第340話

【日下部視点】


 口内に無数に出来上がった口内炎――。


 そこに捩じ込まれる熱々のタコ焼き――。


 美味しい……、美味しいのだけど……。


 痛くて、痛くて、堪らない……!


 涙がじわりと視界をぼやかし、苦しみ、美味さ、痛み、熱さ、息苦しさ、諸々が重なり合って、私はその場で声にならない悲鳴をあげる。


 だけど、いくら拒否しようとも、熱々のタコ焼きは、私の口内にパンパンに詰められていき――、


「もう限界だ! もうやめてくれ……!」

「限界なのは、私の方なんだけどねぇ?」

「え? あ!? や、八津川さん……!?」

「おはよう。勤務中だけどいい夢見れたかね?」

「え、あ、その……。寝てましたか、私?」

「そりゃあ、グッスリとね」


 うっ、不覚……。


 私はガックリと項垂れる。


「まぁ、八津川さん。日下部くんも先日戻ってきたばかりなんですから……。がまだ抜けてないんですよ」

「それじゃあ、困るんだけどねぇ……。日下部くん、もう一回行く予定だろう? そんなんじゃ、死んじゃうんじゃないの?」

「は、はい! 今から緊張感をもって臨みます!」


 直属の上司である八津川さんに諭されて、私は背筋の伸びる思いで返事をするのだが、「いやいやそうじゃない」と八津川さんは首を横に振る。


「日下部くんはメンタルが仕事に影響を及ぼすタイプだからね。どちらかというと、変に緊張するよりも、今までの出来事を頭の中で整理して、自分が今、どういう立場なのかをきちんと理解して臨んだ方がいいよ」

「頭の中を……、整理ですか?」

「うん。君の中の正義をきちんと定義しておいた方がいい。特に、今回の件は捜査本部の中でも意見が割れてるところもあるしね」

「は、はい! 考えてみます!」


 八津川さんにそう言われて、私はじっくりと今までの出来事を思い返していく――。


 ■□■


 ――今回の事件に大きな進展があったのは、二週間程前のことだ。


 病院に搬送されていたLIAの一人が、ベッドの上で奇跡的に意識を取り戻すという出来事が起きた。


 今までも命を落とさずにLIAから生還できた人間は少なからずいたのだが、いずれも脳に深刻なダメージを負っているために、目を覚まさずにそのままという状態であったり、目を覚ましているが受け答えに全く反応せずといった状態であったり……それこそ生きる屍といえるような状態での帰還だったのだ。


 そこに、意識を正常に保って帰還したLIA被害者が現れたのだから堪らない。


 彼は一躍ヒーローとなり、マスコミ各社は奇跡の人として囃し立てたのだが、警察がそのヒーローのデバイス内を確認したところ、彼がデスゲームの中でPK行為に及んでいたことが判明した。


 そのため、彼は一転してヒーローから殺人犯として逮捕されることになるのだが……話はそこで終わらない。


 彼のデバイス内には、殺人の証拠である記録映像と共に、何者かに捕らわれて人体実験を受けている様子が映し出されていたのだ。


 人体実験をしていたのは、銀髪の女。


 ただし、ゲーム中のの影響か、女の映像は酷く不明瞭な形でしか確認できない。


 ただ、わかったこともある。


 女はどうやら人体実験を繰り返して、強制ログアウトする方法を探っていたようなのだ。


 そして、それに成功した結果、こうしてプレイヤーの一部が現実世界に戻ってきた……ということらしい。


 それがわかった瞬間、捜査本部には激震が走った。


 女の手法に驚いたということもあるが、これでデスゲームを終わらせられるのでは? という期待が膨らんだのもある。


 だが、それ以上に、女の手法を疑問視する声も多かった。


 女の手法は非人道的であり、その方法に嫌悪感を抱く者も大勢いたのだ。


 とにかく、その存在は事件を終わらせるためのひとつの突破口として、議論が激しく交わされることとなった。


 女を援護し、一人ずつでもいいからデスゲームからの帰還者を増やすべきだ、という意見もあれば、手法がわかっているのであれば、一般人に頼らずとも警察が代わりに主導で実施すべきではないのか? という意見もあったし、また、女の手法のメカニズムが解析できれば、もっと簡単な方法……それこそ、拷問紛いの手段を取らずとも……デスゲームから脱出できるのでは? といった意見が飛び交ったのだ。


