第333話

 ■□■


【イライザ視点】


 元々、お姉ちゃんはデスゲームに賛成しているわけではなかった。


 ただ単に家族よりも、職場の仲間が大切だからと、そちらを守る方向に舵を切った結果、デスゲームに加担するという事態になっただけだ。


 だから、積極的にデスゲームを楽しんでいるわけではない。


 そこに、つけ入る隙があるのだと思う。


 思えば、私の人生は病気がちで苦しい時期が多かった。


 高熱にうなされながら、自分はもうここで死ぬんだ、終わりなんだと悲しくなって泣いてしまうことも多かった。


 そんな時に、お母さんやお父さん、そしてお姉ちゃんがそばにいて、励ましてくれたのは何よりもありがたかったし、心の支えになった。


 大病や大怪我などの影響で人生観が変わったなんて話も良く聞く。


 それは、自分ではどうしようもない痛みに耐えながら、周囲の人々が自分のために思ってくれる優しさをあらためて感じることができて、その心に感銘を受けたからなんじゃないかと私は考えている。


 事実、私は両親やお姉ちゃんに心から感謝してたし、尊敬もしていた。


 だから、その気持ちをお姉ちゃんに取り戻してもらおう。


 お姉ちゃんは先程、「ワンミスでリカバリーも効かない状況は、かなりのスリリングだった」と言っていた。


 つまり、まだお姉ちゃんは、そのワンミスを経験して危機的な状況に陥ったことがないのだろう。


 実際のダメージによる、逃れ難い痛みを経験してみたら、お姉ちゃんもデスゲームがどういうものか理解してくれるはず……。


 だから、まずはお姉ちゃんを追い込む。


 みんながこんなに酷い目にあってるんだとわかれば、デスゲームをやりたくてやってるわけじゃないお姉ちゃんが心変わりをする可能性だってあるはずだ。


 だから、心苦しい部分はあるけど、私たちはお姉ちゃんに攻撃を加え、そして……追い込む。


 その上で、お姉ちゃんを諭す。


 それで、お姉ちゃんの意識が変わってくれれば嬉しいんだけど……。


「イライザ」

「わかってます。……アクセルのHP九割とアクセルの痛覚を三十分【消去】」


 瞬間、私の右腕が消え失せる。


 私のユニークスキル【消去】の副作用だ。


 脚でなくて良かった。


 これなら、まだお姉ちゃんの攻撃から逃げられる。


「よし、行ける……!」

「アクセル、お姉ちゃんを……masakiを追い込んで……! 彼女は積極的にデスゲームをしようとしているわけじゃないの! 痛みを知れば、心変わりすることもあるかもしれない……!」

「実の姉を友人に半殺しにするように指示するのか? できた妹だな」

「姉が間違った道に進んでいると思ったのなら、それを正すのも妹の役目でしょ! お願い、アクセル!」

「わかった」


 アクセルが駆け出す。


 アクセルとお姉ちゃんとの間は、凡そ二十メートルほどだっただろうか。


 その距離が一瞬でゼロになる。


「ほう……」

「もらった!」


 アクセルが素早く剣を振り下ろすが、お姉ちゃんはその斬撃を片手に持つ拳銃で受け流すと、もう一方の手に持っていた拳銃の銃口をアクセルに向ける。


「元気のいいことだ」

「くっ!」


 パパパパパンッ!


 身を捻って銃弾を躱すアクセルだけど、


「【ロック】」


 お姉ちゃんは想定内だとばかりに、空間ごとアクセルをその場に固定する。


 けど、そう簡単にはいかせない!


「【ロック】【消去】!」


 アクセルの束縛が一瞬で解かれ、お姉ちゃんからの銃弾を避けるようにして、甲板の上を転がって離れる。


 チュンチュンチュンチュン!


