第七章、魔王vs魔王? 強者同士の戦いは魔都炎上がフォーマット

第341話

【イザク視点】


 チェチェック貴族学園でのボクの仕事は終わった。


 学園を出て、チェチェックを出て、更に北へ――。


 目指すは砂漠都市フィザ。


 そこには、随分と腕の良い武器職人がいるらしい。


 なんでも、どんな相手であろうとも必ず一定のダメージを与えられる武器が作れるんだとか。


 今のボクには、喉から手が出るくらいに欲しい武器だ。何故なら……。


「はぁ……」


 少しだけ赤く腫れた拳を擦りながら、ボクはため息を吐く。


「なんなの? あの硬さ?」


 魔王軍特別大将軍ヤマモト――。


 彼女は強い。


 むしろ、強すぎた。


 今まで大人しく暗黒の森で暮らしていた母が興味を持つぐらいに強いのはわかっていたけど、ボクの想像を遥かに超えていた。


 立ち合うまではそんなでもなかったけど、対峙した瞬間にわかった。


 あ、これ、魔神クラスだ――って。


 だから、いきなりユニークスキルを使った。


 使わなければ勝てない相手だったから使った。


 使わずに圧勝できるような相手だったら良かったんだけど、それは無理そうだったから使った。


 保険として、絶対に勝てるルブ・カンブレラルールを指定しておいたのもよかった。


 これでもし、ボクが真っ当に戦って負けていたら……うん。


 ……思いだ。


 ボクはその想像を振り払うように頭を振ると、【収納】から【遠話】の魔法陣を取り出して母に繋ぐ。


「あぁ、もしもし、母さん? 終わったよ。……何って、魔王軍特別大将軍の実力を測ってこいって言ったのは母さんじゃないか。うん、そう。勝ったよ。全然大したことなかった。無傷の完全勝利。だから、からね。……え? 隣で怪しんでる奴がいる? ルブ・カンブレラルールでやったんじゃないかって? ははは、そんな手抜きはしないよ。だから、本当絶対に動かないでね。本当に、本当にだからね? じゃあ、切るよ。冬の長期休みには帰るから、じゃあね」


 【遠話】の魔法陣をやや一方的に停止する。


 一応、事実だけを説明したけど、かなり怪しんでたなぁ……。


 というか、いつもの母なら疑うことなんてしないのに……。


 それもこれも、母の傍にいつの間にか取り入ったアイツのせいだ。


 ――ガープス。


 暗黒の森の浅層で母に拾われたという彼は、母に取り入り、今では母の参謀気取りだ。


 彼が母をどう言いくるめたのかは知らないけど、強者に興味を持つ母のさがを上手く突いたのだろう。


 母は魔王軍特別大将軍ヤマモトに興味を示し、そして、戦うことを考え始めた。


 それを察知した母の古い馴染みから、ボクに連絡が来て、ボクはヤマモトがことを証明するために、王都の貴族学園からチェチェックの貴族学園にまでやってきたのだ。


 そして、完勝してみせた。


 それこそ、派手に煽って、ヤマモトはこの程度だと噂が流れるように仕向けた。


 あれだけ派手に負けたのだ。


 恐らく、噂は母のもとにまで届くだろう。


 それでも、母がヤマモトに興味を失うかは五分五分。


 興味を失わなかったら……あれだけヤマモトを煽ったのだ。


 ヤマモトが魔将杯でリベンジに現れるのを待って、今度こそボクが完膚なきまでに倒すしかない。


 そのためのフィザ行きだ。


 あんな硬い奴とやり合うなら、特殊な武器がいる。


「フィザで武器を調達して……それでも無理そうなら、ヤマモトに事情を話して協力を仰ぐかな。けど、魔物族なんて自己中の集まりだしなぁ。ボクの言うことなんか聞いてくれないだろうし。そもそも、トラップルームを作って、人を嵌めて人が藻掻く様子を楽しむような奴がマトモなわけがないだろうし」


 濃い霧が立ち込める道を歩きながら、ボクは片手で顔を覆う。


 今なら人もいないし、吐露できるか?


