 結局、クジで決まった順番は、


 兎人種族 ⇒ サトリ種族 ⇒ ハーメルン種族


 となった。


 さて、トップバッターを得た栄誉は大変嬉しいのだが、兎人種族の収穫祭というのが、これがまた少し攻撃性の高いお祭りだったりする。


 まず大前提として、兎人種族は兎の獣人であるということだ。


 そして、兎は基本的に動物界では弱い生物に位置づけられている。


 そのため、兎人種族も弱い魔物族だと思われがちなのである!


 なので、そのイメージを払拭することも兼ねて、兎人種族の伝統的な収穫祭は攻撃性が高いというか……エネルギッシュであることを対外的に見せる内容となっている。


 具体的には、まず強烈な祭囃子。


 兎人種族は耳が良いという特徴があるので、大きな音に弱いだろうと思われている。


 思われてるというか、実際に弱い!


 だからこそ、逆に大きな音で祭囃子を奏でることで、こんな大きな音でも全然平気だぞ、とアピールするのである!


 実際は、耳に痛い……。


 ものすごく辛い……。


 だけど、対外的に弱い種族であると見せないためにも我々は我慢するのだ!


 我慢して、とても強い種族なんだぞ! というのを対外的に見せるのが、兎人種族の収穫祭の秘されたテーマなのである。


 そして、今回はお祭りということで、特別に領地内にいる者全員の耳元に祭囃子が届くような魔道具をエルダードワーフのダンカン殿に作ってもらった。


 本来ならば、【達人のクワ】の増産で忙しいはずなのだが、楽器の制作を依頼したら、嬉々として作ってくれたのは、多分、【達人のクワ】の量産に飽きてるからだろうと思われる……。


 まぁ、気持ちはわかるが……。


 そんなこんなで、とりあえず楽器は確保できた。


 そして、これがあれば、我々兎人種族が耳元で大きな音が鳴り響いても、怯むような腰抜けではないと証明できるはずだ!


 そして、我々の収穫祭はそれだけではない。


 兎人種族のエネルギッシュさを示すためにも、収穫祭で祭囃子を演奏する時間をひたすら長く取るのである。


 私の体感では、大体いつも五時間くらいは祭囃子が鳴ってるだろうか?


 それだけの時間、演奏し、踊っても、全然疲れないことをアピールするために、懸命になって踊ったり、演奏したりするのである。


 本来ならば、五時間も祭りを続ければ、ヘロヘロになったりするものなのだが、今年は邪神ヤマモト様から加護を頂いたせいか、三時間以上経った今でも全身に力が漲る感じである。


 やはり、領主様は偉大だということだろう。


 それに、農作業で鍛えられた肉体と、腹一杯食べることによって大きくなった体躯によって、今年は十時間を超えて余裕で演奏できるような気がする!


 実に素晴ら――……


「――たかだか祭囃子など何時間でも……それこそ二十四時間続けられようとも耐えてみせる」


 …………。


 今、誰か……我々、兎人種族の祭囃子をと評したか……?


 そして、二十四時間程度余裕で耐えられると……?


 ほぅ、面白い……。


 どこの誰が言ったのかは知らないが、我々兎人種族は耳がいいから、そういう声は拾ってしまうのだ……。


 特に、悪口に属するものは絶対に聞き逃さないのである……!


 恐らく、今の言葉を兎人種族の全員が確実に拾ったことだろう。


 その証拠に、周囲で演奏していた私の仲間たちも演奏の合間に口々に言葉を漏らしているのが聞こえる。


「二十四時間ぐらい、余裕で耐えてみせるだと……?」

「俺たち、兎人種族の演奏など全然大したことがないだと……?」

「許せん、許せんなぁ……!」


 我々は徐々に呼吸を早くすると――、


「「「ふぅ~ン……――ハァッ!」」」


 鼻息を荒くしながら、ビリビリビリ―ッ! と着ていたシャツを筋肉のバンプアップで引き裂き、筋肉ムキムキのマッチョ兎人種族の姿に変貌するのであった。


 ■□■


【シャマ視点】


「そう。兎人種族は二十四時間続けて、お祭りを続ける気なのね……」


 私の名前はシャマ。


 サトリ種族のまとめ役を担っている者だ。


 兎人種族の様相が急に変わったから、何事かと思って思わず思考を読んでみたところ、どうやら兎人種族は二十四時間もの間、祭りを続けるように気持ちがシフトしたらしい。


「これはマズイわね」


 三日間に渡る三種族それぞれによる収穫祭。


 それ自体は、別に問題はない。


 だが、そこでひとつの種族が突出することで、領主様の覚えが著しく良くなるのがよろしくない。


 そうなることで、もしかしたら種族による差別化を領主様が考えてしまうかもしれないからだ。


 それはいけない。


 サトリ種族は、心を読む陰湿種族で、兎人種族とは違ってパワーに溢れていないと思われるわけにはいかない。


 それによって、サトリ種族の扱いが段々と酷くなっていくのも避けねばならないところだ……。


「幸いにも、私たちの伝統的な収穫祭も『大きな音に驚いて心が読めなくなるだろう』という他種族の嘲弄を払拭するための攻撃的なお祭り……。音に関しては、同等程度を保てることでしょう……。ですが……」


