第355話
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「なんや、ぎょーさん集まってるのう……。いや、すまんなぁ。ちと遅れてもうたわ。……って、なんや臭わへん?」
一部の有志が【風魔術】レベル4の【エアピュリフィケーション】で、こまめに空気を浄化してたんだけど、どうも臭いがこびりついてしまったみたい。
クラン・せんぷくの関係者らしい大蛇のモンスターが訓練場に入ってくるなり、そんなことを言うのを聞いて、私は自分も臭くなってるんだろうか……とちょっとだけ不安に思ってしまう。
それにしても、大きな蛇だ。
ニシキヘビぐらいはあるんじゃないだろうか?
体をくねらせて進む様子は、本当に同じプレイヤーなんだろうか? と疑問に思ってしまうほどに体の構造が違う。
あれで、プレイヤーは違和感なく動けているのだから、このLIAというゲームは改めて凄いと感じてしまうほどだ。
「あれが、ヤマモト?」
「あれは、クラン・せんぷくのサブリーダーであるタツだな。というか、ヤマモトを見たことないのか? 帝都の戦いには参加してたんだろう?」
「参加してたけど、私はTakeとリリってプレイヤーしか見てないから……」
それでも、あの二人は普通のプレイヤーと別格と思えるだけの強さがあった。
そして、あの力があれば、このデスゲームを終わらせられるかもしれないと思ったのだ。
だからこそ、今、私はここにいる――。
「どうやら、タツ以外の面子は来ないみたいだな」
集まったプレイヤーを前にして、説明を始めたのはタツ一人。
どうやら、他のクランメンバーはこの入団試験に興味がないらしい。
それとも、入団試験に付き合う暇がないほどにストイックに自分たちを鍛えているような集団なのだろうか?
とりあえず、説明を続けるタツの言葉を聞く。
「入団試験の内容は簡単や。ここにいる全員でパーティーを組んで、進化の塔に入る。んで、適正人数になるまで何日も戦い続けるってだけや」
タツの言葉に周りがざわめく。
いや、全員って……。
「ここにいる全員で? できるのか? そんなこと?」
「パーティー人数は五人が適正なだけで、それ以上でもシステム的には組めたはずだ。経験値や褒賞石の分配がかなりショボくなるから、誰もやらないだけで……」
「それじゃ、この試験が終わるまでほぼ稼ぎなしってことかよ!? それはどうなんだよ! ネトゲとしては致命的じゃねぇのか!?」
「いや、成長の足止めは食うが、クラン・せんぷくに加入できれば、十分にペイできるはずだ……。そのことを信じられるかも試されているのかもしれないが……」
憶測が憶測を呼ぶ中で、それでも一部の参加者たちは元気だ。
パシンッと手の平を打ち鳴らす音が聞こえた。
「この程度でビビってる奴らは消えろよ! そっちの方が試験が手っ取り早く終わって楽だからよ!」
「うるせー、ジェイス! テメェはまず鼻の穴の中のものを取り出してから言いやがれや!」
「なんだとぉ!?」
まぁ、元気が有り余って取っ組み合いの喧嘩まで始めたみたいだけど……。
「あー……、静粛にしてもらってえぇか? この時点で不満や、って人は退場してもらって構わんで。別に強制しとるわけやないからな」
タツの言葉を受けても、誰も訓練場からは出ていこうとしない。
やる前から逃げ出すほど、逃げ腰のプレイヤーはいないみたいだ。
タツがその様子を見て、満足そうに続ける。
「せやったら、続けるで? ワイらがこれから挑む進化の塔は、挑戦者たちの合計戦闘力次第で難易度が変化するっちゅー珍しいダンジョンや。あー、難易度いうても、罠とか迷路とかが難しくなるとちゃうで? 純粋に出てくるモンスターの種類や数が凶悪になるってだけや。特に、これだけの人数で進化の塔に突っ込むと、どれだけ強いモンスターが出てくるのか見当もつかへん。それを入団希望者だけで倒してもらうっちゅーのが試験の内容やな。モンスターの強さ次第では、ワイらでも倒せんモンスターが出てくる場合もあるから、その場合は命優先や。迷宮抜けの紐をこの後配るから、無理やと思ったら、それを使って速攻で脱出するんやぞ。タツ兄からのお願いや」
「ワイらといったが、それはクラン・せんぷくメンバーも一緒に進化の塔を登るということか?」
手を挙げて質問したのは、抹茶柄兄弟の兄? 弟? どちらかはわからないけど……抹茶柄兄弟の一人だ。
その質問にタツも口角を上げる。