 だが、その会議の中で、ひとつ大きな問題が指摘されることになる。


 女はLIA内にいるため、強制ログアウトが成功した事実をわかっていないのでは? という指摘である。


 その指摘は正解だったようで、続けて二人、三人と無事にプレイヤーがLIAより帰還する。


 しかも、全員がPKを楽しんでいた危険人物というオマケ付きだ。


 女は恐らく、成功しているかどうかもわからない危険な実験に、一般人を巻き込むことを良しとはしていなかったのだろう。


 その心意気は汲みたいところだが、現実世界の我々としてはもっと罪のない一般人を助け出して欲しいという思いが強い。


 意を決した捜査本部は、誰かがデスゲーム内に飛び込んで、女に外部の情報を伝えることを決定。


 そして、なるべく弱い立場の人間を救ってもらえないかと頼むことにしたのだ。


 その役割に、当初はプロゲーマーを投入する予定だったのだが、プロゲーマーもプロといえど一般人である。


 命の危険があるデスゲームに一般人を投入するのはどうなのか? という意見が出て、状況が膠着することになる。


 そもそも、プロゲーマーを送り込んだとしても、そのプロゲーマーが懸命になって女を探す保証がない。


 ゲーマーなのだから、女を探すのはついでとばかりに遊び呆ける可能性だってある。


 なので、捜査本部では警察官の中から四人ほど、LIAにログインする者を選ぶことにした。


 振り分けとしては、人族側スタートで二人、魔物族側スタートで二人。


 その四人の一人に私は立候補したのである。


 元々、VRMMORPGの腕には少し自信があったし、そもそも私はLIAの初回出荷の抽選に外れて、すぐに二次出荷の抽選に応募するくらいにはLIAをプレイしたいと思っていたのだ。


 それが、デスゲームが始まり、一般人は決してLIAをプレイしないようにと、お上からの通達があって……正直、もうプレイできないのでは? と諦めている部分もあった。


 だが、実益を兼ねてプレイできるというのであれば、これほどオイシイ話もないだろう。


 私としては、居ても立っても居られずに立候補したのだが、蓋を開けてみると立候補したのは、私一人だけだったようだ。


 流石に刑事という職業をやっていると、VRMMORPGをやり込む時間がないので腕に自信がないだとか、そもそも命の危険があるゲームに家族を残して飛び込めないだとか、色々なしがらみがあって、立候補者は私一人だけだったようだ。


 確かに考えてみれば、いつ帰ってこれるかわからない命懸けの任務……。


 軽い気持ちで受けるような仕事ではない。


 だが……。


 だが、私はLIAがやりたい……っ!


 もちろん、女は探すし、任務は全うする!


 けれど、それと同時にLIAも少しだけ堪能したいのだ!


 その思いは日々募り、私は候補者四人が決まるよりも早く、上層部に直接掛け合うことにした。


 そもそも、LIA内では体感時間が加速されており、現実の一日の間にゲーム内では二日が進む。


 立候補者が決まっていないのであればともかく、既に一人は決まっているのだから、無駄に待機時間が伸びれば伸びるほど、状況が変わってしまい、女を探し出すのが困難になってしまう。


 私は、そのことを上層部に説き、結果として一人だけ早くLIAにログインする許可が降りたのだった。


 あとは、不明瞭な女のデータと、もしかしたら、デスゲームの黒幕たる運営に接触する機会があることも考えて、捜査資料をデバイス内に詰め込む。


 そして、私はLIAへと単身乗り込んでいったのである――。


 ……ちょっとウキウキしながらだが。


 ■□■


 その後は、運良く銀髪の女――ヤマモトと会うことができ、ヤマモトの計画によって、運営の一人である宮本真咲をゲーム外に排除することに成功した。


 だが、ヤマモトとしては、本当に殺さずに排除できたのか懐疑的だったのだろう。


 始まりの街ファースで待機する私と接触を試み、現実世界に私を戻すので本当に宮本真咲が無事に逮捕されているのか確認して欲しいと持ちかけたのである。


 ついでに、現実世界に戻ったら、運営たちの個人情報を集めて帰ってきて欲しいと頼まれており、現在はその個人情報を捜査一課の刑事たちと協力して収集中……といった状態だ。


