第358話

 ■□■


 翌日……要するに、魔将杯当日になって、事態は更に悪化した。


 ユフィちゃんと同じ症状を発症した者が、貴族学園の魔将杯参加メンバーの中に大勢出たのだ。


 魔漏病まろうびょうと呼ばれるその病気に罹ったのは、スコットくん、マーガレットちゃん、ビーちゃん、ツルヒちゃん、そしてユフィちゃんの五人。


 実にメンバーの半数が病気に罹ってしまったということになる。


 そんな五人は現在、懇親会の行われた高級宿舎で療養中――。


 逆に、無事である私、エギルくん、ポールさん、ゴン蔵くん、ダク郎くんの五人は、魔将杯予選が行われる会場……なんかコロッセオみたいな闘技場だ……の選手控室まで来ていた。


 というか、もう予選なので来ざるを得なかったというか……。


 本当は、みんなの看病したいところなんだけどね。


「おい! やっぱ、騎士学園の方も同じような被害を受けてるみたいだぞ!」


 そう言って、私たちの選手控室に飛び込んできたエギルくんの顔はどこか悔しげだ。


 このタイミングで病気の集団感染なんて、偶然というには都合が良すぎる。


 計られた――そう考えるのが自然だろう。


「そんで、魔法学園の奴らは誰も罹患者なしだとよ! ふざけてやがるぜ!」


 恐らく、仕掛けてきたのは魔法学園。


 彼らが料理を食べることで、魔漏病になるような罠を仕掛けた。


 そして、それに気づかず、立食パーティーの食事を口にした者はほとんどが魔漏病になってしまい、今回の魔将杯予選には不参加となってしまったということなんだろう。


 ……ところで。


「魔漏病ってなんなの……?」

「お前、それを知らないで騒いでたのかよ!?」


 いや、ユフィちゃんを慌ててベッドに運んだら、今度はマーガレットちゃんやツルヒちゃんまで倒れちゃったんだよ?


 てんてこ舞い過ぎて、魔漏病が何なのかを誰かに聞く機会もなかったし、気づいた時には夜中だったし……。


 じゃあ、今日集まってから聞けばいいかなーってなるでしょ?


 なので、聞いた次第。


「はぁ……。魔漏病っていうのは、元々は魔王国の風土病のひとつだ。それが、先代魔王様がこの大陸の魔物族を統一したことで、全国的に流行り始めたって話だ。症状としては、発症後に高熱を発し、魔力が全身から放たれ、体がダルくなって動けなくなっちまうって病気だよ。命に別状はねぇ。発症後は基本的にずーっと安静にしてるのが一番で、罹病期間中は暇で仕方なくなる」

「やけに詳しくない?」

「ガキの頃に無理やりやらされたからな」

「え?」


 聞けば、魔漏病は一度罹患すると免疫が出来て、二度目以降は罹らなくなるらしい。


 水疱瘡とか風疹かな?


「罹患者の魔力量に応じて、罹病期間が長くなるから、立場のある身分の者は幼少期にんだ。そうすれば、早ければ罹病期間なんて半日で終わるし、大人になって魔漏病に罹ったりすると、ここぞとばかりに刺客に狙われたりもするからな。次期六公候補なんか例外除いて、全員ガキの頃に魔漏病をやってんだろ」

「でも、ツルヒちゃんは魔漏病になっちゃったよ?」

「アイツんとこは例外だ。ノワール家は強さで次期当主を決める。ツルヒ・ノワールも先代当主が剣の腕に惚れ込んで拾ってきた孤児だって話じゃねぇか。直系の血筋じゃなかったし、多分、やってなかったんだろ」

「それじゃ、マーガレットちゃんは? チェチェックの貴族だって聞いてるけど?」

「あっちは逆だ。んだと思う」

「どういうこと……?」


 子供の頃に罹っといた方が良い病気なのに、わざと罹患させない理由なんてある?


「魔漏病は読んで字の如く、魔力が徐々に体から抜けてく病気だ」

「それって大変なことなんじゃないの?」


 魔力って、多分、MPのことだよね?


