第344話

 ■□■


学園担当ジャック視点】


「――冒険担当クラブの方は今頃ちゃんとやってるのかなぁ? それにしても、外套でほぼ隠してるとはいえ、なにこの際どい衣装……。色んな意味で凄いね、冒険担当クラブ。でも、慣れればちょっと快感……いやないね。ないない……ん? なんか沢山人がいるね?」


 冒険担当のお色気忍者衣装に文句を言いながらも、とりあえずテンジンダンジョン五階層までやってきた私は、ダンジョンを先行して潜っている冒険者パーティーらしき集団を見つけた。


 というか、パーティーというよりはクラン?


 十人以上がどやどやと前を歩いてるね。


 冒険担当クラブに無理を言って、一日だけ役割を入れ替わってもらった私は、当初の予定通りにテンジンダンジョンに潜っていた。


 現在、テンジンダンジョンでは、EODのミチザネよりも凶悪で恐ろしいといわれる謎のモンスターが出現していることもあり、普通の人ならダンジョンに行くことを躊躇するんだけど……。


 冒険者にとっては、特殊なモンスターこそ儲け話なんだよね。


 というわけで、ここぞとばかりにダンジョンに挑む人がそこそこいるみたい。


 しかも、なんか会話を聞いてる限りだと、前を歩く集団はプレイヤーっぽいね。


 私はなるべく気づかれないように、【隠形】スキルの最上位スキルである【遮絶】のスキルを使って気配を消し、プレイヤーたちの後を尾ける。


 まぁ、別に違う道を歩いてもいいんだけど、下の階層を目指すにはこの道が早いから、わざわざ遠回りをする気がないというか……。


 それに、あの人たちに気を使ってわざわざ遠回りするのは、ちょっと意識してるみたいで嫌だというか……。


 なので、スタスタと後を尾けるようにして歩いていく。


 なお、【遮絶】を使ったのは、お色気忍者衣装を見られるのが恥ずかしかったからであり、別に背後から襲おうとか、そういうことは微塵も思っていないことだけは言っておこうかな?


「しかし、見たこともないモンスターなぁ。デスゲームの中でそんなのに挑むって危なくねぇか?」


 虫型やら、獣型やら、色んな種類の魔物族で構成されたクランの人たち。


 ステータスが高いせいか、彼らの会話が聞きたくもないのに聞こえてきてしまう。


「確かに危ないけどよー。チャンスでもあるだろ? いつまでもうだつの上がらない冒険者をやってるつもりもねぇし。夢はでっかくヤマモトみたいに成り上がりを目指そうぜ? せめて、ヤマモトぐらいじゃなくともユズキぐらいには成り上がりてぇだろ?」

「まぁ、夢を語るのはタダだしな。それに、現実同様に堅実な生き方をしてちゃあ、折角、VRMMOで冒険者になった意味ないし」

「まぁ、デスゲームは余計だがな」

「それな。デスゲームじゃなきゃ、もっと大胆に動けるんだがな」

「言っても、今回の『テンジンダンジョンの悪夢』はって話だし、ある程度安全に挑めることを確認してから挑むんだけどな……」

「いやいや、死者はいなくとも精神に異常をきたした奴らが大勢いるんだろ? 十分危ねぇって」

「まぁ、その精神に異常をきたした奴らも、近くにあるセーフティーエリアまで悪夢に運んでもらって死ぬことはねぇんだがな」

「なんなんだろうな、その変なモンスターは? 気遣いの塊モンスターか?」

「運営もたまにはまともなイベントを用意してるってことじゃねぇの?」


 テンジンダンジョンの悪夢とか呼ばれるモンスターなのに、冒険者を一切傷つける気配がない不思議なモンスター。


 今回の私の目的もだ。


 そのモンスターがテンジンダンジョンに現れたことによって、普段はダンジョンで経験値稼ぎをしてるような学生まで「危険だから」とダンジョンに潜らなくなってしまった。


 その結果、経験値稼ぎを兼ねて、学園ランキング戦で私に挑みにくる人数が多くなってしまい、色々と難儀してるのだ。


 というわけで、そのモンスターをどうにかするのが、今回の私の目的である。


 ――まぁ、、だけど。


「とにかく、浪漫を追い求めていこうぜ、浪漫をよ!」

「危なくなったら、迷宮抜けの紐もあるし、強気で行こうじゃねぇの!」

「目指せ成り上がりだな! よっしゃ、景気よく行こうぜ!」


 前を行く冒険者たちは気分が乗ったのか、歩きながら歌を歌い始める。


 あ、この曲……有名なポップスだ。


 しかも、凄く上手い。


 ダンジョン内で歌なんか歌ってもいいのかな? と思いつつも、私もなんだか楽しくなってきたので、ちょっと一緒に歌ってみる。


 ふんふんふーん♪


「待て……!」


 すると、急に冒険者の人たちが真剣な面持ちになって歩みを止めた。


 え、なに? モンスター?