「こちらとしても入団試験でリアル死者が出るんは避けたいからなぁ。【蘇生薬】の使用を兼ねて、一部クランメンバーが同行することになるのは勘弁して欲しいところや。ちゅうか、他のメンバーはもう既に進化の塔に行っとるしな。ちなみに、そのメンバーは戦闘には加わらんで。全滅を防ぐために【蘇生薬】を使うだけのお助けキャラとして割り切っといてな?」
タツの言葉に更に周囲が混乱の度合いを深めていく。
私も自然と眉間に皺が刻まれるのがわかった。
「【蘇生薬】の使用って……。私たちが死ぬこと前提なの?」
「それだけのモンスターが出るってことだろ。そして、パーティーにクラン・せんぷくのメンバーが参加するとなると、更に難易度が跳ね上がる。凶悪なモンスター相手に俺たちがどれだけやれるのかを見るつもりなのか、それとも……」
「死ぬことも厭わない精神力を見るつもりなのか……」
どちらにしろ、簡単にいくようなものではない、か……。
その後もタツは幾つか注意事項を告げていく。
戦闘に入ったら、戦場の片隅に【ダークルーム】という、外からは絶対に干渉されない闇の部屋を作るので、パーティーメンバーはそれを自由に利用できるということ――。
無理だと思ったら、その【ダークルーム】内に逃げ込んで、迷宮抜けの紐を使えば脱出できるということ――。
【ダークルーム】内での休憩や、装備の換装、HPやМPの立て直しは認められているが、ずっと引き籠もってたりするのは減点の対象だということ――。
モンスターに大勢が倒されたと感じたタイミングで、クラン・せんぷくのメンバーが試験参加者を全員生き返らせるのでリアル死人は出ないはずだということ――。
試験参加者は死んでも試験失格にはならないが、迷宮抜けの紐を使って進化の塔を抜け出した時点で試験失格になるということ――。
最終的に試験参加者が大勢残っていた場合には、戦闘で活躍した者を優先的にクランメンバーに加入させるということ――。
「要するに、ゾンビ戦法でもなんでも活躍すりゃいいってことか! 楽勝だな!」
「まぁ、そういうことやな。ほんじゃ、説明も終わったことやし、パーティー組むでー。みんな、ワイにパーティー申請してくれや」
説明が終わったところで、タツにパーティー申請をして、この場にいる全員でパーティーを組む。
申請処理に追われているタツは忙しそうだが、そういうルールで試験を行うと決めたのは、あちら側なのだから仕方ないことだろう。
そして、三十分後――。
私たちはひと塊の団体となりながら、ようやく進化の塔へと足を運んでいた。
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「はぁ、ここまで結構時間掛かったわ……」
「お疲れ様です、タツさん」
「ほんまやでぇ、ブレ。これ超疲れるわー。誰やねん、クランメンバー増やそうとか言い出したんはー」
「いや、タツさんですよ!?」
進化の塔――。
ここには初めて足を踏み入れたけど、まるで高層ビルのエレベーターホールみたいだ。
壁の一面に小さな扉がいくつも付いており、その扉の先に進むと小部屋があり、その小部屋にパーティー全員が乗り込むと、モンスターがいる部屋にまで飛ばされるワープ系の罠が発動するらしい。
という話をカリカリに聞いていたら、タツの元に見慣れないプレイヤーたちが集っていく。
どうやら、彼らがクラン・せんぷくの他のメンバーみたい。
黒い鎧の騎士と、赤黒い筋肉をしたクリーチャー、そして、可愛いワンちゃん……。
なんというか、こうして見ると魔物族プレイヤーというのは、本当に雑多なんだと感心するね。
そして、カリカリは可愛いワンちゃんに目が釘付けだ。
…………。
猫だけじゃないんだ。
「一応、紹介しとくわ。こっちの黒い鎧のゴツいのがミサキで、ウチのアタッカー兼回避盾や。で、こっちの男前がブレな。ウチではタンクをやってもらっとる。で、そっちのドーベルマンがTakeや。Takeは……なんの役割しとるんやっけ?」
「一応、サブヒーラーだ……と思う。最近、ヒーラーなのか自分でもわかんなくなってきてるけどな」
「だそうや。彼らと一緒に進化の塔を登ってもらうで」
そう説明されたわけだけど、
「おい、ちょっと待て。ヤマモトはいないのか?」
そんな不満の声が出る。
ここまで来て、勿体ぶっているわけではないだろうし、最初から今回の試験ではヤマモトはいないということなのだろうか?
「ほぉ、なるほどな……」
「何が『なるほど』なの?」
見れば、カリカリの目が光ってる。
あれは、ユニークスキルを使ってる……?