 いいや、吐露しちゃおう。


 ストレスは体に良くないしね!


「そもそも、母さんがヤマモトと戦おうとどうしようと、そんなのボクにとってはどうだっていいんだよ! ただ問題なのは、強い奴と戦いたいって理由だけで、大陸ひとつ征服して、国を興すような馬鹿げたスケールの母親が、ちょっとムカついたからって魔王国の領都三つを消し飛ばすような特別大将軍バカと本気でやりあったら、この大陸が更地になるだろうってことが問題なだけで!」


 あぁ、駄目だ。


 考えるだけで頭痛い……。


 本当に、これから降りかかるかもしれない不幸をボクに止められるんだろうか……。


「やろうとしてるのは、英雄とか、救世主とか、そういう奴のやることだよね……。そういうのはガラじゃないってことはボクでもわかってるっていうのに、母が関わるとみんな尻込みして、ボクになすりつけるんだもん……。勘弁してよ……」


 むしろ、英雄願望のある人がいるなら、代われるものなら代わって欲しいぐらいだ。


 あーぁ、どこかに野良の英雄とか落ちてないかな……。


 参謀気取りは落ちてたみたいだし、英雄気取りもワンチャンあるのでは?


 …………。


 はぁ、現実逃避はやめよう。


「それに、ヤマモトには多分、ボクのユニークスキルもバレたんじゃないかな? なんかそんな気がするんだよなぁ。そうなると、益々苦しくなるかな。けど、まぁ、ボクのユニークスキルはわかっていたからって、どうにもならないけどね――」


 ■□■


学園担当ジャック視点】


「――じゃあ、その子のユニークスキルは【時間停止】だっていうの?」

「そう。本体にも確認したから間違いないよ」

「なんで本体?」

「【まねっこ動物】で取得できるスキルに【ちょっとだけ時間停止】っていうスキルが出てたからね」

「なるほど」


 空まで届くような不安定な高層建築が建ち並ぶ天空都市チェチェック――。


 その建築物のひとつ、天国珈琲と看板の掲げられた店に入り、転移魔法陣の上に乗ったら、あら不思議。


 次の瞬間には地上十五階の展望カフェにご招待だ。


 周囲は透明度の低いガラス張りながらも、薄っすらと街の様子が見え、ここを利用する客はそんな街の様子を楽しみながら、更に、この店自体がグラグラと揺れる様子も楽しみながら、珈琲を飲んでいる。


 というか、チェチェックの背の高い建物ってこういうグラグラ設計が結構多いんだよねー。


 それなのに何故か倒れない不思議。


 どういう造りになってるのか興味あるけど、多分、聞いてもわかんないだろうなーと思っているので、特には聞かない。


 ユフィちゃん辺りに聞けばわかりやすく教えてくれるのかもしれないけど……。


 まぁ、そんな展望カフェの一角で、私は砂漠都市フィザに帰ろうとしていた冒険担当クラブを取っ捕まえて、一緒に珈琲を飲んでいた。


 冒険担当クラブの方は無事に魔王の護衛任務を果たし、護衛役はフォーザインにて魔王軍の正規兵とバトンタッチ。


 デスゲーム担当スペードの方も、リンム・ランムが正式に魔王国の属国となった関係で、色々とやることがあるとリンム・ランムに戻っていったし、屋敷担当クイーンも領地の様子が心配だと、急いで暗黒の森へと帰っていった次第である。


 私が冒険担当クラブを捕まえたのは、ツナさんが知り合いの冒険者に賭けで奪われた装備やら何やらを返すために、少し時間が欲しいとチェチェックに逗留していたので呼び出した感じだ。


「それで? 時間を止められて、ボコボコにされて負けたと?」

「別に、ボコボコにはされてないよ。優しく場外に横たえられただけで」


 微小なダメージはあったかもしれないけど、すぐ回復しちゃったから、正直止められた時間の中で攻撃を受けてたのかも不透明なんだよねー。


 ユフィちゃんは、イザクちゃんくんの拳が赤くなってたとか何とか言ってたけど、ダメージがないなら、実質攻撃されてないのと同じだし。


「階段を戻されたポルポルみたいな現象だね。超スピードみたいなちゃちなものじゃねーだったっけ? けど、マズくない? 公衆の面前で負けたってなると、魔王から何を言われるかわかんないよ? あと、学園の生徒の態度が変わったりさー」