 そんなアクセルの後を追いかけるようにして、甲板の上に火花が散っていく。


 やがて、お姉ちゃんの銃撃の範囲外にまで出たのか、銃撃が止んだ。


 アクセルの元にまで駆け寄って助け起こす中で、お姉ちゃんは悠々と銃のマガジンを交換していく。


「人族の攻略トップと聞いて構えていたんだがな。この程度か」

「「…………」」


 ――強い。


 ひと当てしただけでわかる。


 アクセルのユニークスキル【勇者】は、HP残量に合わせて、全てのステータスにバフが付くスキルだ。


 その最大値は、残HP一割以下で9倍と、私が知るユニークスキルの中でも、ダントツの上昇率を誇る。


 そんなユニークスキルを軸に、私たちは人族プレイヤーのトップを走ってきたのだが……。


 だが、お姉ちゃんはそんな私たちの攻撃を涼やかに捌いてみせた。


 まるで、どうということはないとばかりに。


「確かに、【勇者】は凄まじいスキルだ。最大でステータスが九倍だったか? ユニークスキルの中でも、ダントツの高倍率を誇る。それに、【消去】だったか? どうやら、即座に何でも消せるユニークスキルのようだな。HPや痛みすらも消しさるとは、なかなか便利なスキルだ。【勇者】スキルとの組み合わせも悪くない。上手く考えられたコンボではある。だが、まぁ……」


 刹那でお姉ちゃんの姿が消える。


 視界に収めていたはずなのに、一体何処に!?


「イライザ、後ろだ!」

「!?」

「基軸は梨世だな。荒いアクセル君を良くカバーしている。逆に言えば、梨世を倒せば、すぐに立ち行かなくなるんじゃないか? ……どうだ?」


 背後から、首に手をかけられる。


 私はそれを振り払うようにして、身を捻って逃れる。


 お姉ちゃんはそんな私の様子を観察するように、じっと見つめていた。


 攻撃してこない……?


 何故……?


「なるほど。危機的状況になろうとも、相手を直接【消去】できるほどの凶悪性はないということか。もしくは、副作用が強すぎて、使おうにも使えないか。マザーもなかなか面白いユニークスキルを作ったようだ」

「イライザから離れろぉぉぉ!」

「【コールゴッド・イグニス】」


 言葉と共に、お姉ちゃんの近くで炎が渦巻いたかと思うと、二面二臂の炎の衣を着込んだ全身真っ赤な男が現れる。


 その男がアクセルに向かって、持っていた剣を振るった瞬間――、


 ドドドドドドッ!


 連鎖する巨大な爆発が、向かってくるアクセルをあっという間に薙ぎ払う。


「アクセルッ!」

「アグニを引いたか。まぁまぁだな」

「強力な召喚獣を呼び寄せる……。それが、お姉ちゃんのユニークスキルなの……?」

「何を言っている? 【コールゴッド・イグニス】は【炎魔法】レベル9のコモンスキルだ。ユニークスキルなどではない」


 【炎魔法】……。


 噂には聞いたことがあるけど、【火魔法】の更に上をいく上級スキルだ。


 現状、最前線で戦っている攻略組は、【火魔法】の初級レベルが使えるぐらいの練度である。


 一属性に特化した魔法ビルドのプレイヤーでも、せいぜいが【火魔法】の中級レベルに達するぐらいだろう。


 それなのに、お姉ちゃんはそんな【火魔法】の上をいく、【炎魔法】の更にレベル9にまで手が届いているという。


 いくら知識チートがあるからといって、始めた時期がほぼ同じなのに、スキルレベルでここまでの大差がつくもなんだろうか……?


「不思議そうな顔をしてるな、梨世」

「…………」

「私にとっては、梨世の【消去】スキルの方がよっぽど不思議に思えるがね」

「まさか……」


 私がある結論に辿り着こうとしたところで、


「masakiィィィーーー!」

「ほう」


 炎の壁を抜けて、アクセルが素早く突っ込んでくる。


 そして、私には攻撃したかどうかも見えないような鋭い斬撃を放つ。


 けど、お姉ちゃんはその軌道を読んでいたかのように躱し、長い脚でアクセルの胴体をカウンター気味に蹴り上げていた。


「ぐおっ!?」

「流石に硬いな」


 そのまま、吹き飛ぶアクセルに向けて、弾丸を放つお姉ちゃん。


 だけど、その時にはアクセルも体勢を立て直して、剣で銃弾をガードする。


「炎神アグニを抜いて、私に接近するとはなかなかだ。神族はステータスが1000程度はあるんだがな。君はB級冒険者相当だろう? それが9倍になれば、大凡900程度のステータスになるかと思ったが、読み違えたか?」

