第336話
■□■
【masaki視点】
…………。
生きているのか、私は……?
小鳥の囀りが耳朶を打ち、私はゆっくりと目を覚ます。
白い天井、白い壁、白い布団に白いシーツ、そして白い貫頭衣に……。
白衣を身に着けた
「!? 大変! 先生! 先生〜!」
ドタドタと部屋を出ていく看護師を視線だけで見送りながら、私は横たわったままに、窓枠にはまった鉄格子を見る。
…………。
ダメだ……。
頭が重い……、体が動かない……。
何よりも指先ひとつ動かすのにも、多大な集中力がいる……。
あぁ、瞼が重い……。
私はそのまま、気力を失くしたかのように、ゆっくりと眠りにつく――。
■□■
次に私が目を覚ました時、私の傍らには黒スーツの上下で身を固めた厳つい男たちが立っていた。
彼らは、ベッドで
「警視庁捜査一課の草薙だ。そして、こちらが望月。君が、
「……あぁ」
動かすのが億劫になるほど体が重かったが、幸いにも声を出すのにそこまで支障はなかった。
天井をじっと見つめたままで、刑事の言葉を聞く。
「君には、仮想空間を利用した監禁罪、また同時に仮想空間を利用した大量殺人事件についての容疑が掛かっている。そのことについて、身に覚えがあると思うがどうだね?」
そう。
この刑事が言うように、私はササさんの提案を受け入れて、多くのプレイヤーを仮想現実世界に閉じ込め、そして、何の罪もないプレイヤーたちに死のゲームを強要してきた。
だが、最終的にはヤマモトに敗れ、一般プレイヤーと同じように死ぬ予定だった……。
だが、私は死んでいない……。
それどころか、これは現実に戻ってきたのか……?
一体、どうなっているんだ……?
「おい、質問に答えろ!」
「まぁ、まぁ、望月くん……。そういうのはもう時代じゃないからね? 穏便にいこうじゃないか、穏便にね」
「はっ……」
若手の刑事が、年嵩の刑事に宥められている。
だが、その年嵩の刑事がこちらの様子を観察していることに、私は気づいていた。
恐らくは、若手の刑事が憤る演技をして、年嵩の刑事が宥めるフリをする――そういう段取りなのだろう。
そして、年嵩の刑事に少しでも心を開けば儲けもの、とでも相手は考えているのかもしれない。
私はそんな安い手には乗らない。
「何故、私は生きている……? そして、LIAはどうなった……?」
刑事たちの演技に付き合うつもりもなく、私は淡々と確認したいことだけを問う。
望月という若い刑事がそのことに苛立ちを見せるが……もしかして、本当に沸点の低い刑事なのか? ……そんな若輩者の刑事を再度落ち着くように宥めつつ、年嵩の刑事がしみじみと呟くようにして事実を告げる。
「君はね、死に損ねたんだよ」
「死に……、損ね、た……?」
どういうことだ……?
混乱する私に追い打ちをかけるように、年嵩の刑事がゆっくりとベッドの傍らにあった丸椅子に座って淡々と語り出す。
「君たちの作ったゲームは、通常のVRゲームと違って、脳の表層ではなく、脳の奥の方……いわゆる脳幹の部分にまで電気信号を送り届けることで、従来のVRゲームよりも、よりリアルな感覚をゲーム内で味わえたらしいじゃないか」
「…………」
「そして、ゲーム内でゲームオーバーとなった者やヘッドギアを強制的に外された者は、脳内の電気信号に多大な影響を与えられ、意識の消失や呼吸不全、果ては心停止にまで至るとか? 界隈では、電子の海に意識が持っていかれると騒がれていたが……」
年嵩の刑事がこちらを睨む気配がする。
こちらが見ていなくても、それぐらいはわかるぐらいに圧がある。
「それも100%じゃあない。……そうだろう?」
「…………」
「体質、ハード側の不備……まぁ、原因は様々あるが、確実に死ぬってわけでもない。デスゲーム参加者でゲームオーバーになった一割ぐらいは死んでないし、脳に後遺症はあるものの生還しているケースももちろんあるというわけだ」
「私は、その生還したケースだと……?」
「君がデスゲーム用の
「…………」
LIAの開発の段階でも、長い時間意識を取り戻さなかったような報告は受けていたが、それでも数時間レベルの話だった。
私の場合は、それが数ヶ月レベルだったということだろうか。
死ななかった、というのは僥倖だったのか、それとも……。
何にせよ、私が今ここで、こうしてベッドで横たわっている理由は理解できた。
「計六ヶ月も寝たきり生活だったんだ。しばらくはそうしてベッドの上だろうが、事件の全容についてはいずれ話してもらうぞ」
三ヶ月……。
私が目覚めるまで三ヶ月掛かったということか。
ならば、LIAの中では半年ほどの時間が経過したということだ。
半年も時間が進めば、状況も変わる。
ササさんは……。
楠木たちは無事なんだろうか……?
