第373話
【暗黒の森
「ですので、お預かり願えないかと――」
「え、今、なんて……?」
本日も、ヤマモト領は比較的安定飛行。
エルダードワーフのダンカンさんと、ハイエルフのミアさんの合作によって作られた【達人のクワ】によって、ヤマモト領で作られてる作物はバイオ植物とは思えないほどの高品質のものが作られ始めていた。
結果、農作業に関わってる住民たちのモチベーションが高めになってるけど……他は普段通りだと思う。
というか、【達人のクワ】を作ったせいで、ダンカンさんとミアさんは【達人のクワ】の量産に追われてて忙しそうだ。
本当は、もっと色々作りたいみたいなんだけど、農具に差があるせいで、あっちの畑で採れたものは美味しいけど、こっちの畑で採れたものは不味いってなったら、領民たちの不和の基になっちゃうってんで、そこは領主権限で【達人のクワ】の量産を急いでもらってる感じだ。
同じく、この村の新しい住民という意味では、フンフの始めたバーが好評みたい。
フンフって、私は知らなかったんだけど、ハーメルン種族の中では英雄として扱われてるらしいんだよね。
なんでも、先代魔王の時代には、ハーメルン種族っていうのは、敵の拠点内に潜入して、種族スキルである【呼び寄せ】を使って、モンスタートレインを引き起こす人間爆弾みたいな役割を担ってたらしくて……。
当然、拠点に潜入する時点で危険が伴うし、自分がいる場所にモンスタートレインを行うわけだから、それに関しても危険が伴うというか……。
そんなわけで、先代魔王の時代は、ハーメルン種族は仲間内で、恐れと敬意を持って扱われてたっぽいんだけど……それが、平和な世の中じゃ、モンスタートレインを引き起こす厄介者として扱われるんだから、将来なんてわからないもんだよねー。
とにかく、先代魔王の時代は結構使い捨ての感覚でハーメルン種族は使われてたっぽくて、実際にもほとんどのハーメルン種族は長生きできなかったらしい。
ところが、フンフはその死地にいくら送り込まれても普通に帰ってくるし、しかも、悉く作戦を成功させてくるっていうんで、ハーメルン種族の英雄として有名だったらしいよ。
まぁ、言っても先代魔王の魔王国統一戦争を知ってる世代でないと、知らない情報らしいけど……。
そんなフンフがやるバーなので、ハーメルン種族の年嵩の人たちには大人気。
あと、フンフ自体もあまりベラベラと自分語りをする方じゃないので、家庭で妻と子供の相手をするのは疲れたというお父さん方にも、しっとりと飲めるバーだというんで人気みたい。
そんな感じで、なんだかんだウチの領でフンフは上手くやってるみたい。
……あっ。
新人さんといえば、あと一人、私のそっくりさんであるサンディさんがいたね。
あの人はとにかく、人にチヤホヤされていればいいらしいので、結局は青空教室の先生というポジションに収まったよ。
あれでも、魔王国統一戦争の生き残りだからね。
実力に関しては確かみたい。
ただまぁ、ユニークスキル【絶世の美女】を戦争で使い過ぎて、敵戦力を幾つも籠絡させて自分の配下につけてきた後遺症なのか、多くの人にチヤホヤされないと気が済まない性格になった……って、フンフはボヤいてたね。
ある意味、戦争被害者といえば、戦争被害者なのかな……?
そんな彼女は、子供相手でもチヤホヤされてれば、そういう欲求は満たされるらしい。
「子供はいいわー。愛情を持って接すれば、先生〜、先生〜って接してくれる……。たまにクソガキもいるけど、私が好きでチョッカイかけてきてるんだと思えば可愛く思えてくるしねー。言葉の通じない、サカリのついたモンスター相手に鞭を振るうよりは全然いいわー」
この間、先生をやってみての感想を聞いてみたら、そんなこと言ってたけど……。
なんかこの台詞を聞くだけで、とんでもない人生を送ってきたんだなぁ、と察してしまうよね……。
なお、青空教室では、サンディさんはエロ先生と呼ばれてるみたい。
いや、なんでよ? と思ったけど、どうやらサンディさんは、子供たちに向けて「お父さん、お母さんに子供を沢山作るように言いなさい!」とか無茶苦茶言ってるみたいなんだ。
自分がチヤホヤされたいからって、そこまでする? って感じなんだけど……まぁ、今のところは保護者から何の苦情もきてないので静観って感じかな……。
一応、私の姿形で変なことしないように、
どっちかていうと類友というか……。
……まぁ、いいや。
問題はそこじゃない。
私は唐突な無茶振りをしてきた、魔王軍飛竜部隊隊長であるシルヴァさんの言葉を今一度聞く態勢に戻る。
「ですので、魔将杯決勝トーナメントに出る学生たちを一時的にヤマモト領でお預かり願えないかと……」
「預かるって……」
シルヴァさんが言うにはこうだ。
例年、魔将杯は王都ディザーガンドで行われる。
ディザーガンドは魔王国のなかでも最東端に位置する大都市であり、西にある領都から王都を目指すとなると、かなりの時間がかかるんだそうだ。
なので、例年だと魔王国の西側に所属する領都の学生には飛竜部隊を向かわせて、王都ディザーガンドまで輸送するのが通例らしい。
ただ、飛竜部隊の航行距離的に、どうしても暗黒の森を一日で突破するのが難しいらしく、いつもだと学生に暗黒の森で一泊してもらっていたんだとか。
