第362話

【イザク視点】


 ――魔将杯予選、決勝トーナメント進出校が続々と決定!


 ――ヴァーミリオン領からは、名門ゴダ中央学園が危なげなく勝ち名乗り!


 ――今年も竜が強い! リュー領からはスー・クー竜学園が圧倒的戦力で優勝!


 ――百四十年ぶり快挙! チェチェック領はチェチェック貴族学園が大差で予選を制す!


「やはり来たか、ヤマモト」


 氷結都市ギザリアの領都で買った魔将杯の情報……都市間の情報を扱う魔法使いに褒賞石を渡して買ったものだ……を確認して、ボクはニヤリと笑みを深める。


 現在、ボクは砂漠都市フィザから、ヴァーミリオン領の領都、鉱山都市ゴダを経由し、セルリアン領の領都、氷結都市ギザリアまで到達していた。


 ギザリアは魔王国の中でも最北端に位置する大都市で、氷結都市の名の通り、一年の中でも地面が雪に覆われていない時期が短いことで知られる領地だ。


 そのため、農耕には向かず、この領地に住んでる人々は寒冷地に潜む凶悪なモンスターを退治して、その素材を出荷したり、いくつかあるダンジョンに潜ることで収入を得たりして生計を立てていると聞く。


 もちろん、農作業で生計を立てている者がゼロなわけではない。


 だが、どちらかといえば腕に自信のある者が集ってくるのが、氷結都市ギザリアの特徴なんだろう。


 ちなみに、このギザリア――距離的には、砂漠都市フィザが一番近いのだが、峻険な山々が行く手を阻み、セルリアン領に向かうためには、一度フィザから東にあるヴァーミリオン領を経由して、北上していくのが最適とされていた。


 つまり、本来はヴァーミリオン領から更に東にある王都ディザーガンドを目指すべきなんだけど、ボクは現在北上してセルリアン領に寄り道してたりするわけだ。


 多分、今頃ディザーガンドにある貴族学園のみんなはボクの帰還を首を長くして待ってるんだろうなぁ……。


 けど、ボクもワガママを言って、チェチェックの貴族学園に転入した身だ。


 何の手土産もなく、ディザーガンドの貴族学園に戻るつもりもない。


「一応、ヤマモトにも通用するであろう武器は手に入れられたけど……」


 ユズキとかいう商人……冒険者かな?……に出会って、固定ダメージを与える武器は手に入れたけど……。


 それだけじゃ、まだ足りない。


 ディザーガンドの貴族学園が確実に優勝するためには、もっと強力な手札が欲しい。


「お客さん、ホットワインのおかわりは如何ですか?」

「あ、大丈夫。ボク、そろそろ行くから」


 ボクは残っていた朝食を冷め始めたホットワインで流し込みながら、宿から慌ただしくチェックアウトする。


 この宿……外見からして流行ってない感じだったけど、食事やサービスは別に悪くなかった。


 というか、セルリアン領自体が活気に溢れた土地でないからか、どうしても寂れた印象に映ってしまうのだろう。


 宿から出てみて、街を見渡してみるけど、確かにどこか裏寂れた印象が拭えない。


 ギザリアに生きる人々は、芯の強さや温かさを持った人が多いと感じるのだけど……気候がこういう雰囲気にさせるのかな?


「さてと、昨日はまさかの門前払いだったわけだけど……」


 ギザリア領の最奥部に位置する豪奢な宮殿。


 それが、この土地を治める領主であるセルリアン卿の住まいである。


 そこに、昨日はアポなしで突撃してみたのだが、見事に門前払いをくらってしまった。


「セルリアン家にいる知り合いに会わせて欲しいって頼んだんだけど、そんな奴は当家に存在しないって断られちゃったんだよなぁ。そんなわけないって思ったんだけど……」


 街中を真っ直ぐに走る大通りから外れて、しばらくの間、曲がりくねる路地裏を進んでいく。


 やがて辿り着いたのは、街の隅にあるレンガ造りの二階建ての建物だ。


 先の宮殿とは見るべくもない、質素な建物。


 それでも、庶民が住むにしては、少し洒落た建物のようにも見える。


 そこが情報屋から手に入れた、ボクの探し人の所在地らしい。


「まさか、勘当されてるとは思わなかったなぁ……」


 呟きながらも、庭を抜けて玄関へ。


 獅子を象ったドアノッカーを乱雑に叩きながら、来客であることを告げると、やがて家の中からのそりとした足音が近付いてくる。


 やがて、ドアが半分ほど開かれ――、


「誰だ、こんな朝早くから……。私は魔法の研究を遅くまでやってるから、朝方の来訪はやめろとあれほど……」

「やぁ、シーザ・セルリアン。久し振り」


 ――問答無用でドアを閉められそうになったので、ボクはドアの隙間に足を挿し込む。


 ガタタッ!


