第359話
【パウエル視点】
「気持ちの良い青空の下、こんにちは。今年もチェチェック領での毎年恒例である魔将杯予選の季節がやってまいりました。果たして、今年は一体どこの学園が勝ち抜けるのか非常に楽しみです。それでは解説席をご紹介致しましょう。今回、コロシアム内の拡声設備を利用して解説を行って頂くのは、魔王国の礼式の権威であり、魔将杯に関しても博学でいらっしゃるパウエル・ノーマン卿です。ノーマン卿、どうぞよろしくお願い致します」
「パウエルで構わないですよ。よろしくお願い致します」
私の名は、パウエル・ノーマン。
大の魔将杯好きを豪語してやまない私は、あまりに見てみたい試合があって、この地方都市の魔将杯予選の解説役のオファーを二つ返事で快諾した男だ。
普段なら、魔将杯で飛び抜けた成績を残さないチェチェック領の予選には、微塵も興味を示さないところだが……。
だが、今回は違う。
「魔将杯予選を行うコロシアムは今年も満員御礼。多くの観客が今年のチェチェックの代表校がどこになるかを心待ちにしていることでしょう」
舞台を囲むようにして作られた観客席。
まるで、フォーザインの闘技場を思わせる造りの会場には、満席に近い客が犇めき合っている。
彼らが囲むのは、舞台の中央に設置された巨大なクリスタル。
古代文明の技術によって作り出されたとされるソレは、設定された状況下を幻影のように作り出し、参加する者をまるで異世界のような疑似空間に誘う魔道具だ。
魔王軍では各種状況下における戦闘シミュレータとして軍事訓練にも使われており、魔将杯はソレを使うことで、よりリアルな状況下で学生たちの力を測ることを目的としている。
「例年ですと、チェチェック領ではほぼ騎士学園と魔法学園の一騎打ち。どちらの学園が勝つかで盛り上がっていましたが、今年は少し様相を異にしております。なんと、今年は前二校に加えて、ダークホースとして貴族学園の名前が上がっているのです」
「今年のチェチェック貴族学園には、魔王軍特別大将軍であるヤマモトが入学してるほか、次期ヴァーミリオン家当主であるエギル・ヴァーミリオン、次期ノワール家当主であるツルヒ・ノワールといった選手がいますからね。戦力としてはダークホースどころか、十分に優勝が狙えますよ」
そう。
私が見に来たのは、この三人。
特に、魔王軍特別大将軍のヤマモト!
彼女とは、魔王様主催の夜会で会ったきりの関係だが、あの時のインパクトときたら……!
古式舞踏を繰り、誰も再現できないとされた地獄極楽大車輪天地返しを実際に行ってみせた淑女っぷり!
だが、魔将杯は一人の力で勝ち進むことは難しい。
いくら、彼女といえども魔将杯を勝ち抜くのは難しいのか、それとも――。
私はそれが楽しみで、王都からここまでやってきたのである。
「とはいえ、魔将杯はチーム戦。個の力が突出していてもなかなか勝てるものではありません」
「そうですね。ここ十年のデータからみても、五人から八人にレシオを割り振って優勝を果たしているチームが多いようです」
「それはやはり、ベースクリスタルの存在が大きいということでしょうか、パウエルさん?」
「そうですね。なにせ、ベースクリスタルを割ることができれば、一挙に百ポイントが獲得できますから。個々の戦闘で得られるポイントよりも、圧倒的に効率が良いのですよ。当然、ルールに慣れてるチームはそこを狙ってきます。特に、ここ最近のトレンドは
「となると、課外授業として、フィールドワークを多くやっている騎士学園が有利に思えますが……」
「それはどうでしょう。戦闘のフィールドは多種多様にあります。屋外での訓練を繰り返すことで多少の有利はつくかもしれませんが、雪山や砂漠といった特殊なフィールドで屋外訓練をしているわけではありませんからね。そこが勝敗の差を分ける決定的な差にはならないかと思います」
「なるほど。……おっと、ここで緊急の情報です。なんと! 騎士学園の生徒全員が重度の体調不良のために、今年の魔将杯予選を棄権するそうです!」
「棄権ですか。これは驚きましたね……」
魔将杯は、魔王軍幹部になるための何よりもの近道。
騎士学園の生徒にとって、魔将杯はそれこそ何を投げ打ってでも出たかっただろうに……。
それでも棄権するということは、何かあったのだろうか?
