第339話

 ■□■


【マリス視点】


「あーもー……」


 竜の背に乗ってガーツ帝国を脱出して、竜の国の王宮に戻ってきたボクは、王宮の一室で呪詛のように独り言を漏らす。


「あーもー……、あーもー……、あーもー……」


 運営の一人、masakiさんが討ち取られた情報を得たのは、竜の国に帰ってきてからのことだ。


 ガーツ帝国に攻め込んでから一週間ほど時間が経って、いつまで経ってもmasakiさんが帰って来ないなーとモヤモヤしていたら……コレだ。


 あまりのことに今も思考が混乱してるんだけど?


 というか、あの戦力差だよ?


 普通に考えれば、masakiさんが負ける要素なんてなくない?


 というか、危ないってわかってたら、ボクも残って一緒に戦ってたのに……。


 なんでこうなるかなぁ……。


「あーもー、ムカツクなぁ……!」


 カンッ!


 銀製のコップを大理石でできたテーブルに叩きつける。


 元々は殺風景な石室だったこの竜のねぐらも、今は王侯貴族が住むような豪奢な部屋へと変貌を遂げた。


 イケメンの職人を懐柔して、竜の国まで連れてきた成果だけど、その成果に八つ当たりするようにして室内を睨みつける。


「クソ雑魚プレイヤーのくせに、何してくれるのさぁ……! お前らは大人しく死んどけよぉ……! 本当は、こんなはずじゃなかったのにぃ……!」


 masakiさんと初めて会ったのは大学一年生の時――。


 当時のボクは同人活動にのめり込んでいて、学業の方をかなり疎かにしてたんだ。


 そして、このままじゃ進級できない! って涙目になっていたところに、救いの手を差し伸ばしてくれたのがmasakiさんだった。


 工学系に強い大学だったし、そもそも同じ学部に女子は数人しかいなかったし、masakiさんも同じ女学生を救うような感じで、見かねて手を貸してくれたんだと思う。


 課題やレポートなんかは、いつも真咲さんに見せてもらって、それでなんとか赤点をギリギリ回避して……。


 その御礼として、ボクはmasakiさんにオススメのゲームを貸したりなんかしてね。


 うん、BL系はmasakiさんには受けなかったけど……。


 ボクが夏と冬の祭典に出る時なんかは、masakiさんにコスプレの売り子を頼んだりしてさぁ。


 あの時は楽しかったなぁ……。


 その後は同じ会社に入って、デスマーチを繰り返しては、合間を見て同期女子会を開いたりしてさ。


 masakiさんと一緒に居酒屋でグチったり、休暇を合わせて一緒にショッピングに行ったりして……。


 ショッピングの時も、ストレス解消も兼ねてボクは爆買いしてるのに、真咲さんは本当に必要な物しか買わないタイプで……。


 なんというか真面目というか、性格が出てたよねぇ……。


 ボクのこと、いつまで経っても楠木呼びだったのも真面目さの表れっていうかさ、ははは……。


「…………。なんで……? なんでmasakiさんが死んじゃうの……?」


 目元から涙が溢れてきて、それを掌で乱暴に拭う。


 汗や便意は実装してないのに、【目潰し】スキルとかのためにわざわざ実装している涙――それが今は煩わしい。


 こうなったのは、誰のせい……?


 こうなることを予測して動かなかったボク?


 それとも後れをとったmasakiさん?


 そもそもデスゲームをしようと言い出したササさん?