 目一杯の力でドアを閉めようとするシーザと、ボクの靴の頑丈さがせめぎ合い、最終的にはシーザが折れるようにして力を弱める。


 まぁ、彼の目の奥は笑ってなかったけど……。


「イザク、貴様ぁ……。お前のせいで、私の人生は目茶苦茶になったんだぞ! 元々、私はセルリアン家の次男だから、家は継げない立場だ! だから、自分の身ひとつで魔王軍四天王の座に上り詰める必要があったというのに、どこの馬の骨ともわからないお前に負けたことでセルリアン家の恥さらしとして、父親からは勘当され、こんな街外れに潜まなければならなくなった! そんな状況で、よくも私の目の前に顔を出せたな……っ!」

「まぁまぁ……。あの後、ボクはヤマモトにも勝ったわけだし。シーザが弱かったってわけじゃないから、安心してよ。それより、ちょっと話をしない?」

「…………。……ヤマモトに勝った?」


 扉を閉めようとする力が弱まったかな?


 これならいいでしょ。


 ボクはドアの隙間から足を抜く。


「その時の話をするから、できれば中に入れて欲しいんだけど? あと、紅茶とお茶菓子ある?」

「…………。チッ、図々しい奴め」


 言いながらも、扉を開けてくれる。


 どうやら、招いてくれるらしい。


 ボクはシーザの気が変わらない内に、彼の家に入ることにした。


 ■□■


 シーザの家は言ったら悪いのだろうが……散らかっていた。


 床やテーブルの上に、資料や本が開きっぱなしで置かれているため、文字通り足の踏み場もないような状態なのだ。


 一応、軽く中身に目を通してみると、


「これは……【古代魔法】の研究?」

「勘当された身だからな。食い扶持くらいは自分で稼がなければならない。【古代魔法】は元々私の研究テーマだったから、今はその研究成果を魔術師ギルドに売って、生計を立てているんだ。……そのへんに座ってろ」


 手狭な木製のテーブルと椅子を指し示されて、ボクはその周囲に散らかっていた資料の紙を整理してから、椅子に座り込む。


「おい、勝手に整理するんじゃない!」

「そんなこと言ったって……。座る場所もカップを置く場所もないんだから仕方ないじゃないか」

「チッ、なんで私が貴様なんかをもてなさなければならないんだ……!」


 そう言いつつも、ちゃんと紅茶とクッキーが出てくるあたりが、育ちの良さを窺わせるよね?


 テーブルの対面にシーザも座って、不機嫌そうにボクを睨んでくるけど……まぁ、紅茶のお礼は言わないとね。


「どーもです。……というか、前に会った時とちょっと印象違うよね? 前はもっと坊っちゃん坊っちゃんしてたけど……なんか荒んだ?」

「貴様がそれを聞くか……! 私を追い込んだ、貴様が……!」


 あ、地雷だった?


 というか、シーザとは一ヶ月前に、学園の空中ラウンジで喧嘩をしただけの仲だ。


 仲が良いどころか、悪いまである。


 だから、こんなに態度が棘々しいのかな?


「追い込んじゃったようなら謝るよ。だけど、あの時の君はかなり追い込まれてたじゃない? 薬なんかに手を出してさー。あのままだったら、君の人生は破滅に一直線だったよ?」

「……黙れ。あの時はあぁするしかなかったんだ。どうしても勝たなければならない相手を前に、ほんの僅かな時間でも上回る力を手に入れなければならなかった。……だが、それも貴様にやられてご破算だがな!」

「へへへ、照れる〜」

「…………」


 シーザに汲んでもらった紅茶をゴクリと飲む間にも、シーザの顔はどんどんと真っ赤になっていく。


 なにをそんなに……。


 あっ。


「ボクが紅茶を飲む姿に見惚れた?」

「……殺すぞ? オトコオンナ?」


 なんだ、ボクの姿に欲情してたわけじゃないのか。


 というか、オトコオンナって酷くない?