「アンタが機械人形を大量投入してくれたおかげで、こっちも地力が上がったんだよ!」

「なるほど。なら、一柱程度では五分五分。もしくは君の方が上になるということか。なら、追加だな」

「なに……?」

「【コールゴッド・グラシエス】、【コールゴッド・ステラ】、【コールゴッド・フルメン】、【コールゴッド・サンクトゥス】、【コールゴッド・カオス】」


 お姉ちゃんの言葉に合わせ、次々と姿を現す超常のバケモノたち。


 氷を身に纏った巨人が空間を割って現れ、巨大な球を肩に支えた巨人がリーゼンクロイツの縁に手を掛けて、こちらを覗き込む。


 更には、雷と共に金剛杵を持った男が甲板に立てば、焔の剣を持った背中に翼を持った天使が光と共に降臨し、全身を真っ黒な鎧に包み込んだ黒騎士が人間には理解できない奇妙なポーズと呪詛のようなものを唱えながら、影の中から溶け出すように現れる――。


 コールゴッド、ということは……。


 彼らは全部神族で、そのステータスは最低でも1000以上というバケモノ……?


 それが、同時に六人も……?


 こんなの勝てるわけが……。


「【氷魔法】、【星魔法】、【雷魔法】、【聖魔法】、【混沌魔法】のレベル9のスキルだ。それぞれがアクセル君クラス……いや、アクセル君以上の実力者となる」

「全属性の上位スキルをスキルレベル9まで上げているなんて……そんな馬鹿な!」


 理不尽な出来事にアクセルが叫びを返すが、私はそのカラクリに気づく。


「そう、馬鹿な話……。普通じゃ、ありえないからこそ理解できた……。多分、これがお姉ちゃんのユニークスキルなんだ……」

「流石にわかるか」


 お姉ちゃんは、【収納】から取り出したであろう布のようなものを羽織ろうとする。


 その布に覆われた部分は、向こう側が透けて見えるようだ。


 透明化するような装備……?


 ――マズイ!


 こんな神が六柱もいる中で、召喚者に姿を隠されたら、対応のしようがない!


「隠形の効果を三十分、【消去】!」


 ガクンっと視界が傾く。


 見やれば、左脚が消えていた。


 これはマズったかも……。


「反応が早いな。だが、これで、まな板の鯉となったか」

「イライザ!」

「私よりも! アクセル、お姉ちゃんを倒して! ここで召喚者を何とかしないと詰む! 六柱の神とまともに戦えるわけがない!」

「く――……そぉぉぉッ!」


 アクセルが瞬間的にお姉ちゃんとの間合いを詰めるが、お姉ちゃんは落ち着いた様子でアクセルの猛攻を涼やかに凌いでいく。


 それは、まさに舞いを見ているかのように美しく、残像すら発生するアクセルの猛攻が、まるで園児の遊戯に見えてしまうほどの技量の差があった。


 やがて、お姉ちゃんがアクセルの剣を受け流し、こめかみに銃把を叩きつけて、アクセルを吹き飛ばす。


「ごはっ!? く、そ、なんでだ……!? なんで俺の【剣法】スキルが通じない!?」

「当然だ。私はその上の上級スキルである【剣理】スキルをレベル9で扱えるからな」

「魔法だけでなく、近接戦闘のアシストスキルまでレベル9だって!? そんなことあるわけないだろう!? 一本伸ばしのプレイヤーだって、上級スキルを取得できていないような状況なんだぞ!」

「そう。先程の続きを話すなら、これが私のユニークスキル【万能】の効果だよ。ユニークスキル、種族スキル、特殊な奥義スキルを除いたコモンスキルの全てを使といったものだ。ただし、スキルレベル9相当までしか使えないのが慎ましいだろう?」

「全部のコモンスキルを……」

「取得なしで使える……」

「とはいっても、どんなスキルがあるのかをきちんと把握した上でないと宝の持ち腐れだ。一般のプレイヤーが取得したところで、LIAにはどんなスキルがあるのか、どんなスキルが使えるのかを理解していないと使いこなすことは難しい。……だが、開発に携わってきた私なら問題なく――いや、一番有効的に使える」


 最悪だ。


 効果自体は便利そうではあるが、強そうには聞こえないユニークスキル。


 だが、【万能】は、それひとつあるだけで、SPを消費してスキルを取得する必要がないスキルである。


 つまり、余ったSPは全てステータスに突っ込むことができる。


 それに加えて、スキルの中にはステータスにバフが乗るものもある。


 それをお姉ちゃんは全て発動させているとなると、アクセルのステータスを軽く超えている可能性が出てきた。


 更に、LIAはステータスの差や、腕の差をスキルで覆せる部分も多いゲームだ。


 そんなスキルを……コモンスキルだけとはいえ……全て網羅し、熟知しているとなると、アクセルによるステータスの力押しだけでは……。


 けど、まだだ……。


 まだ、私は諦めちゃいない……!