「騎士学園が魔将杯を棄権したということで、自然と魔法学園と貴族学園の一騎打ちの形になったわけですが……。騎士学園側としては悔しいでしょうね。対魔法学園用に魔防を鍛える特別プログラムや、魔防の高い装備などを事前に揃えてきたという話でしたから」
突然の事態に観衆も不満の声をあげている。
騎士学園を応援してる人たちも多かったのだろう。
逆に魔法学園を応援してる観衆は盛り上がっているようだが……。
「そのため、魔将杯予選は次の魔法学園対貴族学園の試合が事実上の決勝戦となります。意外な結果になりましたが、パウエルさんはどうお考えですか?」
「一人や二人ではなく、騎士学園の全員が体調不良で棄権したということですよね? そうなると、流行り病や呪いの類を疑うことになるのですが……。騎士学園以外は大丈夫なんですかね?」
「今届いた情報によると、貴族学園側にも五人の体調不良者がいるようです。なので、貴族学園は五人という少ないメンバーで魔将杯予選の決勝に挑むようですね」
「魔法学園の方に体調不良者はいないんですか?」
「いないそうです。不思議ですねぇ」
となると、魔法学園側が何か仕掛けたか?
だが、この公共の場で迂闊なことは言えない。
今は、ヤマモト卿が無事なことをただただ祈るのみだ。
私たちが状況を説明していると、やがて厳かな曲が流れ始める。
これは、貴族学園か、魔法学園の校歌か?
「さて、貴族学園の校歌に乗って、まずは貴族学園の生徒の入場です。やはり、前情報の通り、五人しか姿が見えません。ですが、魔王軍特別大将軍ヤマモトの姿は健在。そして、エギル・ヴァーミリオンもいるようです」
「ツルヒ・ノワールがいないことは気がかりですが、それでも単純な戦力としては、全国でも五指に入るほどに強力なのではないでしょうか?」
「そこまでですか……。貴族学園の活躍に期待しましょう」
そして、続くようにして曲調が少し暗めのものに変わる。
それと同時に観客から地鳴りのような声援が上がり始めた。
「続いての入場は魔法学園だ! やはり、チェチェックでは魔法学園の人気が高い! 観客も興奮して迎えます!」
観客の声援は魔法学園の方が圧倒的か。
これは、貴族学園はやり難いであろうな。
それにしても……。
「それにしても、パウエルさん。魔法学園は十人全員が入場してきましたね?」
「普通は、出場しない選手は選手控室に残っていたりするものなんですが……。ギリギリまで登録人数を明かさないために、全員が舞台に上がるということもあります。これはそういう作戦なのではないでしょうか」
「魔法学園も貴族学園を警戒しているということでしょうか?」
「そう見るべきでしょうね」
「さて、舞台上に選手が揃ったところで、今回の試合の決戦フィールドが発表されます。……おっと、今回は竜の山脈だ! パウエルさん、竜の山脈というと……!」
「そうですね。フィールドを二分するように中央部分に山脈が鎮座し、その山中には大量のワイバーンが潜むフィールドです。基本的に山越えはできず、山脈の麓に開いている巨大な三つの洞窟を突き進んで、相手陣地に攻め込んでいく形になるかと思います。ただ、三つの洞窟は山脈内部で巨大なひとつの地下空洞に集約されることになり、洞窟内での激しい遭遇戦が展開されることでしょう」
「その洞窟を抜けた先で、更にベースクリスタルを探す必要があると……なかなか大変なフィールドですね」
「基本的にはフィールド中央の地下空洞内でのぶつかり合いがメインになるかと思われます。ですが、地下空洞内には多数の障害物もありますから、隠密行動に長けた選手はそれをすり抜けて、進むこともできるかもしれません。また、地下空洞内に多くの選手が集まることを考えると、戦闘が得意な選手にとってもやりやすいフィールドとなるのではないでしょうか」
「なるほど。そして、両校の選手が舞台中央のクリスタルに選手情報を登録し終えたようですね。選手が次々にフィールド内へと転送されていきます。選手はフィールドに転送後、十分間の作戦会議の時間が与えられます。そこで、各チームはベースクリスタルの位置や戦力の配置位置、戦術の確認などを行うわけですが……。おっと、これは……」
舞台の上にいた両校の生徒たちが全員舞台から消えた……。
まさか、魔法学園の十人体制はブラフでなく、本当に十人で戦うつもりなのか!?