 違う……。


「悪いのは……プレイヤーだ」


 忌むべきはプレイヤー。


 憎むべきもプレイヤー。


 アイツらが調子に乗ってmasakiさんを殺した。


 そして、今度はボクも殺そうとしてくる。


 ……死ぬのは嫌だ。


 もっと面白可笑しく楽しく過ごしたい。


 だから、ボクはボクを殺そうとする奴らを――、


 masakiさんを殺した奴らを――、


「殺してやる……、大勢、大勢……、masakiさんを殺したプレイヤーお前らを全員殺してやる……!」


 ボクは震える指先で頭を掻きむしりながら、それでも頭脳だけは冷静に、より多くのプレイヤーを駆逐する方法を考え始めるのであった。


 ■□■


如月きさらぎムツミ視点】


「す、すみません! 『年中夢中』のムツにゃんですよね!? 私、ムツにゃんの大ファンなんです! 一緒にスクリーンショット撮ってもらえませんか!?」

「……ゴメン。今はそういうの全て断ってるから」

「そ、そうですよね! ご、ごめんなさい!」

「……ねぇ、行こ?」

「う、うん……。すみません、お邪魔しました……」

「…………」


 ガーツ帝国からファーランド王国へと向かう海上――。


 巨大な定期船の甲板で海を見ていたら、突如として知らない二人組の女の子に話しかけられた。


 私が所属するアイドルグループ『年中夢中』のファンだという二人。


 いや、一人がファンで、もう一人は付き添いかもしれないけど……。


 どちらにしろ、このデスゲームの中でスクリーンショットをねだるという考えが、私には理解できずに思わず目頭をつまむ。


 少なくともガーツ帝国にいたということは、彼女たちは弱いわけではないだろう。


 むしろ、最前線組。


 だというのに、あの緩さはなんだろう?


 明るく、楽しく、デスゲームを満喫している……?


「羨ましい……」


 腰まで届く長い水色の髪を弄りながら、甲板の手摺りにもたれかかる。


 『年中夢中』は私と、卯月弥生うづきやよい水無月みなづきさつき、霜月神奈しもづきかんなの四人で構成されるアイドルグループだ。


 そのアイドルグループが全員揃ってLIAを始めたのは……私が他の三人を誘ったからに他ならない。


 抽選で十万人しかプレイできないゲームを「当たったらいいね」とキャイキャイ騒いで応募したら、運良く全員が当選――。


 ……そして、デスゲームに巻き込まれた。


 当初は、私たちもパーティーを組んでモンスターと戦っていた。


 現実世界では既にライブ会場ハコも押さえていたし、待ってくれているファンやスタッフを失望させたくはないと、私たちはガムシャラに頑張った。


 けれど、その道程みちのりは途中で頓挫した。


 私たちはPKたちの標的マトとなったのだ。


 元々、LIAで配信動画を流す予定だった私たちは、それなりに目立つ外見をしていた。


 私なんか水色の髪の毛だし……。


 体型もちょっと盛ってるし……。


 そんな女の子ばかりの目立つパーティーを、PKたちはオイシイ獲物として捉えていたようだ。


 私たちは粘着され、嬲られ、追い詰められ……そして殺されかけた。


 その場に、たまたまアクセルたちが通りかかって、PKたちが逃げていかなければ、私たちは死んでたかもしれない。


 いや、そもそも今の私たちが生きているといって良いのか……。


 他人の悪意にさらされて、弥生は人に怯えるようになった。


 グループとしてやってきた私たちにすら拒否反応を示すようになったのだ。


 弥生は完全に街中に出られなくなり、冒険をすることが困難になってしまった。


 今はファースの街で宿に引き籠もりながら、細々と【携帯調合セット】を使って、ワールドマーケットにポーションを卸したりして生活している。


 そんな弥生をサポートするために、水無月さつきもファースの街に残った。


 彼女も人と関わることが怖くなっていたが、それでも弥生よりも精神的にタフだったようで、街中でポーションの道具になりそうな物を買っては、弥生にトレード機能で渡す生活を続けている。


