第363話

【シーザ視点】


 元々、セルリアン領は荒れやすい土地ではあった。


 農耕地が不足し、食糧は万年不足気味な上に、食糧自給に関しては隣の領地であるヴァーミリオン領や海遊都市マーマソーに頼っている状態。


 当然、裕福な土地柄ではない。


 そして、資源といえば、魔王国全体を見ても珍しい寒冷地のモンスターがいるくらいだ。


 彼らを倒すために、モンスター討伐を得意とする冒険者あらくれものたちがセルリアン領に集ってくる。


 貧しい大地に、素行の悪い冒険者たちが流入してきた結果――セルリアン領はそれなりに荒れやすい気質の土地となっていた。


 それこそ、食いっぱぐれた冒険者たちが人質をとって、酒場に立て籠もるような事件が、それなりの頻度で起こるくらいには荒れているのだ。


「坊っちゃん、如何致しますか?」

「そうだな……」


 酒場の周りには騒ぎを聞いて集まった野次馬も大勢いるが、多くの者は無関心だ。


 無関心というか、こういう事態に慣れてるのだろう。


 またか、といった気配を感じる。


 そして、領兵もまだ現れていない。


 本来なら、いち早く駆けつけて然るべきだが、立て籠もってる場所が場所だ。


 十分に酔わせて冷静な判断ができないようにさせてから、踏み込もうとでも考えているのだろう。


 呑気なものである。


「坊っちゃん、悠長に考えてる時間は御座いませんぞ。エレオノーラ嬢はアレでも女性です。連中が金と女を要求している以上、連中にいつ酷い目にあわされるかわかったものではありません……」

「わかっている」


 だが、アレを女性として見るのはどうなんだ?


 見た目はどう見てもただの子供だし、恐らく立て籠もってる冒険者たちも子供を人質にとったぐらいの感覚でしかないのではないだろうか?


 そう考えると、少し安心できるな……。


 と思っていたのだが――、


「私のように、幼児愛好趣味の者ロリコンが中にいるやもしれません……! 救出するなら急いでください……!」

「それは、助け出した方が危ないのでは……!」


 なんというカミングアウト!


 くっ……、「昔、セルリアン家の庭師をやっていた関係もあり、隣に家を用意しましたので、存分にお使い下さい」と言ってくれていたセルゲイなのに……。


 まさか、家を用意した目的はエレオノーラを近くで愛でることだったのか……!


 おのれ……!


「冗談はさておき――」

「冗談……?」


 いや、本気だっただろ?


 私は騙されないぞ……!


