第332話

 ■□■


デスゲーム担当スペード視点】


 いきなり、目の前が真っ白い空間へと切り替わった。


 これは何だろう?


 また、【バランス】さん案件かな?


 そういえば、視界の隅に一瞬、姉妹喧嘩のバランスを取るみたいな表示が出たような気がする。


 つまり、姉妹喧嘩のバランスが現在取られていると?


 うーん……。


 となると、私がアレコレ言われるんだろうか?


 なんだかんだ、愛花ちゃんには言い過ぎちゃった気がするからね。


 ちなみに、私がさっきまでの口喧嘩で愛花ちゃんに言ったのは……。


 ・彼氏連れてデスゲームとかいい御身分ですね!

 ・高学歴だからって私を見下してるんでしょ!

 ・底辺絵描きの貧乏人ですがなにか?

 ・正直、愛花ちゃんのことは苦手です!


 まぁ、こんな感じ。


 なお、愛花ちゃんの返答は以下になる。


 ・羨ましいなら、お姉ちゃんも彼氏作れば!? 彼氏できない? なら、お姉ちゃんに何か問題があるんでしょ!

 ・自分で不登校になっといて、学歴僻むな! 通信制でも通えたでしょうが!

 ・時間だけはたっぷりとありそうで羨ましいですねぇ!

 ・お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!


 言葉の刃でザックザクの刺し合いである。


 私の心の臓を言葉で止める気なんだろうか?


 口撃したつもりが返す刀で斬り捨てられた気分だよ。


 まぁ、言った数は多いけど、言葉の鋭さは絶対に愛花ちゃんの方が上だった。


 だから、ダメージが多いのは私のはずなんだけど、精神的ダメージの度合いを【バランス】さんが理解してるとも思えない。


 というわけで、甘んじて姉妹喧嘩のバランス調整を受け入れてみる。


 私が腕を組みながらドン☆と待っていると、何やら目の前に小さな人影が現れる。


 おぉう……。


 これは子供の頃の愛花ちゃんではないか……。


 そんな愛花ちゃんが空気椅子している中で、愛花ちゃんの視線の先には、子供姿の私がいるね。


 うわー、ちっちゃい……。


 いつ頃の私かな? 小学校低学年ぐらい? この頃は髪が短いから、男の子とよく間違われてたっけ。


 というわけで、私に近づいてしげしげと眺めていたら、また新たな人影が……。


 あ、懐かしい。


 近所の幼馴染のコータくんだ。


 確か、親の都合で小学校三年生ぐらいで転校したんだよね。


 それ以来会ってないんだけど……。


 いや、本当に懐かしいね!


 ということは、小学校三年生ぐらいの私かな?


 もっと成長してたような覚えもあるけど、今の私から見れば、まだまだ小さいってことかな?


 そんな私に向かって、コータくんが話しかけてくる。


「よぅ、男女おとこおんな! サッカーやろうぜ!」


 あー、こんな感じだった! こんな感じだった!


 当時の私は、男の子に見えるような外見をしてた上に、お父さんの影響で、男の子が好むような漫画やアニメばかり見てたから、女の子の友達とは話が合わなくて、男友達とばかり遊んでたんだよねー。


 で、コータくんに呼ばれてた渾名が男女。


 今聞くと、酷い渾名だね!


「えー。今、愛花ちゃんと反社オママゴトやってる最中なのにー」

「なんだよ、それ……」

「私が第百二十三代目山本組若頭組長やってるの。愛花ちゃんはシマさん役ね」

「それ、オママゴトか? そんなのよりサッカーしようぜ!」

「コータ〜、男女誘うなよ〜。二組の連中に負けちゃうじゃん〜」

「バーカ! 男女がいるだけで、ハンデで一点もらえるんだぞ! それ守りきれば勝ちじゃん! 俺がゴールキーパーやるし!」


 どうやら、私を積極的に誘っていたのはコータくんだけらしい。


 他の男の子たちは、私の壊滅的な運動神経を考えて、誘うのには反対みたい。


 まぁ、当然といえば、当然かな?


