第353話

 ■□■


【???視点】


 暗黒の森の木々は生きている――。


 この木々たちは、天空人の中でも逸脱した者たちが地上に降りてきて、悪環境下でも平気で成長する農作物『バイオ植物』を作る過程で生まれた失敗作だ。


 故に、彼らは劣悪な環境下に適応するために、自身の再生力を高め、頑丈になり、火に耐性を持ち……攻撃を受けたら集団で反撃するといった特性を持っている。


 要するに、木のくせに生き汚いのだ。


 だが、そんな暗黒の森の木々を刈り取って、暗黒の森の内部に集落を作るようなモンスターだっている。


 暗黒の森の木々の再生力を封じ込める程の力の持ち主であれば、それも可能であろうが、それを実際に行うことができるモンスターというのはLIA内でも少ない。


 そして、その希少であり、手強いモンスターであるはずのケイオスサイクロプスの集落は、今一人の女の手によって滅ぼされようとしていた。


 ――ドンッ!


「なんだ、そのヌルイ攻撃は?」

「グオオオォォォーーーッ!」


 全長十メートルはあろうかという真っ黒なひとつ目巨人の拳を、背の高い赤髪の女が片手で受け止める。


 そして、お返しとばかりに、女の小さな拳が小型トラックくらいのサイズはあろうかというケイオスサイクロプスの拳に当たった瞬間に――、


 ケイオスサイクロプスの右腕は、粉々になって、その場で消し飛んでいた。


 ケイオスサイクロプスの肉が、骨が、腱が、血の雨となって辺りに降り注ぐ。


「グギャアアァァァァーーー!?」

「なめてるのか、私を? それともその程度なのか?」


 ケイオスサイクロプスの拳は、まるでビルが丸ごとひとつ飛んでくるぐらいの恐怖映像だというのに、女は涼しい顔だ。


 その胆力はまさにというに相応しいだろう。


「森にこれだけの集落を作る部族だから、期待していたのだがな……」


 呟きを残して、女の姿が掻き消える。


 次の瞬間には、女の正面に立っていたケイオスサイクロプスの上半身が粉微塵になって消し飛んでいた。


 ……いや、それだけじゃない。


 全部で十五体はいたであろうケイオスサイクロプスの上半身がことごとく粉微塵になって吹き飛んでいく。


 恐らくは、高速で動き回って仕留め続けているのだろうが……。


 わざわざ直接打撃を当てずとも倒せるのに、それをしないのは、だからだろう。


 女の攻撃の余波で血の雨が降る。


 それを避けるために木陰で雨宿りをすること五分。


 女は燃えるような真っ赤な髪を揺らしながら……更には全身までをも真紅に染めて……俺の前に姿を現す。


「結局、この程度か。詰まらんな」


 女の髪が燃えるような赤から、神々しい金髪へと戻る。


 ようやく戦闘状態を解いたか……。


 あの状態の時は、下手な刺激を与えると俺でさえも殺されかねない。


 そういう意味でも危険な女だった。


 それにしても――、


 ガワだけ見れば、美しい女なんだよな……。


 腰まで届く金髪ロングに白磁の肌。着ている服はこの森の雰囲気に似つかわしくない豪華で明るい白……いや、今は赤か……のドレス。


 場所が場所でなければ、深層の姫君で通じるような見た目だ。


 だが、コイツはそんな生易しい存在じゃない。


「ガープス、お前は殺らなくて良かったのか?」

「俺が手を出していたら、お前は獲物を取られたと激昂して、俺を殺すだろう? そんな危険なマネができるわけがない……」

「ハッ、人を猛獣のように言うではないか!

