第364話
【如月ムツミ視点】
クラン・せんぷくの入団試験が始まって、既に五日が経った――。
最初は百七十人近くいた入団希望者も、今となっては十八人に減り、互いの能力もある程度把握できる状態となってきた。
力を把握するという意味での入団試験であれば、既に終わっていてもおかしくないのだが、それでもまだ入団試験は終わらない。
クラン・せんぷくが一体何を考えて、この試験を続行してるのかはわからないが……それでも終了が言い渡されないのであれば、私たちは頑張るしかないのだろう。
こうなってくると、こちらも意固地になってくる部分もあるし……。
私は【ワールドマーケット】で、折れた剣の代わりを探しながら、周囲の様子を確認する。
……それにしても、人が減った。
まだ二日目の時点では、寄生プレイヤーも数多く残っており、それなりに人数がいたはずなんだけど、今は見る影もない。
そして、あの時は私たちにもまだ勢いがあったのだと思い出す。
なにせ、朝起きたらフェンリルの数が減っていたのだ。
どうやら、この進化の塔では、挑戦者の戦力が減ると、それに合わせて敵の戦力まで減るらしい。
おかげさまで、今はフェンリルが二体と椅子に座り続ける少年一人を倒せば良い状況にまで事態が好転してる。
…………。
いや、これは好転してると言っていいのだろうか……?
なんとかフェンリル二体が相手なら、死なない程度の立ち回りはできるようになってきた。
だけど、相変わらず、フェンリルを倒す目処が立っていない。
こちらの攻撃力が、どうしても低過ぎるので倒し切れないのだ。
それに加えて、フェンリルと長期に渡って戦ってきたせいか、装備もボロボロになっていて勝ち筋が見えない。
普通のプレイヤーであれば、この時点で攻略を諦めて脱落してることだろう。
事実、何もせずに【ダークルーム】に居座っていた寄生プレイヤーの多くは、三日目には進化の塔から脱出してしまった。
誰かが倒してくれるだろうとタカを括っていたのだが、誰も倒してくれず、尚且つ、倒せる目処が立たないことを悟ったのだろう。
自分の利に聡い彼らは、時間を無駄に費やすよりも、もっと簡単でお手軽にオイシイ思いをする方法を求めて、この場を旅立っていったのだ。
ジェイスはそんな彼らにキレ散らかしていたけど……。
正直、私も言葉には出さなかったけど、同じ思いだ。
でも、逆にいえば、やる気のあるプレイヤーだけが、その場に残ったと言えよう。
私たちは全員で話し合って、四日目には残ってる者たちで総力戦を仕掛けることにした。
それこそ、消費アイテムやスキルなども出し惜しみなし。
それで、少なくとも一体のフェンリルを倒そうと……そういう計画を立てた。
だけど、総力戦を挑んだのにも関わらず、私たちは一体のフェンリルも撃破できなかった……。
この事は、残っていたプレイヤーたちに相当な衝撃を与えた。
なにせ、クラン・せんぷくの入団試験に来たプレイヤーは、誰もがそれなりに腕に自信のあるプレイヤーだったからだ。
そんなプレイヤーたちがなりふり構わずに挑んで、なんの成果も上げられなかったというのは、彼らの自尊心をズタズタにするには十分だった。
この出来事をキッカケにして、心が折れたプレイヤーが大勢脱落した。
結局、五日目になっても、この場に残り続けたのは、絶望を前にしてもそれらを認められない、もしくは、悪足掻きが得意なプレイヤーばかりなのだろう。
そう、私を含めて……。
「あのフェンリルの一頭を【テイム】できないかしら? それができたら、もう一頭のフェンリルは確実に倒せると思うんだけど?」
「流石に、力の差があり過ぎて上手くいかないネ。ヤれるとしても3パーセントとか、そんな数字ヨ?」
「ガチャの最レア当てるよりも高い数字なら、頑張ればいけるんじゃない?」
「何度も繰り返しチャレンジだな!」
「問題は、その隙を俺たちが作り出せるかってことだと思うんだけど……」
「……やってやれないことはない。……と思いたい」
【ダークルーム】の片隅で、そんな風に相談してるのは、こちらも諦めが悪い【黒姫】パーティーだ。
彼女たちは、この絶望的な状況下でも、決して折れず、腐らず……最初は死ぬことにショックを受けて足を止めていたが……今では率先して、戦闘メンバーの回復やヘイト管理なんかを引き受けてくれる縁の下の力持ちだ。
正直、彼女たちに離脱されてしまったら、回復役がいなくなってしまうので、彼女たちがここまで残ってくれることは非常に有り難いことであった。
