第352話
「しかし、これは困ったことになったのう!」
正直、殿が某の作品を
某の武具は品質が良く、冒険者たちに人気がある。
某が武具を打つために、この地に逗留しているとわかれば、名のある冒険者たちはこぞって、某の武器を買い求め、この地は潤うことになるだろう。
それを献上する武具と合わせて説明すれば、殿も満足して下さるに違いないと考えていたのだ。
だが、まさか、この領地には冒険者はおろか、冒険者ギルドすら存在しないとは……。
「これは、このダンカンの目をもってしても推し量れなんだわ! ガハハハ!」
領地唯一の工房を後にして、領内をあてもなく歩く。
そこで、すれ違うのは農夫やわっぱや御婦人のような戦いを生業とせぬ者たちばかり。
それに、冒険者ギルドも見当たらぬ。
工房でその情報をくれた鍛冶師の言葉を疑うわけではなかったが、この長閑な雰囲気を見ては、確かに冒険者のような荒くれ者たちが闊歩するには似つかわしくないと納得するしかない。
「いや、だがしかし……。工房の中の倉庫には大量の素材が積み上げられておったではないか! あれは、流石に冒険者の仕事ではないのか! それとも、殿が自らが狩ってきたとかか!」
某が道端でその事実に気づいて騒いでいると――、
「うごっ」
モンスターの素材を大量に抱えて歩く、何か悍ましいものが通り掛かり――、
…………。
あふんっ……。
■□■
「……あ、大丈夫ですか?」
「ここは……?」
おかしい……。
某は領地の中を歩いていたはずなのだが、いつの間にか、どこかの家屋へと収容されてしまったようだ。
一体何があったのだ……。
…………。
くっ……!
何があったのかを思い出そうとすると、頭が割れそうに痛む……。
何かとんでもないことがあった気もするのだが、思い出せぬ……。
「ここは、ヤマモト領にある私の家です。ドワーフのお爺さんが道端で倒れていましたので、とりあえず看病のためにウチに連れ込みましたが、迷惑でしたか?」
「いや、感謝する……。それにしても、見知らぬジジイを自分の家に連れ込むのは少々不用心では?」
「ここは、田舎ですから。皆さん助け合いの精神があるんですよ。そもそも、お爺さんが道端に倒れてるのを見て、放置なんてできないでしょう?」
頭頂部付近から兎の耳が生えた魔物族の女がそう言う。
どうやら、この女が某をここまで運んでくれたらしい。
ふむ、某の肉体には肉が詰まってるからな。
きっと、ここまで運ぶのも重かったであろうに……感謝だ!
「そうか、すまない。迷惑をかけたな! ありがとう!」
「起きたのであれば、枕元に用意した白湯を飲んで下さい。温泉のお湯を薄めたものですが、ひと口飲むだけでも、体から疲れや痛み、全てが取れますよ」
「ポーションのようなものか! 頂こう!」
飲んでみると、なるほど、確かに体の中から痛みと凝り固まったものが解消する感覚がある。
すごいものだな……。
ほぅ、と蕩けながらも、領内を歩き回っていた理由を思い出す。
「そうだ! 世話になったついでですまんのだが、聞いてもいいか!」
「はい、なんでしょうか?」
「ここの領地に冒険者ギルドがないというのは本当か!」
「えぇ、ありませんよ。なにせ、私たちがこれですから……」
そう言って、女は兎の耳を触る。
だが、意味がわからない。
もう少しわかりやすく言ってくれねば、話が分からぬ!