「LIAは……、佐々木さんたちは……?」
「…………」
私の問いかけの意味がわからなかったわけではないだろう。
年嵩の刑事が、少し間を置くようにして口を開く。
「死んだよ。佐々木幸一、楠木麗の二人はデスゲームの中で死亡した。残りは、日野優ただ一人だ」
「…………」
死ん、だ……?
ササさんたちが……?
「嘘、だ……」
「信じられないのも無理はないが、君も同じようにやられたのだろう? そして、彼らは君のように運が良くはなかったということだ」
「…………」
死んだ……、ササさんたちが……?
私を置いて……?
ぎゅぅっと心の奥底で、何かが締め付けられる感覚を覚える。
それと同時に、息苦しさも――。
その後の刑事の言葉は、正直、何を言われたのか覚えていない。
ただ、私の心がここにないことには気づいたのか、「日を改めて出直す」とだけ告げて、室内から出て行った。
私は静かになった病室で一人考える。
心の中は空虚で埋め尽くされていたが、不思議と涙は出てこなかった。
まだ、実感というものが不足しているせいなのか、気持ちが追いついてこないのか。
ただただ、何のやる気も出ない状態へと陥っていた。
いや、違う。
本当はわかっていた。
私はササさんの死をそこまで悼んでいない……。
ユグドラシルのあの職場は、私にとって掛け替えのないものであり、特別なものではあった……。
だけど、多分、私にとってはユグドラシルでなくても良かったのだ。
幼少の頃より、私の置かれた家庭環境は私の努力を正当に評価してくれなかった。
――出来て当たり前。
むしろ、出来ないということの方が驚かれていたぐらいだ。
そうして、両親の興味は放っておいても何でも卒なくこなす姉よりも、不出来な妹へと向いていた。
私は……。
私はきっと認めて欲しかったのだと思う。
努力と結果に対する正当な評価。
それが欲しかっただけなのだ。
私だから出来て当然というレッテルが欲しかったわけじゃない。
結果、私はユグドラシルで仕事が認められ、私のことを正当に評価してくれる……この環境を世界で唯一のものとばかりに考えてしまっていた。
私を正当に評価してくれる上司、私を無碍にしない友人、仕事ぶりを認めてくれる同僚。
最高の環境と、最高の仲間――。
それを失いたくないばかりに、デスゲームに手を貸した。
だが、気づいてしまった。
ヤマモトとの戦闘において、私は最後の最後で自分の仕事の成否を確認してしまったのだ。
それは、佐々木さんに否定された仕事だったが、私は自分の仕事が認められたいという一心で、ヤマモトに「どうだった?」と尋ねてしまった。
そう。
最初から私の根幹は何も変わっていない。
認めて欲しい――。
私の努力を、仕事を、成果を、正当に認めて欲しい。
ただそれだけなのだ。
母親によく頑張ったね、と褒められるでもいい。
上司に素晴らしい仕事だと認められるでもいい。
恋人に素敵だと褒めそやされるでもいい。
私はずっと認めてもらいたかったのだ!
だから、仕事を認めてもらえたユグドラシルという会社を、ササさんという出来た上司がいる環境を、捨てられずにデスゲームに加担した。
だけど、普通の会社に入って、普通に仕事をして、そこで認めてもらえていれば……。
私はきっと満足していたのではないだろうか……?