だが、確かに獲物を横取りされれば、怒り狂って、お前を殺してたかもしれんな、ハハハ!」

「では、俺の判断は正しかったということだな?」

「抜かせ」


 妖艶な笑顔を見せつつも物騒に語るのは、先代魔王イブリース――その人である。


 彼女と出会えたのは、幸運であったのか、不運であったのかはわからないが、俺……ガープスこと日野優は今のところ、彼女と友好的な関係を築けてるようだ。


 だが、それも砂上の楼閣でしかない。


 今は先代魔王と俺の目的が噛み合ってるから、上手くいってるが、ひとつでもボタンを掛け違えれば、俺が消されてしまう危うさを孕んでいる。


 裏ボスなのに危ない橋を渡らないでよ〜とササさんには怒られそうだが……俺にとってはそれだけの価値がある相手ということだ。


 そもそも、何故こんなことになっているのかというと、俺のユニークスキルをヤマモトに【吸収】されてしまったことが原因だ。


 …………。


 いや、今考えてみてもおかしいよな……?


 なんで、ヤマモトを【吸収】しようとした俺が、ユニークスキルをヤマモトに【吸収】されてるんだ?


 不具合が起きたとしか思えないような意味不明さである。


 結局、ユニークスキルである【吸収】を失った俺は、ユズキとかいうクソプレイヤーにぶっ飛ばされ、当初から予定していた計画を大幅に変更せざるを得なくなったのだ。


 そこで、危険性は高いながらも、上手く利用すれば計画の遅れを取り戻せるであろうアテに思い当たった。


 それが、先代魔王イブリースである。


 そもそも、このNPC――先代魔王イブリースは色々と破綻しているキャラであった。


 千年前の戦争を経験して、闘争の喜びを知り、潜在的に強者との戦闘を何よりも優先する戦闘快楽主義者となったのだ。


 一時は男を追いかけて魔王職を辞し、家庭を持って子を産むなど、まともな側面もあるにはあるのだが……今ではこの通り。


 強敵を探して、暗黒の森を彷徨う日々を送っている。


 そして、破綻してるのは、性格だけではない。


 その強さも、戦闘が成り立たないレベルでのだ。


 それだけの強者。


 だからこその魔物族統一。


 そんな彼女を相手に、対応を間違ったら死ぬのは当然だが、逆に言えば、彼女ほど味方に引き入れられれば、心強い手合いもいないということだ。

 

 そして、俺は開発に携わった者だからこそ、先代魔王が何に興味を持ち、何に激怒するのかを良く知ってる。


 そこさえ、気をつけていれば、大丈夫……なはずだ。


「物足りないのなら、他の種族の集落がある場所に案内するか?」

「ほう、面白い。是非頼む。それにしても、お前は何でも知ってるな? 前に私の補佐をしていたマユンを思い出すよ」

「ふんっ、俺は弱いからな。その分、知識を蓄えるようにしてるのさ」


 そう、先代魔王は闘争に飢えている。


 だから、暗黒の森内に作られるモンスターの集落へ案内すれば、彼女の機嫌を取るのは容易だ。


 ちなみに、モンスターの集落ができあがる場所はほぼ固定で、全部で百箇所以上あったりする。


 それらの場所では、時間が経てば勝手にモンスターの集落ができあがり、例えそれを殲滅したとしても、時間が経てば同じようにモンスターの集落ができあがるといったような仕組みになっている。


