第334話
■□■
【
「ほらほら、愛花ちゃん、登って登って!」
「あー、もー、そんなに押さないでよ! 相手に気づかれたらどうするの!」
「いや、もう、多分気づかれてるから、今更だよ……」
「そういうことは、もう少し早く言って!?」
愛花ちゃんを後ろから押しながら、なんとか木の山を登り切り、リーゼンクロイツの甲板にあがる。
そこには、先程からの騒がしい戦闘音がまるで泡沫だったかのように、静寂が空間を支配していた。
「あれ、戦闘は?」
「終わった……の?」
だだっ広い甲板を無防備にテコテコ歩いてキョロキョロしてたら、甲板の中央辺りに第一人影を発見する。
あれは……イライザちゃんじゃないかな?
「あれ、イライザちゃんじゃない? おーい!」
「おーい、じゃないわよ! なんで戦場で敵に自分の位置教えるようなマネするの!」
「いや、でも、人いないし……」
挙げた腕はすぐに愛花ちゃんによって降ろされてしまった。
それでも、中央にいる二人は気づいてくれたみたい。
アクセルくんが片腕片脚の失くなったイライザちゃんに肩を貸しながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「うーん? イライザちゃんとアクセルくんの二人以外に誰もいないんだけど? この国に攻めてきた敵はどこにいるのかな?」
「見えない以上、どこかに潜んでいるとか? もしかして、アクセルさんたちに寄生してるのかも……」
私の中で、イライザちゃんのお腹を破って、モンスターが「キシャー!」と生まれてくる光景が思い浮かぶ。
なにそれ……、怖すぎる……。
「どちらにせよ、さっきまでリーゼンクロイツの甲板で戦闘音が響いていたのは確かなんだから、誰かと誰かが争ってたのは間違いないはずなのよ」
「じゃあ、あれが本物のイライザちゃんか、確かめてみないとね……」
「そう言いつつ、なんで私の後ろに隠れるの!?」
だって、お腹からま「キシャー!」ってモンスターが出てきたら超怖いじゃん!
なので、愛花ちゃんの後ろに隠れざるを得ないんだよ!
「ちなみに、お姉ちゃんはイライザさんと偽物を見分ける手立てがあるの?」
「あるよ。一応、クラン・せんぷくには敵と味方を識別するために、クランメンバーしか知らない合言葉があるんだ。それを聞いてみれば、わかると思う」
「へぇ……」
普段は全然使ってないんだけど、カッコいいって理由だけで作ってて良かった合言葉!
というわけで、ある程度近づいたところで、イライザちゃんの歩みを止める。
「待って、イライザちゃん! あなたが本物かどうかを確認するために、クランの合言葉を試させてもらうよ! 合言葉に答えてね! えーっと……山!」
「川……?」
「どうやら、本物のようだね……」
「待って、待って、待って」
私が安心して近づこうとしたら、愛花ちゃんに止められる。
「その合言葉は、合言葉として合言葉になってないから。それだったら、私でも答えられるから」
「え? 『山と言ったら海!』派に勝って、多数決の結果で決まった合言葉だったんだけど……」
「むしろ、そっちの方が合言葉になってるから! 他はないの! 他は!」
「じゃあ、もう一つの合言葉の方で試すよ。行くよ……肉!」
「魚……?」
「ブブー! 正解は『美味しい!』でした」
「それ、合言葉というより感想じゃない!」
愛花ちゃんが何か言ってるけど、無視して私はビシッとイライザちゃんに指を突きつける。
「つまり、このイライザちゃんは偽物! 本物なら、クラン・せんぷくのメンバーだけしか知らない合言葉を知らないはずがないからね!」
「私、臨時のクランメンバーということで、そんな合言葉なんて教えてもらってないんですけど……」
「…………」
あれ? そうだったっけ?
「じゃあ、もしかしたら本物かも」
「クラン固有の合言葉をただバラすだけの展開になってるけど大丈夫?」
「大問題です」
「でしょうね……」
愛花ちゃんが額に手を当てて、頭を振っている。
うん。
色々と間違えた感があるのは、私も否めないよ!
「というか、イライザちゃんもアクセルくんもそんなにボロボロになってるってことは、ここで戦闘があったんだよね? でも、今は二人だけしかいないってことは、相手を倒したってこと?」
「それが……よくわからないんだ」
はい……?