 しかも、魔力が減るんじゃなくて、抜けるってことは最大MPが減っていくってことじゃないの?


 それじゃ、最終的に魔術や魔法が使えなくなっちゃうと思うんだけど……。


「そう慌てんな、最後まで話を聞け。魔漏病で完全にゼロになるまで抜けた魔力はその反動で徐々に超回復してくんだ。そして、完全に病気を克服した暁には、今までよりも数倍強い魔力を体に宿すことができるとされてる。俺はガキの頃にやったんで実感はなかったが、それでも少しは上がったのを覚えてるぜ?」


 つまり、治るまで放っとけば、パワーアップできるような病気ってこと……?


 苦しんだ末にパワーアップ……。


 超◯水かな?


「マーガレット・アモンのアモン家は魔法の名家だろう? 魔力を十分に鍛えた後で、魔漏病に罹ることで、更にその魔力を伸ばそうと家の方で画策してたんじゃねぇか? だから、わざと幼少期に魔漏病を罹患させなかったんだと思う」

「なるほど」

「んで、ツルヒ・ノワールが『治してはいけない』って言ってたのも、そこに理由があるわけだ」


 んんん……?


「魔漏病は治そうと思えば、薬や魔法で簡単に治すことができる。けど、薬で治した瞬間に魔漏病の進行は止まる。つまり、魔漏病で減った魔力はその時点で固定されちまってってわけだ。魔漏病は症状に堪えていれば、最終的には魔力が増えるお得な病気だから、薬や魔法で治さないっていうのは常套手段なんだよ」

「でも、今は時期が時期だよ?」

「確かにな。この時のために……たかだか一週間程度とはいえ……懸命に頑張ってきた。だが、長い人生で考えた時に、一時の魔将杯の予選に参加することよりも、魔力量が何倍にもなった方が価値があるだろ? 少なくとも、ツルヒ・ノワールはそう考えたんだと思う」

「だから、治してはならない……か」


 その考え方は、わからないでもないけど。


 でも、折角の努力が水泡に帰すというのはどうにも……。


「つーか、俺様はなんでヤマモトが魔漏病に罹ってねぇのか、そっちの方が不思議でならねぇんだが?」

「多分、【状態異常無効】のおかげだと思う。それで病気にならなかったんじゃないかな?」


 あとは、邪神は魔漏病にならないとか?


 まぁ、なってないのだからラッキーってことでいいんじゃない?


「あと、他の奴らもだ! なんで魔漏病になってないんだよ!」

『あ、私は動く鎧リビングアーマーなので、そもそも食事してません。消化器官がありませんから』

「昨日はちょっとポヤーとしたけど、今日になったらもう治っちまったな!」

「流石、ゴン蔵くんだ! 魔力が子供並で回復力がイカれてるな! ちなみに、俺の種族であるダークゴブリン種族は毒とか病気を逆に振り撒く方の種族だからな! 病気なんて効かねぇっぺよ!」


 どうやら、この五人が魔漏病にならなかったのは、ちゃんとした理由があったみたい。


 みんな元気なことがわかって良かったけど、問題は魔法学園の方だよね。


「今回の魔漏病の件で、魔法学園を失格にすることはできないかな?」


 なんなら、魔王軍特別大将軍の力を使ったりとかしてさ。


 卑怯なのは失格です! とか無理?


「証拠がねぇだろ。さっきも言ったが、魔漏病は今はもう全国で発症してる一般的な病気だ。魔法学園を訴えようとしたところで、たまたま懇親会で大勢が罹患したとか言って、しらを切るに決まってる。決定的な証拠でも出てこない限り、魔法学園を失格にするのは無理だ」

「むー……」

「あと、時間ねぇからな?」


 確かに。


 もうすぐ魔将杯予選が始まるし、証拠探しをしてる時間はないかぁ……。


「でもさ、こんなのズルくない? みんな一生懸命、魔将杯予選に向けて頑張ってきたのに、こんな不意打ちみたいな手で参加できなくなっちゃうなんてさ。ユフィちゃんたちが可哀想だよ……」

