第354話
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【変更点】
※フレークの名前をカリカリに変更しました。
どちらも猫の餌のイメージから取った名前でしたが、フレークが思ったよりもしっとりしてたのでイメージに合わないと思い変更しました。
ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します。
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【如月ムツミ視点】
「凄いわね……」
クラン・せんぷくが新入団メンバーの募集を開始するという情報が流れたのは、一週間程前の話になる。
掲示板を中心に流れたその情報は、当初は真偽が疑われたりもしたけど、私にとっては千載一遇の好機だった。
私はその情報を信じることにして、魔王国の大都市であるチェチェックにまで辿り着き、クラン・せんぷくのクランハウス前まで行って、そこに掲げられた立て看板を見て、情報が真実であることを知ったのだ。
そして、試験本番である今日、試験会場として指定されたチェチェック冒険者ギルドの地下訓練施設へと私は集まっていた。
「だな。まさか、こんなに集まるとは思ってなかったぜ」
隣に立つ、目の下にタトゥーが入った猫耳カチューシャの男が、さもありなんと首肯する。
…………。
というか、何故いつも彼は私の隣にいるんだろう?
「なぜ離れる?」
「いえ、なんとなく……」
通常であれば、男の姿は悪い意味で目立っていたことだろう。
だが、この地下訓練施設の中には、今や百人を超えるプレイヤーが犇めき合っていた。
中には奇抜な見た目をした人族プレイヤーもいるし、姿そのものが奇抜な魔物族のプレイヤーの姿もある。
というわけで、ここでは猫耳カチューシャの男の姿は些事でしかない。
だから、彼が悪いわけではない。
私がちょっと拒否反応を起こしてるだけなのだ。
「それにしても、クラン・せんぷくの入団試験にこれだけの人数が集まるなんて思わなかったよ……」
「倍率はきっと高ぇんだろうな。クラン登録人数の上限もあるだろうし……」
「クラン・せんぷくは、少数精鋭ながらも一時期はクランランキングで上位を走っていたクランだから、クランポイントは潤沢にあると思うけど……。クラン規模を最大レベルまで順調に育てていれば、百人規模でも登録は可能なはず。メサイアがそうだったし……」
「でも、奴らは試験で篩い落としを宣言してる。つまり――」
「そう――」
クラン結成の証であるクランハウスを買うには、褒賞石が大量に必要になるけど、クラン自体の登録人数やクランハウスの設備などを豪華にしたり、クランをアップグレードするにはクランポイントが必要になってくる。
しかも、クランの規模拡大にはひと月の間で上昇できる制限があり、一気に最大規模まで引き上げるのは不可能だ。
なので、クラン・せんぷくはそういうところを怠っていたこともあり、入団試験を行って篩い落としを行うことに決めたのではないだろうか。
つまり――、
「――うっかりミス」
「――本気で精鋭を育てる気があるってことだな」
…………。
なるほど。
精鋭を絞るためにって考え方もあるのかも。
「まぁ、理由はどうあれ、オーディションのようなものだと割り切って、私たちは頑張るしかないんだけど」
「それはそうだな」
私たちがそういう結論に達したところで――、
「どーもー」
「どうも……?」
知らない人に話しかけられた。
「アイドルユニット年中夢中のムツミさんですよね?」
「そうだけど……誰?」
「あぁ、私、天王洲アイルと申します。ネットで配信者として活躍してるんですけど……」
「ごめん。配信者に関してはあまり詳しくなくて……」
「謝る必要はないです。私、ゲーム系配信者ですし、その手の配信が好きな人たちならギリ知ってるってレベルでの限界配信者ですし」
そうなんだ。
でも……。
「あまり、自分のことを卑下しない方がいいよ。それだとチャンスが逃げるから」
「?」
「自分を卑下してるとそういうのが態度に現れるから。そういうのを周りの人は見てるものなんだ。結果、来るはずだったチャンスも来なくなることだってある。だから、いつでも自信に満ちた態度でいた方がいいよ。……私の持論だけど」
「なるほど。参考になります。やっぱり、本物のアイドルは違いますねぇ……」
「それで? 何か用でも?」
「あー……。あそこにいる私の友達があなたのファンでして……。サインを貰えたりしませんか?」
「いいけど……」
それだったら、そのお友達が直接来ればいいんじゃないかな?
そして、アイルさんも色紙とサインペンを手際よく用意してるし……。
というか、なにこのアイテム?
初めて見たんだけど?