アクセルくんが、今まで戦っていたであろう場所を振り返って、嘆息をつく。
「何から説明したものか……」
「そういう時は、順序立てて説明して。私たちも、ここに着くまでの状況と照らし合わせてみるから」
愛花ちゃんの言葉に、少し考えた後でアクセルくんが頷く。
「わかった。ただ、最初に言っておく。俺たちが気づいた時には、もうこの状態になっていたんだ。だから、最後の部分を上手く説明できるかどうかはわからない」
「とりあえず、聞いてみましょう」
そうして、私たちはその場に腰を下ろすと、車座になりながらアクセルくんたちの説明を聞くのであった――。
■□■
【
暗黒の森の中央部にあるヤマモト領の更に地下にある古代都市――。
そこの中央部にある古代都市の中でも一番背の高いビルが私の家だ。
まぁ、家というか、古代都市の管理責任者が住むために作られた建物らしいので、住まわせてもらっているというのが正しいのかな?
この建物には、色々な機能を有した部屋が沢山あって、その中でもトレーニングルーム……?
とにかく、大きな鏡が壁一面に貼ってあり、まるでバレエ教室みたいになってる部屋があり、私はそこで人知れず特訓を繰り返していたのである……。
「破壊と享楽、そして、混沌と狂乱を与えることで、規律と秩序を彼方の永劫に沈めて――……なんか違うなぁ」
そう。
とりあえず、こう、厨二台詞を言ってる自分を客観的な視点で見てみたくて、大きな鏡が貼ってある部屋にまで来てみたんだけど……。
なんというか、痛い台詞をただ棒で読んでるだけの危ない人だね、これ。
痛々しいだけでカッコ良さが全くないのは、どうしたものかな。
声の抑揚が足りてないのかな?
とりあえず、声張ってどうなるかやってみよう。
「破壊と享楽! そして、混沌と狂乱を与えることで! 規律と秩序を彼方の永劫に沈めてくれよう! 我が名はヤマモト! 邪なる神が一柱である! ……いや、違う違う。これだと、なんか正義の味方の名乗りっぽいし、邪神っぽさがないから。もっとボソボソ声の方が迫力あるんじゃない?」
というわけで、もう一度熟考。
…………。
あれかな? ポーズの問題かもしれないね?
普通に棒立ちで言ってるから、カッコよくないんじゃない?
厨二台詞対決というぐらいなんだから、ポーズは関係ないかもしれないけど、あった方が絶対に印象いいもんね。
「こうかな? こう? それとも、こう?」
色々とポーズをとってみる。
軽いポーズだと、普通にモデルっぽい感じになってしまう。
カッコいいはカッコいいんだけど、それが邪神の取るポーズなんだろうか?
考えた末に、私が辿り着いた邪神のポーズは……。
「ジ○ジ○立ちか……」
そのポーズはその角度本当に大丈夫? と不安になりながらも、どこかカッコいい……これこそ、邪神のポーズに違いない。
それに、【バランス】さんがあるから、私はどんなに難しい角度でも体勢が崩れないからね。
このポーズでいこうかな。
「ポーズはこんなもんでいいかな? 後は見た目かぁ……。Tシャツとスウェットじゃ、流石にラフ過ぎるよね?」
普段、古代都市に引き籠もってるせいで、人と会う機会が少ないから、どんどんと服装に無頓着になっていく不具合。
…………。
うーん、どれもビビッとこない。
というか、着ぐるみパジャマの種類が異様にあるんですけど!? なんでこんなに大量にあるの!?
うーむ、仕方ない。
魔王リリ装備のレプリカを身に着けよう。
これが、一番厨二病的カッコ良さがあるからね。
フッフッフッ、これで準備は整った。
後は、鏡の前でポーズを決めて、と――。
「破壊と享楽、そして、混沌と狂乱を与えることで、規律と秩序を――」
――次の瞬間、私の足下が消え失せた。
■□■
「――彼方の永劫に沈めてくれよう……。我が名はヤマモト……。邪なる神が……」
いつの間にか、知らない場所にいた。
しかも、厨二台詞対決の練習をしてた途中だったから、痛いポーズと痛い台詞付きで、知らない人たちと対面する最悪の事態になってしまった。
…………。
いや、第一印象は最悪かもしれないけど、ここから誰かがイジッてくれれば、オイシく化ける可能性もある。
私は邪神立ちポーズで静止し続ける。
お願い! 誰か!
変なポーズして、変な台詞言ってる奴出たー! って言ってくれるだけでいいの!
恥ずかしいのは恥ずかしいんだけど、それで私は救われるから、お願いだから誰かツッコんで……!
「【氷魔法】、【星魔法】、【雷魔法】、【聖魔法】、【混沌魔法】のレベル9のスキルだ。それぞれがアクセル君クラス……いや、アクセル君以上の実力者となる」
「全属性の上位スキルをスキルレベル9まで上げているなんて……そんな馬鹿な!」
…………。
私は奇妙な姿勢のままで、その場に放置された。
ジ○ジ○立ちだな!? とか言ってツッコまれるだけでいいんだけど、誰も私のポーズとかに興味がないみたい。
無関心村の村民か何かですか?