「相手は酒場に立て籠もり、金と女を要求しております。そして、中には人質もいる。坊っちゃんはどうやって、エレオノーラ嬢を救出するおつもりですか?」

「それは……」


 エレオノーラが人質として捕まったと聞いて、居ても立ってもいられずに駆けつけてしまったが、具体的な作戦など何も考えていなかった。


 しかも、金と女という二つの要求は私とは縁遠いものだ。


 用意することすら難しい。


 さて、この状況、一体どうすべきか……。


「やぁやぁ、お困りのようだね。手を貸そうか?」

「貴様……」


 私が悩んでいたら、ヘラヘラと笑いながらイザクが近付いてくる。


 コイツの顔は見たくもないが、コイツの力は有用だ。


 そして、エレオノーラのためなら、私はコイツにいくらでも頭を下げられる。


 気持ちを落ち着け、イザクの目を見て話す――。


「そうだな。すまない。お前の力を貸して欲しい」

「ありゃ? 存外に素直? まぁ、いいんだけどね」


 コイツのユニークスキルが私の想像する通りのものであれば、この状況をいとも簡単に覆せるだろう。


 それだけ、私にとってエレオノーラは大切な人なのだ。


 だからこそ、万全を期したい。


「それだけ簡単に態度を軟化できるってことは、そのメイドさんは、やっぱりシーザのイイ人なの?」


 問われて考える。


 イイ人の意味は恐らく、恋人に類するものを期待しているのだろうが……。


「エレオノーラは、幼い頃から私の世話役として付いてくれていた女性だ。その存在は恋人というよりも、姉という感覚に近い」

「ふぅん? お姉さんねぇ?」

「あぁ、肉親を助けたいと必死になるのは当然のことだろう?」

「まぁ、そういうことにしといてあげようか」


 イザクの含むような物言いに、少しだけ引っかかるものを感じるが、今は言い争いをしてる場合ではない。


 とにかく、今はいち早くエレオノーラを救出することが先決だ。


「それで? エレオノーラさんだっけ? を助ける作戦はあるのかい?」

「そんなものがあるなら、こんな所でまごついてなどいない」

「賊は金と女を要求しております。交渉に応じるフリをして、正面から乗り込んでみては如何でしょうか?」


 セルゲイの作戦は悪くないように思えるが……。


「私が乗り込むことで相手を刺激しないか? 女ではなく、男が来たということで険悪な雰囲気にはしたくないのだが……」


 特に相手は酔っ払いだ。


 彼らが相当にできあがっていたのなら、理屈が通じない可能性もある。


 そして、彼らの機嫌を損ねてしまうことで、エレオノーラに危害が及ぶことは避けたい。


 できるならば、彼らを刺激しない形で彼らに接触し、エレオノーラを救出したいのだが、何か良い手は……。


「なんだ、簡単じゃないか」

「簡単?」


 イザクのあっけらかんとした態度に私は眉根を寄せるのだが、イザクは私の腕を強引に掴むと――、


「少しシーザを借りるよ」

「おい、貴様、私をどこに連れて行く気だ! おい、離せ!」


 ――無理矢理路地裏へと引きずり込まれるのであった。


 ■□■


 十五分後――。


「まさか……、シーザ坊っちゃん……?」

「クソ、なんなんだ、これは……」


 イザクにようやく解放された私は路地裏を飛び出し、再会したセルゲイに目を剥かれる。


 それもそのはず。


 私はイザクのせいで、化粧をされ、髪を整えられ、そして……女物の洋服を着せられていたからだ。


 つまり、女装させられていたのである。


「いやぁ、元がいいから似合うと思ってたんだよねぇ」


 そう言って、路地裏から出てくるイザクもキャップを取り、パーカーと革のズボンを脱ぎ、長い金髪をなびかせて、黒のワンピースに着替えている。


 こう見れば、まるでどこぞの貴族の令嬢のように見えなくもない。


 ……いや、本当に令嬢なのか?


 だが、どう見てもイザクは胸元が隆起していない。


 本当に、コイツは男なのか、女なのか、どっちなんだ……?


「えぇっと、シーザお嬢様……?」

「坊っちゃんでいい。というか、なんで呼び名が変わる……」

「いえ、あまりにお似合いでして……」


 そんなにか?


 正直、そう言われても嬉しくないし、複雑な気持ちなのだが……。


「まぁ、立て籠り犯が女と金を要求してくるんだったら、ボクたちが女になって褒賞石を持っていけば、相手にも警戒されないよねって作戦なんだけど……どうかな?」

「だから、私に女装をさせたと……?」

「女装って言い方は嫌だなぁ。変身だよ、変身。相手を欺く技術さ」

「いや、イザク様、お見事で御座います。お嬢様をここまでお美しくされるとは……。このセルゲイ、趣味趣向が変わってしまいそうですぞ!」


 なぜだろう……。


 背中に嫌な汗が流れて止まらないのだが?


「まぁ、変態さんの意見は置いといて。はい、これ、褒賞石。コレ持って、酒場に乗り込もうか?」


 そして、イザクはどこまでもマイペースだ。


 コイツはなんなんだろう……。


 どこか大物の感じがあるな……。


 そして、結構巨大な褒賞石を無造作に渡すんじゃない!


 これ、かなり高価な奴だろう!?


 そういうのを一般庶民となった私に、気軽に渡さないでくれ!


「それで……乗り込んでどうする?」


 気持ちを落ち着けるため、平静を装って尋ねる。


 これだけあれば、かなり暮らしも楽になるんだが……。


 …………。


 えぇい、邪な考えは持つんじゃない!


「人質と交換だと言って、ボクたちが人質になればいいさ。人質さえ救出できれば、後はその場で暴れるだけだしね」

「なるほど、わかりやすいな」

「ふぉぉぉ、キリッとした美女と清楚の極みのような美少女の組み合わせ! このセルゲイ! ここに魔道カメラを持ち合わせていなかったことを非常に後悔しておりますぞぉぉぉ!」


 転げ回って無念を示すセルゲイは置いといて……。


 私たちは、人混みを抜けて酒場へと向かう。


 その際に、男たちの多くの好奇の視線に晒されることになるが……これもエレオノーラを助けるためだ。


 我慢だ、我慢……。


「要求通り、褒賞石かねと女がやってきたぞ! 入り口を開けてもらいたい!」


 酒場の入り口に着いたところで、イザクが声を張り上げる。


 酒場の入り口は本来ならば、スイングドアひとつで誰でも簡単に出入りできるようになっているのだが、今は樽とテーブルが積み重ねられて、簡易的なバリケードが作られているようだ。


