第369話
【
それはまだ、LIAの開発が始まったばかりの頃の話だ。
俺は、チーフプログラマーとしてLIAに携わり、マザーの開発と並行して、LIAの基本システムの開発を行っていた。
というか、その頃から現場は常に戦争だった。
グラフィッカーは、現実世界と変わらないグラフィックを目指すためにバカバカとメモリを食わせるような緻密な描写をしやがるし、LIAがいくら数年後に発売予定の新型VRデバイスのスペックに合わせた専用ソフトだからといって、性能にも限界があるんだぞ、と何度言っても聞きやがらねぇ……。
挙げ句の果てには、プログラマーチームが処理を軽くするようにプログラムを組め! とか言って無理難題を言ってきやがる……。
俺たちはお前らの尻拭いをするために、プログラムを組んでるわけじゃねぇからな?
更に加えて、ディレクターからは矢継ぎ早の仕様変更がぶん投げられ、体調不良とサービス残業に苛まれつつ、栄養ドリンクを心の支えにして生きる日々……。
正直、ササさんに拾ってもらった恩がなければ、この現場をぶん投げて、逃げ出していたところだ。
そんな最中に、ふとした疑問を覚えて、俺はたまたま自席の近くを通りかかったササさんを呼びとめる。
「あ、ササさん、ちょっとイイっすか?」
「なんだい、日野くん?」
「これなんすけど……」
画面を見せる。
質問したのは、スキルの優先順位。
スキルには様々な効果が用意されているが、中には当然のように矛盾するものもある。
例えば、干渉をなんでも無効化する【ダークルーム】と、【闇魔術】を無効化してしまう【ライトフィールド】の存在。
干渉をなんでも無効化するのに、【闇魔術】を無効化してしまう【ライトフィールド】は無効化できないという――そういった矛盾を孕んだスキルが、LIAには無数に存在する。
その優先順位をきちんとササさんに確認しておく必要を感じて、俺はササさんを呼び止めたのだ。
特に、こっちの勝手な思い込みで進めていくと、手戻りが発生した時に恐ろしいほどの工数がかかるしな……。
こういうのは、最初の内にきちんとやっておいた方がいい。
「基本は防御スキルの方が、攻撃スキルよりも効果の優先順位が高いってことでいいんですよね?」
「そう! じゃないと、攻撃スキル持ちの方が圧倒的に有利過ぎるからね!」
つまり、魔術を無効化する魔術の盾と、魔術による防御効果を無視する攻撃魔術が衝突した場合、この場合は魔術の盾が攻撃魔術を無効化して、ダメージを受けなくなるわけだ。
まぁ、この状態になっても、結局、ダメージを防いだというだけで、攻撃側はダメージを受けてないのだから、状況としては五分が維持される。
逆に、魔術の盾よりも、攻撃魔術の優先度が高ければ、魔術無効化効果を無視して、防御側に攻撃魔術が突き刺さることになる。
そうなったら、防御スキルを使う奴なんて誰もいなくなるだろう。
とんだクソゲーの出来上がりだ。
だからこそ、ササさんは、『防御スキル>攻撃スキル』にしろといったのだろう。
だが、そんなクソゲー的状況が生み出される状況がある。
「けど、コモンスキルよりも、ユニークスキルの効果の方が優先なんですよね?」
「ユニークスキルはやっぱり特別感が欲しいからね。当然、コモンスキルよりも優先度は上だよ」
つまり、コモンスキルによる魔術を無効化する盾と、ユニークスキルによる魔術防御を無視する攻撃魔術が衝突した場合には、魔術無効化効果を無視して、ユニークスキルによる魔術攻撃が相手に届くということになる。
その場合は、攻撃側が一方的に相手を嬲り続けることができるようになるわけだが……。
「プレイヤーはそれで納得しますかね?」
「むしろ、ユニークスキルに特別感があると喜んでくれるんじゃないか? というより、そうでもしないと防御系のユニークスキルが不憫になりそうなんでね」
なるほど。
防御系ユニークスキルに特別感を持たせるためにも、ユニークスキルとコモンスキルで格差が必要というわけか……。
「あぁ、ちなみに言っとくと、ユニークスキル同士であれば、さっきの『防御>攻撃』が成り立つからね。そこは間違えないでよ?」
「そういえば、特殊条件でしか取れない奥義スキルとかはどうしますか?」
「奥義スキルはねー。そう簡単に取れるもんじゃないからねー。そこは、より特別感を出して射幸心を煽ろうよ。だから、優先度的にはユニークスキルよりも上でお願い。やっぱり、苦労して入手することが予想されるし、そこはちょっとガッカリされるのとは違うと思うんだよねー」
つまり、まとめると、
奥義(防御)>奥義(攻撃)>ユニーク(防御)>ユニーク(攻撃)>コモン(防御)>コモン(攻撃)
といったところか?
