第371話
なんでここにアトラさんがいるの? と思ったのも、束の間――。
アトラさんはヒールをカツカツ響かせながら、親しげに私に近付いてくると、ニマ〜と笑みを見せる。
「そりゃ、ヤマモトちゃんも気になっちゃうわよね〜? この魔将杯の覇者は、大体が魔王軍に幹部候補として入ってくるんだもん。それだけじゃなくて、目立った成績を残した者たちもスカウトされるんだから、言っちゃえば未来の同僚になるかもしれないってわけで……どんな子がいるか、気になっちゃうわよね〜?」
…………。
「えぇ、まぁ、はい、なんかそんな感じで、気になったり、気にならなかったりして来ちゃいました」
「だと思ったのよ〜!」
アトラさんに親しげに肩を組まれるんだけど……。
ごめん、アトラさん。
魔将杯とか、
むしろ、私の店の安全を守るために、宅配便の真似事をして、ここに来ちゃってます!
「一応、私、VIP席買ってあるんだけど、ヤマモトちゃんも見に来る? あそこからなら上空に映し出されるスクリーンも近いし、魔将杯の予選も見やすいわよー」
「えーと……」
魔将杯とか全然興味ないしなー。
さっさと店に戻――、
「ちなみに、魔王様とかも呼んだんだけど、やっぱり仕事が忙しいみたいで来られないらしいのよー。だから、オードブルが沢山余っちゃって……。できるなら、ヤマモトちゃんに食べるの手伝って欲しいんだけど……」
「私でよければ喜んで!」
うん。
魔王を歓待するための美味しい料理を余らせてるなら、仕方ないよね?
「そう? それじゃ、一緒に行きましょう? 早くしないと後半戦が始まっちゃうわ〜」
「はい、そうしましょう、そうしましょう!」
温かい方が美味しい料理があったら、時間はあんまり置きたくないしね!
というわけで、私はアトラさんに連れられて、VIP席とやらに向かうのであった――。
■□■
用意されていたのは、立食形式のオードブル。
なんかパーティー会場とかで用意されてるような奴がテーブルに大量に乗っかってるんだけど……部屋にいるのが私とアトラさんだけっていうね。
そりゃ、一緒に食べてくれる人を探すわけだよ!
ちなみに、このまま誰も食べないと、そのまま廃棄するっていうんで、私が美味しく頂かせてもらおうと思います!
それじゃあ、まずは……。
このハム!
なんの肉のハムかはわからないけど、ハムと野菜を小皿に取って、ハムで野菜を巻いて、と――。
そして、なんかオレンジ色をしたソースにディップして食べれば……うん、美味しい!
味噌とマヨネーズを合わせたようなソースだけど、ちょっとピリ辛も加わってイイ感じに後を引く!
あ、こっちは揚げ物もあるんだ?
肉に白身魚に海老に……いや、衣付いてるから、本当にそれで合ってるのかは知らないけど……これらを、ちょっとタルタルっぽいソースに付けて口に運べば――。
はぁ、美味しっ!
ヤバいね、ビール欲しくなっちゃう!
と思ったら、部屋の一角にビールサーバーが用意してある!
至れり尽くせりだね! ここは天国かな?
ジョッキに並々と注いで……頂きまーす!
カーッ! 美味しっ!
ウマモトあげちゃいます!
ウマモト!
「どう? ヤマモトちゃん、楽しんでる?」
「はい! それはもう!」
北京ダックというには大きすぎる、二メートルくらいはありそうなダチョウの丸焼きみたいな料理から、肉をこそぎ落として、用意してた米粉の皮……ライスペーパーだっけ?……に野菜と一緒に包んで食べながら、私はジョッキを掲げてみせる。
その様子をみて、アトラさんも気を悪くするどころか、ニコリと微笑みを返してくれた。
「ヤマモトちゃんにそれだけ喜んでもらえるなら、呼んだかいがあったわ〜」
「そういえば、魔将杯はどうなってます?」
「後半戦が始まって、すぐに風向きが変わったみたいねー」
魔将杯には、特に興味はないけど、これだけ接待されておいて、魔将杯に興味ありません! という態度をあからさまに取るのもどうかなと思ったので、話だけでもアトラさんに合わせる。
そう、私は空気の読める女なのだ!