 キョロキョロと辺りを見回してみるんだけど、モンスターの姿は見えない。


 一体どうしたんだろ……?


「聞こえたな?」

「あぁ、全身に怖気が走ったぜ……」

「体の震えが止まらねぇ……。なんだ、今の冒涜的な歌声は……」


 …………。


 冒涜的な歌声?


 そんなの聞こえたかなぁ……?


「気をつけろ! 今の歌声には精神汚染の力があるかもしれない! 聞いただけで吐き気がする程の絶望的な音感の無さが、俺たちの耳を腐らせようとしているんだ!」

「なんでだよ……。どうしたら、yoneyoneクラブのマロン飛行をそこまで音程外して歌えるんだよ……。ジャ○アンだって、もう少しマシなリサイタルできるぞ……」

「メジャーデビュー目前のインディーズバンドである俺たち相手にクソみたいな音程で割り込んでこられたみんなの怒りはわかるが……一旦落ち着こう。もしかしたら、今のがテンジンダンジョンの悪夢と呼ばれる新種のモンスターの精神攻撃なのかもしれないからな……」

「リーダー……わかったよ」


 えーと……。


 もしかして、ボロクソに私の鼻歌がディスられてる?


 …………。


 泣いていいかな……?


 カツン……、カツン……。


 私が自分の音楽の才能の無さに絶望していたら、ダンジョンの通路の奥から小さな足音が聞こえてくる。


 それは、斥候役らしき猿の姿をしたプレイヤーも気づいたらしく、全員に静かにしろと合図を送る。


 元々、テンジンダンジョンは自然にできたような洞窟ではなく、何かしらの手が入った遺跡のようなダンジョンだ。


 その分、通路も真っ直ぐだし、天井にも照明が設置されていて、見通しがよい。


 その見通しのよい通路の中を、何か黒い物体がゆっくりと歩いてきていた。


 パチパチパチッ!


 照明も、その存在を恐れるかのように明滅を繰り返し、その存在がいるであろう場所だけ照明が消え、その存在を影の中へと隠そうとする。


 まるで、ホラー映画のような展開にちょっとだけ腰が引ける。


 まぁ、私の魔物族アイは暗闇であろうと、はっきりくっきりとなんでも見通すから、そこまで恐れる必要はないんだけどね……!


「みんな、戦闘態勢! テンジンダンジョンの悪夢が来た! 絶対に直視するな! 精神に異常をきたすぞ! 視界の隅に留める感じで、相手の動きを感じ取れ!」

「「「おうっ!」」」


 …………。


 どうも、はっきりくっきりと見てはいけないものだったみたい……。


 私が見ている目の前で、冒険者の人たちがテキパキと隊列を整えていく。


 その様子を見る限りだと、あらかじめ作戦を練ってたようだね。


 動きに淀みがないよ。


「悪夢に物理攻撃は効果が薄い! だが、そういう奴は大抵魔法攻撃に弱いっていうのが相場だ! 前衛は無理せず防御を固めろ! 後衛はとにかく攻撃魔法を撃って、撃って、撃ちまくれ! ――よぉし、やれ!」


 前を行くリーダーさんの言葉通りに、体格の大きい冒険者たちがズラリと並んで道を塞ぎ、後衛の【火魔法】を取得しているらしい冒険者たちが、次々にテンジンダンジョンの悪夢に向かって魔法を放つ。