「けど、一部例外も考えて処理は入れるようにしてね? 【ダークルーム】は防御系コモンスキルだけど、【ライトフィールド】には弱いとか……。一部の救済処置的なスキルの優先順位は個別で付けるようにお願いね?」
「そのへんの仕様がころころ変わるんで、一応、ササさんに確認しとこうと思ったんですけど……」
「あー、そのへんは正樹くんにも、臨機応変にって言ってあるからね。皺寄せがいってたらゴメンよ。まぁ、基本はさっき言った通りだよ。けど、一部の理不尽に強いスキルなんかには、カウンタースキルが有効になるような処理にしておいて欲しい」
「といっても、スキルは現時点でも膨大にあるんすけど……。宮本でも全部把握してるかどうか……」
「うーん。どれがどれのカウンタースキルになるのかわからないって話なら、そこは一時的に日野くんの判断で設定しといていいよ。本仕様が決まったら、修正できるようにしておいてくれさえすればいいから」
「仮決定ってことっすね。わかりました」
「うん、頼むよ」
■□■
「――ハハハ! なんだ、そんなものか! もっと抗ってみせろ!」
俺は、好戦的で野蛮な先代魔王が暗黒の森で暴れるのを見守りながら、ひっそりとそんな記憶を思い出していた。
ユニークスキルの中には、自身のステータスを何倍に跳ね上げるものがあったり、特殊な性能を持つユニークスキルも多数ある。
だが、一番厄介なのは直接攻撃できるユニークスキルだと俺は思っている。
なにせ、コモンスキルでは防ぎようがない。
防御系のユニークスキル持ちでもなければ、一方的な蹂躙が始まってしまう。
先代魔王はその典型だ。
ステータスも神に足を突っ込んでるので勿論高いが、それ以上にスキルがぶっ飛んでいる。
俺も彼女の機嫌を取りながら同行しているが、いつその矛先がこちらに向くかとビクビクしてるぐらいだ。
とりあえず、今は興味の対象をヤマモトに向かせることで、魔王によるパワーレベリングを享受して、徐々に強くなってはいるが……この綱渡りもいつまで続くものか。
「やはり、ユニークスキルを失ったのが痛いな。あれのせいで、計画をかなり修正する必要が出てきた。しかし、俺もアレになりさえすれば……」
そうなれば、ユニークスキルを失った失態も挽回できるはずだ。
…………。
いや、失態、か……。
俺は元々、ササさんに拾ってもらった身だ。
だから、ササさんの望むことはなんでも叶えたいと思ってきた。
だが、それで本当にいいのか……?
ササさんは、命の恩人だ。
それは間違いない。
だが、そんなササさんに付き合って、デスゲームに参加してるのは違うんじゃないか……?
死にたくなくて生きる道を選んだはずなのに、結局、破滅への道を辿っているような気がする。
いや――、
「このデスゲームに勝てば、それも問題ないか……」
俺はそう独り言ちて、静かに気息を整えるのであった。
■□■
【日下部視点】
「佐々木幸一……。こいつ、想像以上にヤバい奴だ……」
LIAというVRMMORPGが、デスゲームという名の監獄に変わって早四ヶ月近くが経とうとしていた。
その間に、我々警察ができたことについては、そう多くはない。
だが、それでもデスゲームを企んだとされる主犯の一人である宮本真咲の逮捕には成功していた。
現在、世間では残りの三人の主犯の逮捕に期待が寄せられている。
その主犯の逮捕には、デスゲームと化したLIAの中でも、特に最強と名高いプレイヤーであるヤマモトの協力を必要としていた。
彼女曰く、運営をデスゲームから排除するには、その運営の精神に負荷をかける必要があるらしい。
そのために、運営のトラウマとなるべき過去の出来事を捜査一課に頼んで調査してもらっていたのだが……。
その調査結果をみて、私は眉間に皺を刻むこととなったのだ。
「今の時代に地元の名士の息子? 逆らえる者はいない? 佐々木の一族が権力を握ってる……? 一体いつの話だ……?」
佐々木幸一はN県の地元の名士の一人息子として生まれたらしい。
生来より頭が良く、運動も出来、文武両道の優秀な息子として、将来は政財界にも打って出るのではないかと言われていたようだ。
だが、彼は性格が歪んでいた。
報告書にもいくつか、そんな歪んだ部分が垣間見える一文が載っている。
「互いに親友を名乗る同級生同士に『勝った方に十万円をやるから』と本気の殴り合いの喧嘩をさせた、と……。片方の同級生は失明する大怪我を負うも告訴には至らず……。なお、特記事項として、失明した同級生の親の勤める会社の社長が佐々木の叔父にあたると……」
恐らくは、親の解雇をチラつかせて、告訴しないように言い包めたか?