「あぁ、人族にはこれだけでは伝わりませんね。そうですね、少し長い話になるのですが――」
女が話し始めたのは、魔物族内でのヒエラルキーの話だ。
まず、魔物族というものは、力こそが正義だという考え方をしている。
それ故に、力の強い者は弱い者を見下す習性があるようだ。
その
力の弱い魔物族は下に見られて、今の時代でも虐げられているのだという。
そして、この領地に住むのは、そんな力の弱い魔物族の中でも、厄介な特殊能力を持つが故に、迫害を受けてきた者たちが肩を寄せ合って暮らしているのだそうだ。
「我々は他の領地で虐げられていましたが、それを見かねたヤマモト様が、この地への移住を提案して下さったんです。だから、我々はヤマモト様に非常に感謝していますし、ヤマモト様も冒険者ギルドの誘致には非常に慎重なのだと思います」
「そうであるか」
冒険者ギルドをこの領地に招くと様々な冒険者が流入することであろう。
そういった冒険者の中には、領地の外の意識をそのまま領地の中に持ち込もうとする者も多いはずだ。
そこで、また迫害が起こっては意味がない。
故に、殿も冒険者ギルドを設置することに頭を悩ませているのであろう。
だが、多少の疑問も残る。
「魔物族はある程度レベルを上げれば、進化をすることも可能なはず……。あなた方は何故その疎まれる種族に留まっておられるのか?」
「進化したくてもできなかったのですよ。我々兎人種族、サトリ種族、ハーメルン種族は魔物族の中でも特殊能力に優れた種族であり、肉体的な頑強さはありません。直接戦闘をこなせるようなセンス溢れる方は希少なのです。そのため、モンスターを倒すのもなかなか難しく、レベル上げは困難を極めます。それに加えて、他種族にパーティーを組んでもらおうとしても、種族自体が特殊能力のせいで毛嫌いされていますので……」
「だが、皆無というわけではあるまい。進化した者に手伝ってもらって、レベルを上げて進化すれば良いのではないか?」
「進化をした者たちは、先に進むために強固な意思をもってその願いを叶えたのです。そんな者たちに、我々が自分自身の弱さに甘えてレベル上げを頼むというのは、彼らの足を引っ張るも同然です。他人の善意に甘えて、そんなことはできませんよ」
「そうか」
彼女たちには彼女たちなりの矜持があるということか。
彼女は続ける。
「ですが、その風向きも変わってくるかもしれません」
「と、言うと?」
「今の領地の子供たちは高度な教育を受けておりますので、従来の弱かった私たちとは違います。彼らはその教育のおかげで強くなり、領地の外で迫害を受けている同族を救う……この領地に連れてくると息巻いています。もしかしたら、兎人種族やサトリ種族、ハーメルン種族として苦労してきた歴史は私たちの代で終わるのかもしれません」
「そうなるとえぇのう」
「はい」
兎人種族の女は某の言葉に、屈託のない笑顔を見せて笑う。
だが、これで冒険者ギルドがないことも合点がいった。
合点がいったはいいが……果たして、どうしたものか。
某は途方に暮れるのであった。
■□■
兎人種族の女から聞いた話で、この領地の特異性は理解できた。
だからこそ難しい。
この領地では、恐らく武具を必要としていない。
あれだけの素材がありながら、調理器具に加工していたのが良い例だ。
なれば、他領の贈答用として武具を作るのはどうか。
もしくは、交易の品として武具を制作するのも悪くないだろう。
だが、強力な武器を他領に輸出するというのは、他領の戦力を増大させる危険性を含む。
力を持った魔物族がどうなるかは、先の兎人種族の女の言葉からもわかるだろう。
恐らくは魔王国内に不穏な種火を点すことになるのではないか?
そして、殿は魔王国のナンバーツーという立場。
そんな不穏な空気を作り出すことは望んでいないだろう。
ならば、あの工房の鍛冶師と同じように調理器具を作って献上するか?
だが、それは一般の鍛冶師と同じ仕事ができるという証明なだけであって、某の腕の証明にはならん。
ならば、どうするか……。
「うんー、困りましたー……」
領内をうろついていたら、同じく腕を組んでウンウンと唸っているエルフを見つけた。
どうやら、殿の課題は彼の者にとっても難題となってるらしいな。
「調子はどうだね、ミア殿」
「ダンカンさんー、こっちは全然ですー」
「そうか、某も少々行き詰まっておってな……」
「わかりますー、声がいつもより小さいですものー」
「そうか。そうだな……」
某の元気のバロメーターは声の大きさなのか? 解せぬ。
「私の方はー、毒の中には薬として機能するものもあるのでー、そういったものを提供しようかと思っていたのですがー」
「ですが?」
「万能治療薬ともいうべきー、温泉の水があるのでー、ほぼ薬が要らない子になっちゃっててー、困ってますー」
「某もこの領地には武具が必要ないと聞いて、途方に暮れていたところだ……。果たして、何が正解なのか……。それを見つけ、物を作るにしても、一週間という期間はあまりに短く感じる」
「ですよねー……」
日は既に大分傾き、農作業を終えたのか、ポツポツと家に帰り出す農夫の姿が多くなってきた。
彼らの表情はひと仕事終えてきた後だけあって、非常に清々しそうだ。
彼らは陽気そうに誰に憚られることもなく、大声で談笑している。
「やっぱ、一日の締め括りの風呂は格別だよなー!」
「それにしても、俺ら全然畑仕事なんてやってこなかったのによー。適当に土を耕して、種蒔くだけで作物が育っていくってのは、一体どういう仕組みなんだか……」
「そんなのわかんねぇよ! ただ、作るの楽だし、不作もないし、俺たちは食いっぱぐれねぇし、良い事だらけじゃねぇか!」
彼らはそんな会話をしながら歩いていく。
ふむ。
戦闘ができない魔物族であるならば、農耕に精通しているのかと思ったが、どうやらそうでもないようだ。
ならば、突破口はあるのかもしれぬ。
「はわわぁぁぁー、このままですとー、この領地から追い出されちゃいそうですー」
「いや、現状打開の妙手を思いついたぞ! だが、この策を成すには某一人では不可能! ミア殿の手伝いも要するだろう! というわけで、手伝ってはくれぬか!」
「共同作品ということですかー? いいですよー。このままだとー、どのみち追い出されちゃいますからー、その話乗りましたー」
ふんすっと鼻息の荒いミア殿を呼び寄せて、某は二人でコソコソと話し合うのであった――。
■□■
【
「…………」
鍛冶職人であるエルダードワーフのダンカン。
毒に造詣が深いハイエルフのミア。
その二人に、一週間で何か作って提出してね? という課題を与えたのは私だ。
そして、一週間後に領主館にやってきた二人が持ってきたものは……。
「なんでミニトマト?」
二つのお皿に盛られたミニトマトだった。
えーと……。
一週間で作品を作るのは無理だから、農作業を手伝ったとか、そういうことなのかな?