 体格の大きいプレイヤーたちのせいで、前が見辛いんだけど、とにかく前方でドッカンドッカンやってるところを見ると、激しい攻撃が行われてるのだろう。


 私はそんな冒険者たちの間をひょいひょいとすり抜けながら、前方に進んでいく。


 タンク役の前衛をすり抜けた辺りから、背後から【火魔法】が飛んできて食らったりもしたけど、大してダメージもないので放っておく。


 そんなことよりも、私はテンジンダンジョンの悪夢と呼ばれる相手に接触する必要があった。


「――おい、待て! 魔法を撃つのをやめろ! 誰かいる!」

「一体いつの間に、あんなところに人影が!?」

「というか、危ないぞ! 逃げろ!」


 どうやら、ダメージを食らったことで【遮絶】の効果が切れたらしい。


 でも、それも関係がない。


 私の目的は、もう目の前にいたのだから……。


「…………」

「…………」


 私はテンジンダンジョンの悪夢と呼ばれる存在の前に姿勢を正して立つと、素早く腰を九十度に折って頭を下げる。


「すみませんでしたっ!」

「……うごっ」


 出し抜けのゴメンナサイ一発。


 私の謝罪を受け取って満足したのか、テンジンダンジョンの悪夢はその場で光の粒子となって消え失せる。


 そうして、ようやくテンジンダンジョンの悪夢と呼ばれたモンスターは、その場からいなくなったのであった――。


 ■□■


 さて。


 ここらでネタばらしというか、なんでこんなことになったのか? という話をしておこう。


 そう。


 事の起こりは、凡そ二ヶ月前の一学期期末の実技試験から始まっている。


 その時に行われた実技試験は、カミラ――要するにネカマをしていた佐々木幸一によって、邪魔されてぐちゃぐちゃになって終了しちゃったわけなんだけど……。


 その時に馬車を引いていた山羊君を、私は佐々木にけしかけたんだよね。


 けれど、佐々木のユニークスキルの効果(?)のせいで、山羊君が唐突に転移トラップに巻き込まれて消えちゃうという不測の事態に陥った。


 当然、転移トラップというだけなので、山羊君はテンジンダンジョンの中で生きていて、うごうごと辺りを徘徊し始めるんだけど……。


 それに、私は気づいておらず、長い間ずーっと放置し続けてしまったというわけだ。


 いやね?


 言い訳をするのであれば、当時は佐々木との対決やら、生徒や先生を救わなきゃいけないっていうんで大忙しだったんだよ!


 そうやって優先度が高いものを優先してる内に、やっぱり優先度が低いことっていうのは忘れていっちゃうじゃない?


 だから、山羊君には悪いんだけど、完全に忘れちゃってたんだよね。


 けれど、放置された山羊君は、いつか私が迎えに来てくれるのを待ってたみたい。


 テンジンダンジョンのモンスターを狩りつつ、二ヶ月近くもダンジョンの深層で潜んでたみたいなんだよね。


 で、いい加減、私からの接触がないことに痺れを切らし始めたのか、徐々に浅層まで上がってきて――。


 結果、冒険者にその姿を発見され、新種のモンスターと思われて追いかけ回されるようになったみたい。


 私がそんな山羊君に気づいたのは、ユフィちゃんにテンジンダンジョンでこんな噂があるんですけど、と相談された時だ。


 ユフィちゃんもヤマモト教の巫女だし、ヤマモト領で山羊くんを見かけてたからね。


 テンジンダンジョンでの謎のモンスターの目撃証言がことごとく山羊君に一致することに気づいて、私に教えてくれたんだと思う。


 それを聞いて、「あ、そういえば……」と私もようやく思い出したんだよね。


 で、思い出したからには問題を解決しようと思って、遠隔から山羊君を送還しようとしたんだけど――、


 ▶黒い仔山羊は送還命令を拒否しました。

 ▶黒い仔山羊はスネています。


 とかいう、謎のメッセージが出てきて送還できなかったんだよ……。


 まぁ、二ヶ月も放っといて、「お前帰れ」とかいきなり言われても、納得できないのはわかるけど……。


 仕方ないので直接会って謝りに行こうと決めて、一日だけ冒険担当クラブに役割を代わってもらって、謝りに来たわけなんだけど……。


「うおー! すっげぇ! 何だアイツ! テンジンダンジョンの悪夢を謝罪しただけで倒しちまったぞ!」

「馬鹿野郎、あの格好を見りゃわかるだろ! アイツはクラン・せんぷくのヤマモトだ! 魔王軍特別大将軍にして、最強のプレイヤーだ!」

「流石、運営の一人を殺したPK! 奴は謝るだけで相手を殺せるのか!」


 私に関する誤った情報が出回りそうで、今、凄く後悔してる……。


 うん。


 山羊君は私に直接謝られて、機嫌を直したから送還に応じただけで、私は別に山羊君に攻撃を加えたりとかは一切してないからね?


 なんか、謝罪を凄い攻撃のように言わないで欲しいかな?


「あのー、ごめんね?」


 山羊君を獲物に定めていたであろうクランの皆さんにも、一応、今回の件が空振りになったことを謝る。


 今回の件は、大体私が悪いしね。


 そしたら、


「うわぁぁぁ! 俺たちも謝って殺すつもりだ!」

「やっぱり、シリアルキラーって噂は本当なんだ!」

「に、逃げろぉぉぉ!」


 クランの皆さんはダカダカと連れ立って逃げていってしまった。


 …………。


 いや、謝るだけで人を殺せるとか、普通に考えておかしいでしょ!


 私は憤慨しつつも、


「帰ろう……」


 ちょっとだけしょんぼりとした気分で帰路につくのであった。


 ■□■


 ちなみに後日掲示板を覗いてみたら――、


====================


[デスゲームの名無し]

ヤマモトは謝罪だけで相手を殺せる


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 とか書いてあったんですけど……。


 流石に、風評被害が過ぎませんかね……?

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