LIAって、色紙とか、サインペンがアイテムとして用意されてるんだ……。
ちょっと戸惑いながらも、サラサラッとサインを書き上げる。
「宛て名も書く?」
「宛て名?」
「何々さんへって奴。お友達の名前は?」
「サイコパス美さんでお願いします」
…………。
独特な感性のプレイヤーもいるものだね……。
「それじゃあ、サイコパス美さんへ、と――。これでいい?」
「はい、ありがとうございます! これで、サイコパス美さんも喜ぶと思います!」
アイルさんは嬉しそうにサイン色紙を受け取ると、そのお友達のところへ帰っていったんだけど……。
「キェアアアァァァーーーッ! キェッ! キェッ!」
「あぁっ! サイコパス美様! 激しいです!」
なんか、ゴシックロリーターファッションに身を包んだ、顔を包帯と眼帯でグルグル巻きにした女の人に頭を掴まれて宙吊りにされてるんですけど……。
「すげぇな……」
「えぇ……」
サインを貰いに行かせておいて、サインを持ってきたであろう友達を、頭を掴んで宙吊りにするなんて……確かにサイコパス美の名に相応しい暴挙なんじゃないだろうか。
「天王洲アイルといったか。アイアンクローを受けながら喜ぶなんて、並外れた相手への愛がなければできない技だぜ……」
「そっち?」
周りはサイコパス美のサイコパスっぷりに引いてるんだけど、この男はアイルさんの並外れた愛情を感じたみたい。
目の付け所が違うというか、なんというか……。
「そういえば、あなた、ずっと私についてきてたけど……」
「おう。向かう場所が同じだったからな」
「なんて名前なの?」
「……お前も大概アレじゃねぇの?」
私は猫耳カチューシャをつけた男にそう呆れられた。
■□■
男はカリカリと名乗った。
そして、名乗った瞬間に少しだけ周りがピリッとした気がする。
この感じは覚えがある。
相応に名前の売れた実力者が冒険者ギルドに入ってきた時なんかに、たまに起こる現象だ。
カリカリって強いんだ。
猫耳カチューシャなのに。
「猫まっしぐらと覚えてくれればいい」
「名前変わってるけど? あと、猫まっしぐらはチ◯ールでしょ」
「ウチの猫ちゃんたちはカリカリが大好きなんだよぉ〜! 俺なんて、何度カリカリに嫉妬したことか! だから、プレイヤー名をカリカリにして、俺はカリカリに生まれ変わったんだ! あー! 猫ちゃんに愛されてー!」
「急に大声出すのやめて……」
まぁ、そういう猫ちゃんたちもいるのかもしれないけど……。
それにしても、カリカリ以外にもこの場には色々と有名なプレイヤーが集ってるみたい。
聞き耳を立てると、そこかしこで誰がどんなプレイヤーで……といった話が沢山聞こえてくる。
半分くらいは聞いたこともないような名前だけど……。
「それにしても、みんな、他のプレイヤーの情報に詳しいね」
「詳しくなくても、知ってるような奴らが集まってきてるってことだろ。俺でも知ってるような奴らがゴロゴロいるぞ」
「私はそういうの詳しくないから、楽しそうで羨ましいよ」
「楽しいかどうかは知らないが、少し教えといてやろうか?」
というわけで、カリカリに他の有名プレイヤーを教えてもらう。
「まぁ、この中でダントツで有名なのは、アイツだろ。【黒姫】aika。お前も名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
「まぁ、名前くらいは」
【聖人】だか、【聖女】だかのユニークスキルを持っていて、彼女の【光魔術】、【光魔法】の威力は群を抜いて凄いらしい。
といっても、掲示板なんかで良く名前を見たのはリリース直後の話だし、今はそんなに派手な活躍をしてるとは聞いたことがない。
もしかして、再起をかけて、クラン・せんぷくの入団試験にやってきたのだろうか?
案外と功名心が高かったりするのかな?
「aikaの周りは、そのパーティーメンバーだな。パーティー全員で参加するのなら、彼らに関してはチームワークは良いんじゃないか?」
確かに。
aikaを囲んで和気藹々としてる様子は、試験前の緊張感を感じさせない。
試験内容がどうなるかは知らないけど、戦闘系の試験だった場合には頼りになりそうだ。
「それと、さっき話しかけてきた天王洲アイルだが、彼女はSUCCEED傘下のチームメンバーだったはずだ。彼女もパーティーメンバー全員と参加してるところを見ると、SUCCEEDが成長のノウハウを知りたくて送り込んできた間諜のようなものか? それか、クラン・せんぷくと繋がりを持ちたくて送り込んできた伝達係のようなものだろう」
「ふぅん。肝心のSUCCEEDはいないの?」
「いないみたいだな」
SUCCEEDは今でこそ大人しいけど、王国での大規模レイド戦では勇名を馳せた日本のプロゲーマーチームだ。
当初は、彼らこそがこのデスゲームを終わらせるに違いないと騒がれていたけど、いつの間にか最前線から姿を消したとされる。
彼らもクラン・せんぷくの成長ノウハウを知るために、人員を送り込んできたということなのかな?