 そのために、中の様子もわからずに強行突破がしづらくなっているのだが、中からは外の様子を窺うことができるらしい。


 すぐにガタガタとバリケードを崩すような音が聞こえてくる。


 やがて、バリケードの一部が解放され、私たちでも通れるような隙間が開けられると、低い声で「入れ」と中から告げられる。


 私たちは軽く視線を交わすと、頷き合ってからその隙間へと足を進ませる。


 ……うぅむ。


 なんだろうな?


 どことなく頼りなさを覚えるのは、衣装がこんなにもヒラヒラしたものだからだろうか?


 というか、何故イザクはこんな衣装を【収納】にしまってるのか?


 本当に女なのか? アイツ?


 いや、単なる趣味という可能性も……。


 だが、それにしてはキャップを脱いで長い金髪を靡かせたイザクの姿は、姫という言葉が似合うほどに美しい。


 だとすると、やはり女なのか?


 だが、女としての丸みだとか、凹凸だとかそういったものがどこにも見あたらないのはどういうことだ……?


 やはり、アイツは謎のオトコオンナだな……。


「グホホホ、本当に女、金、来た……!」

「奥、進め……!」


 酒場に入った私たちを迎え入れたのは、身長二メートル近くもある黒い毛をした猿の魔物族だ。


 恐らくはデビルエイプ種族か。


 腕が長く、力と素早さ、そして器用さに長けた魔物族である。


 とりわけ、デビルエイプ種族は魔防も高く、素早さにも優れるため、倒し難い相手として知られていた。


 一応、彼らには大規模破壊攻撃などはないため、殲滅力、破壊力などはそう脅威ではない。


 ただ、群れでの連携が厄介なタイプだ。


 酒場を簡単に占拠できてしまったのも、それなりに数がいて、連携が取れていたためだと考えられる。


「ボス、二階奥……!」

「進めぇ……!」


 確認しただけでも、八体はいるか。


 戦うとしたら、そこまで相性の良い相手でないから気乗りはしないのだが……。


 それでも、エレオノーラのためであるというのなら是非もない。


 軋む階段を上って、一階のホールが見渡せる二階のホールへ――。


 そこの入り口に衛兵よろしく立っていたデビルエイプが、ついてこいとばかりに顎をしゃくり上げて私たちを誘う。


 そのデビルエイプに従う形で、酒場の二階奥に辿り着いたところで、私は眉間に皺を寄せていた。


 酒場の二階奥にいたのは、デビルエイプよりも更にひと回り巨大な体躯を持つ猿型の魔物族だったからだ。


 ソイツがガパガパと樽に注がれた酒を呷っている。


 恐らくは、デビルエイプ種族の統率個体か?


 キングやエンペラーというレベルではないだろうが、ジェネラルやコマンダーといった特殊個体には見える。


 纏っている雰囲気からして、ただのデビルエイプではないだろう。


 そして、そのすぐ隣に、目深にフードを被った怪しげな人物が立っている。


 あの者だけ、デビルエイプ種族とは無関係のように見えるが……何者だ?


「ボス、女、金来た……!」

「グブブブ、良く来た……! 綺麗な女……! もっと顔を良くみたい……!」


 ボスと呼ばれた特殊個体が立ち上がる。


 そして、ゆっくりとした動作で近付いてくる。


 その間にも、私は周囲に視線を走らせる。


 エレオノーラはどこだ……?


 エレオノーラさえ救出できてしまえば、この連中に用はない。


 そのためにも、エレオノーラの居場所を探すのは急務であった。


 だが、どこかに監禁されているのか、エレオノーラの姿は見当たらない。


「こちらは要求を果たした。人質を解放してもらおう」


 私がエレオノーラの姿を探す間にも、イザクが迫ってくるボスに向けて毅然とそう言い放つ。


 その言葉に、ボスと呼ばれた個体も足を止める。


「そうだな……! おい、ガキを連れてこい……!」

「駄目ですよ、プラハ」


 ボスと呼ばれていた個体が、エレオノーラを呼び寄せようとするが、その行動をフードを目深に被った人物が制止する。


 この声の感じからして、男か?


 だが、この声はどこかで……。


「駄目……? 何故……?」

「だって、その女性……男じゃないですか」

「なに……! ――騙したか!」


 ビリィッ!