「えいっ」


 コータくんが他の男の子たちとやいのやいのとしてる間に、ちっちゃな私はコータくんの腕を強く掴んで離さない。


 いや、何考えてるの? 子供の私……?


「おい、何掴んでるんだよ!」

「「「ヒュー、ヒュー!」」」

「やめろ、馬鹿!」


 男の子たちがコータくんを囃し立てる中、私は至極冷静に呟く。


「今、私の男女菌をコータくんに感染させた……。あと、十秒以内に私の手を離せなかった場合、コータくんは女男になってしまう……」

「男女菌なのに、女男になるって、ややこしいな!」

「987654321……」

「数え方が早ぇよ!」

「はい、コータくんは今から女男ね」

「「…………」」

「女男ー!」

「男女ー!」

「ぎゃあぁぁぁ! コータが女男になっちまったー!」

「逃げろー! 捕まったら感染させられるぞー!」


 ノリのいいコータくんと私で、ゾンビのような動きで男の子たちを追いかけ回す。


 そして、次々と男女だか、女男だかが増えていく。


 もう、その頃にはサッカーとか完全に忘れ去って、鬼ごっこが始まっていた。


 それを、一人離れたところでポカンと見ている愛花ちゃん。


 いや、オママゴト? やってたと思ったら、急に鬼ごっこが始まったら、そりゃポカンだよね。


 私もなんでこんな事やり始めたのか、全くわかんないしね!


「女男だぞ〜!」


 そうして動きを止めている愛花ちゃんのところに、コータくんの魔の手が迫る。


 でも、愛花ちゃんはキョトンとした顔で、コータくんを見つめるだけだ。


「ま、ここで、女男になっとけば、妹相手にも容赦なく全力で追いかけてくる大人げない男女に追いかけられることはないから」

「あ、はい」


 コータくんの冷静な判断!


 まぁ、この頃の私は愛花ちゃん相手でも全力で追いかけてただろうからね。


 そのせいで、愛花ちゃんが転んだりして、傷つくのをコータくんは憂慮したんじゃないかな?


 なかなかに紳士的な行動でビックリしたよ!


 私には、「よぉ、男女!」っていうのがデフォルトの対応だったのに! なに、この差!


「…………」

「そう、まじまじと手を握んなよ。恥ずかしいだろ……」

「あ、すみません……」

「ちょっとコータくん! ズルいよ! 愛花ちゃんは私が男女にする予定だったのに!」

「……へへへっ、残念だったな! 今、お前の妹は女男になったぜ!」

「そんなことないし! 私が愛花ちゃんの手をこうして握れば……はい、これで男女女男ね!」

「なんだそれ!? ズルいぞ!」

「そして、私は愛花ちゃんの手を握ったことで、男女女男男女にパワーアップしたのだ!」

「「「もはや、意味わからん!」」」

「わははは! お前たちも男女女男男女にしてやるー!」

「「「覚えきれねーよ! 逃げろー!」」」


 子供の私は上機嫌そうに、男の子たちを追いかけ回す。


 というか、足が激遅なのでちょっと太った足の遅い男子にしか私は追いつけないんだけど……。


 そんな様子をコータくんはどこか眩しそうに見つめて、そんなコータくんを愛花ちゃんがちょっとキラキラとした瞳で見つめて……。


 え? 愛花ちゃん、もしかしてコータくんのこと好きだったの?


 私がそう思うよりも早く、


「なぁ、お前の姉ちゃんって、誰か……その……好きな奴とかいるのかな?」


 コータくんは愛花ちゃんにそう聞いていた。


 瞬間、愛花ちゃんの表情が曇ったのを、私は見過ごさない。


 やっぱり、ちょっと気になってた感じなんだ?