その後も、金と権力をチラつかせて、色々と問題を起こしていた記録が続く。
だが、いずれも問題が表面化はしていないようだ。
どうやら、佐々木幸一の生まれた土地は昔から佐々木の一族が支配してた土地らしく、佐々木の血縁者が軒並み権力者であり、誰も佐々木に逆らえないという土壌があったらしい。
本当に現代の話か、と疑うような話だが、そういう地域はまだこの日本にも残っているということなのだろう。
そんな佐々木は大学は地元を出て、東京にまで上京している。
そこでは、生来の歪んだ性格を出さずに、大人しくしていたようだ。
大学は院まで進み、専攻は脳科学と最先端デバイスにおける医療の可能性というものを学んでいたらしい。
恐らくは、この辺の知識がデスゲームに繋がってくるのだろうか……?
わからないが、関係はありそうだ。
院を卒業後、佐々木は地元に戻らずに東京の会社に就職。
だが、一年もの間に三社も鞍替えし、いずれも半年も経たずに辞めている。
辞職の理由については、職場内のトラブルが原因のようだ。
どうやら、佐々木はどの職場でも真剣に仕事に取り組んでいない社員に対して、真剣に仕事を取り組むように詰めていき、揉めたらしい。
例えば、タバコ休憩でしばしば離席する社員。
そういった相手には、タバコ休憩の総時間をカウントしておいて、通常の社員との一週間分の仕事時間の差をグラフ化して可視化し、その分残業を行うようにと強要していたことが報告書には記載されている。
結論としては、佐々木がやりすぎたせいで何人かの社員が辞めることになり、その責任を取らされて、佐々木もクビになったという話のようだ。
ここまで資料を見て思うのは、佐々木は相手に真剣さだとか、本気だとか、そういうものを求め過ぎてるキライがあるということだろうか?
金を渡して親友同士の喧嘩をさせたのも、本気での感情のぶつかり合いを見たかったからか?
会社でのトラブルも、自分が真面目にやってるのだから、お前たちも真面目にやれと強要してる節があるようだが……。
「何事も本気で取り組むことを好み、その本気を相手にも強要する――それが今回のデスゲームの原点か? 人を殺し合わせることが目的なら、佐々木たちがデスゲームに参加する意味がないし……根は真面目な男なのか? いや、真面目に過ぎるが故に歯止めが効かない? だが、真面目というにはやってることがぶっ飛んでいる……」
捉え所がないというのが正直な感想だ。
そんな佐々木の転機が訪れたのは、三社目の会社を辞めて、一年程経った頃だ。
彼は急に会社を設立する。
しかも、今まで勤めていた会社とは縁もゆかりも無いゲーム開発会社である。
「母体は、母校のゲーム開発サークルを買い取って、本格的に会社にした形か。この空白の一年の間に佐々木は何をしてたんだ? それに、その頃から佐々木の腹心として、急に日野優という男が現れる。この日野という男も得体が知れないな……」
佐々木は調べるのに時間がかかったが、それでも調べれば何かしら情報が出てくる男だった。
だが、この日野については何もない。
まるで、幽霊か何かのように急にこの時期になって、佐々木の隣に現れるのだ。
過去の経歴などは一切不明。
日野の情報を探ろうとしても、株式会社ユグドラシル勤務以前の情報がまるで見つからないと報告書に書いてある。
恐らくは、佐々木の空白の一年の間に何かがあって、日野と知り合いになったのではないかと予測されるが……詳しいことはわからない。
そして、その事情がわからないと、日野という男を精神的に追い詰めることが難しくなってくる。
なにせ、
どういったことに精神的負荷を感じるのか、といったことがまるでわからない。
そうなると、ヤマモトの方も苦しくなってくるだろう。
ただ、ユグドラシル社内での日野評を見る限りでは、佐々木に心酔していたようだし、そこを攻めることで突破口が開ける可能性はあるか……?
それにしても、佐々木幸一に日野優か……。
「ただのゲーム会社の社員にしては、少々異質な感じがするな……」
それは、刑事の勘というものだったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます