第365話

「まぁ、ちょい厳しく言い過ぎたな」


 続く言葉が見当たらなかったジェイスに向けて、タツが器用に「すまんな」とこうべを垂れる。


 うん、大蛇のお辞儀って初めて見たかも。


「ちゅうか、ワイらも初日に皆が一斉に一致団結するとは思うてへんかったし、ヤマちゃんのブレーキ役として、優秀な人材がおればワイが楽できるなぁと思うてただけやし……。まぁ、最悪四日の猶予があれば、フェンリル相手やったら届くんとちゃうかなぁ? とは思うてたんやけどな」

「四日で何が変わるっていうんだよ……」

「ん? 中級のコモンスキルやったらレベル8ぐらいまでは育てられるんとちゃう?」

「はぁ……?」


 理解できないと歪んだジェイスの顔が、だけど、次の瞬間には全てを悟ったような表情になる。


「まさか、戦闘の中で強くなれって言ってるのか!?」

「戦闘の中ちゃうやろ。【ダークルーム】に逃げ込めるんやし。戦闘の中断が挟まるんやったら、スキルレベルはその時点で上がるはずや。それは、ミチザネ戦でも実証済みやしな」


 スキルレベル……。


 確かに、格上のモンスター相手に戦うとスキルレベルは上がりやすいとは言われてるけど……。


 四日の猶予というのは、フェンリルとの戦闘を通して、スキルを成長させろということだったの……?


「ワイらとしては、B級レベルの冒険者が、この入団試験に集まると予想しとった。ステータスに関しては、大凡100前後……ジェイス、お前もそんなもんやろ?」

「それがどうした!」

「そして、今回出てきたフェンリルは、ステータス平均でいえば、300前後や。バフ含めれば、400にも届くんちゃうか? それぐらいの差があったんや」


 こちらのステータスの三倍や四倍!?


 試験参加者の【鑑定】がたまたま運良く決まって、フェンリルというモンスターの名前まではわかったけど、ステータスを見ることはできなかった。


 けど、そんなにステータスに差があったなんて……。


 どうりで、ダメージが通らないわけだ。


「せやけど、その程度はユニークスキルでどうにかなるレベルやろ? リスクを背負う系のユニークスキルやったら、ステータス三倍以上のバフが付くもんも多いしな」

「そんなユニークスキル持ってるなら、こんな苦労はしてねぇよ!」

「……あ、私、三倍スキル持ちです」


 私のファンの貞◯ちゃんが手を上げてる。


 それを見たジェイスの顔は……なんだかとても面白いことになってる。


 とりあえず、落ち着こう? ね?


「おまっ、お前……、今ここでそれを言うのか!?」

「【薄命の剣】といって、体調悪い時限定ですけど……ゴホッ、ゴホッ……全ステータスが三倍まで上がりますね。体調はすこぶる悪いですけど……。あ、ムツにゃんを見てると癒されるから、そう悪くないかな……? うへへ……。ごほごほ……あ、血が出た」


 いや、どういうユニークスキル?


 アレかな?


 短命だったけど、剣の達人だったと言われてる沖田総司とかを意識したユニークスキルなのかな?


 安定してなくて、使い勝手は悪そうだけど……。


 あぁ、そのへんも含めて、リスクを背負うってことなのかも。


「た、たとえ! コイツが三倍スキルでステータスが三倍になったとしてもステータスが300程度になるだけだろ! 犬っころのステータスはバフ込みで400だとアンタは言ったな! この100差はどうする! ステータスに100もの差があれば、それは絶望的な差じゃないのか!」

「せやから、コモンスキルを上げればえぇやん?」


 どういうことだろう?


 ステータス差をスキルの性能で埋めるということ?


 私たちの注目を集めてる中で、タツが続ける。


「中級コモンスキルの中には、ステータスにパッシブでバフが付くもんがあるんや。例えば、初級コモンスキルの【夜叉】――これは、『時折、相手に与える物理ダメージを上昇させる効果がある』スキルやけど、育てていって中級スキルの【修羅】になったら、パッシブで物攻が1.25倍にまで上がるんや。更に、2の倍数のレベルで効果が0.05ずつ上乗せされてく――。最終的には1.5倍まで上がるコモンスキルやねんけど……知らんかったか?」

「そんな中級スキルがあるのかよ!? ……いや、あるのは知ってたが、俺が知ってるのは、物防に影響する【頑丈】ぐらいだ。けど、普通に考えればステータスの全てのパラメータに関係して、ひとつずつ同じようなコモンスキルがあると考えるのは当然か……」

「更に上級スキルの【毘天】まで取れれば、物攻のパッシブが最大で1.75倍にまで伸びるんやけど……まぁ、四日で上級スキルまで育てろっちゅうのはキツイやろから、中級スキルのレベル8で物攻パッシブ1.45倍くらいなら目指せるやろなーと、こっちは思うとったわけや」

「300ステータスの1.45倍というと……435? ギリではあるがフェンリルのステータスを上回る、のか……?」

「更に言うとやな、初級コモンスキルに【指揮】っちゅうのがある。これは、『仲間の力が時折上がることがある』っちゅう、ふわっとした感じの説明が書かれてるんやけど、これも中級スキルの【戦術指揮】まで上げられれば、自分以外の味方の全ステータスが1.25倍に上がったはずや。まぁ、こっちは永続ちゃうくて、スキル使用後からの三十分限定やけどな。それに、【戦術指揮】同士は重複せえへんから、持続時間のコントロールは必須なんやけど……。それやったら、リスクなしのユニークスキルでステータス二倍になる奴でもフェンリル相手に対抗できたとワイは思うとる」


 B級冒険者の平均ステータスが100程度だとして、ユニークスキルで2倍になったら、200。


 更に、【戦術指揮】を受けたら200の1.25倍……いや、多分、【修羅】同様にスキルレベルで効果が上がるんだろう。


 スキルレベル8ぐらいを想定するなら、1.45倍として……平均ステータスが290?