デスゲームなんて、そんな大層なことをしなくても、私は満たされていたのではないだろうか……?
そんなことに、今更ながら気づいた。
本当に今更だ……。
今更……。
「なんで私は……」
カラカラカラ……。
その時、病室の扉がゆっくりと開いた。
刑事二人が戻ってきたのかと思ったが、そうではない。
入ってきたのは、一人の女。
落ち窪んだ目に土気色の肌。
まるで、死人のような見た目をした中年の女性。
だけど、その顔に私は見覚えがあった。
「母さん……?」
「梨世は死んだわ……」
「え……」
まるで幽鬼のように近づいてくる母の手に握られていたのは出刃包丁。
それを包帯で手から離れないようにグルグル巻きにしながら、彼女はゆっくりと私に近づいてくる。
「なのに、なんで? なんであなたは生きてるの? ねぇ、なんで……?」
「梨世が死んだって……」
「あなたが世間を騒がせて、世間は毎日のように私たち家族をなじってくる……。もう沢山よ……。お父さんはノイローゼで首を吊って死んでしまったわ……」
近づいてきた母は瞬きひとつせずに、私の間近で私を見つめ続ける。
体を動かしたいのに、動かせない……。
逃げたいのに、逃げられない……。
母の息遣いが近くに聞こえる。
「梨世はあなたの作ったゲームの中で死んだ……。私も後を追いかけたかったけど……、あなたの世話を誰かに任せるわけにもいかないじゃない……? だから、ずっと……ずっとあなたが目覚めるのを待っていたのよ……」
私の目の前に出刃包丁の切っ先がゆっくりと迫ってくる。
ゆっくり、ゆっくり……。
まるで、私がやってきたことを後悔させるかのように……。
「お、お母さん……、や、やめて……」
「大丈夫よ……。お母さんもすぐに逝くから……」
「ぁ……、あ……、ぁ……」
声が出ない。
呼吸が荒くなる。
遠くで耳鳴りのようなものが聞こえ、私の意識は近づいてくる刃物の切っ先に集中していく。
視界が狭まっていく。
何かが視界の隅で動いたような気もしたけど、それすらも気に留めている暇がない。
「なんで……、なんで、あなたなんか産んだの……?」
「はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……」
「あなたなんか……あなたなんか生まれてこなければ良かったのにっ!」
それは、認められたかった私の、
認めてもらいたかった人による、
全てを破壊する言葉――。
あ……、
あぁ……、
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!」
▶プレイヤーの健康状態に異常を検知しました。
▶ゲームの緊急停止シーケンスを起動します。
▶ゲームを強制的にログアウトします。
▶強制ログアウトが拒否されました。
▶ドライブの容量が不足しています。
▶ゲームの緊急停止シーケンスを起動します。
▶プレイヤーの健康状態に異常を検知しました。
▶ゲームの緊急停止シーケンスを起動します。
▶ゲームを強制的にログアウトします。
▶ゲームの緊急停止シーケンスを起動します。
▶強制ログアウトが拒否されました。
▶ゲームの緊急停止シーケンスに成功しました。
え……?
私は今更になって、視界の片隅に表示されたシステムメッセージに気づくのであった。
■□■
プシュ――……。
宇宙開発事業用に作られた高度医療カプセルの扉が開く音を聞いて、私は目を覚ます。
カプセルのジャックに直結していたモニターと一体型のヘッドギアディスプレイが、何者かの手によって乱暴に外され、私は自分の周囲が刑事と思わしき厳つい人間によって囲まれていることを知る。
「おい、本当に起きたぞ!」
「さっきからエラー音がうるさいと思っていたが、やはり機械の故障だったのか!」
「とにかく、手錠を!」
「おい、慎重に引きずり出せよ! 医療カプセルの中に入っていたとはいえ、三ヶ月もまともに運動していないんだ! 扱いは慎重に行え!」
「○月✕日、十二時三十五分! 容疑者確保!」
「これは、取調室よりも先に警察病院の方か……?」
え、三ヶ月……?
半年、では……?
何がどうなって……?
母さんは……?
私は一体……。
どうなったんだ……?
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