というか、デレックくんたちを送り届けた手前、完全に興味がないってわけでもないしねー。
一応、どんな感じなのかは把握しておこうっと。
「やっぱりドレイク種は強いわねー。というか、デレックくんが強いのかしら?」
空中に投影された巨大なスクリーン画面を覗き込むと、空中に浮かんでいたデレックくんが、上空から敵部隊に襲いかかる姿が見えた。
相手も魔法で迎撃しようとするんだけど、デレックくんは魔法を躱しながら、ものすごい勢いで急降下してくる。
空中機動でいえば、やっぱり有翼種族は強いのかもしれない。
そして、そのまま一人で三人組の部隊をあっという間に蹴散らしてみせていた。
うーん。
種族特性に胡座をかいてるわけじゃなく、腕っ節も相当に強いみたい。
私がクリスマスの時期のスーパーで良く見るようなローストチキン(脚)を齧ってると、アトラさんは恍惚とした表情を浮かべてスクリーン画面に釘付けになってる。
「あぁ、デレックくんいいわぁ〜。ウチの部隊に来てくれないかしら〜? 硬いし、強いし、ついでに高機動って、なかなかいない人材なのよ〜」
まぁ、言っちゃうと、空飛ぶ戦車だもんねー。
そんなのどこの部隊だって欲しいんじゃない?
そして、そのデレックくんの活躍によって、形勢が逆転したみたい。
覇王学園のスコアを抜き、ついに帝王学園がリードを取り始めたみたい。
『おぉっと、ここに来て、ついに帝王学園がリードを取る展開だー!』
実況も大興奮で叫ぶ声が聞こえる。
「やっぱり制空権を取られると厳しいわねぇ」
「魔将杯は土地を占拠するわけじゃないですから、地上部隊よりも航空戦力がある方が強い部分はあるかもですねぇ」
ちなみに、帝王学園と覇王学園が争ってるのは所々に林が乱立する平原だ。
上空から襲いかかるには、もってこいの戦場と言える。
結局、帝王学園が制空権を握ることになって、覇王学園に神出鬼没に襲い掛かるもんだから、覇王学園の侵攻スピードが遅くなったことで、勝負がついたみたい。
覇王学園もある程度、粘ったんだけどね。
やっぱり、デレックくんの加入が大きかったのかな?
試合に大差がついたところで、アトラさんも試合の方より、私との食事の方を優先し始めたし。
うーん。
それにしても、この生春巻きみたいなの美味しい……。
生春巻きって中に野菜と海老を包んでるイメージだったけど、粘度の高いポタージュスープみたいなものと、海老を細かく刻んだものを入れてる感じ?
カニクリームコロッケの亜種みたいで、なかなか美味しい。
こっちはビールよりはワインが合う感じなので、白ワインを開けちゃうよ。
はい、グビッとね。
かぁ〜っ! クルね! 美味しいね!
「やっぱり、デレックくんはいいわね〜。航空戦力で、尚且つ突出した戦力というのは貴重だし、魔王軍に入ったら、多分、取り合いになるかしら? ウチに入って欲しいけど、そこは魔王様の差配でしょうし、難しいわねぇー」
「そういえば、アトラさんは、この王都全域の警備を任されてるんでしたっけ?」
「えぇ、そうよー」
この広い王都を守るんだから、やっぱり有能な人材は沢山欲しいってことなのかな?
「王都守備の総責任者が私なのよ〜。基本的には魔王城に侵入してくる侵入者とかを退治するのが私の役目で、私の知り合いや部下たちなんかには、王都の街中で問題が起きてないか警備してもらってたりするんだけど、王都も広いからなかなかねー。やっぱり、全域にまで目が届かないのよー」
「それで、高機動力の部下が欲しいと?」
「居ると、色々と便利でしょー?」
「そんなに大変なお仕事の割には、私の店にちょいちょいシスティナ子爵が押し掛けてきますけどいいんですか?」
「あの子は、趣味と実益を兼ねてるから、遊び感覚でヤマモトちゃんのところに行ってるんでしょ〜」
「遊び感覚……?」
……王都の警備は?
いや、システィナ子爵は現魔王派ってだけで、アトラさんの部下じゃないから、別に命令に忠実じゃなくてもいいのかな……?