「お姉ちゃんは確かに強い……。けど、ひとつだけ勘違いしていることがある……」

「勘違い?」

「私たちがここまでやって来たのは、私たちの実力だと思っているようだけど、そうじゃない……。私たちがここまで辿り着いたのは、ヤマモトさんの力を借りてのことなんだよ……」

「ヤマモト……ササさんを退けた、あのヤマモトか?」

「そのヤマモトさんが、もうすぐにここに来る……。私たちは死ぬかもしれないけど、お姉ちゃんもヤマモトさんには勝てない……。終わりだよ……」


 竜の軍勢を――、


 機械人形の兵団を――、


 お姉ちゃんは一人で何とかできるだろうか?


 私にはそうは思えない。


 だけど、私が見てきた限り、ヤマモトさんなら何とかできる気がする。


 それだけ、ヤマモトさんは規格外。


 今のお姉ちゃんですらも敵わない、正真正銘の最終兵器だ。


 だけど、お姉ちゃんはその言葉を聞いても涼やかに笑う。


「ヤマモトの話はササさんから聞いている。彼女はスキルで複数の分身体を作ることで、重複して経験値を得ることで急激な成長をしている可能性が高い。そして、そのカラクリがわかっていて、対策しないほど私は愚かではない」


 お姉ちゃんが【収納】から取り出したのは、何かの装置……?


「私の【万能】は【構造解析】スキルもレベル9で使用できる。【古代文明技術】スキルなどと組み合わせれば、このリーゼンクロイツに搭載されているスキル無効化バリアを発生させる装置ぐらいは簡単に模倣して作り出せる。これは、その簡易版だな。携行できるサイズにしたために使い切りだが、効果に問題はない」

「…………」

「ヤマモトが来たとして、それが分身体なら消えることになるだろう。さて、果たして、ここに向かっているヤマモトはどちらのヤマモトなんだろうな? 分身体か、それとも本物か」


 もし、お姉ちゃんの言うように、ここに向かっているヤマモトさんが分身体なら、反撃のチャンスが一瞬で不意になってしまうことだろう。


 それを避けるためにも、ヤマモトさんにこの事を伝えないとマズイ……。


「それはそれで都合がいいだろ」


 私が高速で思考を回転させてる中で、そう呟いたのはアクセルだ。


 血の入り混じった唾を吐き捨てながら、立ち上がる。


 痛みを感じないとはいえ、その体は既にボロボロで見ているだけでも痛々しい。


 恐らくHPもドットレベルでしか残っていないんじゃないだろうか?


 それでも、アクセルの闘志は潰えはしない。


「スキルが無効化されるのなら、ここにいる厄介な神たちも消えるってことだろ。だったら、そこから仕切り直しにすればいい」

「残念だが、そうはならない」


 アクセルの淡い希望は、だが無情にもお姉ちゃんの言葉で打ち砕かれる。


「コールゴッドの魔法は、このLIAに棲む神を属性ごとにランダムで召喚する魔法だ。つまり、彼らは呼び寄せられただけで、スキルで作られた代物ではない。つまり、スキル無効化装置を使った場合でも、私が送還することができなくなるだけで、彼らが消えることはない。……むしろ、元の場所に送還されないことに怒り、周囲一帯を更地に変えることだろう」

「なら、masaki……アンタも巻き込まれて死ぬだろ? それなら……」

「どうだろうな。もしかしたら、死ぬのは君たちだけかもしれないぞ」


 お姉ちゃんの顔には余裕がある。


 【万能】によって、使えるスキルの中には危機的状況でもなんとかするだけのスキルがあるということなのだろうか……。


「だが、スキル無効化装置について、ヤマモトに警告されても面倒だな。残念ながら、君たちにはここで退場願おうか。ふふっ、実の妹に死の決別を告げるというのは、こんな感覚なのか……。震えが止まらないな……」

「それは、後悔という感情じゃないのか」

「後悔は行ったことに対して湧き起こる感情だ。だから、これから行うことに対して湧いてくるコレは後悔ではない――」


 お姉ちゃんの思考に従ってか、球を肩に担いだ巨人の拳がゆっくりと私たちに向かって迫ってくる。


「これは歓喜だよ」


 直後、私の視界いっぱいが巨人の拳で塗り潰された。

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