 ボクだって少しはさー……。


「それで? 貴様はどうやってあのバケモノを倒したんだ? むしろ、あのバケモノをどうやったら倒せるんだ?」

「ん、んん? やっぱり、ヤマモトを倒す方法に興味ある? もしかして、今でも魔王軍四天王の椅子が欲しかったりするのかな?」

「私は父親に勘当された身だぞ? もし、今、魔王軍四天王になれるとしてもなるわけがないだろう? ……あの父親を喜ばせるだけになるからな」 

「なるほど。勘当を根に持ってると……」


 魔王国の貴族というのは、元々魔王国建国の際に初代魔王に力を貸した魔物族に褒美として与えられた身分だ。


 その身分は世襲制で、基本的には長男が引き継ぐのが通例。


 なので、シーザにしても家から追い出されて、やがては独立しなければならなかったはずだ。


 けど、それが真っ当な独立と勘当では全く話が違ってくる。


 まぁ、簡単に言うと、家との縁が切れる。


 普通なら資金援助や、人的援助を受けられるものが受けられなくなるし、本当に身ひとつで世間に放り出されることになるだろう。


 今まで貴族の子息として、蝶よ花よと育てられてきた青年が、世間の荒波に揉まれた結果――勘当した現当主を恨むようになるのも仕方のないことかな?


 まぁ、荒波に揉まれすぎて、性格まで荒んでるみたいだけど。


「ヤマモトを倒す方法を聞くのは純粋な興味からだ。私がいくらシミュレートしても成し得なかった事実をどうしたらできるのか……。研究者として研究の成果を追い求めるのと同じで、難題の答えを知りたいと思うのは、極自然な感情だろう?」

「ボクは研究者じゃないから知らないけど、ヤマモトの攻略法は簡単だよ。枠に嵌めちゃえばいいんだ」

「枠に……?」

「相手は魔王軍特別大将軍という上の立場なんだよ? 勝負を申し込めば、基本的にはこっちの出す条件を飲んで戦ってくれることになる。胸を貸してやる的な感じでね? だから、絶対に自分が勝てる勝負に持ち込めば、簡単に勝てるんだよ。シーザも筆記試験のテストの点数とかで勝負すれば、簡単に勝てたんじゃない?」

「それは……。いや、そうなのか……? だが、確かに転入試験の時に、私はヤマモトに筆記試験の点数で勝ってるか……?」


 腑に落ちないという表情でありながらも、心のどこかでは納得もしてるらしい。


 少しだけ考え込む素振りを見せる。


「ボクは自分のユニークスキルを使って、ヤマモトが絶対に勝てない勝負に持ち込んだ。結果として、ボクはあっさりとヤマモトに勝った。それこそ、君に勝ったようにね。それがボクがヤマモトに勝った方法だよ」

「……貴様のユニークスキルなら、確かに勝てそうだな」


 その口振りだと、もうボクのユニークスキルの正体は解析済みってところかな?


 たった一度見せただけだっていうのに、その正体を解析して、推測まで済ましてる。


 そして、多分対策も考えてるんでしょ?


 やっぱりイイ人材だね。


 こんな所で隠遁生活をさせとくなんて勿体ないよ。


「そう。ルールのある勝負の中なら、そのルールを上手く使えば、ヤマモトに勝てる可能性だってあるかもしれないってことさ」

「かもしれないな。だが、家を勘当された私にとってはもうどうでもいい話だがな……」

「そう、それだよ。もし、ボクが『ヤマモトにリベンジするチャンスをもう一度与える』って言ったら、どうする?」

「…………」


 胡散臭い者を見るような目で睨まれる。


 けど、まぁ、ボクも君と同じ立場だったら、そんな顔するだろうね。


「どういう意味だ……」

「そのままの意味さ。ボクは元々ディザーガンド貴族学園の生徒でね。チェチェック貴族学園には、ヤマモトを見定めるために一時的に転入してただけに過ぎないんだよ。だから、これからディザーガンド貴族学園に戻ろうと思ってるんだ」