「それと、あっちの肩に大剣を担いでる長身の二人組が抹茶柄兄弟。大剣プレイヤーの中でもナンバーワンの腕だって話だ」
抹茶柄……。
どんな柄なんだろう……。
思わず緑色の水玉模様が思い浮かぶ。
「それと、あっちの茶髪のポニーテールが【弓聖】のユニークスキルを持つ、ファニルだな。弓専門のプレイヤーの中でもトップクラスの腕前を持つプレイヤーって話だ。まぁ、弓専門のプレイヤー自体が少ないから、本当に強いのかはわからねぇけど」
「はぁ……」
というか、カリカリがやたらと有名プレイヤーに詳しいのは何なんだろう?
意外とこう……残念な見た目をしていて、ミーハーなんだろうか?
「で、あっちの黒ずくめの男が風魔。本人は暗器マスターを自称していて、糸とか毒とか隠し武器なんかを使うのが得意らしい。PKを撃退したって話が幾つもあって、それで有名になった奴だな」
「PKを……」
PKという言葉を聞いただけで、気分が悪くなる。
年中夢中の他のメンバーは今頃、どうしているんだろうか……。
少しでも元気を取り戻してくれてるといいんだけど……。
「まぁ、俺の知ってる代表的なのはこんなとこか」
「クラン・せんぷくの入団試験には、やたらと実力者たちが集まってきてるんだね。みんな、元々所属してたクランに未練はなかったりするのかな?」
「それは、多分、前提が違うと思うぜ」
「え? それって――」
「――今の言葉は聞き捨てならねぇなぁ!」
「ぐっ、ごほっ、は、離せ……!」
私が詳しく聞き返すよりも早く、訓練場内に怒声が響く。
何事かと思って視線を向けると、訓練場の中央で、青髪の剣士が、軽装の戦士の胸倉を掴み上げているようだ。
なに? 喧嘩? マズくない?
「おい、誰か止めろよ」
「つか、アイツ、【狂犬】ジェイスじゃん。PKにならなければ、相手に暴力を振るってもいいとか思ってる危ねぇ奴だろ。誰も関わりたくねぇって……」
でも、その騒ぎに誰も積極的に関わろうとはしない。
私がその争いを止めようと思って、一歩を進もうとするよりも早く、ジェイスと呼ばれた男は戦士風の男の胸倉から手を離す。
手を離された方は、そのまま、地面にドサリと倒れ込むしかない。
「ゴホゴホッ! な、何をする!」
「何をするはコッチの台詞だぜ? テメェは今なんつったよ?」
「な、なんの話だ……」
「言えねぇか? 言えねぇよなぁ! テメェはこのままクラン・せんぷくに入れれば、楽して甘い汁が吸えるって言ったんだからよぉ! こっちにとってみりゃ、『はぁ? なんだそりゃ!』だぜ! クラン・せんぷくにおんぶにだっこかぁ! 恥を知れよ!」
「馬鹿か、お前は! それの何が悪い! 勝ち馬に乗るのは当然の行為だし、ここに集まってきた者も大抵がそういう奴らだろうが!」
ガッ!
ジェイスが倒れてた男を蹴った!?
痛みがリアルに感じられるデスゲームで、プレイヤー同士のソレは御法度でしょ!