 プラハと呼ばれたデビルエイプのボスが、フードの男の言葉を聞いた瞬間に、イザクのワンピースの胸元を片手で引き裂く。


 そして、その視線をイザクの胸元に向けると――、


「胸ない……! お前、女違う……!」

「…………」


 ――そう告げるではないか。


 だが、その行動は恐らく考え得る中で一番最悪の選択肢だったのだろう。


「……あ゛?」


 今まであっけらかんと、それこそマイペースに振る舞っていたイザクの雰囲気が変わる。


 それこそ、一番近くにいた私が震え上がるほどに、恐ろしい気配がイザクから滲み出してくる。


 その気配はプラハにも伝わったようで、イザクよりもふた回りは大きい巨体が、たたらを踏んで後ろに下がる。


「プラハ、どうした?」

「コイツ……、ヤバい……!」

「何がヤバいと――」


 だが、フードの男の言葉が続くよりも早く、一瞬でプラハの上体が前に傾き、両腕が上を向く。


 まるで勢いよくその場でお辞儀をするような姿勢になってしまったプラハのその背には、胡座をかく形でプラハの首と腕に脚を絡めているイザクの姿があった。


 動く瞬間すらも見せないイザクの超高速移動。


 いや、止めたのか――。


 ……時を。


「ウギギギ……!?」


 プラハが痛そうに悲鳴をあげる中、上がったプラハの両腕をイザクが掴んで、ぐいぐいっと前に倒そうとする。


 まさか極まってるのか、その体勢で……?


 そんなプラハの悲鳴を聞くイザクの顔は、いつものフザけた態度が偽装であるかのように、恐ろしく真顔であった。


 それが、なんというか……より恐怖をかき立てる。


「男とか、女とかさぁ――……それそんなに大事かね?」

「プラハッ!?」

「ボクはさぁ――……、嫌いなんだよねー。女の子だから言葉遣いは丁寧にしなさいだとかさー、男の子だからナヨナヨするなだとかさー」


 プラハの上げられていた腕を、イザクが両腕で更に前方へと捻り上げていく。


 プラハ的には、もはや前に倒れるしか方法がない状態になりながらも、このまま前方に倒れたら、顔面から床に突っ込むことになるので、倒れまいとその場で粘っているのだろう。


 だが、相手は時を止められるバケモノだ。


 その粘りが何の意味をなすというのだろう。


「子供の言う事よりも親の言う事の方が正しいだとかさー、女の子なら胸はあるものだとかさ――、あるものだとかさぁ……、あるものだとかさぁぁぁ――! ……そういうイメージによる決めつけが……超絶嫌いなんだよねぇぇぇっ!」


 唐突にプラハの体が上空に跳ね上がった。


 そして、そのまま高速で錐揉み回転しながら一気に落ちてくる――!


 ドガァッ!


 次の瞬間には、図ったように頭から床に突き刺さるプラハの姿……。


 そして、イザクの姿は、いつの間にか私の隣にあった。


 コイツ……人質を取られていることを完全に忘れてブチ切れやがったな……。


「ふぅ、スッキリした……。シーザ、案内してくれたもう一体は頼むよ」

「ボス……! よくも……!」

「ったく、勝手に暴れないでもらいたいものだ――【アイシクルランス】!」

「グハッ!?」


 すぐさま襲いかかってこようとしたデビルエイプを氷の槍を射出して、壁に縫い付ける。


 魔法による直接ダメージは効きづらいが、こうやって物理で動きを封じるのは有効的だ。


 やれやれ、今回はこういう戦い方でいくしかないか……。


「【アイスバーン】!」


 二階の異変に気づいて増援が上がってこれないように、階段と二階ホールの落下防止柵にツルツルに滑る氷の膜を張ってやる。


 その効果はすぐに現れたようで、階段を駆け上がろうとして転んだデビルエイプたちが何やら揉めているようだ。


 ギャー、ギャーと喧嘩する声が階下から聞こえてくる。


「やはり惜しいなぁ。シーザのその機転の速さは隠遁させておくには勿体ないよ」


 一応、イザクの私への態度が変わってないことに、ちょっとだけホッとする。


 コイツの地雷はなるべく踏まないように気を付けねば……。


 チラリとプラハと呼ばれたデビルエイプに視線を向けて、心に固く誓う。


「くそっ、お前たち近づくなよ! これ以上、近づくようならここにいる人質の命は保証しないぞ!」


 そう言って、フードの男は近くにあった樽に向けて、剣を突きつけるのだが――、


「あぁ、そこにいたのか。おかげで探す手間が省けたよ。それにしても、女性を縄で縛って猿轡を噛ませて、気絶させた上で樽の中に放り込むだなんてなかなかの蛮行だね。……まぁ、もう助けたけど」


 ――剣を突きつけた次の瞬間には、エレオノーラの姿はイザクの腕の中にあった。


 やはり、コイツは他の奴らとは強さのレベルが違う。


 コイツなら、正面切ってヤマモトと戦っても、倒せるんじゃないか?