まぁ、暗黒の森で一泊といっても、領主館の周りでキャンプしてもらってるだけで、暗黒の森の中で過ごせ、というわけではないらしいけど……。
けど、今年からは、ココがヤマモト領になってしまったので、事前に許可を取っておくべきだったんだけど、それを忘れてたんだって。
なので、魔将杯決勝に進む学生たちのために、ちょっと宿舎、もしくは土地を貸して欲しいという許可を取りにきたみたい。
私としては寝耳に水だったので、思わず聞き返しちゃったんだけど……。
「ちなみに、どれくらいの人数がこの地に来るの?」
「フィザ、チェチェック、フォーザイン、エヴィルグランデ、それにマーマソーの五学園ですからね。最大で五十人、引率の教師もいる場合は六十人近くになるかと思います」
「そんな大人数を収容できるような宿泊施設なんてウチにはないんだけど……?」
「魔王様がこちらを訪れた時に塔が立ってたと思うのですが……」
「アレは魔王様が来られるというので、突貫で建てた奴なので……。魔王様が帰られたので、今は解体済みですよ?」
「ふむ、もう一度建ててもらうことは可能ですか?」
「期間があれば可能ですけど……。学生さんたちはいつからここに?」
「もう既に迎えの飛竜部隊は出立してますから、明日から順次こちらの領地に学生を運び込む予定です。そして、全五学園の出場者が揃ったところで、大規模な飛竜編成で一度にディザーガンドに運ぶ手筈になっています」
……明日から?
いや、魔王がこっちに来る時は、一週間は準備する時間があったはずだよ?
流石に一日で、その規模の宿泊施設を作るというのは無理かなー。
「流石に明日からだと無理がありますね」
「それでは、土地だけでも貸し出して頂きたい。学生たちにはそこでキャンプをするように言い渡しますので」
キャンプぐらいならいいかな?
ただ、ウチの領民は各地域で迫害にあってた種族だからねー。
外部の人との接触は避けたいんだよねー。
そう考えると――、
現在、ヤマモト領は東西南北に大きく四つの区画に別れてる。
領主館を領地の中心として、北側に居住区として住民たちの住居が建ち、南側に農業区として数多くの作物が植えられ、そして東側に商業区として教会や公衆浴場なんかの設備、そしてフンフのバーやモンスターを解体することで手に入ったモンスター肉なんかを売る商店なんかがあったりする。
なので、農作業をやってる領民にとっては、北区から時計周りに南区に行き、帰る時も同じルートで(風呂に入ったり、教会で祈りを捧げたりして)帰るというのが定番。
代わりに、西側は工業区として、チヅキさんが連れてきた鍛冶職人たちが造った鍛冶工房があり、何故か厨二担当が経営する店舗もあったりするけど……基本的には、領民たちの動線とならない土地だ。
そこの土地なら、貸し出してもいいのかもしれない。
「それならいいですよ。西側の土地の一角を貸し出しましょう」
「ありがとうございます」
「食料はどうします? 学生さんたちで用意するのが難しいというのであれば、こちらで用意しますけど……」
「そちらもお願いします。用意して頂いた分は魔王国側でお支払いしますので、後で請求して頂ければ」
「わかりました」
まぁ、勝手に領地の一角でキャンプを張って、数日間寝泊まりするぐらいなら問題は起きないでしょ。
……問題起きないよね?
…………。
あれ?
なんか忘れてる気が……。
あっ。
「すみません、シルヴァさん。一点、伝え忘れてました」
「なんでしょう」
「明後日からウチの領地では収穫祭をやるんですよ」
「ほぉ、そうですか」
「学生さんたちに参加してもらってもいいんですが、ちょっと特殊でして」
「と、言いますと?」
「ウチの領地は、主にハーメルン種族、サトリ種族、兎人種族の三つの種族がいまして、その三種族には種族ごとに伝統的な収穫祭文化があるらしいんですよね」
私もよくは聞いてないんだけど、ハーメルン種族にはハーメルン種族のお祭りの方法が、サトリ種族や兎人種族にもそれぞれのお祭りの仕方があるらしい。
今回の収穫祭は、ヤマモト領にやってきて初めての収穫祭ということもあり、とりあえず三種族のお祭りを一日ごとに切り替えて、計三日に渡ってやってみようというイベントになっている。
なので、三日ぐらい騒がしくなるかもしれないというのは、あらかじめ断っておいた方がいいかと思ったのだ。
「三種族がそれぞれのお祭りを一日ごとに切り替えて、合計で三日間お祭りが続く予定なんですけど……問題ないですかね?」
「まぁ、学生たちも自分たちを歓迎してくれてるんだと思って、喜ぶんじゃないですか? 魔将杯決勝前はどうしても他校の生徒同士でピリピリしがちですし、気分転換には丁度いいかと思います」
「そうですか。それなら良かったです」
シルヴァさんには納得して、そう言ってもらったんだけど……。
まさか、この後にあんな事態になっていくなんて、この時の私たちは想像すらしていないのであった――。
■□■
【おまけ】
「ちなみに、ノワール領の学生さんたちはウチに来ないんですか? ノワール領も大陸の西側にありますよね?」
「ノワール領都を
…………。
まぁ、来ないよね!
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