第370話

紳士担当エース視点】


 魔王国王都ディザーガンドの雑多な街並みの奥――そこに知る人ぞ知るギャラリーがある。


 Gallery Yamamoto――。


 瀟洒な雰囲気が漂う、しっとりとした店内では、今日も落ち着いた明かりがギャラリーのオーナー自作の絵を照らし――、


 ……出していない。


 というか、ない。


 絵が一枚も飾られてない。


 原因は明白。


 売れたからだ。


 というか、買い占められた?


 買い占めたのは、魔王国の貴族の中でも美術品や芸術品に造詣が深いシスティナ・アーボルト子爵。


 それだけ、私の作品が魅力的になってきた……と言いたいけどちょっと違う。


 システィナ子爵がいうには、私の絵は金になるらしいのだ。


 一般的には、美術品というのは何が良くて、何が凄いのか、パッと評価し辛いシロモノだ。


 場合によっては、子供が描いたようなラクガキのような絵が高額で取り引きされることだってある。


 勿論、その絵に魅力があって、お客さんが「欲しい!」となって、値段が徐々に上がっていくのが健全だとは思うんだけど……。


 それとは別に、美術商自らが動いてプロデュースして、作品の価値を上げていくタイプの美術品だってある。


 そして、私の作品はシスティナ子爵によって、そういう作品に選ばれたらしい。


 勿論、システィナ子爵とお友達だから、「作品を売ってあげるよー」となったわけではない。


 システィナ子爵曰く、まずは作品に相応の魅力があるかどうかがまず大前提で、その次に付加価値があるかどうかということが重要らしい。


 つまり、他の人には描けないような特殊な描き方で描いてあったり、描いた者が特殊な人物であったりした場合なんかに付加価値が付いて、美術品としての価値が上がるようなのだ。


 そして、私の場合は言わずと知れた、魔王軍特別大将軍という地位に就いている。


 現実世界でいうと、プロの画家と比べると絵の実力は落ちるけど、著名人が描いたという付加価値のおかげで、著名人の絵がプロの絵よりも高額で取り引きされる――みたいな感じらしい。


 …………。


 いや、現実世界では私もプロなんですけど!?


 まぁ、底辺プロだから、胸張って「プロです!」とは言い辛いけどさ……。


 まぁ、その辺を芸術品に造詣の深いシスティナ子爵が、好事家の射幸心を煽りながら、軽妙なトークを繰り広げることによって、莫大なお金が動いてるみたいだよ?


 しかも、システィナ子爵はヤラシイことに、こう一気に売るんじゃなくて、ちょっとずつ小出しに売って、一部の界隈にしか広めてないっぽいんだよね。


 そうすることで、希少性が徐々に上がっていくんだとかなんとか。


 おかげさまでギャラリーは寂しいことになっちゃってるんだけど、私の懐事情はホックホクだったりする。


 まぁ、目に見える光景は物悲しいけど、気分は上々といった感じだね!


「ほぉ……、ふむ……、なるほどな……」

「…………」


 前言撤回。


 ひとつ、上々な気分に水を差す困ったことが起きてる。


 それは、私の経営するギャラリーに現在一人の客が来てるということだ。


 身長は三メートルくらい?


 アルマジロトカゲの頭をした、エラくガタイのいい黒ジャージ姿のドレイク種族が腕を組んでギャラリーに居座ってる。


 おかげさまでギャラリーが狭くみえる。


 いや、狭いのは元々か。


 というか、作品もなにもかかってないライトに照らされた壁を色んな角度で眺めながら、「やはり、そうか……、これは凄いな……」などと、一人でブツブツ呟いてるんだけど……。


 …………。


 いや、それ、なにもかかってないからね?


 私も作品が売れた後に、面倒くさがってタイトル札外すの忘れてたのは悪いけど、それライトに照らされただけの、ただの壁だからね?


 そういう芸術作品じゃないんだよ?


 というか、等間隔に違うタイトルが書かれたタイトル札が付いてるんだから、わかりそうなもんじゃない……?


「む……」


 あ、気付いちゃった?


 気付いちゃったね?


 そう、それはタイトル札がかけられてるただの壁であって、芸術作品じゃないんだよ!