「クソイライラすんぜ! テメェみたいな奴も、テメェらと一緒にされんのもよぉ!」
「ふ、ふざけんなよ、お前ぇ……! いきなり攻撃してきやがって! コイツ、頭がイカれてやがる! 何してる、みんな! コイツを放っといたら、みんなに被害が出るぞ! 被害が出る前に、みんなでコイツを取り押さえるんだ!」
「お、おー……?」
倒れた男の口車に乗って、周囲の何人かが一斉にジェイスに飛び掛かっていくけど、ジェイスの動きの方が鋭い。
あっという間にジェイスが拳打で、その場を制圧していく。
そして、それを見て、動かない人たちも大勢いる。
私もその一人だ。
だって……言ってることはジェイスの方が正しそうだし。
「凄腕の奴らが元の居場所を捨ててまで集まってきてるわけじゃない。奴らはずっと待ってたのさ。自分たちが所属するのに相応しい、実力派のクランを……。そして、その時までずっと爪と牙を研ぎ続けた結果――勝手に有名になっちまったってだけだろう」
「なるほど。根本が違うんだ。私たちは自分たちだけでは強くなれないと感じて、巨大クランの門を叩いたけど、彼らは個々の実力を磨いて自分が所属するのに相応しいクランの登場を待っていたんだ……」
「普通はそんなことできやしない。どうしたって、一人よりもパーティーを組んで冒険をした方が簡単に先に進めるからな。先に進めるってことは、それだけ経験値効率も伸びるし、装備も強力になる。そういった環境を常に用意してくれるクランとは違って、ソロは成長効率が悪い……はずなんだが、このゲームにはそれを覆すユニークスキルという強力なスキルが用意されてるからな」
逆にいうと、ここにいる有名プレイヤーは、それだけ強力なユニークスキルを持ってるということになる。
私のユニークスキルである【適応】は、そこまで強力なユニークスキルじゃないんだけど……。
ライバルたち相手に、この試験で勝ち残れるんだろうか……。
「――ハハハ! 弱ぇ! 弱ぇなぁ! この程度のレベルで俺に喧嘩吹っ掛けてきたのかよ! テメェらは失格だ! 試験を受ける前にさっさと尻尾巻いて逃げ帰りやがれ!」
「く、くそ! コイツ、鬼のように強ぇ!」
「というか、誰か止めろよ! このままじゃ、試験がめちゃくちゃになっちまうぞ!」
「お、おい! アンタ、強そうだな! 何とかしてくれ!」
「ハッ! 自分たちじゃ何もできないからって、他人頼りとは情けねぇ奴らだ! いいぜ、誰でも掛かって――」
ジェイスの言葉が止まる。
乱闘騒ぎの中で彼の前に立ったのは、作務衣を来てバンダナを頭に巻いた長身の男だ。
正直、冒険者には見えない。
というか、蕎麦屋かうどん屋か牛丼屋の店員にしか見えない。
だけど、妙な威圧感があるのは……なんなんだろう。
「なんだ、テメェは……」
「蕎麦屋の哲」
あ、やっぱりお蕎麦屋さんだったんだ。
――じゃなくて!
「カリカリも知ってる冒険者?」
「いや、聞いたこともない。……おかしいな。猫の名前を覚えるのと同じで、一度見たり、聞いたりした冒険者の名前は絶対に忘れないんだが……」
なんかカリカリは無駄に凄い特技を持ってるね……。
あ、蕎麦屋の人が【収納】から何かを取り出した。
あれは……。
打った後の手打ちそばの生地……?
「苛立ってるようだな。そんな時はそば打ちが丁度いい。心が静かになる。お前もやるか?」
「テメェもこの試験をナメてるクチか……! お前のようなイロモノが来るような場所じゃねぇんだよ!」
あぁ! お蕎麦屋さんに向かって、ジェイスが殴りかかった!
パシンッ!
けれど、お蕎麦屋さんはジェイスの拳をなんなく受け止める。
受け止める、というか、そば生地でガードしてる。
ジェイスもプライドを刺激されたのか、表情を歪めながらも何度も拳を繰り出す!
「なめてんのか、テメェ!」
パシンッ! パシンッ! コネっ。
パシンッ! パシンッ! コネっ。
パシンッ! パシンッ! コネっ。
「そば生地こねてるんじゃねぇよ!?」
「そうだな。打ち過ぎはコシが出過ぎてしまう」
「そういう意味じゃねぇ!」
「では、この辺で終わりにしよう。【そば指弾】――」
そう言って、お蕎麦屋さんは何かを指で弾き飛ばす。
そして、次の瞬間には腰が抜けたかのように、ジェイスがへニャリとその場に倒れ込んでいた。
「お前の鼻の奥に、そばの花を丸めたものを撃ち込んだ……」
「それがどうしたってんだ! 鼻の奥にいきなり異物が飛び込んできて、びっくりして倒れちまったが、正直、そばの香りは大好――おうぇっ! クサっ! なんだこれ!? めちゃくちゃクセェ!? おぅぇぇぇ……!」
「そばの花は受粉のために、虫が大好きな肥溜めの臭いを撒き散らす。その臭さは手打ちそばとは別物だ」
「おま……、くそ……、鼻の奥にまで入り込んで、と、取れねぇ……! おえっ! ふ、ふざけ……おえっ!」
「大丈夫だ、安心しろ。喧嘩両成敗として、暴れた奴らには漏れなく【そば指弾】の刑を全員執行してやるからな」
「「「ヒィィィーーーッ!?」」」
…………。
一応、これで訓練場の中の騒ぎは収まったみたいなんだけど……。
「なんか臭くない?」
「そうだな。連中には常に息を吸い続けて欲しいものだ……」
カリカリと一緒に、私たちはどこか遠い目をして、蕎麦屋の哲の暴挙を見つめるしかないのであった。
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