「まぁ、その内にわかるさ」
「なにそれ」
「俺の【予見】は未来に起こるであろう高い可能性の出来事を俺に見せてくれるユニークスキルだ。だが、その未来を知った者が【予見】された未来に向かって行動すると、未来の可能性が変わることもある」
「だから?」
「変えたくない未来なら、あまり周りに影響を与えない方がいいってことだ」
「ふぅん」
つまり、私には教えられない、と――。
それでも、変えたくないほど良い未来だというのなら、それでいいのかも。
カリカリにとってだけの良い未来なのかもしれないけど。
「ヤマちゃんはおらんけど、おらん分、出てくるモンスターが弱体化するって考えたらお得やろ? それとも何や? ヤマちゃんがおらんと困ることでもあるんか?」
「いや、そんなことは……」
質問した男の歯切れが悪い。
ヤマモトの熱烈なファンだったとか、そういうことだろうか?
…………。
いや、あれ……?
この男の顔、どこかで……。
「チッ、ヤマモトはいねぇのかよ! まぁ、いい。クラン・せんぷくに入った後でも、いつでも会えるしな! そんなことよりも、さっさと試験を始めようぜ!」
「蕎麦屋に負けたジェイスが、入団試験に受かること前提で話すなよ……」
「うるせぇ! あれはたまたまだ! というか、俺の得意武器は剣だ! 剣でやってれば負けてねぇ!」
ヤマモトがいないことで何やら騒いでる人もいるけど……まぁ、私としては一生懸命やるだけだ。
「これから、試験を開始するんやけど、準備ができた奴から扉の中に入りぃ。中は狭いけど、待機人数によって大きさが広がるからな。気にせずに入っていったらえぇ」
「なら、俺たち抹茶柄兄弟から――」
「――先陣は切らせてもらうぜ」
「おぉ……、流石、勇猛果敢で知られる抹茶柄兄弟だ……。普通なら様子見して尻込みするところを先頭で入っていくなんて……」
いや、感心する場面じゃないと思うけど……。
とりあえず、参加者の先頭を切って進んだのは抹茶柄兄弟だ。
二人共、肩に大剣を担いで移動してたから、既に準備は万端なのだろう。
そして、そんな抹茶柄兄弟に続いて、扉の奥に飛び込む者もいる。
「キヒョヒョヒョ! ケヒョ! ケヒョ!」
「だ、だめですよ! サイコパス美様! そんな早めに扉の中に入っちゃ! 先に入ると、開始と同時に押し出されて不利になっちゃうんですか――」
「キェアアアァァァーーーッ! キェッ! キェッ!」
「――らあぁぁぁっ! サイコパス美様! 激し過ぎますぅ!?」
アイアンクローで顔面を掴まれながら運ばれていく天王洲アイルとサイコパス美……。
というか、天王洲アイルはもっと人が入ってから扉の奥に行きたかったみたいだけど、大丈夫かな……。
「ケッ! 武器を取り出してて遅れを取ったじゃねぇか! おい、蕎麦屋! 近付いてくるんじゃねぇ! 俺の活躍を横取りする気ならあっち行けや!」
「蕎麦の道とは長く細く、真っ直ぐに――。その道譲って縮れ麺となれば、それはもはや拉麺でしかあるまい……」
「知らねぇよ!? とにかく、譲る気はないってことか!? いいよ、やってやんよ! テメェ、少しぐらい強いからって吠え面かくなよ!」
そして、ジェイス、お蕎麦屋さんと続いたところで、みんなもゾロゾロと後に続く。
あぁ、様子を見守ってる場合じゃない。
私も武器を取り出さないと……。
私は【収納】から
防具は元々そんなに身に着けないタイプだから、私の準備としてはこれで完成だ。
あとは、ショートカットの消耗品を確認して――、
「…………。……ふぅ」
――登録してあった迷宮抜けの紐の登録を外す。
いつでも退けるという意識が、甘えを生じさせる可能性もある。
この程度で自身の退路が断てたとは思ってないけど、不退転の覚悟はしていくつもりだ。
私はクラン・せんぷくに入り、そしてデスゲームを終わらせてみせる――。
それだけの覚悟を持って進む……!
「準備は整ったか、元同僚?」
「そっちこそどうなの?」
「俺の猫ちゃんアックスはいつだってご機嫌だぜ。――チュッ!」
見れば、カリカリの両手には猫のイラストが記載された巨大な斧が二本握られている。
彼の戦いぶりは、このチェチェックに着くまでに何度か見たけど、ほぼ蛮族なんだよね……。
ヒャッハーって言葉がとても似合うと共に、頭の猫耳カチューシャと、その斧だけがとても浮いている感じだ。
そして、はたから見てると、とても不気味。
ほら、近くにいた黒髪黒ローブの小さな女の子がビクッとしちゃってるし。
ごめんね? 隣が変人で?
「そんじゃ、いっちょ気合入れて行くか!」
「気合は既に入れたよ。あとは、結果を残せるよう頑張ろう……!」
かくして、私たちは試験一日目に挑むのであった――。
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