「ディザーガンド貴族学園? ……帝王学園か!」


 その帝王学園って愛称、仰々しくて好きじゃないんだよねー。


 もっと可愛い方がいいと思うんだけど、みんな帝王学園って呼ぶんだよなぁ……。


 まぁ、伝統と格式だけはある学園だから、今更愛称の変更なんてできないのかもしれないけど……。


「毎年、ディザーガンド貴族学園は魔将杯の優勝を狙っていてね。今年も勿論優勝を狙ってるんだけど……今年に限っては、魔王軍特別大将軍とかいうのが、魔将杯に出場してくるでしょ? だから、ボクとしてはディザーガンド貴族学園の優勝を盤石にしたくてね。戦力になりそうな生徒をスカウトしてみようかなーって」

「それが、私だと……?」

「ヤマモトに負けっぱなしでいいのかい?」


 シーザの自尊心を擽ってやるけど、彼は少し考えた後で軽く首を横に振っていた。


「魅力的な話だ。だが、私はもう一人ではないからな……」

「どういうこと?」

「私が勘当された時に、私の世話役だったメイドの一人もセルリアン家の意向に逆らって飛び出してきてしまったんだ。私には彼女を養う義務がある。今更、学生には戻れないってことさ」

「…………」


 メイドねぇ。


 言われてみれば、シーザの顔色は悪くない。


 むしろ、ボクの知ってるシーザの顔色よりも、よくなってるぐらいだ。


 それが、メイドの献身的な介護によるものだとしたら、そんなメイドを見捨てて、今一度学生に戻るなんてできないか……。


 だけど、学生をしながらでも働くことはできるし、それは諦める要因にならな――


 ドンドンドン!


 ――そう伝えようとした時、家の扉がノッカーも使わずに荒々しく乱打される。


 いきなりなんだろう? と思っていたら、扉が開くのも待たずに外から声が聞こえてきたよ。


「坊っちゃま! 居られますか! 儂です、セルゲイです!」

「……騒々しいが私の古馴染みであり、隣人だ。少し待て」


 聞いてもいないのに、シーザはそう言って立ち上がる。


 もしかしたら、ボクに妙な詮索を受けたくなかったのかもしれないね。


 そんなことしないのにねー。


「どうした、セルゲイ? こちらは客人をもてなしてる最中だぞ? 流石に無作法だろう。それとも、余程のことでもあったのか?」

「素行の悪い酔客たちが酒場に立てこもり、人質を盾に女と金品を要求しております!」

「どうせ、うだつの上がらない冒険者たちだろう? セルリアン領なら稼げると思って、わざわざ遠征に来ておきながら、自分たちの力不足を知ることになって、酒場で管を巻いてるような連中だ。ソイツらが悪さをしたからといってなんだというんだ? そんなもの、領兵に任せておけば――」


 シーザが億劫そうに扉を開けた瞬間、禿頭に立派な髭を生やした小太りの男が焦ったように飛び込んでくる。


 彼がセルゲイか。


 それにしても、随分と必死そうだ。


 その必死そうな顔に、シーザの言葉も思わず止まる。


「エレオノーラが……、メイドのエレオノーラが……、酒場に立て籠もった連中に人質に取られておるのです……!」

「エレオノーラが……。――そうか、伝えてくれて感謝する。おい、イザク。私が出した茶を飲んだら帰れ。こちらは少し急用ができた」

「ふぅん?」


 へぇ、ボクとやった時以上に本気の顔じゃん?


 それだけ、そのメイドは大切な人ってことなのかな?


「……いいね。ラブ&ピースは大好物だ」


 ボクの返事なんて聞きもしないで家を出ていくシーザの背中を見ながら、ボクは出されたお茶菓子を少し冷めた紅茶で流し込んでから、ゆっくりと立ち上がるのであった――。



===================

以下、CM。


本作の書籍版1巻が発売しています。


興味のある方は是非ともお求め下さい。


以下のサイトにて購入特典をわかりやすくまとめてもらっておりましたが、KADOKAWAのサイトがサイバー攻撃で落ちてるみたいなので、興味のある方は近況の書籍情報でもご確認下さい……。


落ちてる……↓

https://dengekibunko.jp/product/deathgameyamamoto/322401000389.html


というか、このCMって止め時がわからないんですけど、いつ止めたらいいんですかね……?


とりあえず、カクヨムトップの宣伝がなくなった辺りで止めればいいのかな……?


以上、CMでしたー。

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