「確かに、ツルヒ・ノワールたちが魔将杯の予選に間に合わないのは確定的だろう」


 エギルくんは、そう言って深々とため息を吐いた後で、今度は一転、顔を上げて獰猛な笑みを浮かべる。


 その表情は、どこかこの逆境を楽しんでるように見えなくもない。


「けど、知ってるか? 魔将杯は一ヶ月もの長丁場で行われるんだ。予選が終われば、王都ディザーガンドで本戦が行われる。本戦のトーナメントも興行として行われるから、それなりに時間がかかる。だから、俺たちで決勝まで進んでいけば、もしかしたらアイツらも間に合うかもしれねぇんだぜ?」

「…………」


 勝ち進んでいけば、もしかしたら間に合うの……?


 チェチェック領に初の魔将杯優勝をもたらしたいと言ってたスコットくん。


 【シーカー】の役割よりも、近接戦闘の方が得意なんだがな……と文句を言いつつも、練習には欠かさず参加してたツルヒちゃん。


 山羊くんを映し出さない映像角度を、頑張って私と一緒に探してくれてたユフィちゃん。


 いざとなったら、【ダークルーム】を使って、ベースクリスタルを守ってみせるから! と息巻いていたマーガレットちゃん。


 空を飛べるエリアの偵察なら任せてよ、と陽気に笑ってたビーちゃん。


 勝ち進むことで、一人でも多くの仲間が魔将杯に参加できるようになるっていうなら……。


「おい、聞いてるか、ヤマモト?」

「うん、聞こえてるよ」


 ……正直、私にとっての魔将杯は、失われた学生時代の青春を謳歌するぐらいの意味合いでしかなかったけど……今、明確に勝ち進む理由ができたような気がするよ。


「……やろう。私たちで魔将杯の決勝戦まで行こう。そして、仲間たちが一人でも多く、魔将杯に参加できるよう頑張ろう!」

『は、はい! 微力ながらお手伝い致します!』

「やるからには頂点テッペン目指すのは当たり前だっぺよぉ!」

「んだんだ! ゴン蔵くんの言う通りだっぺ!」

「なら、テメェら、手を出せ」


 ……え? 手?


 エギルくんが率先して、部屋の中央に行って手を出したので、私たちは戸惑いながらもエギルくんに倣って手を差し出す。


「重ねろ。ヴァーミリオン式決起方法で気合入れるぞ」

「ヴァーミリオン式?」

「俺の言葉に、『俺たちだ!』って答えるだけでいい。で、最後に雄叫びをあげて締めるんだ。簡単だろ?」

「なんでそんなことやるの?」

「気持ちをひとつにまとめるためだ。決勝まで行くんだろ?」

「――俺たちだ!」

「早ぇよ!? やる気あるなぁ!?」


 エギルくんにツッコまれつつ、全員で手を重ね合わせる。


 なるほど。


 円陣みたいなものかな?


 気合を入れてこうってことね? オーケー。


 全員の手が重なった状態で、全員の顔を確認して、エギルくんが大きく息を吸い込み――発する。


「誰よりも強い奴らは!?」

「「「俺たちだ!」」」

「魔将杯予選を勝ち抜くのは!?」

「「「俺たちだ!」」」

「魔将杯決勝本戦に相応しいのは!?」

「「「俺たちだ!」」」

「征くぞ! 邪魔する連中はぶっ殺せ! 俺たちの最強を証明するんだ!」

「「「おー!」」」


 おー、で重ねてた手を一斉に上に突き上げる。


 なるほど。


「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」

「余計なもん付け足してんじゃねぇよ!?」

「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」

「やるの!?」


 これで、なんとなく気合は入ったかな?


 そして、なんでエギルくんがいっつも自信満々で、攻撃的なのかもわかった気がするよ。


 コレはアレだね。


 ヴァーミリオンの気風的なものだね、多分。



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以上、CMでした!

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