「こう見れば……、少し、赴きが違うような……?」


 屈んだり、斜めに見たりして、無理やり違うところを見つけようとしなくていいから!


 それは壁! 普通に壁なの!


 作品じゃないから!


 壁に『宵闇に踊る小夜曲』なんてタイトル付けるわけないでしょ!


 もういい加減に、それは壁ですって宣言した方がいいのかな……?


 あー、でも、三メートルもある体の大きなドレイク種がミスを指摘されたことでキレて暴れ出しちゃったらどうしよう……。


 ウチのギャラリーぐらいならすぐに潰されちゃいそうだ……。


 うーん……。


「女将」


 私が悩んでたら、ドレイクさんに声をかけられた。


 ……ここはいつから旅館に?


「女将じゃないけど、なんでしょう?」

「これを買いたい」

「売らないよ!?」


 それ壁だから! 壁を切り出して持ってく気!? させないよ!?


「だが、ここにタイトルの書かれた札が……」

「それは外してなかっただけ! そこにあった絵は売れちゃって、そこには普通の壁しかないんだってば!」


 あ――。


 思わず本当のこと言っちゃった。


 それを聞いたドレイクくんは、トカゲフェイスをあっという間に真っ赤にすると――、


「いや、この壁には赴きがある! 吾輩はこの壁が気に入った! だから、この壁を買わせてもらおう!」


 下手に誤魔化せないと思って、開き直っちゃったよ!


 だからといって、ボロっちいギャラリーの壁をおいそれと切り出させるわけにもいかない!


 壁を切り出されたせいで、この建物が崩壊したら洒落にならないからね!


「売りません!」

「なんて店だ!」

「Gallery Yamamoto!」

「店の名前を聞いてるわけじゃない!」


 私とトカゲフェイスくんがやいのやいのと揉めていたら、バーン! と店の扉を勢いよく開けて、ウエーブの掛かった髪を肩まで伸ばした黒ジャージ姿にサングラスの女性が入ってきた。


 ……え、誰?


 あと、そのお揃いのジャージはなに? 昨今の流行りなの?


「デレック! こんなところにいたんですね! さぁ、さっさと戻りますよ!」

「む、リュアーレか。吾輩は戻らんぞ。大体、イザクのおらん戦場など退屈に過ぎる」

「そのイザク様が帰るべき戦場が、このままでは失われてしまうのです! 今こそ、貴方の力が必要なのですよ、デレック!」

「クドい。吾輩は行かんと言ったら行かん。 そして、壁を買うと言ったら買う!」


 そこは意見を曲げて欲しかったなぁ……。


 リュアーレと呼ばれた女性が、デレックと呼ばれたドレイク種の腕を取る。


「ならば、力尽くで連れ出します!」

「面白い、やってみよ。それができたなら、吾輩も大人しく戦ってやろうではないか」


 リュアーレちゃんが動かそうとするけど、デレックくんの体はピクリとも動かない。


 それどころか、リュアーレちゃんを引きずって、壁に近付いていこうとする始末だ。


 マズイ……。


 このままでは壁を切り取られるのでは……?


「――ちょいぁっ! 当て身ぃっ!」

「ごふぁっ!?」

「デレック!?」


 私の店が壊されるかもと思ったら、思わず体が動いちゃったよ……。


 かなーり手加減して腹パンを決めたんだけど、デレックくんは泡を吹いて倒れちゃったね。


 一応、防衛担当ハートに作らせたコレがあるから、死にはしないと思うんだけど……。


====================

【手加減の白手袋】

 レア:6

 品質:高品質

 耐久:1000/1000

 製作:ヤマモト

 性能:物攻+1 (叩属性)

    【手加減】

 備考:ギャラリーのオーナーがその有り余る膂力で作品を破壊しないために作られた手袋。特殊な素材でできていて、強い衝撃ほどよく吸収する。

====================


 うん。


 芸術品を扱ってるのに、ちょっとしたうっかりで作品を破壊したらマズイからね。


 その辺は気を付けて、手袋を付けることを習慣化しております。


 おかげさまで、今回は助かったかな?