 でも、あれ? この後の展開って……。


「多分、いないと思いますけど……」

「そっか……そっか」


 コータくんの嬉しそうな表情と、愛花ちゃんの憂いを含んだ表情を残しながら、人影がすっと消えていく。


 あー……。


 この後の展開はあまり思い出したくないんだけど……。


 そう思っていたら、また白い空間の中に人影が現れる。


 そこには、私とコータくんと、少し離れた場所に愛花ちゃんがいた。


 この時のことは良く覚えている。


 何せ、人生生まれて初めての告白をされた日だからね。


 確か、学校が終わって、明日から夏休みだーって時の帰宅途中の通学路だったかな。


 いつもはもっと大勢で帰ったりするんだけど、その日は何故かコータくんと二人きりで帰ってた記憶がある。


 でも、どうやら愛花ちゃんには尾けられてたっぽいね。


 なんか様子を見られてるし。


 で、まぁ、小さなトンネルに入ったところで、コータくんに呼び止められて、私は歩みを止めた……はずだ。


 背景真っ白でトンネルって全くわかんないけど!


「山本……俺、お前のことが好きだ!」

「…………」


 いや、こういうのって雰囲気とか、そういうの大切じゃない?


 学校帰りにいきなりそんなこと言われても……というのもあったし、私って、ほら、真面目な状況でふざけたくなるところがあるから……。


 だから――、


 当時の私は、コータくんがまた悪ふざけを始めた! と受け取っちゃったんだよね。


 で、その結果――、


「あ? なんだってぇ?」


 耳の遠いお婆さんコントを始めた私がいたんだ!


 いや、今思えば残酷なことをしたと思うよ?


 コータくんは多分、本気だったと思うし、コータくんはこの後の夏休みの間に転校しちゃうから、もう二度と会えなくなっちゃうし。


 だから、勇気を振り絞って告白してくれたっていうのに、思いを踏みにじるような悪魔の所業をするというね。


 ……いや、本当に酷いな!


「俺はお前のことが好きなんだよ!」

「あ? なんだってぇ?」


 その後も、コータくんは真面目に何度も私に告白してくれたんだけど、その頃の私って、恋愛に全く興味なかったし、普段から『男女おとこおんな』とか言ってくるコータくんが、いきなり告白してくるから冗談と受け取っちゃって、完全に悪ノリで耳の遠いお婆さんコントをしてたんだよね。


 で、結局――、


「あ? なんだってぇ?」

「もういいっ!」


 コータくんは半泣きでその場を立ち去ってしまう。


 なんだろう? いつもと違うなぁ? と思ってたところで……。


「お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!」


 突然、飛び出してきた愛花ちゃんに引っ叩かれて、私はその場で派手にすっ転ぶ。


 で、トンネルの壁のコンクリに頭ぶつけて、後頭部を四針縫う大怪我をするわけなんだけど……。


 うん。


 苦い記憶です。


 というか、この出来事のせいで、恋愛は怖いものって失敗体験をしたから、以降の告白は真面目に受け答えするようになったというか……。


 同時に、恋愛は怖いから、彼氏作ろうとか、そういうことを微塵も考えなくなっちゃったんだよね。


 むしろ、私が彼氏できないのは、愛花ちゃんが原因じゃないの? とか今気がついたんだけど……。


 …………。


 まぁ、今更だよねー……。


 私が一人で結論づけてたら、また場面が変わった。


 今度は愛花ちゃんが小学校高学年くらいの時かな?


 結構、イケメンな男子を連れて歩いてくる様子が再現されている。


 これ、何の時かな?


 全然覚えがないんだけど……。


「お邪魔しまーす」

「ただいまー。今、ジュースとお菓子を用意するから、リビングで待ってて」

「わかった。あ、リビングってそっち?」

「そう、そっち」


 愛花ちゃんが、多分、家に帰宅したみたい。


 それと同時に、男の子をリビングにあげようとしている。


 確か、この頃は両親共働きで、家には引き籠もりの私しかいなかったんじゃないかな?


 そんなことを考えていたら、


 ガラララ……。


「あー、いいお湯だったー」


 あー、思い出した!


 あったねぇ、こんなことも!