 ちなみに、ヤマモトの不安とは裏腹に、現実世界ではしっかりと宮本真咲は捕まっていた。


 ただし、本人は雑談にも応じず、完全黙秘を貫いており、連日のように取り調べが行われているようだが、事件の真相については一切話そうとしないらしい。


 やはり、事件の真相に辿り着くには、他の運営も生きたまま逮捕する必要があるのだろうか。


 なんにせよ、それを行うにはヤマモトの協力が必要だ。


 警察の面子に拘ってる場合では……。


 …………。


 ……そうか。


 どうやら、私はこの事件を何としてでも解決したいと思っているようだ。


 それが、警察主導でなく、一般市民に協力を仰ぐ形になったとしても、いち早く事件解決まで導くことが、私の目指す正義なのだと理解できた。


 警視庁サイバー犯罪対策課は、基本的には現場に出ない。


 刑事ドラマのように、被害者と直接の面識を持ったりしないし、その相手はネットワークを介してパソコン越しに対決することがほとんどだ。


 そんな私には、被害者の気持ちを思ってだとか――、犯罪者が許せないだとか――、そういった熱い気持ちはなく、世間をはすに見るような冷めた感情しかないものだと思っていたが……。


 あるのか、私にも。


 理不尽な事件を解決したいという熱い気持ちが……。


「いい顔だ」

「八津川さん……」

「その顔なら仕事を任せられるな」

「は、はい!」


 八津川さんに褒められて、俄然やる気が出てきた。


 ヤマモトがデスゲームから運営を排除した方法については、ある程度、話は聞いている。


 だったら、私はそんなヤマモトの要望に添うような形で素材を用意してやればいい。


 相手の動揺を誘うような、相手が嫌がるような情報を集めて、ヤマモトに託す。


 警察官として、これぐらいしかできないのは歯がゆいが、それでも私は私の信じる正義のためにやるべきことをやってやる……!


「そうだ、日下部くん」

「はい?」

「清水警視正から聞かれたんだけど、君、中国プロゲーマーチームから報告を受けたとかないよね?」

「いえ、特にありませんが……」


 中国プロゲーマーチーム……。


 確か、人族側スタートのプロゲーマー集団だっただろうか?


 私がLIAを開始したことは誰も知らなかったこともあり、そういった集団と接触することはなかったが……。


 何かあるのだろうか?


「彼らがどうかしたんですか?」

「いや、元々海外のプロゲーマー集団の投入には清水警視正が熱心だったからね。何か進展のようなものがなかったか確認したかったんだと思う。まぁ、中国プロゲーマーむこうはこちらのことすら知らないんだから、接触のしようがないだろうし、私から接触はなかったと伝えておくよ」

「お願いします」


 そういえば、米国と中国のプロゲーマーチームもLIAの中で活動していたのだっけ……。


 うーん、接触を持った方がいいんだろうか?