そして、諦めが悪いといえば、この男――。
「くそっ、【ワールドマーケット】を探しても、ロクな武器がねぇな! このままじゃ、あの犬っころを倒せねぇっての!」
「剣に拘るから見つからないんだろう。剣以外で探してみたらどうだ」
「いや、哲の兄貴……。俺は剣のスキルしか持ってないんで……」
「案外と振り回してみたら、手に馴染むということはある」
「いや、麺棒で戦う哲の兄貴に言われると、説得力がパネェけど……。流石にそれは違うぜ。如何に性能が優れた武器だといっても、当たらなきゃ意味がねぇ。そして、当てるためにはスキルの補助がいる。俺はやはり剣を選ぶぜ」
「そうか」
――そう、ジェイスだ。
彼はいつの間にか仲良くなったらしい蕎麦屋の哲と話し合いながら、新たな相棒を探してるようだ。
私も良い剣が見つからないなら、剣以外の武器で戦おうと思っていたから、ジェイスの言葉はちょっとためになったかもしれない。
そして、諦めが悪いのとは別に、四日目の失敗を受けてなお、何も感じてないような図太い神経のプレイヤーたちもいる。
「はぁ……。リアル烏は怖ぇけど、召喚烏は可愛いなぁ……。猫の次は鳥でも飼おうかなぁ……。インコとかどうかなぁ……」
「それ大丈夫ですか? 猫さんに食べられちゃわないですか?」
「あぁ、その問題があるかぁ……。ウチの猫ちゃんたちはヤンチャなのも多いからなぁ……。はぁ、ココはゲームの中だけでも、烏さんを愛でて癒やされよう……。おー、よちよち……」
「あんまりキツく抱き締めたりとかはやめて下さいね? 烏さんも嫌がっちゃいますから。あと、爪と嘴にはなるべく注意して――」
あそこだけ、触れ合い動物王国になってるんだよね……。
猫好きのカリカリと、よくわからない烏使いの女の子。
烏使いの女の子は、毎回戦闘に参加するってわけじゃないけど、要所で戦闘に参加しては烏を使って敵の視界を塞いだり、相手の攻撃の邪魔をしたりしてるみたいで、それなりに活躍してる。
ただ、烏がやられちゃうと、再召喚までに時間がかかるらしくって、そのせいで常に戦闘に参加してるわけじゃないみたい。
何にせよ、彼女も補助系。
今欲しいのは、フェンリルを倒し切るだけの
そういう意味では、【弓聖】ファニルのパーティーが残っているのは朗報だろう。
「「「…………」」」
まぁ、無言で仏頂面を貫いて、今も三人揃って座禅を組んでるので、近づき難い雰囲気はあるんだけど……。
彼女たちは武人を標榜してる集団で、ポニテ茶髪の【弓聖】ファニルをリーダーに、阿形、吽形というスキンヘッドの巨漢が脇を固める超攻撃型パーティーだ。
なにが超攻撃型かというと、彼女たちは全員が盾役だとか、回復役だとか、斥候役だとか、そういう役割を一切兼任することなく、全員が生粋の
それはパーティーの意味があるんだろうか? とは思うけど、この状況では正直ありがたい。
そんな彼女たちは、モンスターとの戦闘にもこだわりを持ってるらしく、決して三人全員で戦おうとはしない。
どうも、大多数で一体のモンスターをボコボコにするのは、武人の流儀に反するらしく、必ず戦闘の際にはパーティーメンバーから一人を選んで、戦闘するというスタイルを貫いているようなのだ。
昨日の総力戦の時も、吽形一人しか加わっていなかったから、それにジェイスがまた切れてたけど……。
流石に、この人数になってきたからには、三人全員が揃って戦わなければならないと思うけど……。
どうなんだろう……?
あぁ、それと良くわからないといえば、【ダークルーム】の片隅にいるサイコパス美と天王洲アイル……そしてその二人の様子をじっと窺う風魔というプレイヤーもよくわからない。
いや、風魔が考えてることはなんとなくわかるかな。
多分、サイコパス美を警戒してるのだ。
けれど、サイコパス美に関しては、本当によくわからない。
最初は言葉の通じないおかしなプレイヤーかと思ってたけれど……。
その割には毎回戦闘の前にフェンリルの何体かを引き付けて、戦闘の負荷を軽くしてくれてるし、複数体のフェンリルに追われても、平気で逃げ延びて【ダークルーム】に帰ってくる逃げ足の速さも持ってる。
正直、かなりレベルの高いプレイヤーなのではないかと疑ってるんだけど、カリカリもサイコパス美なんて名前のプレイヤーは知らないという。
つまり、有名プレイヤーではない影の実力者ということなんだろうか?