 確か、愛花ちゃんが親しくなったボーイフレンドを家に呼んだはいいんだけど、そのボーイフレンドと私が鉢合わせしちゃったんだよね。


 しかも、風呂上がりで、デカTとショーツ一枚だけのラフな格好の私と出会うっていうね。


 いや、なんで昼間に風呂入ってるの? って話なんだけど、夜に家族のみんなと同じ時間帯に入ろうとするとお母さんの嫌味がキツくってさぁ……。


 外にも出ない引き籠もりのくせに身綺麗にする必要あるのかしら? とか、グチグチ言われるのが嫌だったんだよね……。


 で、お母さんのいない昼間を狙って、お風呂に入る習慣ができてたんだと思う。確か。


 そういったわけで、誰もいないだろう、いても愛花ちゃんぐらいだろうと思って、ラフな格好でウロウロしてたところを目撃されたんだけど……。


「なにやってるの? お姉ちゃん……?」

「え、お姉さん? すっげぇ美人じゃん!」

「あ、や……。私のことはお気になさらずー……」

「あ! お、お姉さんは付き合ってる人とかいますか!? お、俺なんてどう……むぐぐっ!?」

「帰って! 今すぐ! 出てって!」

「ちょっ、ちょっと待てって愛花! 押すなって! わかった、出てく! 出てくから、その代わり、お姉さんとの仲を取り持って――」


 二人が何か揉めてる間に、私の姿が消える。


 どうやら、逃げたらしい。


 こういう時の逃げ足だけは早いんだよね。


 で、男の子を追い出した愛花ちゃんが、一人その場で黄昏れてる……。


「友達の話じゃ、両想いだって話だったから、家にあげてそれとなく話を聞き出そうと思ってたのに……」


 どうやら、私は無自覚に人の恋路を破壊してしまったらしい。


 そして、何を思ったのか、愛花ちゃんが目を怒らせながら歩き始める。


 愛花ちゃんが辿り着いた先には、ケロリとした顔で牛乳パックに口をつけて一気飲みしてる私の姿が……。


 うん。


 人の恋路を破壊しといて、ちょっと無神経だよね。


 あと、愛花ちゃんには、牛乳パックに口をつけて飲むなって散々注意されてるにも関わらず、容赦なくパックに口つけて牛乳飲んでるし。


「お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!」

「ボフゥ!?」


 そりゃ強烈なボディブローを食らって、鼻から牛乳も吹き出すよ!


 これは、私が悪いと思う。


 うん、今見ても私が諸悪の根源だ。


 そして、私の目の前から人影が消える。


 …………。


 なんとなく、この空間がどういうものなのかわかってきた。


 これは、多分、愛花ちゃんの記憶だ。


 記憶というか、愛花ちゃんの隠していた気持ち?


 私が言い過ぎた分、愛花ちゃんの気持ちがダイレクトに私の心に伝わってきているのだろう。


 喧嘩というのは、気持ちと気持ちのぶつかり合いなので、一方的なのは良くないと【バランス】さんが判断したのかもしれない。


 だから、両者共に心と心をぶつけ合え! もっと熱くなろうぜ! というのが【バランス】さんの裁定……なのかな?


 …………。


 うーん。良くわからないや。


 でも、愛花ちゃんが、私をどう思ってるのかはわかってきた。


 愛花ちゃんは、私のことを多分馬鹿だと思っているんだろうね。


 …………。


 いや、そんなこと私自身も知ってるから!


 そんなことを思ってたら、また人影が現れた。


 今度は、中学生ぐらいの思春期な愛花ちゃんだ。


 お盆に、ご飯、お味噌汁、焼き魚にサラダといった食事を乗っけて歩いている。


 これは……引き籠もりの私に食事を届けにきてくれたのかな?