ウチの領地の農作物って成長が早いし、ミニトマトが一週間ぐらいで育つこともあるかもしれないしね。
そして、二つのお皿があるってことは、ダンカンさんとミアさんの分で二つあるってことかな?
見た目はどっちも同じミニトマトに見えるけど、何か違うのかな?
「まずは、左の皿のトマトから食べてみてもらえるか!」
ダンカンさんに言われた通りに左のお皿のミニトマトから食べる。
うん、うん……。
普通のミニトマトだね。
領内で出るいつものミニトマトだ。
「次にー、右のお皿のトマトをー、食べてもらってもいいですかー?」
今度はミアさんに言われたので、右のお皿のミニトマトを食べるんだけど――、
「なにこれ!? あっま!」
いや、甘さがフルーツ並にあるんだけど!
糖度とか十を超えてるんじゃない!?
むしろ、本当にミニトマト!?
「……え? 新しい品種を開発した?」
ドワーフとエルフが揃うと、植物の品種改良ができちゃうのかーと感心してたら、どうも違うみたい。
ダンカンさんが首を振っている。
「その二つの皿に乗ってるのは、どちらも同じ品種じゃ!」
「いや、全然、味が違うんだけど……」
まぁ、見た目は一緒だけどさ。
なおも疑って掛かると、ダンカンさんはようやくネタばらしとばかりに【収納】から何かを取り出す。
それは……一本の
「某たちが共同で作り上げたのが、この鍬だ! これを殿に進呈する!」
「その鍬に一体どんな秘密が……? 【鑑定】」
====================
【達人の鍬】
レア:8
品質:最高品質
耐久:1200/1200
製作:ダンカン、ミア
性能:物攻+57 (斬属性)
【農耕】Lv8
備考:エルダードワーフの名匠がハイエルフの助力を得て作られた鍬。この鍬で土を耕すだけで、作物が育つのに最適な栄養分が土に供給され、理想的な土壌となる。理想的な土壌に根差した作物は熟練の農夫が作る作物に勝るとも劣らない味となることだろう。
====================
「これは……」
「某たちが作り出したのは、【達人の鍬】! この鍬で耕した土に、ミニトマトの株を植え替えたところ、三日で先程食して頂いた味に変わったのだ!」
「えぇ……? その鍬ひとつで味がこんなに変わるものなの……?」
「作り方やー、気候ー、環境でー、農作物の味はいくらでも変わるものですよー。特にこの領地の農作物はー、放っておいてもすぐ育つみたいなのでー、農夫の皆さんは特に専門的な知識もー、どうやれば美味しく育つとかのー、創意工夫もしてこなかったようですー」
まぁ、確かに。
元々、
それを引き継いだ領民も、まぁ、そういう育て方するよねって感じだ。
更に、農業チームのリーダーであるザックさんには、交易品として、量や種類の確保は命じてたけど、味の改善についてはひとつも注文をつけなかったし。
そもそも、こういう味だと思ってたし……。
こんな簡単なことで、もっと美味しくなるなんて盲点だったよ!
「某たちの作った鍬は、例え、使い手が素人であったとしても、その道具を握ればたちまちの内に達人級の腕前に変えてしまうというもの! 道具が人を一流にする! これこそ、一流の職人の仕事というものだな! ガハハハ!」
「食物を育てる栄養素の算出はー、私がやりましたのでー、その辺も評価して下さいー」
例え、人材不足であろうと、素晴らしい道具を持てば、たちまち達人に――。
人材不足を嘆く我が領地に、新たな光明が差し込んだ気分だよ。
私一人じゃ気付けなかった部分を気づかせてくれた――。
凄腕鍛冶職人と成分分析の研究家の力……申し分ないね。
「うん、大満足。二人をこの領地の領民として迎え入れます。ようこそ、ヤマモト領へ」
私の言葉を聞いて、ダンカンさんとニアさんがガシッと握手を交わしてるけど……。
えーと、ドワーフとエルフって仲が悪いんじゃなかったっけ?
それとも、LIAでは特には、そういう設定はない感じ?
…………。
ま、いっか。
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