「というか、この王都で一番の危険地帯だから誰も近付きたくないのを、遊び感覚で行ってくれるんだから、感謝こそすれ怒ることはないわよ〜」
…………。
あれ? 私の店、ギャラリーのはずだけど、そう認識されてない?
『325対542〜! 最終的には、帝王学園が逆転し、今年も王都の代表は帝王学園に決まりました〜!』
「あら、決勝戦が終わっちゃったみたいね?」
「あ、アトラさん。この余った料理って、持ち帰ってもいいですか?」
「構わないわよ〜」
それじゃ遠慮なく……。
というわけで、余った料理を次々と【収納】にぶち込んでいく私。
この量を用意したってことは、魔王に加えて、魔王の秘書たちにも振る舞う予定だったんだろうなぁ……。
結局、仕事の都合で来れなかったみたいだけど……その分は私が美味しく頂くことにしよう! うん、そう決めた!
よしよし、これでしばらくはお酒のオツマミにも困らないよ!
『それでは、決勝トーナメントに進んだ各領の優勝学園をここでハイライトと共に御紹介致しましょう!』
「今年は地方にもいっぱい良い選手がいるといいんだけど……どうかしら?」
そう言うアトラさんの視線は、もうこちらには向いておらず、闘技場中央のスクリーンに釘付けだ。
うん。
やっぱり、見られてると、料理を【収納】するのに少し遠慮があったからね。
このチャンスを活かして、さっさと料理を回収しちゃうよ!
『まずは、大陸最南端の雄! 要塞都市ツォンからは百鬼機構学園が決勝トーナメントに名乗りをあげてるぞ! こちらの学園は四天王であるファウスト氏が創立に携わっていて、魔将杯では決勝トーナメントに出てくる度に観客をあっと驚かせる戦いぶりを見せている! 今年もそんなファウストマインドは健在なのか、要注目だー!』
「ファウストちゃんは研究大好きなところがあるし、魔将杯を使ってデータでも取ってるのかもしれないわねぇ……」
え、魔将杯ってそういう目的で利用してる人もいるの?
初耳なんだけど……。
どうやら、単純な学生対抗の試合じゃなくて、そういう側面も少しはあるみたい。
『続いて紹介するのは、辺境都市エヴィルグランデより拳闘学園だ! こちらは魔将杯決勝トーナメント常連ではあるものの、未だに一回の優勝もできていない無冠の帝王! 今年こそは悲願の初優勝を掴み取りたいところだ!』
「イコさんが創立した学園だからか、バランスよく鍛える方針で総合能力には優れてるんだけど、毎回突出した個がいないのよねぇ。そこが改善されればあるいはって感じだけど……」
うーん。
確か、
というわけで、録画開始。
その後も、次々と決勝トーナメントに進む学園が紹介される。
けど、私は料理の回収に夢中なので、その辺の話はほとんどスルーだ。
まぁ、対戦相手の情報なんかは
そんなことよりも、料理の確保の方が最重要項目だよね!
というわけで、回収、回収〜っと!
■□■
【
毎週行われてる【遠話】の魔法陣を使った私会議で、
いや、ありがたいんだけどね?
というか、現状のチェチェック貴族学園メンバーで、情報収集能力に長けたメンバーがいないから、いざという時はロウワンくんにお金を払ってでも情報を買おうかな? とも思ってたぐらいだし、助かるんだけどね?
でも、せめて、重要部分を切り抜いてまとめておいて欲しかった!
なんで、映像と音声垂れ流しなの!
そして、それを聞いて、情報をまとめないといけない私!
大変です!
まぁ、私のためになる作業だし、やるけどね!