 この頃の私は引き籠もりらしく、部屋に鍵を掛けて、自分からあまり部屋の外に出ない(両親がいない時は除く)という生活を続けていたんだけど……。


 まぁ、コインひとつあれば開いちゃうような簡素な鍵だからね。


 普通に、十円玉ひとつで愛花ちゃんに鍵を開けられて、愛花ちゃんは私の部屋の中に侵入してきたみたい。


 で、ヘッドフォンをしながら電波ソングをガンガンに聞いてる私は、愛花ちゃんが部屋に入ってきたことに全く気づいていない、と……。


 そして、声もかけずにひっそりと部屋に入ってきた愛花ちゃんが、私がノリノリで作業をしている姿を見て……固まってる。


 うん。


 私と愛花ちゃんの姿しか見えないので、この辺は記憶力頼りになるんだけど……。


 多分、私がペンタブを持ってることから、パソコンで絵を描いてたんだと思う。


 でも、それだけじゃ、愛花ちゃんが固まってる理由にならないから、多分、エッな絵を見ながら、エッな絵を描いてたんだと思う。


 いや、エッな絵といっても、性癖ドバドバ垂れ流しのニッチな絵を欲望のままに描いてたとかじゃないよ?


 元々、私は絵の描き方は自己流で、好きなキャラの模写とかから始めたんだよね。


 だから、絵の描き方の基礎ができてないんだ。


 でも、それで食べていこうと思ったら、そんないい加減なことじゃ上手くならないんだよね。


 まず、数をこなすのは勿論なんだけど、人体構造……これに詳しくないといけない。


 例えば、骨盤がどれくらいまで回るとか、脚や腕の長さなんかは、胴に比べてどれぐらいの長さなのかとか、普段は気にしない部分もちゃんと意識して描かないと絵に違和感として出ちゃうんだよね。


 例えば、そうだねー。


 ぺたん座りとか?


 萌え絵として描いてみることも多かったんだけど、実際にふくらはぎや足首部分がお尻の位置よりも後方にくることはないんだよね。


 正座してみればわかるんだけど、脚が大体お尻に乗る長さが普通。


 それを無視して、脚を長めに描いちゃうと違和感が出るんだよねー。


 だから、人体構造をちゃんと把握して、筋肉の付き方とか、捻ったらこんな感じになるのか、とかの知識は必要だし、それをベースに服とか着せて、服の皺とか、影の付け方とか、そういうのを学んでいく必要性があったんだよね。


 で、そのベースとなる肉体の把握のために、私はエッな画像を凝視して、頑張ってエッな絵を描いてたわけだ。


 うん。


 服とか付いてると、肉のつき具合とかが良くわからないからね。


 美大とかなら、ヌードデッサンとかをするのかもしれないけど、私の場合はそこらのネットで取得できる画像で安上がりに、ヌードデッサンもどきをして人体構造を把握していた――と、そういうわけである。


 だから、断じて、いかがわしい目的でエッな画像を凝視してたわけじゃない。


 まぁ、自撮りした写真を使ってもいいんだけど、自撮りで全身を入れるのってなかなか難しいし、可愛い絵には可愛い絵になるポイントみたいなものもあったりするので、それを学ぶためにも自撮り写真とかじゃなくて、エッな絵を教材に選んでたんだよね。


 ほら、イカ腹とか、そういう表現は自撮り写真じゃ表現できない部分だったりするし、そういう意味で絵でしか学習できない部分も沢山あるんだ。


 とまぁ、そんな光景が再現されてると思うんだけど……。


「お姉ちゃんが、男の子に興味持てなくて、そっち方面に行っちゃった……」


 愛花ちゃんの感想としては、どうやらそういうことになってしまったらしい。


 思春期の愛花ちゃんだからね。


 そういう感想になるのも仕方ないのかもね。


 まぁ、ネット上に上げるのなら、女の子のエッな画像の方が需要あるからねぇ。


 閲覧数とか、評価が欲しいなら、そりゃ需要に対して供給しますよ、という感じでチョイスした私にも問題があるのかもしれないけど……。


「え? 愛花ちゃん?」


 そこにきて、高校生ぐらいの私がようやく愛花ちゃんに気づく。


 ヘッドフォン越しに愛花ちゃんの声がたまたま聞こえたんだろうね。


 ヘッドフォンを外して振り返るよ。


 そんな私に気づかれた愛花ちゃんはというと……何故か引き攣った表情で私から距離を取る。


 そして、


「お、襲わないで……」


 何かとんでもない勘違いをして懇願してきた。


 いや、どういうこと? という表情を浮かべながらも、高校生くらいの私は愛花ちゃんに近づいていく。


 これ以上はいけない。


「いやいや、何を言ってるの愛花ちゃん?」

「襲われるー! 助けて、お母さーん!」

「いやいや、愛花ちゃん襲うわけないじゃない……」

 