 ちなみに、どのモンスターの集落ができあがるのかは、完全にランダム。


 今回のケイオスサイクロプスは、かなり強い部類のモンスターだと思っていたが、それでも先代魔王には全く通じなかった。


 やはり、先代魔王には、単純なステータスの暴力よりも、搦め手が使えるような相手でなければ、勝負にならないのだろう。


 いや、その搦め手さえも、彼女には恐らく届かないのだろうが……。


「ふむ、その知識を私のために惜しげもなく使ってくれるのは嬉しいが……。お前はそれでいいのか?」

「俺としては、パーティーを組んでもらうことで、戦わずして経験値や素材、それに各種称号までもらってる状態だ。むしろ、俺の方こそ、お前さんに感謝してるぐらいだよ」


 特に、先代魔王を利用して、レアモンスターである土着神の亡霊を倒せたのは大きい。


 アイツらは暗黒の森にランダムで湧くが、倒せれば【旧神の克服(小)】が手に入るからな。


 【旧神の克服】は俺の目的にとっても、なくてはならない素養だ。


 できることなら、【旧神の克服(大)】にまで育てておきたいところだが……こればかりは運なので祈るしかない。


「ふむ、それならいいが……。しかし、獲物を狩ることに興味がないとは不思議な奴だ」


 それは違う。


 興味がないわけじゃない。


 だが、下手にコイツから獲物を奪おうとすると殺されるからな。


 だから、戦闘は先代魔王に任せて、俺は運営としての知識を利用して、キャリーしてもらっているといったところだ。


 特に、現状では暗黒の森の中で積極的に活動するプレイヤーはほとんどおらず、モンスターの集落も俺たちだけで独占できているような状態だ。


 即ち、レベル上げの場所としてはかなり効率がいい。


 この状態で最強の先代魔王にキャリーしてもらって、レベルがガンガン上がっているのだから、文句のつけようがないだろう。


 まぁ、戦闘に参加してないせいで、コモンスキルのスキルレベルが上がらないのが難点というくらいか。


 それでも、俺には多くのユーザーから【吸収】したユニークスキルがある。


 それらを活用していけば、コモンスキルのスキルレベルは、そこまで気にするほどのものでもないだろう。


「興味がないわけじゃないが、お前さんほど固執してないだけだ」

「そうか。……まぁ、賢明な判断だ。もし、お前が私の獲物を横から掻っ攫ったりしたら、私はお前を許せないだろうからな」

「あぁ、気をつける」

「あぁ、イザクにしてもそうだ。私の可愛い子……あの子なら、もしかしたら私と対等に戦えるんじゃないかと思って、大事に育ててきたんだ。それを……なぁ? 魔王軍特別大将軍だったか? ソイツに横から掻っ攫われて倒されたら……許せないよなぁ?」

「一応、【遠話】ではヤマモトを降したと言ってはいたが、怪しい部分も多かったな」

「あぁ、そうだ。もし、イザクがそのヤマモトとかいう奴に食われたのなら、私は、そのならないだろう――」


 神妙な面持ちを見せているが、目が笑ってやがる……。


 その顔は楽しみだと言ってるようにしか見えない。


 俺が辟易とした顔を見せるよりも早く、近くの茂みがガサガサと音を立てて揺れる。


 この感じは……アレか。


「うごっ」

「また、邪神の眷属か……」


 直接見ないように視線を逸らし、俺は木陰に隠れる。


 暗黒の森にそんなモンスターが出るようにプログラムを組んだ覚えはないが、これもヤマモトの仕業か?


 暗黒の森に魔王軍特別大将軍が領地を得たという話は聞いたことがある。


 そして、ヤマモトが邪神に進化しているという話もポツポツと聞く。


 それらを結びつけると、自然とヤマモトの手先のように思えるのだが……。


「イブリース、ソイツには物理攻撃がほぼ効かない。やるなら、魔法攻撃の方がいい」

「関係ない」


 俺が木陰に姿を隠したのは、既に先代魔王が臨戦態勢を取っていたからだ。


 髪が緋色に変色し、湧き立つ殺意が邪神の眷属をその場に足止めする。


「うごっ!?」

「何度殺してもお前らは出てくるな。……目障りだ、消えろ」


 パンッ!


 次の瞬間には、邪神の眷属は一瞬で光の粒子となって砕け散り、その場には拳を振り抜いた姿勢のままの先代魔王の姿があった。


 黒の仔山羊……。


 物理攻撃は、必ず1ダメージにしてしまうという特性を持つ邪神の眷属なのだが、先代魔王はそれすらも無視して黒の仔山羊を一撃で葬り去る。


「相変わらず、手応えがないな。詰まらん」


 先代魔王の攻撃はほぼ防げない。


 そもそも、受けることのできない致死の攻撃だ。


 彼女の持つユニークスキルは、ステータス差があろうと、種族スキルが特殊であろうとも防げない。


 防げるとしたら――、


「行くぞ、ガープス。次の狩り場だ」

「へいへい……」


 恐らくは、彼女自身か……俺くらいのものだろう。

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