 悩みながらも、捜査一課が集めてくれた運営の情報を私は細かく整理していくのであった。


 ■□■


【ユフィ視点】


 それは、本当に唐突な出来事でした。


 学園内で行われた、ルブ・カンブレラルールでの手合わせ。


 対戦者は、私が知る中で最強の存在であるヤマモト様と……。


 元六公であるセルリアン家の次男、麒麟児と名高いシーザ・セルリアン様を倒したとされるイザクと名乗った小柄な少年……いや、少女かもしれない……の二人。


 学園の片隅に設けられた闘技施設内の舞台の上で、二人は対峙していたのです。


「へぇ、逃げずに良く来たね」

「手合わせが景品だったからね。あんまりやりたくはないけど、仕方なしに来たんだよ。それにしても……」


 舞台の上で軽いストレッチを行うイザクさんに比べて、ヤマモト様はどこか戸惑ったように周囲を見渡します。


 それもそのはず、舞台の周りには少し距離をあけて、大勢の観客が二人の手合わせをひと目見ようと集まっていたからです。


「なんでギャラリーがこんなに……?」

「それは、ボクが聞きたいけどね。どこかでボクと君の手合わせの噂が漏れたってことなんだろうさ」


 そうです。


 ヤマモト様とイザク様の模擬戦の話は、いつの間にか学園中に知られていました。


 ヤマモト様が魔王軍最強の魔王軍特別大将軍というのもあるでしょうし、そもそもヤマモト様がまともに戦ってる姿を見たこともない者も多いのでしょう。


 そして、相手のイザクさんも実力者であるシーザ様を倒したという噂はあるものの、まだまだ未知数の実力者。


 魔将杯のために行われている学園ランキング戦の最中ということもあって、実力者同士の勝負は否が応にも注目を集めてしまったのかもしれません。


 情報に敏い者であれば、この勝負を見逃してなるものかと観戦しに現れるのは当然です。


 少し見回せば、私でも知っている実力者が簡単に見つかります。


 ヴァーミリオン家の次期当主であるエギル・ヴァーミリオン様。


 ノワール家の次期当主であるツルヒ・ノワール様。


 怪力無双のハイトロールであるゴン蔵さん。


 魔法の名家であるアモン家の長女であるオデコの広い金髪ドリルが特徴的なマーガレット・アモン様。


 そして、一学期の学年首席であったスコットさん。


 全員が見守る中で――、


「じゃあ、そろそろ始めようか、ヤマモト」

「えーと、あまり痛いのはなしでお願いね?」


 二人が構え……ヤマモト様は多分適当だと思いますが……そして、勝負は一瞬でついたのです。


「嘘だろ!?」

「マジかよ!?」

「そんな馬鹿な!?」


 始まりと同時にヤマモト様とイザクさんの姿が消え――、


 私たちが気づいた時には、ヤマモト様が舞台の外に寝転がされていたのです!


「「「うわぁぁぁぁっ! 魔王軍特別大将軍が負けたぁぁぁぁっ!」」」


 人々が口々にがなり立てる声。


 それは、まるで地鳴りのように大きく、頭が痛くなるほどでした。


 それでも、私は自分のことよりも、ヤマモト様を優先して助け起こしにいきます。


「…………」


 ヤマモト様は舞台の外である場外に寝転がされていました。


 多分、私には見えない超高速の戦いの中で吹き飛び、場外へと出てしまったのでしょう。


 ……?


 その割には、地面が削れていたり、吹き飛ばされたりした跡が見えません。


 一体どういうことでしょう?


「えーと……?」


 そして、あまりに唐突な出来事にヤマモト様も、未だに状況を理解できないようでした。


 私ですらも全く見ることのできなかった超高速の攻防。


 それに負けたショックが大きすぎて、混乱しているのでしょうか……?


「ふぅ、魔王軍特別大将軍といっても、この程度なんだね……」


 舞台の上から見下ろすようにして、イザクさんがそんな言葉をヤマモト様にかけています。


 というか、あれ……?


 イザクさんの息が若干乱れている?


 それに、少しだけ拳が赤くなっているような……?


「えーと、私の負け……?」

「はい。ルブ・カンブレラルールだと場外に落ちたら負けになります」

「あ、ルブ・カンブレラルールってそういうルールなの? だったら、場外負けはなしでやれば良かったかなぁ……」


 なんということでしょう!


 ヤマモト様はルールもよくわからずに手合わせに臨んでいたのです!


 そして、案外ケロッとした様子!


 吹き飛ばされた割には、ダメージが少ないのでしょうか?


 それとも、もう回復したのですかね?


 私にもよくわかりません。


「ボクの母が君のことに興味を持っていたみたいだから、実力を確認しにきたんだけど……大したことなかったね。そのことについては母に伝えといてあげるよ」

「母……?」

「あーぁ、折角転校してきたのに無駄足だったなぁ。でも、母の言うことは絶対だし……。あぁ、リベンジをしようとしても無駄だからね? ボクは今日限りでこの学園を辞めるよ。だって、目的はもう果たしてしまったし……でも、そうだなぁ。それでも、ボクにリベンジがしたいっていうなら、魔将杯を勝ち抜いておいでよ。そしたら、どこかでボクと戦うこともあるかもしれないよ? じゃあね、噂だけの最強さん」


 それだけを言い残すと、イザクさんは去っていこうとします。


「ま、待って下さい! あなたのお母様の名前を聞いても!?」


 その背に不吉なものを感じて、私は思わず、そう声をかけてしまいます。


 イザクさんは私の声に振り向くことすらなく――、


「イブリース……そう言えば、伝わるんじゃないかな?」


 それだけを告げて去っていきます。


 イブリース……。


 イブリースって……。


 まさか……!


 私が血相を変える中、


「いや、全然伝わんないけど……誰?」

「ヤマモト様、知らないんですか!?」


 あまりに有名なその方の名前を知らないヤマモト様に、私は目を剥きます。


 あの方の名前は、魔物族であれば誰もが知ってるものだと思ってただけにビックリです!


「ヤマモト様も知ってる方ですよ!」

「えぇ? 誰だろう……?」

「イブリース様は……」


 私はその名前を言うのが畏れ多くて、一度だけ唾を嚥下してからヤマモト様に告げました。


「初代魔王様の名前です」


===================


 以上で6章は終了になります。


 次回から7章開始になります。


 …………。

 

 何も決まってないけど……まぁ、なんとかなるの精神で頑張ります……。

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