「あと、ついでに、その顔も晒しなよ」


 パチンッと、イザクが指を鳴らすと一瞬でフードが両断され、フードの男の素顔が露わになる。


 そして、その顔を見た私は――、


「お前は……!?」

「くっ……!」


 ――今回の事件の全容を悟ることになるのだった。


 ■□■


「大丈夫だったか、エレオノーラ?」

「シーザ様……、は、はい……」

「ぬぉぉぉ! キリッとした美女と涙目幼女の絡みがこれほどとは……! このセルゲイの目を以ってしても見抜けませんでしたぞぉぉぉ……!」


 地面を転がるセルゲイが、魔道カメラを持ちながら、パシャパシャと私たちの写真を撮り始める。


 その魔道カメラは、私たちが酒場で戦闘してる最中に買ったのか?


 …………。


 もう帰れ、お前。


「まぁ、コトは万事めでたしめでたしで済んでよかったよ。やっぱりこういうのは、ハッピーエンドがいいもんね」

「本当にハッピーエンドだったら良かったんだがな……」


 エレオノーラを救出した後は、私とイザクで残った連中を始末した。


 もちろん、あのフード男も【ニヴルヘイム】で氷漬けにしてやっている。


 これで一旦は問題の解決となったのかもしれないが、問題の根本が解決していないことを私は知っていた。


「なに? なんか引っかかる部分でも?」


 フードの男……アイツはセルリアン家の近衛騎士の一人だった。


 恐らくは、今回の騒動……裏で絵図を描いていたのは兄だろう。


 兄は既に、次期セルリアン家の当主となることが決まっているが、私と比べられて才覚がないと言われ続けてきた男だ。


 そのせいかわからないが、常に私に次期当主の座を奪われるのではないかと疑心暗鬼になっている。


 私には、そんな大それた野望などないし、魔法の研究を生涯続けられれば、それで構わなかったのだが、その思いは兄には伝わらなかったようだ。


 そして、私がセルリアン家を勘当されたことをいいことに、セルリアン家に逆らったメイドの粛清、そしてそのメイドを餌にして、私の暗殺を狙ってきたのだろう。


 魔防が高いデビルエイプを用意したのも、【氷魔法】を得意とする私への対抗策か。


 実際、イザクがいなかったら、今頃どうなっていたか……。


 もしかしたら、領兵がやってこなかったのも、兄が手を回したのか?


 そう考えると、状況は私が考えてるよりも切羽詰まっているのかもしれない。


「……そうだな。気が変わった。お前の提案に乗りたいが、大丈夫か?」

「えっ、それってディザーガンド貴族学園に来てくれるってこと!?」

「あぁ、もうこの領地には居られないからな……」


 今回の作戦の失敗を兄が知れば、兄はその作戦の失敗を成功で上書こうとして、益々厄介な計画を練ってくることだろう。


 それが、私だけを狙ってくるのであればまだしも、エレオノーラまで狙ってくるのであれば堪ったものではない。


 ここは、セルリアン家のお膝元であるセルリアン領で過ごすよりは、領外に出てしまった方が安全なはずだ。


 生活よりも、命――そういう判断である。


「領地には居られないか……。まぁ、そうだね……」

「あぁ、そういうことだ」


 イザクがどこか寂しそうな顔をしながら、目を伏せる。


 やはり、コイツはただの馬鹿ではない。


 一から十まで説明しなくても、私の気持ちを察してくれたようだ。


 そんなイザクの視線の先を辿ってみると……。


「ハァ、ハァ、ハァ……! び、美女と美少女の写真が撮り放題とか最高ですぞぉぉぉ! そして、お御足からのローアングルが素晴らしいぃぃぃ!」


 …………。


 いや、コイツがいるから、セルリアン領を出ようって話じゃないからな!?


 イザク、お前なんかちょっと勘違いしてないか!?


 そして、なんか優しい目でこっちを見るんじゃない!

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