「デレックはウチの最終兵器とも言われてる存在なのに、そんなデレックを一撃で倒すなんて……」


 リュアーレちゃんが冷静な観察をしてる。


 けど、そういう冷静な観察は要らないから、早くデレックくんを持っててくれないかな……。


「ディザーガンドの中でも人気ひとけのない奥まった場所で高価な美術品を取り扱ってるんだから、それなりに腕に覚えはあるってことだよ」


 というか、そういうことにしといて?


「な、なるほど……」


 そういうことになったらしい。


 なお、デレックくんのジャージの背には、TEIOHの文字があるんだけど……。


 なんで、デレックなのに、テイオーなんだろ?


 そういえば、リュアーレちゃんもお揃いのジャージっぽいし、そういうユニフォームなのかな?


「んぎぎぎ……! なに、これ!? 持ち上がらない! ドレイク種ってこんなに重いの!?」


 そして、リュアーレちゃんはデレックくんを持ち上げようとして、悪戦苦闘してるようだ。


 というか、早くしないとデレックくんが目覚めちゃうんじゃない?


 私としてはさっさと持って帰って欲しいんだけど……。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……。あの……、すみませんが彼を運ぶの手伝ってくれませんか……?」

「…………」


 ここは、いつからギャラリーじゃなくて、集配所になったんだろう?


 ■□■


 ――とはいえ、だ。


 ギャラリーの中に倒れたドレイク種を寝転しておくわけにもいかないので、結局私はデレックくんを輸送することにした。


「こっちです! こっち! 急いで下さい!」


 自分が動かさなくていいとなったら、途端に注文をつけてくるリュアーレちゃん。


 この場に荷物置いて帰ったろか……。


 ちょっとそんな思いに駆られてしまう。


 イケナイイケナイ。


 心の邪神がちょっとだけ顔を出しちゃったね。てへっ。


「あと、この状況、ちょっとキツくない?」

「なにがです?」


 街中を巨大なドレイク種を肩に担いで歩いてるもんだから、無駄に注目を集めてしまってる。


 気分はまるで、前の闘技場からリングを運んでくる戸◯呂弟である。


 いや、戸◯呂弟がこんな気分だったのかは知らないけど!


「ここです! 中まで運んで下さい!」


 戸◯呂弟とか言ってたら、本当に闘技場にまで案内されちゃったよ!


 なにこれ?


 私、ドッキリにはめられてる……?


 いや、私をドッキリにはめて誰が楽しいのかって話なんだけど……。


 あ、でも、魔王あたりなら喜びそう。


 でも、そんなドッキリを仕掛ける暇が、魔王にあるとも思えないけど。


 というか、この街にこんな大きな闘技場があったんだね!


 建物が雑多に過ぎるせいで、全然気付かなかったよ!


「こっちまでお願いします!」

「そっち行くと、舞台に出ちゃうんじゃない?」

「私じゃ運べないので!」


 すっごいイイ笑顔で言うリュアーレちゃん。


 うん。


 とりあえず、物攻鍛えよう?


 デレックくんを肩に担ぎながら、リュアーレちゃんに急かされつつ、闘技場の中に入る。


 地下道みたいな道を歩くんだけど、その地下道の上は客席が設置されてるのか、なんだか熱を帯びてるように感じるね。


 途中、通路に立ってた警備員に止められるかと思ったけど、警備員は私たちをチラリと見ただけでスルー。


 スルーというか、ジャージを確認してオーケーを出したみたい?


 警備員にはスルーされたけど、地下道みたいな道……なんていうの? 花道? ……を通る私たちの耳には魔道具で拡声された声が良く届く。


『まさか、まさかの大波乱〜! 魔将杯王都予選決勝戦! 前半戦が終わったところで212対108で、なんと前年度覇者の帝王学園が負けています! それもそのはず! 今年はと言われてるイザク選手がいないのです! 圧倒的な力を持つイザク選手を筆頭に、隙のない布陣でイザク選手をカバーして戦うのが帝王学園の必勝パターンでしたからねー! それが、今年になって何故か予選にイザク選手の姿が見えません!』


 イザク……?


 なんかどこかで聞いたことがあるような?


 どこだっけ……?


