第374話
【
ヤマモト領の西部には、私が管理経営するお店がある。
その名も『黒の店』――。
というか、その名も通称であり、本当の店の名前とかはなかったはずだ。多分。
いつの間にか、みんなにそう呼ばれ始め、その名前が定着したというのが正しいのかな?
とりあえず、何か困ったことがあったら、ここにやってくれば大抵の物が揃うということをモットーに、色々と物を作っては陳列しまくってたら、かなり店の中が手狭になってしまった――そんな店である。
そんな店に、今は見慣れない客が三人入ってきてはウロウロしている。
確か
砂漠風の迷彩色の衣装で合わせてるところを見ると、フィザ領の学生かな?
何かを探してるようだけど、物が多過ぎて探し切れていないようだ。
やがて、こちらに尋ねてくる。
「あの、すみません」
「迷える仔羊よ、よーこそ。君の人生を幸福にする一助、伝説に残る
「いえ、そういうのは要らなくて……僕らが欲しいのは、薪のような物が欲しいんですけど……置いてありますかね?」
「ふむ、燻り続ける情熱の炎、自分の中の太陽を求めてるというわけか……。いいだろう、イカロスの翼さえも焼き溶かすプロミネンスを用意してやる……」
「え、あ、はい……お願いします……?」
恐らく、薪などの燃料は現地調達することを念頭に準備してきたのだろう。
だが、ここは暗黒の森の中央部。
暗黒の森の木々は燃え難いことで有名だし、そもそも結界を抜けて、外に取りに行くことは自殺行為だ。
そんな状況で、どうやって火を焚くべきかを考えて、この店を訪れたというわけか。
なかなか賢明な判断である。
そして、そんな需要にも応えられるように、この店ではありとあらゆる品を扱っている。
「待たせたな。暗黒の森の木々の一部を伐採して作り上げた――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――だ」
「え、なんて……?」
「だから――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――だ」
「すみません、笛と太鼓の音がうるさくて、聞き取れませんでした……」
「チィ、どうやら闇の神を祭るための鎮魂祭が始まったようだな……。間の悪いこと、この上ない……」
とりあえず、暗黒の森の木々の一部を伐採して作った木炭をカウンターの上にドンッと置く。
「これを使え」
「ありがとうございます。あの、お代は……」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――になる」
「すみません、もう一度お願いします!」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――だ」
「すみません、もう一度……」
「
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「あ、今度は聞こえました! ありがとうございます!」
というか、このお祭りの音、私のキャラが崩壊するからやめて欲しいんだけど!?
大声出せば聞こえるかもしれないけど、厨二キャラが大声出すのは、「なんだと!?」、「馬鹿な!?」を言う時だけだから!
あと、その“ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!”のパートだけ楽器を壊すような勢いでやるのはなんなの!?
やたら、響いてくるんだけど!?
そのパートがサビだとでも言いたいわけ!?
というか、祭囃子にサビとかあるの!?
「他にも何か困ったことがあったら、訪ねてくるといい。代金の方は――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――ね」
「え?」
もういいよ! 帰って!?
■□■
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「あれから三時間も鎮魂祭をやってるじゃないか……。いい心がけだな……」
どの種族の収穫祭なのかは知らないけど、元気な笛の音と勢いのある太鼓の音が途絶えることがない。
これ、耳がいい兎人族にとっては地獄なんじゃないの?
そんなことを思っていたら、ゆっくりと店のドアが開く。
今日から三日間は収穫祭だからって、青空教室を中止にしといて良かったよ。
普段は全然お客さんが来ない私の店に、本日二度目のお客さんの来訪だもんね。
店に入ってきたのは、黒髪ロングの背の高いイケメンの男の子。
和装姿がなんか似合ってるね。
ちなみに、彼の頭に狼みたいな耳がピョコンと飛び出てるから、多分、獣人族かな?
ロウワンくんみたいな全身モフモフの狼男タイプの獣人じゃなくて、人型ベースのケモノ耳って感じだから、どちらかというとイコさんに近いのかも?
その男の子も、店の中を物珍しげにキョロキョロと見ていたけど、結局、探し物が見つからなかったみたいで私に声をかけてくる。
「あの、すみません、獣人用の耳栓とかってありますか? 昼寝しようと思ってたんですけど――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――祭囃子が気になっちゃって」
へぇ。
私が散々引っ掛かった祭囃子のリズムに上手く合わせたね。
なんかリズム感とか良さそうだけど、獣人族ってそういうのが得意なのかな?
「たったひとつだけの
「え?」
「複数――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――じゃないのか?」
「もう一度お願いします」
ホント邪魔な祭囃子だね!?
いい加減、ちょっと頭にきてる私がいるよ!
「気遣いができる紳士にならなくていいのか? ということさ……」
「なるほど。ちょっと、他のメンバーにも必要かどうか聞いてきます」
どうやら、私の言いたいことが伝わったようだけど……それにしても、この収穫祭いつまで続くんだろ?