「驚きました……。まさか、十人全員で挑むとは……」
「魔法学園側のこの作戦は悪いことなのでしょうか?」
「普通に考えたら、ありえないですね。このフィールドはベースクリスタルを置く自陣は広いですが、敵陣まで攻め込んでベースクリスタルを割るには、狭い地下空洞内を突破していく必要があります。当然、そこで重要視されるのは純粋な戦闘力です。普通に考えるなら、中央突破をする戦力に多くのレシオを割り振ることで、戦闘を有利に進めるのが当然でしょう。ですが、十人全員が試合に参加するとなると、余剰レシオがなくなってしまう……」
「地下空洞内での直接的な戦闘は、魔法学園に分はないと? 魔法学園は中央突破をほぼ諦めたということでしょうか?」
「わかりません。それとも他に何か作戦があるのか……」
例えば、地下空洞を回避して、空を飛んでの山越えを狙うにしても、ワイバーンは熱や臭いに敏感なので、すぐに気づかれて群れで襲われることになるだろう。
かといって、地下空洞内で貴族学園側とまともにやりあえば、押し切られるのは目に見えている。
なにか、私が見落としている一手があるのだろうか?
私が悶々としていると、舞台のクリスタルを中心にして、巨大な映像スクリーンがいくつも開かれていく。
そこには、既に準備を終えたらしい生徒たちの姿が映っていた。
「どちらも準備が早いですね。まだ五分ほどしか経っていないのですが……」
「あまり話し合うことがなかったのか、それとも最初からこういくというプランがしっかりあったのか、気になるところです。……おや?」
山脈にある三つの洞窟の入口である中央洞窟の手前で、ヤマモト卿が剣を取り出している。
まだ開始までには五分ほどあるが、もう構えるのか。
待ち切れないということだろうか? と微笑ましく見守っていたら……違った。
ヤマモト卿の持つ剣の剣身がみるみる内に長く伸びていくではないか。
やがて、剣身の先がヤマモト卿にも見えないのではないかと思うぐらいに伸び切ったところで、ヤマモト卿は剣の刃を山脈に軽くあてがっていた。
「パウエルさん、あれは何をしてるんでしょうか……?」
「わかりません……。ただ、とても馬鹿馬鹿しく、そんな馬鹿なという予想ならひとつあります……」
そう、およそ普通の魔物族の発想にはない発想。
だが、夜会で常識を覆してみせたヤマモト卿なら、やってしまうかもしれない発想。
「それはなんでしょう……?」
「多分、山を斬ろうとしてるんじゃないでしょうか……? あのまま水平に薙いで、敵陣にあるベースクリスタルごと全てを両断するつもりなのではないでしょうか……」
馬鹿げてる。
そう、あまりに馬鹿げてるが、映像のヤマモト卿はちょっと刃を山脈に押し付けてみて、「あ、これイケるわ」といった顔をしてるようにみえる。
イケるのか?
イケちゃうのか……?
魔王軍特別大将軍というのは、そういう存在なのか……?
「流石に、どんな凄腕の剣士でも山を斬ったなどという話は聞いたことがないのですが……」
「あるとしたら、神話レベルですね」
「パウエルさんは、ヤマモト選手が神の領域に達していると?」
「それはわかりません。ただ、ヤマモト卿はこちらの理解を軽く超えていくことがあります――」
地獄極楽大車輪天地返しも誰もできない技術だと言われていたが、ヤマモト卿はあっさりとそれを夜会の場で披露してみせた。
ならば……。
「――なので、山くらいなら、あっさり斬ってしまうかもしれません」
「えーと……、それは……、その……」
実況の彼も自分の耳を疑ったのだろう。
流暢だった喋りが止まる。
「な、何にせよ、もう十秒後には試合開始です! 状況を見守りましょう!」
舞台の上の巨大クリスタルの上部に数字が現れて、その数字が徐々に減っていく。
準備時間がそろそろ終わろうとしているのだ。
そして、そのカウントがゼロとなって、試合が開始されたと同時に――、
ズバッ!
【貴族学園 110−0 魔法学園】
――手痛い先制パンチを魔法学園は負うことになるのであった。
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以下、CM。
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しかし、発売日前の更新でヤマモトさんメインの話じゃないってどうなの……?
まぁ、いつものことか……。
役に立つかわからない書籍情報は近況を確認してみて下さい。
ウェブ版と書籍版の違いが知りたいという方は、近日公開されるであろうカクヨムコン受賞者インタビューをご確認下さい。
そして、なにやら特設サイトも作ってもらえたようです。↓
https://dengekibunko.jp/special/deathgameyamamoto/
ありがたや〜。南無〜。
以上、CMでした。
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