 私も怖い目にあったし、メンタルも相当やられたけど……ユニークスキルである【適応】のおかげか、すぐに何事もなかったかのように振る舞えるようになってしまった。


 そして、私同様に「もう平気」という霜月神奈と二人で冒険を進めていたのだけど……。


 結局、神奈も精神的な無理を抱えていたのか、数週間後の朝にはいつの間にか失踪してしまっていた。


 冒険を進めて、街に着き、宿に入って、「明日も頑張ろうね」と二人で話し合った次の日の朝には蒸発だ。


 これには、私も戸惑うしかなかった。


 神奈に関しては、今も何処にいるのかわかっていない。


 ただ、宿の受付に私宛の手紙が残されていた。


 そこには、『ずっと誰かに監視されてる気がして、気が休まらないの。少し一人にして欲しい』といったようなことが書かれていた。


 多分、PKに粘着された結果、ストーカーに粘着されているような追い詰められた心理状態に陥ったのだろう。


 そして、誰も人がいないような場所を探して、行ってしまったのだと思われる。


 一応、フレンドリストに登録された名前は、まだ白いから死んでいないことは確認できる。


 フレンドコールフレコを繋ごうかとも考えてみたが、追い詰められた人間に声をかけていいのかがわからずに連絡を取れないでいるのが現状だ。


「………」


 こんな状況になってしまった以上、私の目標はあくまでデスゲームを終わらせることに絞られた。


 そのためなら、この手が血に塗れ、二度とステージに立つことができなくなっても悔いはない。


 『年中夢中』の三人をLIAに誘ったのは私だ。


 だから、せめてもの罪滅ぼしに、私の手でデスゲームを終わらせて、あの三人にはもう一度光り輝く舞台に立って欲しいという思いがある。


 うん。弥生は難しいかもしれないけど……それでも、私はそう願っている。


 そのためには、デスゲームを終わらせるだけの力が必要だ……。


「よぉ、同僚」


 海を見ていると、突如として見たことのない男が隣に立つ。


 背の高い男。


 オレンジ色の髪に目の下にタトゥーが掘ってあり、そして一際目立つ頭の上の――猫耳カチューシャ。


 男は私に断りなく、勝手に隣にきて手摺りにもたれかかると、人でも殺していそうな凶悪な面相で私をジロジロと眺めてくる。


 その無遠慮な視線に、私もため息交じりで言葉を返していた。


「誰? 初対面だよね?」

「なんだ、俺のこと知らねーのか? 俺もついこの間までメサイアだったんだよ」

「なら、同僚ね」

「いんや、同僚にはこれからなる」


 男の両目が怪しく光る。


 魔眼系のスキル持ち?


 何かを見ている……?


「俺のユニークスキルは【予見】って言ってな。アンタと俺と、クラン・せんぷくの連中で戦ってる姿が、高い確率の未来としてえたんだ。だから、先に挨拶しとこうと思ってよ」

「…………」


 クラン・せんぷく――。


 今、本気でデスゲームを終わらせようと考えている人間なら、この旗の下に集わない理由がないクラン。


 運営の一人を倒したという噂があり、そして、そのメンバーの悉くが一騎当千の働きをみせる、今、このデスゲームで間違いなく攻略に最も近しい組織――。


 私がメサイアを抜けた理由もそこにある。


 多分、彼も同じ理由だろう。


「貴方もデスゲームを終わらせたい人?」

「俺は家に猫を飼っててな」


 思わず頭の上のカチューシャに目がいく……けど、私は悪くないと思う。


 多分、誰だって目がいく。


「ソイツらが健やかに暮らしてるかと考えたら、気が気じゃなくてな……」


 人を殺していそうな凶悪な面相なのに、言ってることは至極マトモだ。


 なんだろう、コレは……。


 ギャップ萌え?


 ……いや、萌えないけど。


「あぁ……、キキ、ケケ、ミミ、ジジ、マチルダ、ミルフィー、ノア、ナヴィ、リオネ、ダイス……」

「多くない?」

「保護猫込みで十頭だ。普通だろ?」

「そう……」


 普通ってなんだっけ。


「特に保護猫のダイスはまだ家に来てから日が浅いんだ……。ただでさえ見知らぬ家に連れてこられて不安なのに、そんなダイスを放ったらかしにしてしまうなんて……。俺は猫好き失格だ……っ!」

「多分、家の中が猫の好き放題に荒らされてると思う」

「ノォォォォォォーーー!」


 体が大きくて、顔は怖いけど、打ち拉がれて手摺りに突っ伏す姿を見ていると、そう悪い人でもないのかな……?


 見た目は極悪人って感じだけど……。


 あと、言えないけど、頭の上の猫耳カチューシャが凄くキモい。


 というか、ひとつだけファッションアイテムとして浮いてる。


「うぅぅ、現実世界に帰りてぇよー……」

「それは同意」


 キラキラと光る波間を眺めながら、多分、この人もクラン・せんぷくに入れてくれと頼みに行くんだろうなぁ、となんとなく私は考えるのであった。

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