 多分、言葉選びに失敗したんだと思う。


 次の瞬間には、


「お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!」

「あっづぁぁぁーーー!?」

 

 熱々のお味噌汁を顔面にぶっ掛けられて、床をのたうち回る私の姿があった。


 うん。


 この後、一週間は私の部屋がお味噌汁臭かったんだよね……。


 今、思い出した。


 …………。


 というか、愛花ちゃんが私に言いたいことって、馬鹿しかないの!? もっと他に……こう、何かあるでしょ! 何か!?


 私が頭を抱えていると、人影が消えて、入れ替わりにまた新しい人影が現れる。


 またぁ……?


 けれど、今度現れた人影は、【黒姫】と言われるアバター姿のaikaの姿だった。


 ん? ということは、つい最近の話?


 そこに、虚無僧姿の私が現れる。


 んんん?


 これ、本当につい最近の話じゃないの?


「それで、愛花ちゃんには聞いておこうと思ったんだけど」

「なによ?」

「現実世界に帰らない?」

「……え?」


 すっごい覚えがあるシーンなんだけど……。


 確か、デスゲームから脱出する方法があるから、愛花ちゃんに現実世界に帰らないかって尋ねた時だよね?


 でも、その時の愛花ちゃんの答えは、


「待って。少し考えさせて……」


 そうだ。


 答えを保留したんだ。


 私はその時は引き下がったんだけど……。


 虚無僧姿の私が消えて、愛花ちゃんが一人だけになったところで、愛花ちゃんは消え入りそうな声で呟く。


「お姉ちゃん一人を残して、現実世界に帰れるわけがないじゃない……。お姉ちゃんの馬鹿……」


 …………。


 どうやら、やっぱり私は馬鹿ってことらしい。


 ■□■


 目の前の光景が元に戻る。


 そして、私の目の前には白い空間に移り変わる前と同じ位置に愛花ちゃんの姿が。


 ただし、愛花ちゃんは先程とは打って変わって怒ったりはしていない。


 なんだか狐につままれたような顔をしている。


 それを見ると、どうやら愛花ちゃんも、あの白い空間に招待されていたのかもしれない。


 そんな愛花ちゃんの顔を、まじまじと見つめながら、私は――、


「えーと、ごめんなさい、愛花ちゃん……」

「あ、いや、その私の方こそごめんなさい……」


 なんとなく二人で頭を下げ合っていた。


 結局、大体は私が悪いんであろうことは【バランス】さんを通して伝わった。


 そして、愛花ちゃんも愛花ちゃんで、ちょっと物理的にやりすぎてるかも、とは思ってもらえたようだ。


 二人で謝って、これで仲直りである。


 まぁ、別に私と愛花ちゃんは仲が悪いわけでもないし、特別良くもないけど(私が一方的に愛花ちゃんが苦手なだけ)、そんなに拗れてるわけでもないので、収まる所に収まったという感じだろうか。


 それにしても、【バランス】さんが行った姉妹喧嘩のバランス調整――。


 私たちだから、こんなゆるーい感じで済んでるけど、もの凄い拗れてる姉妹だったらどうするつもりだったんだろう?


 互いのことを知るってことは、翻って好きになる可能性もあるけど、下手するとますます嫌いになる可能性も含んでるわけで……。


 まぁ、私と愛花ちゃんが仲違いしなくて良かったねってことでいいのかな?


 そんなことを考えてたら、上の方で戦闘音が聞こえてきた。


 イライザちゃんたちが戦闘に入ったのかな?


 もしかしなくても、急いだ方がいいっぽい?


「お姉ちゃん、行こう」


 真面目な表情の愛花ちゃんに促されるままに、私たちは積み重なった木々の山を登っていく。


 しかし、このタイミングで【バランス】さんが発動したってことは……。


 なんか面倒臭いことになってないといいけど……。

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