というわけで、まとめた情報がこちら――、
①ディザーガント領代表 帝王学園
⇒先代魔王の一粒種イザクを中心に周りもハイスペックな生徒で固められた学園。予選ではエース・イザクを温存しつつ、他のメンバーだけで優勝してしまう余裕を見せている。今大会の優勝候補筆頭。
②メロウィ領代表 百鬼機構学園
⇒四天王ファウストが創立した学園で毎回観客をあっと言わせるような奇想天外な戦い方をしてくるらしい。実力は未知数。
③エヴィルグランデ領代表 拳闘学園
⇒元四天王イコさんが創立に関わっており、戦力バランスがいいのが特徴。逆に特化した戦力がいないために、良くも悪くも安定してるっぽい。今年は特化戦力がいるのかが注目の的。
④フォーザイン領代表 波乗り学園
⇒水中、水上の戦闘では無類の強さを誇る特殊な学園。予選では戦場に恵まれて決勝トーナメントに進出。決勝でも運の良さを見せつけられるか。
⑤チェチェック領代表 貴族学園
⇒魔王軍特別大将軍ヤマモト擁する戦闘特化型の集団。予選では圧倒的な力を見せつけ、その力を遺憾なく発揮した。チェチェック領、悲願の初優勝を目指す。
⑥フィザ領代表
⇒困難な状況下での戦闘を得意とする異色の学園。地形効果をものともせずに、むしろ地形を利用して戦う戦い方を得意としている。決勝トーナメントでは戦場次第で活躍できそう。
⑦セルリアン領代表 魔法学園
⇒長い伝統を持つセルリアン領の魔法学園。様々な属性の魔法のスペシャリストたちが集まり、相手の得意や苦手に合わせて、参加するメンバーを決めてくる特色がある。組み合わせ次第では優勝も目指せそう。
⑧ヴァーミリオン領代表 ゴダ中央学園
⇒ヴァーミリオン領の中でも名門中の名門。全体的な総合力が高く、帝王学園に勝るとも劣らない実力者たちばかりが集う。中でも皇帝と呼ばれるミヒャエルは今大会でも最強ではないかと噂されてるらしい。優勝候補の一角に挙げられる。
⑨リュー領代表 スー・クー竜学園
⇒ドレイク種、幻獣種を多数擁しており、カタログスペックだけでいったら、決勝トーナメントのどの学園をも上回るとされている。優勝候補の一角だが、種族の力に胡座をかいているところもあり、真価を見せられるかが鍵になってくる。
⑩ノワール領代表
⇒暗殺者を多数輩出するノワール領の名門。【シーカー】の力に関していえば、決勝トーナメントの中でもダントツで、ベースクリスタルの破壊合戦に持ち込むことで、優勝を目指すつもりのようだ。
⑪バイオレット領代表 天空騎士学園
⇒空中戦を得意とする学園。グリフォンと乗り手を半々で選手登録しており、その機動性と人馬一体の戦いぶりは苛烈の一言。制空権の取り合いでは無類の強さを誇る。
――といった感じ。
優勝候補として挙げられてるのは、帝王、コダ中央、スー・クー学園辺り?
いずれも選手全員の能力値が高いって評価の学園ばかりが、優勝候補に挙がってるっぽいね。
そして、我がチェチェック貴族学園は残念ながら優勝候補には挙がらないらしい。
というか、そもそもチェチェック領自体がそんなに魔将杯に強いイメージがなく、私が派手にやらかしたせいで、他のチームメイトの実力が露出しておらず、そのせいで私のワンマンチームだと思われてるっぽい?
実際は、エギルくんとかツルヒちゃん、ユフィちゃん辺りは全国でもトップレベルの実力者だと思うから、それなりに強いとは思うんだけどねー。
まぁ、今はツルヒちゃんもユフィちゃんも
とりあえず、私は自分会議で手に入れた情報をまとめて、魔将杯に出るメンバーに招集をかけるために学園内をウロチョロしてたんだけど……。
「「…………」」
学園の廊下を歩いてるだけで、複数の視線を感じる……。
それだけじゃなくて、私の方を見てはコソコソと何か言ってる感じなんだけど……。
これは、まさか……。
――イジメ!?
「あの、ヤマモトさん……!」
「――!? え、あ、はい!」
知らない所で顰蹙を買ったか!? と私が戦々恐々としてたら、急に知らない女子生徒に話しかけられて、ビックリしちゃったよ!
え、なに?
直接文句言われるとかいう公開処刑でも始まるの……?
「魔将杯の決勝、頑張って下さい! 私、応援してますから!」
「はい……?」
私の疑問形の「はい?」を同意として受け取ったのか、その女子生徒は他の女子生徒と合流しながら、「話しちゃった! 話しちゃった! キャー!」と言いながら去っていく。
あれ……? えーっと……。
「もしかして、私、人気者になってる?」
普段から厄病神扱いされてるせいで、そのことに気付くまで五分ぐらい掛かっちゃったんですけど。
これはもしかして、私の時代が来たってこと……!?
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