いい加減、演奏してる人たち疲れないのかな?
普通、こういうのって、一時間くらいで終わるよね?
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
――戻ってくるの遅くない!?
なんで、耳栓要るかどうか聞きに行くだけで、こんなに時間かかってるのさ!?
我慢できなくなった私が自分の店を飛び出すと――、
「「…………」」
学生さんたちの集団が二組に別れて、一触即発の状態で睨み合ってたんですけど!?
一体どういう状況!?
そして、それを呆然と見つめる、さっきの黒髪ロングの獣人の男の子……。
いや、止めるなりなんなりしないと!?
「宿星が巡る舞台は今はまだ時期尚早……。星々の引かれ合う引力を今は斥力に変えるのが先決じゃないのかね? ケケケ……」
「そ、そうですね! ……君たち、何を揉めているんだ!」
「そんなの決まってるだろ――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――だ!」
……なんて?
「なんだって?」
「だから、それも――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――だよ!」
「…………」
いや、獣人の男の子くん?
こっちも何を言ってたか聞こえなかったからね?
そんな、『今、なに言ってましたかね?』みたいな目で見られても困るよ!
というか、こういう事態は監督官のシルヴァさんが収めるべきじゃないの?
一体どこに行っちゃったのさ!
「すまない、聞こえなかった……。もう一度、頼めるか?」
「だから――」
シュッ!
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――ブハッ!? なにしやがる!?」
「いや、今のタイミングで喋ると祭囃子に遮られそうだったから……ごめん」
喋ろうとしたフィザ領の生徒の口を一瞬で塞いでみせた長髪の男の子。
祭囃子のタイミングを見計らっていたのもそうだけど、十メートル近くもある距離を一瞬で詰めたのは【縮地】かな?
のんびりとした印象の男の子だったけど、魔将杯決勝までやってきただけあって、その実力は確かみたいだね。
「大した技術ではあるが……なんだ貴様の手は? まるで、
自分の口を塞いでいた男の子の手を、フィザ領のザンバラ髪の男の子が勢い良く払う。
その顔はどこか怒ってるようだ。
「その程度が、エヴィルグランデ領拳闘学園の実力だというなら、お笑い草だぞ……!」
「ははは、期待に応えられなかったとしたら、ゴメンよ……おっと」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――で? 僕の手が綺麗だからって、怒ってたわけじゃないだろう?」
「理由を告げる前に、ひとつ教えといてやる。俺たちフィザ領の
「なるほど。努力したんだね。でも――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――僕の場合は伏せていた龍が起き上がったというだけだからね。龍がわざわざ自分の牙や爪を研ぐことはないだろう? ……僕の手はそういうものだというだけさ」
「自分を龍に例えるとは大した自信だな……
「なんだい、僕のことを知ってたのかい? そういう君は?」
「俺は――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――だ」
「え……」
「…………」
「…………」
二人して、なんとも言えない視線を交わして、なんとも言えない間が流れる。
「……少数精鋭学園キャプテンのハヤテだ」
「そ、そう……よろしく……」
とりあえず、気不味い雰囲気を誤魔化すように、二人は握手を交わしてるけど……それで、その場の雰囲気がいきなり良くなったりするわけじゃないみたい。
手を離しながら、輝龍と呼ばれた男の子がそれで、と続ける。
「それで? これは一体どういう状況なんだい? 僕たちが戦うのは魔将杯決勝トーナメントの舞台であって、こんなところで戦う予定はなかったはずだろう?」
「それは――」
……………。
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
祭囃子を警戒してハヤテくんは口を閉じたんだろうけど、やっぱり輝龍くんほど上手くタイミングを取るのは難しいのか、少し間が空くね。
「――お前たちの仲間が、あと二、三時間はお祭りが続くといいな、とか言い出したからだ」
「え?」
え……。
私も心の中で思わず「え……」と言っちゃったんだけど、多分、その中身は輝龍くんの「え?」とは全く逆の意味になると思う。
「それだけのことで……?」
いや、それだけじゃないよ!?
かれこれ三時間半ぐらいは続いてるからね!?
いい加減、耳にこびりついて離れないまできてるから!
ハヤテくんたちがイラっとしてたのも、私にはなんとなくわかるよ!
「お前たちは先程着いたばかりだから知らないかもしれないが、この祭囃子は――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――ぐらい続いてるんだ」
「…………。……そうなんだ」
今、絶対聞こえてなかった奴じゃん!?
なんで、大事な時間の部分をスルーしちゃうの!?
いや、怒ってる相手にもう一度「え、なんだって?」とか聞き返すと、火に油を注ぐ結果になることは知ってるけども!
そこはちゃんと確認しといた方がいいところだって! 絶対!