そうですか。
仕方ないので、すごすごとポーズを取るのをやめる。
ファーストコンタクトが最悪なこともあって、私の気分は完全に雨模様……いや、土砂降り模様へと変化した。
とりあえず、しょげ返りながらも、私はシステムメッセージの過去ログを漁る。
うん。
最近は、システムメッセージが煩わしいのでオフにしてるんだよね。
それで、今までは特に何も支障がなかったんだけど、今回のコレは意味がわからなすぎるから、システムメッセージの過去ログを漁るよ。
…………。
これかな?
▶あなたは【コールゴッド・カオス】の魔法によって混沌の神として召喚されました。
▶混沌の神として振る舞って下さい。
▶混沌の神として振る舞うことで、送還時に召喚ポイントが取得できます。
▶召喚者が倒されると送還されません。
▶召喚ポイントは豪華なアイテムやスキル、特典などと交換できます。
なるほど。
どうやら、【混沌魔法】レベル9の【コールゴッド・カオス】によって、私はこの場に呼び出されたらしい。
で、混沌の神として振る舞うと、送還時にそれに応じたポイントが貰えて、それで何かアイテムやスキルがもらえたりするみたい。
だけど、召喚者がやられちゃうと、送還されなくなっちゃうので召喚ポイントがもらえなくなっちゃうのかな?
だから、召喚されたら、召喚者をなるべく守るように行動してね、ってことみたい。
ポイントで何が交換できるのかはちょっと気になるけど、混沌の神としての振る舞いってどういうことなんだろう?
こういう時は【森羅万象】さんに聞いてみればわかるかな。
…………。
というわけで、【森羅万象】さんに聞いてみた結果、各属性の神は以下のような振る舞いをすると、召喚ポイントが沢山もらえるらしい。
・炎神: 激しく、熱く
・氷神: 冷静に、冷酷に
・星神: 厳しく、泰然と
・雷神: 派手に、迅速に
・聖神: 正当に、規律を以て
・混沌神: 狂乱を、自由を
・空間神: うつろい、神秘的に
今回、私は混沌の神として呼ばれてるっぽいので、狂乱と自由をその場に振り撒かなきゃいけないらしい。
というか、私はステータスやスキルレベルが真っ平らなので、現状だとどの属性の神としても呼ばれる可能性があるらしく、今回はたまたま混沌の神として呼ばれたみたい。
まぁ、聖神として呼ばれなかったのは、朗報かな?
清く正しい邪神って、それもう邪神じゃないし……。
なので、今回は混沌の神として振る舞わなきゃいけないみたいなんだけど――、
「だが、開発に携わってきた私なら問題なく――いや、一番有効的に使える」
…………。
これ、プレイヤーが運営と戦ってる現場に呼ばれてない?
しかも、私を呼んだのが運営側っていうね。
これは、召喚ポイントの獲得は諦めて、プレイヤー側に付かざるを得ないかな?
いや、付かざるを得ないというか、正直、千載一遇の
というわけで、有無を言わせず介入することを決意。
まぁ、この時のために、色々と準備してきたからね。
後は、介入のタイミングを見誤らないことだ。
運営は、私の印象だと見切りが早い。
過去三度、マリス、ガープス、佐々木と追い詰める機会がありながらも逃がしているんだけど……いや、ガープスは違うかもだけど……危険から逃れる能力が高いように感じている。
つまり、今回の目の前にいるエルフ(?)らしき女性も、そういった手段を持っているんじゃないかな?
というか、確実に持ってるでしょ。
けど、彼女はまだ自分が召喚した相手が、
――その間隙を突く。
プレイヤーと運営の会話に耳を澄ませる。
勝負は一瞬だ。
その一瞬のためにも、研ぎ澄ます。
「私たちは死ぬかもしれないけど……お姉ちゃんもヤマモトさんには勝てないよ」
というか、もしかして、彼女たちって本物の姉妹?
それは、なんというか、ちょっと笑えないね……。
笑えないというか、身につまされる?
いや、各家庭環境、色々あると思うよ?
兄弟姉妹、全部が全部、仲が良いなんてことは、そんなの幻想だって私も知ってるし。
でも、だからって姉妹で殺し合いっていうのは……ねぇ?
そもそも論として、私の目の前で姉妹の殺し合いが行われて、どっちかが死んだ場合に【バランス】さんが【バランス】取っちゃったらどうしてくれんの? って話もあるし。
いや、【バランス】さんだし、無いとは言い切れないところがなんとも……。
というか、そんなことになったら泣くよ?
とりあえず、私はゆっくりと気づかれないように【収納】から、ガガさんの魔剣を引き抜き、機を待つ……。
…………。
じー……。
けど、今更だけど素人の私に、そんな機がわかるのかな……?
ちょっと不安ではあるけど、頑張ってみよう……。
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