「魔王は何も言ってこないね。まだ耳に届いてないのかもしれないけど。学園の生徒はねー」


 というか、それのせいで相談もあって、冒険担当クラブを呼び出しのである。


 私が言い淀むのをみて、冒険担当も気づいたようだ。


「なんかあった?」

「ちょっと侮られて、挑戦者が増えてるんだよね。ユフィちゃんにも防波堤になってもらってるんだけど、なかなか減らなくてねぇ」


 おかげさまで、学園内ランキングが上がる上がる!


 そんなの望んでないのに!


 というか、ユフィちゃん含めて、既に学園内ランキングの十傑に入ってしまってるんだよね。


 そうなるとそうなるで、今度は学園内ランキングの一発逆転を狙って挑戦者が現れたりして……と嫌なスパイラルに陥ってたりする。


 このままじゃ、別に狙ってもないのにイザクちゃんくんとリベンジ戦までいきそうな気がするよ……。


「それは、油断で負けた学園担当ジャックの責任でしょ? 甘んじて、挑戦者をボコボコにするしかないんじゃない?」

「それはそうなんだけど、私にもやることがあるというか、なんというか……」

「やること? なんかあったっけ?」

冒険担当クラブはテンジンダンジョンは知ってるよね?」

「チェチェックの地下にある奴でしょ? 知ってる知ってる。一度、ミチザネとも戦ってるしね」

「あそこに、今、ミチザネとは違う超強力なモンスターが出るらしいんだよ」

「超強力なモンスター? それってEOD?」

「EODともちょっと違うというか……」


 私は問い詰めてくる冒険担当クラブから、すっと目を逸らす。


 その分、冒険担当クラブの目つきがキツくなったような気がするのは気の所為だと信じたい。


「とにかく、強力なモンスターがテンジンダンジョンをウロついてるせいで、学園の生徒もテンジンダンジョンに潜って気軽にレベル上げができなくなってるんだよ。その結果、学園内で対人戦が活発になってるんじゃないかって、ロウワンくんが言ってたんだよね」


 一応、対人戦でも経験値はもらえるからね。


 もちろん、対人戦で普通に勝利すればガッポリもらえるんだけど、たとえ勝てなくても、相手とのレベル差があれば、それなりにもらえるらしくって……。


 結果、私に挑む人が後を断たないみたいなんだよね。


 そして、あわよくば、私を倒せちゃったりなんかしたりして……みたいな考え方の人が多いみたいで……。


 最近、凄く忙しいんだよ!


「ダンジョンの異常を解決できれば、学園内での対人戦熱も鎮静化するんじゃないかと?」

「私と戦うのを順番待ちするよりも、ダンジョン内でモンスターと連戦する方が経験値効率がいいからね。そろそろ、学園内ランキングも終わりそうだし、追い込みをかける人はそっちに行くんじゃないかっていうのが、ロウワンくんの意見だったね」

「ふぅん。まぁ、一日一回できるかどうかもわからない対人戦を期待するよりも、ダンジョンに潜った方がそりゃ経験値効率はいいと思うけど……」


 冒険担当クラブがすっごく怪しんでるような目でこちらを見てくる。


 な、なんか態度に出てたかな……?


「それで? なんで、私を呼び出していちいちそんな話をするのかな?」

「えーと、相談がありまして……」

「嫌な予感しかしないんだけど?」


 いや、多分そんな嫌なことじゃないよ。


 多分だけどね。


学園担当わたし冒険担当わたしでさ」

「うん」

「明日、一日だけ役割交換しない?」

「うん……?」


 冒険担当クラブはしばらく考え込み、チョコレートケーキを店員さんに頼んだ後で、真剣な眼差しをこちらに向ける。


「それ、意味ある?」


 あるんだよ!


 私にとっては、だけど!

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