「だから、『これ以上、続け』みたいな意見は看過できなかったってだけだ。決勝トーナメント前の大事な時期で、こっちも神経尖らせてるんだ。あんまり苛立たせるようなことを言うんじゃねぇ……それだけだ」
「それってさ――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――僕にどうこう言った割には、根性がないってことじゃない?」
「……あ? もう一度言ってみろ?」
「何度でも言うよ。過酷な環境でありながらも、厳しい鍛錬を積んできたのが君たちのウリなんだろう? なのに、たかだか騒音環境に身を置いただけで音をあげちゃうんだ?」
「…………。いいだろう。俺たちはどんな状況、どんな環境であろうとも耐え抜き、任務を完遂する力を持っている。たかだか祭囃子など何時間でも……それこそ二十四時間続けられようとも耐えてみせる。俺たちはそんなことに屈しないということをみせてやるよ」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
いや、夜中までコレやられたら安眠妨害で困るんですけど……?
変なフラグ立てないでくれる?
「まぁ、俺たちのような精鋭にとっては苦もない環境だが、お前たちのような軟弱な学生たちにとっては地獄のような環境になるだろうがな……」
「へぇ、そこまで言うなら勝負するかい?」
「なに?」
「この環境に先に音を上げた方が――」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「――って条件でやろうよ」
輝龍くん、自分の学園とか仲間を馬鹿にされてかなり頭にキテるでしょ?
今まで見切ってた祭囃子のタイミングを完全に外しちゃってるじゃん!
「…………。いいだろう、その喧嘩買ってやる」
ハヤテくんの方も条件!? 条件聞こえてなかったよね!? そこちゃんと尋ね返してから、勝負受けよう!?
二人共、竜虎相搏つみたいな感じの状況で「えと、条件もう一度言ってもらえます……?」とか言い出し辛いかもしれないけど、そこはちゃんとしといた方がいいって!
「店員さん」
「ケケケ、なんだァ……?」
「
「あぁ、いいだろう。せいぜい頑張ることだ……」
これは、輝龍くんも本気だね!
私も学園同士の本気の勝負に水を差すほど野暮じゃないよ!
でも、勝負に負けた方がどうなるのか、その条件はハッキリさせといた方がいいと思うんだ!
後で、言った言わない、聞こえた聞こえないってなっても知らないよ!?
やがて、しばらく睨み合いを続けていた二学園の生徒たちだったけど、プイと顔を逸らすと自分たちのスペースへと戻っていく。
勝負が始まった、ということなのかな……?
でも、この祭囃子がいつまで続くかわからないんだけど……。
これって、勝負として成立するのかな?
そう思ってたら――、
「学生諸君、待たせたな! 先に告げたように、食料に関しては望めば魔王様から無料で提供されることになる! それに加えて、今日はヤマモト卿から祭りの屋台飯なる物の提供があった! 皆、魔王様とヤマモト卿に感謝して食べるように!」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
大量の屋台飯を抱えたシルヴァさんが、そんなことを言いながら現れたよ。
監督官として姿を見ないなーと思ってたら、食料の確保に動いてたんだね。
一応、お祭りは商業区画で行われてるんだけど、そこでは当然のように屋台も出てる。
売り物としては、焼きとうもろこしだとか、焼きリンゴだとか、焼きアスパラガスだとか、カットスイカだとか、きゅうり串だとか、ほとんどがヤマモト領の特産である農作物を使った手間の掛からない料理が出てるはずだ。
それを自領を訪れた来訪者に対して提供するというのは、少しみすぼらしく感じるけど……そこは屋台料理。
暴力的な醤油やらソースやらマヨやらの香りが食欲を引き立たせ、青空の下というシチュエーションが最高の美味しさを引き出して、最高の一品に仕上がってるはずである!
というか、見てたら、焼きとうもろこし食べたくなってきちゃったよ!
「ん? なんだ、お前ら? 俺の見てないところで喧嘩でもしたか?」
そして、帰ってきたシルヴァさんは二組の学園生徒の様子がおかしいことにすぐに気づいたみたい。
だけど、その状況を仲裁するわけでもなく、豪快に笑う。
「結構、結構!」
ぴーひょろー、ドンドン、カッ、ドンドン!
「魔将杯決勝に出るライバル同士だからな! 互いに意識し合うのは決して悪いことじゃない! ただし、決着は魔将杯決勝トーナメントの中でつけるようにしろよ! 折角の晴れ舞台なのに、それ以前の私闘やらなにやらで出られなくなるのは詰まらんからな! ハハハ!」
シルヴァさんはそう言って、屋台飯と食料を配り始めるけど、もう前哨戦みたいなものは始まってるんだよね……。
はてさて、どうなることやら……。
あと、シルヴァさんは天然で祭囃子のタイミングを見切り過ぎでしょ!?
それ、なんかコツあったりするなら教えて欲しいんだけど!?
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