でも、あの特徴は、放っておいても有名になりそうな気がしないでもないんだけど……。
うーん、謎だ。
そして、そんなサイコパス美と平気で付き合えてる天王洲アイルも、かなりおかしな存在だと私は考えてる。
だって、普通、会話も成立しない相手に向かって、あんなに愛想を振り撒いて甲斐甲斐しく世話できないよ。
かといって、本人がぶっ飛んだ性格かというと、そうでもないし。
話してみた感じでは普通。
むしろ、何故、あんなにサイコパス美と普通に付き合えてるのか、不気味に感じるぐらいに普通だ。
そういえば、不気味といえば、もう一人不気味なプレイヤーもいる。
「うへへ……、ゲホッ、ゴホッ、ゲホゲホ……」
ずっと、こちらを見つめているだけの髪の長い女性プレイヤー。
前髪も長過ぎて、まるで貞◯みたいなんだけど、れっきとした人族プレイヤーだ。
そして、私の熱心なファンでもあるらしい。
この間は、近づいてきて小声で何かを訴えかけてきたので、呪い殺されるのかと思ったけど……。
どうやらファンであることを熱心に伝えてきてくれてたらしい。
私もファンは無碍にできないから、「ありがとう」と返したんだけど……。
それから、四六時中、ずっとあんな感じでストーカーされてる……。
別にいいんだけど、戦闘中に私を見て、よそ見するのはやめて欲しい。
普通に死んじゃうからね?
「きょ、今日は体調がいつもより悪いから……、うへへ、色々と捗りそうです……」
「そうなんだ……」
えーと、なにが捗るんだろう……?
聞きたいような、聞きたくないような……。
まぁ、そんな感じで残ったのが十八名。
今日はそんな十八名でどうやってフェンリルを倒すのか、まずはその話し合いを行おうと思ってたんだけど……。
「悪いんやけど、次の戦闘を最終試験にすんで」
五日目の朝早くから、タツというクラン・せんぷくの監督役からそう宣言されてしまった。
まだフェンリルを倒してないのに何故? という思いと、ようやく終わるのかという安堵した思いの中で、私はタツの衝撃的な発言の意味を考える。
だが、答えが出るよりも早く、タツから漏れ出た一言に全員が驚愕する。
「四日もあれば、普通にフェンリルくらいは倒せる思うてたんやけどな。アカンかったか」
え、倒す……?
あのフェンリルを……?
総力戦でも一体も倒せなかったのに……?
「フカシこいてんじゃねぇぞ! フェンリルは俺たちが全力で戦っても倒せなかった相手だ! それをたった四日程度で倒せるようになるわけがないだろ!」
タツの言葉にジェイスが激昂するけど、
「それは、毎日、チマチマと戦って弱くなってったのが原因やろ? 四日目で総力戦をやるのは、流石に判断が遅かったんとちゃうか?」
「ぐっ……!?」
……確かに。
試験参加者はいつでもフェンリルに挑めるとあって、個々人がバラバラのタイミングでフェンリルに挑むことが多かった。
結果として、無計画に挑みすぎて、四日目の時点で既にみんなの装備はボロボロだったし、実力者といわれるプレイヤーも数多く抜けてしまった後で、機会を逃してた感は否めない。
総力戦を仕掛けるなら、初日のタイミングがベストだったんだろうか?
だけど、あの時は互いのことをまだ知らなかったし、寄生プレイヤーを利することにもなったし、なかなかまとまって行動することもできなかった……。
いや、だからこそ、誰かが強烈なリーダーシップをとる必要性があったのかもしれない。
そして、タツはそこを見てたということ?
「確かに、俺たちの判断は甘かったかもしれねぇ……。けど、だったら、この試験は初日ぐらいしか合格の手段がねぇってことになる! 流石に、それは厳しくねぇか!?」
「その言葉、初見殺しのチート技みたいなんをやってくる運営にも同じこと言えるんか? 追い詰められながら、いきなり初見殺しはズルいやろって、そう言うんか?」
「そ、それは……」
タツの厳しい物言いに、流石のジェイスも口を噤むしかない。
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