 そこに、更に【修羅】もスキルレベル8で取得できてることを想定してるのだとしたら、290の1.45倍だとして――平均ステータスが420.5。


 こちらもフェンリルのステータスをギリギリ上回ることになる。


 というか、三倍スキルで【戦術指揮】の恩恵を受けてる場合だったら、435の1.45倍で平均ステータスが630.75……?


 余裕でフェンリルを討伐できるレベルにまで到達するってこと……?


「確かに計算上はフェンリルの能力を上回ることができるかもしれない。けど、タツさん、あなたの今の発言には穴がある」


 饒舌に説明するタツに対して、そう声を上げたのは【黒姫】だ。


 その表情には若干の怯えが含まれてるように感じた。


「なんや? SPのことか? 言うて、初級のコモンスキルなんて、戦闘アシスト系のスキル以外はSP2しか消費せんで? まぁ、中級のコモンスキルやとSP4はいるんやけどな。そこは自分のビルドと要相談して……」

「そうじゃなくて! タツさんの理論だと、スキルレベルが上がるまで、ステータスが三倍も四倍も格上の相手に嬲られ続けなければならないじゃない! そんなの、痛みが現実と同じこのデスゲームの中で繰り返すことなんて不可能よ!」

「せやな。普通の奴には不可能やな。実際、痛みに負けて離脱したもんも多いやろうし。せやけど、ここにいる面子はちゃうやろ?」

「…………。それは……」

「なに抱えてるんかは知らんけど、現実同様の痛みを受けても、その程度で折れん精神性を持っとる。信念、負けん気、偏執的な好意、それとも現実に残してきたものが大きいんか? まぁ、なんでもえぇんやけど、何度殺されてもヘコたれん強さがある。その強さを精神性の強さだけで終わらせんで、本物の実力にできるかを見るんが、今回の試験の目的やったんや」


 アイドルユニット『年中夢中』の他のメンバーのためにも、なにがなんでも我武者羅にやってやるぞ、という気持ちはあった。


 けど、その気持ちを活かして具体的にどう強くなっていくのかを、私は考えてなかったのかもしれない。


 とにかく、諦めないでモンスターを倒して、レベル上げをしていれば、いつかは強くなれるものだと思っていた。


 けど、じゃなくて、必要なのはなんだ。


 特に、このゲームの全ての情報を握ってるであろう運営に、ノロノロとレベル上げを行っていては、いつか追いつくどころか、差が開く一方になってしまう。


 タツが言いたかったのは、気持ちが熱いのは結構、だけどそのハートを持ち合わせながらも、冷静に計算して動け……ということだったのかもしれない。


「つーことは、俺たち全員失格か?」

「なんでやねん。最終試験する言うたやん」


 確かに言ってたけど……。


 つまり、まだ可能性はある?


「最終試験はワイら、クラン・せんぷくのメンバー含めて、モンスターと戦ってもらう。ほんで、まぁ、ワイらの足を極度に引っ張ったりせんかったら合格でえぇわ」

「は? ……いや、最後になっていきなり簡単になってねぇか?」

「ワイらも暇やないねん! ちゅうか、これ以上、ここで足止めされても困るんや! せやから、最後は多少甘めにしといたる。ワイらとの違い、自分らに足りないもんは何かを考えながら戦ってみたらえぇ。あぁ、それと――」


 タツの視線がどこか遠くを……いや、私の後ろ……サイコパス美を捉える。


「――ヤマちゃん、もう演技はえぇで。それよりも手伝ってくれへん? フェンリルはともかく、流石にあの人型はワイらだけでは無理やわ」

「え? あ、うん。わかったー」

「「「…………。――――ッ!?」」」


 まともに喋った……!


「ちょ、ちょっと待て!? その変な奴はマトモに会話もできないんじゃねぇのかよ!?」

「ヤマモトに会話もできない……?」

「一言もヤマモトとは言ってねぇよ!?」

「あー、その変なのがウチのクランのリーダーのヤマモトや。【偽装】や【隠伏】で気配が掴みづらいから、なんとなく感覚で存在を覚えといてな?」

「無茶苦茶言ってやがる!?」

「そうです。ワタスが変なヤマモトです」

「そして、存在感は薄ボヤけてやがるのに、変人さはクッキリわかるのは何なんだ!?」


 ヤマモト……デスゲーム開始直後からEOD殺しと言われ、ずっとトッププレイヤーの一人として話題が途切れなかった存在。


 そして、遂には運営の一人さえも倒したと言われる、最強のプレイヤー……。


 やはり、その存在感はそこに居るだけで傑出して――、


「変なヤマモトだから〜、変なヤマモト〜。変なヤマモトだから〜、変なヤマモト〜」

「お姉ちゃん、やめて!?」


 ……なんだろう。


 確かに存在感はあるんだけど、思い描いてた雰囲気と違う……!

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