 恐らく、二十四時間もの間、連続で祭囃子を続けるのは難しいだろうと予測する。


 我々、サトリ種族は獣人系の種族と比べると、そこまでの肉体的な力強さは備わっていないからだ。


 ならば――、


「ローテーションを組んで、二十四時間体制で演奏させるしかないかしら……。最悪、踊りについては捨てることも考えましょう……」


 二十四時間連続の祭囃子――。


 これさえできれば、体裁ぐらいは保てるはず。


「さて、明日はサトリ種族の総力戦になりそうね……。忙しくなりそうだわ……」


 ■□■


学園担当ジャック視点】


 青い空、白い雲、そして秋風が気持ちいい!


 はい、おはようございます。


 どうも、学園担当わたしです。


 本日はようやく王都ディザーガンドに向けて出立する日。


 この日のために向けて、色々と準備に追われていたけど、なんとか間に合いました!


 というか、チェチェックの貴族学園が魔将杯の決勝トーナメントに進出するのが久し振りすぎて、王都で宿泊するための宿泊施設の予約を忘れてましたとか、むしろ過去にどうやって予約取ってたのかわかりませんとか、なってたんだけど……。


 それってギャグか何かなのかな?


 結局、騎士学園に王都の宿舎の予約方法を聞いて、なんとか宿は取れたみたいなんだけど……。


 一歩間違ってたら、私の王都の店で雑魚寝とかになってたんじゃない?


 この時期は、魔将杯目当てのお客さんで、宿の部屋とか全然取れないらしいし……。


 まぁ、そうならなくて良かったと、今は喜んでおこうかな?


 で、今回、王都まで行くのに準備したのは……。


 じゃーん! 五つの携帯型培養槽〜!


 これは、冒険担当クラブがイライザちゃんの目玉を格納して持ち歩いていたものを改良したもので、今回は、この携帯型培養槽に魔漏病になった五人を格納して持ち運ぶ手筈となっている。


 それにしても、生物をそのまま【収納】みたいに格納できる携帯型培養槽のヤバさよ……。


 なお、イライザちゃんの時とは違って、傷の治療効果があったりとかはせずに、普通に持ち運びの機能だけに特化してるのが、改良した部分だったりする。


 ちなみに、なんでこんなものを作って、みんなを持ち運ぶのかというと……。


 ほら、折角、魔漏病が治ったとしても、チェチェックから王都まで移動する手段がないと、試合に間に合わない可能性があるでしょ?


 そこを考えての携帯型培養槽の作成というわけ。


 そんな培養槽を腰のベルトに五個ぶら下げながら、私はチェチェック貴族学園の敷地内にある開けたスペースで待つ。


 見た目はただの広い野っ原。


 そこに、今回の王都行きのメンバーがズラリと集まってる感じだ。


 お見送りの生徒はなし。


 ……まぁ、授業中だしね。


「もうすぐすると、魔王軍の飛竜部隊が到着するぞ。忘れ物とかはないな?」


 そう言って、私たちに注意を促すのはリィ先生だ。


 今回の王都行きが決まったのとほぼ同時に、同行する教師について教師陣の中で話し合いが行われ、リィ先生に決まったらしい。


 というか、普通は魔将杯の監督として、教師が付きっきりで指導するのが当たり前(エギルくん談)なんだけど、チェチェック貴族学園は予選で負けまくり過ぎて、負けるのが常態化してたからか、そういう役割を果たす教師すらいなかったらしいんだよね……。


 まぁ、おかげで自由にやらせてもらって、そのおかげで勝てたのかもしれないけど……。


 そして、リィ先生もどちらかというと、放任主義的なところがあるし、私たちの監督としては適任なんじゃないのかな?


「忘れ物なんてねーよ。マイ枕も持ってきたしな」

「エギルは枕変わると寝れねぇ性格だっぺか? 意外と繊細だっぺよ……」

「うるせーな! いいだろ!」

『ウフフ……あ、来ましたよ』


 ポールさんの声に空を見上げると、上空に豆粒のような黒い点がポツポツと。


 それが、徐々に大きくなってきて、やがて私たちの目の前に重々しい音を立てて着地する。


「君たちがチェチェック貴族学園の監督と代表生徒か?」

「はい。この度は宜しくお願いします」


 リィ先生が代表で挨拶を交わしながら、飛竜から降りてきた兵士と握手を交わしてる。


 その顔はちょっと緊張してる?


 まぁ、初めてのことだろうしねー。


 その分、こっちは楽できるけど。


『ヤマモトさん、なんか私の想像してた移動方法と違うんですけど……』

「そう?」


 私たちの目の前に存在してるのは、飛竜が四体とその中央にある大きなコンテナがひとつだ。


 というか、一回牢屋に入れられながら暗黒の森を飛んだ身としては、ちゃんと外からの風を受けないように壁があるだけでもかなりありがたく感じるんだけど……。


「それで、王都まではこのコンテナで行くのですか?」

「そうだ。移動にはこのコンテナに入ってもらって、我々が四方に繋がっている鎖を飛竜を使って持ち上げるという形だ。見ての通り、あまり安定していない環境なので、中で暴れたりはしないように願いたい」

「わかりました。……みんな、聞いていたな? コンテナごと落下したくなければ、はしゃがないようにするんだぞ?」

「「「はーい」」」


 というわけで、飛竜部隊の人に注意を受けながら、扉を開けられたコンテナに近付くんだけど……。


「ギュゥゥゥンン、ギュゥゥゥンン……!」

「なんで飛竜がひっくり返って腹を向けてるんだ……?」

「知らねぇっぺよ、背中でも痒いんだべ?」

「ゴン蔵くんと一緒だな! 背中の真裏まで手が届かないっぺよ! だから、地面使ってんだっぺ!」


 いや、多分、あれは服従のポーズじゃないかな……?


 なんか見たことあるし……。


「こら! どうした急に! シャンとしろ!」

「「「ギュウウゥゥゥゥン……」」」

「あ、空の旅は快適にお願いしますね?」

「それは勿論――」

「「「ギャオ!」」」

「だから、どうしたんだ、お前たち!?」


 急に起き上がって敬礼をする飛竜たちを横目にコンテナの中に入る。


 コンテナの中は想像していたよりも綺麗で広かった。


 イメージ的には高級ホテルの一室?


 ただ、空中を飛ぶのを前提に作ってあるからか、家具類は全部床や壁に固定されてるみたいだけど……。


 あっ、足元!


 足元の一部がガラス張りになっていて、下の景色が見れるみたい。


 アレだね。


 なんとかツリーの展望デッキみたいだね!


 流石に四方が壁で、景色も見えないんじゃ、ちょっと気が滅入っちゃうし、こういうのは大歓迎だよ!


『うわー! うわー! 足元にガラスの床がありますよ!』

「おっ、この中には飲み物や食べ物が用意してあるな」

「ただで飲んでいいなら、飲むっぺよ!」

「んだんだ!」

「お前たち、さっき私が言ったことを聞いてたか……?」


 青筋を浮かべるリィ先生から遠ざかりつつ、私は固定された椅子のひとつに座る。


 うーん、自由に椅子が引けたりしないのは、ちょっと不便だね。


「それでは、そろそろ出発します。空に浮かび上がる時は少し揺れますので、椅子に座って下さい」

「あ、はい。……お前たち、座れ、座れ」


 というわけで、リィ先生に促されて、全員が椅子に座った後でコンテナの扉が閉められる。


 ガコン、と重々しい音がした後は少し待ってから、ちょっとした揺れを感じ、その後は足元が少しだけ不安定になる感覚――。


 そして、揺れを全く感じなくなったところで、リィ先生が席を立って、ガラス張りの床に近付く。


「どうやら、安定飛行に入ったようだな。お前たち、もう席を立ってもいいぞ」

「ホントに空飛んでるっぺか?」

「見んべ、見んべ」


 というわけで、みんなして大挙してガラス張りの床を見に行く。


「「「おー、飛んでる飛んでる」」」

「お前たち、私の言うことが信じられなかったのか……?」


 いや、こういうのは実際に見てみないと実感湧かないし……。


 別にリィ先生を疑ってたわけじゃないよ?


 しばらくは、地上の景色が移り変わる様子をみんなで楽しんでたんだけど――、


「飽きたね……」

「まぁ、あんまり見てても代わり映えしねぇしな。ワインでも飲むか……」


 揺れるコンテナでワインとか……零す未来しか見えないんだけど、大丈夫かな?

 

 でも、今のところはそんなに揺れてないし、大丈夫そうかな?


「じゃあ、私も一杯もらおうっとー」

「おー、飲め、飲め」

「タダだっぺしな!」

「飲んどかないと損だっぺしな!」


 いや、もったいない精神に駆られて飲むわけじゃないからね!?

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