『代わりに帝王学園の指揮を執るのは、ディルムッド・オンザリオン騎士爵! ここまで、イザク選手の不在を感じさせない見事な選手起用の手腕を見せていましたが、今年の決勝戦はそうやすやすといきません! なにせ、今年の決勝戦の相手はここまで圧倒的な破壊力を見せてきた覇王学園なのです! 例年ですと、獣人種の物攻と悪魔種の攻撃魔法でただひたすらに前進制圧のみを狙ってきた頭の悪い戦い方でしたが……今年は違う! なんと今年は攻撃魔法の使い手に回復魔法を覚えさせることによって戦闘が安定するようになったのです! 元々は個人個人で猪武者のように暴れていただけでしたが、ここに来て部隊単位で動くようになり、安定した戦果をあげて決勝戦まで勝ち上がってきました! そもそも、個々人の戦闘能力については定評があった覇王学園! その勢いは決勝でも止まらずに、ここまで帝王学園に対して、百点以上のリードを持ってインターバルを迎えています!』


 どうやら、帝王学園という学園が、覇王学園相手にリードを取られてるらしい。


 帝王学園というと……このリュアーレちゃんの学園のことじゃない?


 リュアーレちゃんが私を急かすわけだ。


 ちょっと速度を上げて通路を抜けると、一気に視界が広がる。


 この光景は前にも見たね。


 まるで、大武祭の時の闘技場のようである。


 あの時と違って、今度は周囲を見回す余裕があるのは、私が当事者じゃないからかな?


 闘技場中央に幾つも浮かぶモニターを凝視しながら、観客が好き勝手に歓声や罵声を浴びせている。


 そんな中、気づかれないように、そろ〜りと舞台に近づく私たちは、中央の巨大なクリスタルの手前まで来たところで足を止める。


「なんか凄い野次だねぇ……。こんな中で試合するの? 大丈夫?」

戦場フィールドに移ってしまえば、この歓声も野次も聞こえなくなりますから……。それよりもデレックがこのまま目を覚まさないと、後半戦に参加できなくなってしまうんですけど……」

「だったら、私がビンタしてみようか?」

「やめてくれ……。そんなことされたら、死んでしまう……」


 なんだ、デレックくん、起きてるじゃん。


 目を覚ましたらしいデレックくんを床に下ろすんだけど、そこからピクリとも動かない。


 あれ?


「デレック! 目を覚ましてるなら立ち上がって! さっさと戦場に移動しないと、後半戦に参加できなくなってしまうわ!」

「起き上がりたいのは山々なのだが……。全身の骨が砕けて起き上がれん……」

「…………」


 なんかリュアーレちゃんがすっごく恨みがましい目で、コッチ見てくるんですけど!


 え、それ、私のせい……?


 …………。


 私のせいか。


「【オーラヒール】、【オーラヒール】、【オーラヒール】、【オーラヒール】――これでいいでしょ? じゃ、私は行くから……」

「「あ……」」


 仕方ないので、オマケで回復させてから、私は舞台の上から逃げ出すように去っていく。


 二人は何か言いたかったみたいだけど、それよりも優先すべきことを優先させたみたいだね。


 私を無理やり止めることもなく、背後の気配が消える。


 多分、戦場とやらに行ったんだろうね。


『おぉっと! ここで帝王学園に賭けてる皆さんに朗報だ! インターバルの間に、チラリとスクリーン画面に映ったあの姿! 帝王学園の最終兵器、デレック選手が予選決勝戦にて、ついに参戦するようだ! 彼は今大会は選手登録はされてたものの、初戦からずっと出場してなかったため、何かしらのコンディション不良が疑われてましたが、このピンチに流石に帝王学園側も最終兵器の投入を決めたようです!』

「ふざけんなー! デレック出すなんて汚えぞ! 帝王!」

「大穴、覇王学園に賭けてる俺たちの夢を潰す気かー!」


 いやぁ、口汚い野次が聞こえる聞こえる。


 私はそんな野次を避けるようにして、入場通路へとタタターッと逃げ込み――、


「あら、やっぱりヤマモトちゃんも気になって来ちゃった感じかしら?」

「あれ? アトラさん?」


 ――魔王軍四天王の一人、アトラさんと出会うのであった。

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